カルネ村には管理者としてプレアデスの一人、ルプスレギナ・ベータが駐在して居る。
以前、一度モンスターの襲来を放置して護衛対象のンフィーレアが殺されそうになり、モモンガより「この駄犬が!」と罵られてから違う属性にも目覚めそうな自分を少し怖れている。
その時は第三位階のスペルキャスターになっていたニニャ(旧名)の活躍と、ツアレのピンチに駆けつけたセバスが本気を出した結果、モンスター達は(物理的に)色々なことになった。
透明化して家の屋根の上で高みの見物をしていたルプスレギナの首を、セバスにふん捕まえられて猫のようにぶら下がった状態で「…………………………………………………(怒)」と長い時間、無言で睨みつけられて「ご、ごめんなさいっす……」と犬耳を垂らして謝罪することになったため、その後はやや慎重に行動する様になり反省をしているというのがもっぱらの噂である。
その後は新村長のエンリ・エモットと仲良くやりつつ、病人や怪我人の治療にあたったため村人との関係は多少不気味がられていながらも良好と言えた。
今日は更にアダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』のセバス、そしてナーベラル・ガンマとユリ・アルファが居た。更に村には入っていないが丘の上にはシズ・デルタが寝そべって狙撃銃のスコープで村の様子を注視しており、ソリュシャン・イプシロンとエントマ・ヴァシリッサ・ゼータ以外のプレアデスが勢揃いしている。
彼らはカルネ村の南門に集結しナニかを待っていた。
同時刻 竜王国の西端にゲートを抜けた数体の異形種がその身を晒していた。
彼らの指揮官を任された丸眼鏡をかけた三つ揃えのスーツに身を包んだ紳士は「皆さんの本気を出せる機会と、それを近くで見ることの出来る幸せ……本当に胸が高鳴りますねえ」と後ろに控える者達に誇らしげに語った。
「デミウルゴス様ぁ 今回は人間を食べても良いのでしょう?」
「はい 多少なら……ただしあまり市民は襲わないで下さいね。エントマ」
「はぁい わかりましたぁ」
「ええ~ この子達を大暴れさせるつもりだったのにい~」
「もちろん大暴れしてもらって結構ですよ?アウラ ただしモモンガ様の考えを御存知でしょう? 程々にね」
「そ、そうだよ~ お姉ちゃん! あの人達はこれからは働き蟻としてナザリックのために貢献してくれる人たちなんだからね」
同時刻。ナザリック地下大墳墓の玉座の間にてモモンガは斜め後ろに控える守護者統括のアルベドから話しかけられる。
「そろそろですわね。モモンガ様」
「うむ。しかし、意外と時間を掛けたなあ……あいつら」
「特殊部隊の損失が大きくて、急造の隊員養成をするために時間が必要だったのでしょうね」
「それにしてもツアーのお宅訪問から何ヶ月経っていると思っているんだ?慎重派が多いのか?今まで、散々あんなに過激な策ばかり弄して来たと云うのに」
「それらの策をモモンガ様が尽く叩き潰してしまいましたからですわ。愚かな人間でも少しは学習するというもので御座います」
そうか……俺が悪かったのか……そのせいで作戦責任者とかが左遷されたり詰め腹を切らされたりしたのかなあ……なにか申し訳ないな。
と、ナザリックの支配者は妙なことで反省をしだした。恐らく反省することは他にいくらでもある。
「悪いことしたなあ……」
「はい?どうされました?」
「いや 何も言ってないぞアルベド」
「はっ ところで初めの我々の献策からモモンガ様が少し修正された件ですが……」
「なんだ まだ気にしているのか?」
「致しますとも! アレの危険性を考えれば守護者統括として、モモンガ様を愛する者として、モモンガ様の未来の妻として当然で御座います」
「なにかドサクサに紛れて色々と言ってくれたが、元の案では守護者達への負担が大きい こちらの方が無理がないし、それに……」
「……それに?」
「少しは私にも、オマエ達に格好をつけさせてくれても良いだろう?」
「はうっ! そんな! これ以上、私をどうするおつもりでございますか?!」
「いや どうもしないが……」
「してくださいませ!」
「………。」
「するべき」
「いやどす」
スレイン法国最高神官長は法国大聖堂の一番上の椅子に座ったまま、興味なさげに無表情で目の前の光景を見ている。
光の神官長が大聖堂に溢れんばかりの戦士に檄を飛ばし続けている。
「よいか諸君! 諸君は我が国の誇るべき勇者たちである! 今、まさにバケモノ共がこの世界にはびころうとしている! まさにこれは人類の危機である!」
顔を赤くして聴衆である精鋭たちが光の神官長の演説に聞き入る。
「諸君だけがこの星の希望であり救世主なのだ!! 諸君ら一人一人が英雄なのだ! 死を恐れるな!」
『兵士に死を恐れるなと言いだすのは亡国の兆しである』と誰かが言ってたな……と『漆黒聖典』の新隊長であるクアイエッセ・クインティアは壇上で聞きながらニヒルに笑った。
本来彼は『漆黒聖典』でも生真面目で一本気な性格だったが、妹であるクレマンティーヌの度重なる裏切りや、尊敬していた『漆黒聖典』の元・隊長の失踪などが重なり、また信頼できる神官長が、くだんの件にて引責辞任をしたりと非常にスレイン法国の政治的な問題が気乗りしない状態になりつつある事に対して内心不満を抱えていた。
しかも今回の作戦では本来、彼の『漆黒聖典』が花形の突入部隊として指名されると新隊長として張り切っていたのに関わらず、能力が突入地に向いていないという事もあって自分は本国の守護をしつつ、第一陣の連絡を待って後詰としての突入という役目であった。これは歴史上、常に法国の先駆けとなり働いてきた『漆黒聖典』の隊長としては屈辱的な物であり、責任感が強く生真面目なクアイエッセだからこそ歯噛みする状況だった。
「エイ、エイ、オウーー!!」の掛け声と共に選りすぐりの精鋭達がやる気に満ちた顔で大聖堂を後にする。
それを冷ややかな眼で見たクアイエッセは「……罪のない村人を襲うことに対して、よくもそれだけヤル気になれる物だ」と皮肉に顔を歪めて独りごちた。
今回の作戦は裏切り者であり妹でもあるクレマンティーヌが何故かトブの森の洞窟と思われる場所に出入りしているのを諜報部が発見したことに始まる。
さらに、その洞窟を監視していると、アダマンタイト冒険者であり、リ・エスティーゼ共和国の英雄である「モモン」が何度か出入りしており、調査の結果、彼の別荘と判明する。
クレマンティーヌは前・隊長を含めた『漆黒聖典』の半数が接触を図り、そのまま姿を消した件の最重要参考人であること。
また 我々と敵対していると言っていい「ツァインドルクス」の分身たる白銀の騎士もその洞窟に姿を消していること(本体はその後、棲家に居ることは確認済み)
それ迄の『漆黒』の活躍ぶりからすでに疑惑を持っていた上層部は「モモン」のチームメイトである『漆黒』の冒険者に、秘宝による調査を慎重に行った所、セバス・チャンは人族では無い色のオーラを持ち、ユリ・アルファに関しては吸血鬼などのアンデッドである可能性が高く、ナーベラル・ガンマはハッキリとは判明出来ず、ちゃんとした人間はカルネ村に暮らすニニャ・ベイロンだけであった。
これらから『漆黒』は非常な存在であり、クレマンティーヌとの関係からも『漆黒聖典失踪事件』に大きく関わっている可能性が高く、彼らはツァインドルクスとも手を結んでいる可能性も高いのである。
つまり「人類の救済」という崇高なる使命を掲げて『異形種』と戦うスレイン法国にとっては「異形種」の台頭や復権というのは国是として打倒しなくてはならない案件であり、彼ら『漆黒』を敵として認識したのだ。
スレイン法国は、ガゼフ抹殺作戦を実行していた時に隊員全員が消息不明に成って放置してあった『陽光聖典』を復活させ新造チームながら『漆黒』のセバス・チャンやユリ・アルファの所在地であることが確認されている「カルネ村」襲撃部隊の主力として、隊員40名と精鋭の隠密兵200人を出撃させた。
新しい隊長は前・隊長であるニグン・グリッド・ルーインほどのタレントには恵まれていないが有能で信頼に値する人物である。きっと良き報せを持ってきてくれるハズだ。
そして今回の作戦の肝は「モモン」の隠れ家といえるトブの森の洞窟への侵入と抹殺のために法国の秘密兵器である『番外席次”絶死絶命”』を遂に初めて国外に派遣することである。彼女の強さは『国士無双』どころの騒ぎでは無く、『史上最強』という話もあり、5つの秘宝を装備している状態では間違いなくプレイヤーよりも強い存在であると言える。作られた方法なども最重要機密事項であり、特にドラゴン達には秘匿にしなければならなかった。今回、ツァインドルクスが自分の棲家に篭っている事が確認されたからこその作戦実行である。彼女なら間違いなく「獲物」を取ってきてくれるだろう。
モモンは主に騎馬にて移動しており、常にトブの森の洞窟に入り、そこから出てエ・ランテルやリ・エスティーゼへ移動していることから転移魔法は使えないと見られている。つまり、彼は今、間違いなく洞窟の中に居るハズだ。しかし洞窟の中がどうなっているのか分からないが、テイマーであり大型のモンスターなどを使役して戦うクアイエッセに不向きな戦場である事は確かだった。番外席次が侵入後、中が広くクアイエッセも本領を発揮できる様な所であれば彼女よりスクロールで連絡が来ることになっているし、やはり不向きだというのであれば、『陽光聖典』の後詰としてカルネ村襲撃に加わることになっていた。
コツコツコツと音を立てて『番外席次』がクアイエッセの横に並び立つ。
「まさか国から出て戦っても良いなんて。楽しみね」
「……モモンという男はガゼフと互角と言われております。御注意ください」
「ん? ご注意しろと言われても、ガゼフの倍は強い漆黒聖典の元・隊長ですら子供扱い出来る私の強さを知ってると思うけど?」
「ええ 私もまとめて潰されましたから、アナタの強さは身を以って知っております。しかし相手は元・隊長を倒している可能性が高い。何らかのアイテムを持っている可能性を危惧しております」
「行方不明の『ケイ・セケ・コゥク』みたいなのを所有している可能性?」
「はい」
「心配しなくても大丈夫、今回は老人も本気みたいで秘宝5点も装備した上で森の洞窟に侵入する許可が出ている」
「?! そうなのですか……確かに秘宝の中には装備していると『ケイ・セケ・コゥク』の効き目が無くなる物もありますが」
「ええ。まあ 5点と言っても一つは私と同化しているけどね。ふふ 敗北を知りたい……」
『番外席次』のいつもの口癖が出てクアイエッセは彼女がリラックスしている事が分かり安心した。
「ふふふ 私としては出番を残しておいて欲しいところですがね」
「モモンがカルネ村の救援に向かってくれることを祈るべき」
「そうですね。そうしてくれると彼を後ろから追いかけるアナタと彼の通る道を防ぐ私で挟み撃ち出来ますからね。もっとも望ましい作戦の結果です」
そう この作戦は柔軟に対応出来る様に練られていた。
1.カルネ村を襲撃し、モモンの仲間たちと彼が懇意にしている村人達を襲う
2.モモンがカルネ村を見捨てた場合、陽光聖典と200の精鋭でカルネ村を滅ぼし、番外席次はトブの森の洞窟に侵入し、漆黒聖典と陽光聖典も後に続く
3.モモンがカルネ村の救援に向かった場合、道中で漆黒聖典が立ちふさがり、番外席次が後背から襲撃する。
番外席次の強さは破格であるが、相手は何らかの方法で元・漆黒聖典隊長を無力化しているのだ。できれば敵地ではなく、外で挟撃出来れば確実性が増すのだが……。
そう考えながらクアイエッセは番外席次を見る。彼女はいつの間にか取り出したルビクキューをカチャカチャとやりこんでいる。
少なくともクアイエッセは、これを彼女が仕上げた所を見たことがない。飽きないのだろうか……とも思うのだが、人類最強として長年生きてきて、秘宝を守るために国内に囚われ続けた彼女に取っては自分以上の強者こそ永遠の憧れであり、同じように自分の挑戦でも解けないルビクキューは挑みがいのある遊びであり戦いなのかもしれない。
もうすぐ出発の用意を……と声を掛けようとした瞬間、突然 番外席次が
「出来た‥‥‥」と呟いた。
彼女は大切な宝物を両手のひらに載せて掲げる様に眼をキラキラさせて六面が揃ったルビクキューをウットリと見つめた。
決定的瞬間を見てしまった……とクアイエッセは少し感動したが、嬉しそうだった番外席次の表情がどんどん曇っていくのに気づいた。
「ふぅ出来ちゃった……」
「……嬉しくなさそうですね」
「いや……うん出来た瞬間は嬉しかった。すぐに、ああ、もう私が挑戦するモノが無くなったんだなあと思ってね」
「最強なのも大変なんですね……」
「私が最強じゃないと人類が大変なのだよー」
それもそうだ。
彼女こそがこの星の人類の守り神 決してアーグランドの羽根付きトカゲどもでは無い。
番外席次は少し寂しそうに数十キロある戦鎌をクルクルと回して「では行ってくる」とだけ言って歩き出そうとした。
「お待ち下さい 番外席次様」
「?」
「本当のことを教えて下さい」
「本当のこと?」
「上は何を考えているのですか? なぜ法国の命運をかけて『漆黒』を喰らおうとしているのですか? 不自然すぎます」
「……。」
「セバスやユリという者が異形種ということは分かりましたが、では彼らを纏めるモモンとは何者だと判断したのですか?」
「ま いっか」そう軽い調子で答えると番外席次は大した事でも無い事のように話し始める。
「上は『漆黒』のモモンをプレイヤーだと考えてる。モモンは弱いけど、十三英雄の時にも居た「いずれ破格の強さを手に入れる者」と考えられると」
「初め弱かったのに戦いの中でどんどん強くなったあのお方ですね?」
「そう だからこそ今のうちにトドメを刺す。そして彼に付き従うセバス達はプレイヤーか、従属神であると推測。」
「プレイヤーなのに異形種ですか?」
「可哀想なスルシャーナ様を忘れないで欲しい」
「そうですね……あのお方は異形種にして神でした」
「彼らを抑えるために洞窟の奥にあるであろうギルドの秘宝を奪う」
「あのプレイヤーのギルドの象徴となる武具を?! そんな危険です! 六大神のギルドの秘宝を破壊したために起こったのが『従属神の魔神化』だと伝えられているではありませんか?!」
「うん だから壊すのでは無く交渉と威しの材料として使うために奪う。プレイヤーがモモンだけとは限らない。それが私の任務。今ならセバス達はカルネ村で、モモンは洞窟。戦力が分散されている。狙い目」
「そう……だったのですか……」
「うん だからもしモモンがカルネ村救出に向かっても私は彼の背後を襲うより先にギルドの秘宝の奪取を最優先という命令が与えられている。私が助けに行くまで粘って欲しい」
「私は世界屈指のテイマーだと自負しております。次々と魔物を使役しての持久戦は大得意ですよ」
「そう だからアナタはカルネ村では無くココに居るの。腐る必要は無い」
「なるほど……有難うございます。案外優しいのですね」
「そう? あっ 『ふらぐ』を立てちゃった?」
「えっ? ふらぐ?」
「知らないの? 十三英雄の伝承が書かれた書物によると『ふらぐ』という物が立つと法則が発動して何かの成功率が上がったり下がったりするという御呪いとかゲン担ぎになるの」
「そんな呪文…いや、儀式による運的な物の上げ下げが可能だとは……しかし、よく御存知ですね」
「ふふん 伊達に長生きしてないの」
「では、是非、貴方が無事に帰ってこれる『ふらぐ』を唱えてください」
「ふらぐは唱えるものじゃなく立てるもの。」
そう言うと番外席次は色々と思い出しているようだ。
「『この闘いが終わったら、お前に伝えたいことがあるんだ』うん、これで完璧」
「え? そんなので良いんですか? 確かに場面としては正しいセリフですが」
「完璧」
「分かりました。あなたの好きな、とっておきのサラダ作って待ってますよ」
「了解、パインサラダ期待してる」
「まあ 私も戦いに行く予定なんですけどね……」
「私がギルドの秘宝を奪ってくればスクロールで作戦終了のメッセージを届けるので、その場合は暇になる」
「なるほど。まあ出番が欲しい気持ちもありますが、相手がプレイヤー達ならそうも言ってられません。よろしくお願い致します」
「うん おまかせあれ」
「はい 御武運を祈っております」
番外席次は歩き去り、大きな戦鎌を背負った後ろ姿を見せながら後ろ手を振る。
そして漆黒聖典新隊長『一人師団』クアイエッセ・ハゼイア・クインティアは隊員と共に漆黒聖典の本拠地にて、陽光聖典と番外席次の作戦成功を祈ると出動命令を待ちながら、普段、あまり話す機会がなかった隊員と将来の事を話したり、今度結婚するという隊員や、もうすぐ子供が生まれるという隊員を祝福し、「作戦帰還後に一杯奢るよ」と和やかな時間を過ごしていた。
待機命令のまま暗くなった窓を見る。……機動部隊ですし、もうそろそろ第一報の連絡が来ても良い頃ですが……。そんな言い知れない不安の中で、テイマーであるクアイエッセが、今日の戦いに連れて行く予定の苦労して飼い馴らしたギガントバジリスクに餌を与えに行こうと立ち上がる。その時、外から「ガシャーン」という妙な破砕音が微かに聞こえた。
「……何か外が騒がしい様ですね」
「隊長。見て参りましょうか?」
「いえ、私が行きましょう。ちょうど外に出ようと思った所ですから、ついでに見てきます。なあに犬猫の類でしょう」
そう隊員に優しく微笑んだクアイエッセは、ドアを開けた。
開けてはならないドアを
代理石様、カド=フックベルグ様 誤字修正有り難う御座いました。特にクアイエッセの修正はさぞかしお手間を取らせたと思います。有り難う御座いました。
244様、誤字の修正を有り難う御座います。まさか『番外席次』を『番外次席』と書いていたとは驚きです。じゃあもっと強い首席(主席)がいるんじゃねーかって話ですよね
しまったなあ 間違えているふりをして 『番外主席』というラスボスを設定すれば良かった(笑)