船は港にいる時が最も安全である
だが それは船が作られた目的ではない
パウロ・コエーリョ
ふう 何か異様に疲れたな……あいつら……マジだ。
彼ら守護者は「そうあれ」と造られてしまった結果、もっとも欲するのは「良き友人」「良き上司」では無く、自分達を支配してくれる存在であり、自分たちが崇拝し君臨してくれる支配者であることは解った。そう云う、ひたむきで健気な守護者たちを「仲間たちの子供である」という点を除いたとしても「愛しい」と感じる自分は確かにいる。そのせいか、それに応えようと気づいたら魔王のロールプレイをしてしまう……まさか俺も「そうあれ」と造られていたりして……わあ スゴく怖くなってきた。やめやめやめ。この想像やめ。
この世界にどんな強者が潜んでいるか、もしくは今は弱くてもいつか我々より強いものたちが生まれるかも知れない。そもそも突然大量のプレイヤーが、ごっそり現れる可能性だって低くない。すでに衰退しきっていた『ユグドラシル』でも、あのサービス終了の瞬間に繋いでいた人間は千……いや万は居ただろう。彼らと敵対することになったら? 自分はレベル100プレイヤーとしてカンストしていたが、この世界でさらなる成長は出来ないのだろうか? 自分が無理だとしたら守護者は? 守護者はレベル100だから駄目だとしたらプレアデスならどうだろう? 彼女たちはレベル50前後だ。まだまだ成長する余地があるのでは無いだろうか?
守護者達NPCが自分に叛意をすることもなく安全だと解ったら、今度は彼らと自分を脅かす、自分と同じ人間が怖いだなんてな。
プレイヤーが居なかったとしても、俺やシャルティアはアンデッドであり、悪魔系異形種のアルベドやデミウルゴスにも寿命は無いに等しい。ヴァーミンロードのコキュートスもそうだし、アウラ、マーレも普通のダークエルフで2000歳、ハイエルフ(古代エルフ)だったら5000歳くらいだったか?また調べてみよう。
もし今のこの世界が自分たちにとって弱者ばかりだとしても、無限に近い時を生きる我々の前に、将来、進化した人類やモンスターなどの生命体に襲われる可能性はある。我々も進化しなければならない。
今の自分と守護者のロールプレイを軸とした関係。今はこれで良い。しかし、いつまでもそれで良しとは思わないし思えない。
「成長」とは強さだけでは無い。「そうあれ」と設定され創造された彼らが、いつか、それを乗り越えられる日が来るかも知れない。対等とは言えないまでも、家族とまでは言わないまでも、あの41人の様に本当の仲間と成れる日が来たならば、それこそが彼らと私の「成長」と言えるのではないだろうか?
……ふう 守護者に忠誠を求め、力を求め、今度は『心』を求めるのか?
――本当に…なんて俺は、我儘なんだろうな…………。
そう独りごちたモモンガの顔は、骸骨になって以来、最も穏やかなものだった。
人間の時の習慣で何となく部屋に帰って布団に入ったけど、肉体は完全にアンデッド化しているため眠るのは難しそうだ。
これなら先ほどまで居た、アッシュールバニパル大図書館で調べ物を続ければ良かった。
あそこには『ユグドラシル』関係の物だけではなく、リアルでの電子書籍、特に発禁になった本が充実しているのだ。ゲーム内の図書館に発禁本を隠すとは、なかなか手が込んだ事をするギルメンも居た物である。
しかし……とモモンガは不思議に思う。何故か精神的な疲れなど、やはりアンデッドの割には状態異常無効化、精神作用無効化が正常に機能していない? ……効果が半減している気がする。中途半端に鈴木悟のままと云うか……。そもそも今日は沢山の恐怖を味わっていたが本来のアンデッドなら恐怖も精神への作用なのだからそれが無効化され冷静沈着に物事を運ぶことが出来たのでは無いだろうか?
今の自分なら、精神的ストレスが溜まれば気を失う様に、精神的疲労が溜まれば、少しは眠ることが出来る気がする。アンデッドなのに。
よし 気分転換に夜の散歩にでも行こう。
リアルになったナザリックで廻りたい所は沢山あるし、外にも出てみたい。セバスが「周辺には何も無い」と言っていたから安全だろう。
そう考えたモモンガは寝室から出て書斎に移る。机の上には図書室で借りてきた「部下に信頼される上司のコツ」「これをしない上司は嫌われる」などの書籍が積まれている。寝るために邪魔だった装備を再び纏おうとして部屋の隅に飾られてあるフルプレートの鎧と剣が目に入った。
ユグドラシルではマジックキャスターは装備制限でスタッフなどしか持てなかったからなあ……せっかくだし剣も扱えるように成れないかな? そう思いブロードソードを掴む。魔法職とは云えレベル100のモモンガにとっては軽々と扱える重さだ。
よし これなら と、剣を構えて振りかぶり、振り下ろそうとした瞬間、剣が両手から滑り落ちる様に手から離れて床に「ガランガラーン!」と大きな音を立てて落ちた。
・・・・・・・・
今日の当番で部屋の外で待機していたメイドのナーベラルは、主人が籠もる部屋から突然聞こえた大きな金属製の音に反応して「なにか御座いましたか!?」と飛び込む。
目の前に広がるのは床に落ちた剣と、呆然と骨の手のひらを見つめる我が主人の姿
全く状況が掴めないのだけれども……。
ナーベラル・ガンマは落ちていた剣を拾い上げると、両手で主人にお渡しする。
「ああ ナーベラルか……有り難う」
剣を受け取ると、主人は「少し離れてくれ」と告げると剣を両手でシッカリと握りしめて振りかぶった
一瞬、「え?いきなりお手討ち?」と思ったが、主人の先程の御言葉を思い出し、主人の邪魔にならない様に距離を取る。
「ふん!」と気合いを付けてモモンガが素振りをしようとした瞬間、「ガランゴロン」と剣が床に転がる。
ああ これは先程の音……。
再び、手のひらを不思議そうに見つめる主人。
何か思案し終えたのかモモンガ様は私の方を向くと
「ナーベラル お前、確かマジックキャスターだったよな?」と問いかけて来られた
「はい 第八位階の魔法まで使用できます」
「よし、ちょっとこの剣を素振りしてみてくれ」
「? はい解りました」と言って剣を握り振りかぶる。「ハッ」と魂魄を込めて、ビュッと振り下ろした。
「あれぇ?!」と突然、普段のモモンガ様から想像がつかない素っ頓狂な声を上げられる。
もう一度、「これくらい簡単ですよ?」という意味を込めてビュンビュンと剣を振ってみる。
「……ユグドラシルのルールが、こんな所に残っているのは何故なのかと不思議に想っていたのに、同じ魔法職のナーベラルには簡単に振れるだと?プレイヤーだけに適応される枷なのか?」と呆然としながらモモンガ様は項垂れてしまった。
「いえ モモンガ様。私は確かに魔法特化型のドッペルゲンガーですが、創造主の弐式炎雷様よりファイターのレベルを「1」だけ授かっております」
「えっ?弐式炎雷さんそんな事をしてたのか?」
「はい 1レベルしかないので技術は大した物では有りませんが」
「なるほど……大魔法を使いながらも近づく敵は剣で蹴散らすとか、剣先から魔法を出してみるとか格好良いものな!流石、炎雷さんだな!」とモモンガ様はホッとした様に上機嫌になられた。
私は私で、私と創造主を同時に褒められたので本来なら飛び上がるくらいに嬉しかったのですが、この場は歯を食いしばりながら「お褒めに預かり光栄です」と頭を下げて耐える。
「うむ ただそれではナーベラルじゃ駄目だ。検証にならぬな。ルプスレギナはクレリックだったよな?」
「はい」
「よし、じゃあルプスレギナを……待て。ルプスレギナは何か刃物の武器などを扱える
「はい ルプスレギナ・ベータは『ウォーロード』の職業を持っております」
「ダメじゃん」
「はっ 申し訳御座いません」
「いや 気にしなくていい。ではソリュシャンは……アサシンだから駄目だな。あっ ガンナーのシズ・デルタはどうだ?剣を扱う職業を取ってあるか?」
「はい CZ2128・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)もアサシンの職業を持っております」
「あー そうかスナイパーなどの時に隠密行動取りやすいものな。符術士のエントマは大丈夫だよな?な?」
「いえ 申し訳ございません。エントマ・ヴァシリッサはウェポンマスターの職業を持っております」
「ええ……意外……」
「沢山の長い蟲の手で剣を振り回す様は格好いいですよ?」
「なるほど……解る。すごく解る。良い。 ……となると後は一人しか居ないな……」
・・・・・・・・
ユリ・アルファは食堂にてコック長とメイドの食事メニューなどについて話し合っていた。
突然 今日のモモンガ様の部屋務めであるナーベラル・ガンマよりメッセージが入った。
『ユリ姉さん モモンガ様の部屋に来てくれますか?』
『どうしたのナーベラル?こんな夜中に……』
『はい モモンガ様が、私では駄目だとおっしゃられまして……』
(ナーベラルじゃ駄目?ポーカーフェイスの妹がこんな沈んだ声を出すなんて‥‥)
『今、シズがモモンガ様の部屋の近くに居るからシズなら直ぐに向かえるわよ?』
『いえ モモンガ様がユリ姉さんじゃないと駄目だと』
『ふぇ? ボ、ボクをモモンガ様が?!』
『はい 慌てなくても宜しいので速やかにお越し下さい。モモンガ様の御指名なのですから』
『ボ、私を御指名……モモンガ様が……解りました。すぐに支度をして行きます』
「こんな夜にナーベラルが当直で居るのに態々ボクをお呼びとは……」
アンデッドなのに真っ赤に火照る顔に戸惑いながらユリは早足で廊下を歩いてゆく
「これは、もしかしなくても ご寵愛‥‥を賜るということよね……」
それ自体は嫌悪感どころか大変な光栄に身の震える思いのユリであるものの、その手の事に疎く、未経験で初心(うぶ)な自分に務まるだろうか?という不安の方が大きくて押し潰されそうになり、モモンガの私室までの距離が遠いような近いようなフワフワした感覚に不思議な気持ちになる。
何故か何度も曇る眼鏡を拭きながら、ついにモモンガの私室の前に着く。
正直、年頃の女性でもあるし初めての相手が至高の御方の最高峰モモンガ様であるという事で、期待感や不安感や多幸感が綯い交ぜになり、気持ちの整理がつかないまま、動いてないはずの鼓動を激しく感じつつドアをノックする。
「……お待たせいたしました。ユリ・アルファ、参りました。では失礼致します」
――――この後、めちゃくちゃ剣を持たされた……。
・・・・・・・・
「やはり ユリも持てるけど振れなかったな、剣」
「はい やはり至高の御方に創造された時に頂いた能力以外のことは出来ない様です」
「うむ ところでユリは、そもそも剣が嫌いなのだろうか?入室して「この剣を握って、素振りしろ」と言ったら、凄い顔して落ち込んでいたのだが……」
「そう言えば創造主の「やまいこ」様も鉄拳で戦われる御方でしたね」
「うむ イヤな事を部下に強いるとか上司失格だな。また謝っておこう」
「いえ 至高の御方にそこまでして頂く訳にはまいりません。 私から話しておきますので、どうかお気にされずに」
「ふむ お風呂あがりだったみたいだし悪い時に呼んでしまったな」
「そんな事はありません。ユリ・アルファが剣を使えないと云う事で何かモモンガ様のお役に立てたのであれば、これに勝る幸せは有りません」
「ええ…… う、うむ もちろん検証の役に立ったぞ。ところで、少し外に散歩に行こうと思うのだが」
「はっ 近衛を用意して有ります」
「え?……いや 独りで(気楽に)行きたいのだが」
「それはお許し下さい!至高の御方にもしもの事があった時に、盾となり死ぬことが出来なければ、私たちは生きている意味がありません!」
「うへあ……いや、ご、極秘で行いたい事があるのだ。供は許さぬ」
「? 先程『散歩』と仰っておられましたが?」
「あ はい」
この後、2人でフライを使い夜の空の散歩をして、この世界の星の美しさに心を奪われる。
「宝石箱みたいだ……」と恥ずかしいことを呟いたら、ナーベラルが「我々に命じて下さればモモンガ様の物にしてみせます」と生意気なことを云ったので、脳天にチョップしたら「うきゅっ」とミッフィーみたいな口になってた。なんだろうNPCのデフォルト仕様なのだろうか?
おまけ
ユリ入室後のモモンガ私室前
「ほら もう少しだ。頑張れユリ」
「クッ は、はい……」
「ユリ姉さん頑張って」
「よし もう少しだ!」
「ハアハアハアハア 」
「姉さん もっとしっかり握って下さい」
「よし もう少しだ!」
「くぅあっ あ~駄目っもう駄目ですっ」どたんごろん
「急いで湯浴みする姉さんの様子がオカシイから、気になってついてきてみたらモモンガ様の部屋で一体なにを……姉さん」
次の日の食堂
「姉さん 『昨夜は有難う、そして済まなかった。』とモモンガ様が仰られていたわ」
「「「!?」」」
「ごめんなさい 私ではモモンガ様に満足して頂けなくて‥‥」
「「「「!?」」」」
「いえ モモンガ様は大変満足しておられました」
「「「「!?」」」」」
「でもボ、私、途中からムキになって力を入れて握りすぎて、モモンガ様の、少し歪ませてしまったわ‥‥」
「「「「「!?」」」」」
「いえ そんな事よりも初め姉さんが泣きそうな顔をしていたのを気にしておられました。お嫌だったのですか?」
「「「「「!?」」」」」」」
「そんな事は有りません!初めてで不安だったけど、ご満足頂けたのでしたら光栄です」
「「「「「「!?」」」」」」」
「二人とも、みんなの前で何て話をしてるんっスか!」
「まあ 私は知ってたけどね~ 姉さんもやるわね」
「ああっ!シクススが泡を吹いて気を失っているわ!」
「ああっ 今日もユリ様を視姦しに来たシャルティア様が泣きながら走って行ったわ!」
「?」
「?」
暫くの間、ユリのアダ名が「寵姫」になった。
まりも7007様、kubiwatuki様、誤字脱字の修正有難うございます