鈴木悟分30%増量中   作:官兵衛

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第五章四編 無邪気というラスボス

 

 

 

 

 

 

 翌朝 質疑応答二日目

 

 セバスは昨日、答えることが出来なかった質問に、昨夜の内にメッセージにてナザリックに問い合わせた答えが書かれた羊皮紙を見ながら答えていく。

 閣僚達が寝ずに考えた質問や不明点などにもスラスラと答えていく。

 

『竜王国』としては「試しに国境外でビーストマンと戦ってもらう案」と「怪しすぎるので今回はパス案」の2派に分かれていたが、全体的に見ればやや「保留」の声が大きかった。

 

 途中、女王から突然「盟約と言えば昔より政略結婚という言葉もある。どうじゃ? ワ、ワ、ワ、ワシと、け、け、け、結婚を‥‥いたたたたたたた、やめろっ!やめてっ!」

 という事もあったが、まずは貴重なアダマンタイト級冒険者であるし、ここで誼を通じておこうという思いは『竜王国』首脳陣の一致した見解ではあり、和やかな流れで昼の会食へと移行していた。

 女王ドラウディロンはヒリヒリと痛む「こめかみ」を押さえながらセバスの冒険譚などをせがんで聞かせてもらった。

 そんな時である。 突然、会食会場に衛兵が飛び込んできたのは

 衛兵は国務大臣に何かを耳打ちすると、国務大臣は青ざめた顔で女王の元に駆け足でやってくる。

 

「御来賓のおられる中、失礼を致します。申し訳ありません、陛下。東の砦が陥落寸前との報が入りました!」

「なんと!?」

「東の砦が‥‥だと!?」

 

 セバスは隣の宰相に小声で「すみません、東の砦とは?」と尋ねる。

 宰相は「東の砦は、ビーストマン部族に侵食を許している我が国が国内に建設した、ビーストマン部族を首都に侵入させないために地形を生かして最も堅固に作られた『不破の関』のことです。ここを突破されると首都まで一気に攻め入られる事になります」

 

 驚いた閣僚が騒然とする。

 

「あそこには勇将と名高いグラボウスキ将軍が精鋭3000で詰めていたのでは無かったのか!?」

 

 女王ドラウディロンが威厳を持って声を発する

 

「緊急事態である。伝令兵よ、こちらに来て直接仔細を伝えよ」

 

「ハッ」

 

「昨日までは東の砦は堅固にしてビーストマンも攻めあぐねていたではなかったか?どんな奇策を使われたのじゃ?」

 

「それが……ただひたすらの強引な正攻法で御座います」

 

「な!?力攻めか!?あの砦は20メートルの崖の上に15メートルの石壁で建てられておったのじゃぞ!?」

 

「昨日深夜より、奴ら急に気が狂ったかの様な猛攻を東の砦に仕掛けてきまして……上から熱した油や丸太を雨あられと浴びせても形振り構わず次々と壁をよじ登りだして、多くの犠牲を出しながらついに壁を登りきりまして御座います!」

 

「むう して現在の状況は?」

 

「私がグラボウスキ将軍に『危急を王都に知らせよ』と命ぜられた時は、数体のビーストマンが砦の壁の上に取り付いた所でした。敵も無理攻めだったため被害は大きく、今のところは砦内に造られている第二の壁にて抑える事が出来ている状況です!」

 

「砦内の第二の壁じゃと!?そこを抜かれたら砦より我が王都に一直線では無いか!?しかもその道程にいくつの村々や町があると思っておるのだ!?至急援軍を送るのだ!ビーストマンを砦より出すな!この城に詰める衛兵も送ってかまわぬ!またワーカー『豪炎紅蓮』にも首都防衛の依頼交渉をせよ!オプティクスは話の分かる男だ」

 

「では急ぎ編成し宰相である私、自ら向かいます」

 

「うむ 頼む。北と南の砦からも兵を割いて援軍として王都に至急招集させよ 冒険者やワーカーにも通知を出せ」

 

「はっ」

 

「そういう訳でセバス殿、今回はこれまでじゃ。次回、もし次回があれば良いのじゃが、また面白い話を聞かせてくれ」

 

 セバスは小声で「……なるほどそういう事ですかデミウルゴス」と独りごちたあと王女に向かって進言する。

 

「……陛下、私に許可を頂けないでしょうか?」

 

「帰りの通行許可手形ならすでにお渡ししたはずですが?」と宰相が訝しんで答える。

 

「いえ 私の力をこの国で使う許可を頂きたいのございます」

 

「おお! チーム『漆黒』が援軍に来てくれると云うことか?」

 

「いえ 私だけで行かせて頂きます。」

 

「なっ いや、一人で一体どうするというのじゃ!?」

 

「我々『アインズ・ウール・ゴウン』が『一人』で、何が出来るか? お試し商品として御覧頂くにはちょうど宜しいのでは無いでしょうか?」

 

 セバスはそう言い切ると、安心させるためか白髭の中で少しだけ微笑んだ。

 

『竜王国』の首脳陣は何でも無い事の様に平然と、そう言ってのけるこの老人に唖然とした。

 

 あと小声で「か、かっこええ……」という幼女の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「東の砦」を3ヶ月前より任された守将クレイヴ・グラボウスキが実は「東の砦」を建設する際に反対派だった事を知る者は少ない。

 彼は他国の力を借りてでも一度ビーストマンを『竜王国』の国境まで押し戻し、その国境にこそ大規模な防衛拠点を作るべきだと考えており、宰相にもその旨を伝えた。しかし、宰相からは「そもそも他国の力であるスレイン法国の援軍が来ない」と云うことと、元々の国境付近の地形は守るに適しておらず、実際に建っていた砦は抜かれている。そんな所に大規模な防衛拠点など建設工事自体が実行不可である。という事だった。

 却下はされたが不満は無い。グラボウスキは今の宰相を気に入っていた。彼の家は割りと良い身分の貴族だが、贅沢はせずむしろ質素倹約に努めている。しかもそれで浮いたお金を自腹で冒険者や各国のワーカーを雇うなどして国のために諜報員として役立てている。それに彼が集めた官僚や閣僚も優秀な人材が揃っており、小国であり、ビーストマンの脅威に晒され続けている『竜王国』が今も国体を保っていられるのは彼らのお陰である。時々官僚達が妙な目で陛下を見ていることは気にはなるが……。

 

 何も知らないバカ貴族は「ワーカー等と云う低俗な者共を大量に雇うなど、賊の首領気取りか」などと嘲る者も多いが彼ほどズケズケと女王陛下に諫言をする者は居ないし、あれだけ切れる頭を持ちながら私心なく公務をやり遂げる男はそうそう居ない。小国には勿体無い人物だ……。

 バハルス帝国などに生まれていたら鮮血帝と両輪となって羽ばたいていただろうに……。まあ 閣僚たちの話では女王陛下と男女の仲であるとの噂もあるが…なんでも、時々2人だけの執務室から「はぁはぁ」という荒い息遣いや、不自然な室内の物音、そして服装を乱した宰相が部屋から出て来るのが数回目撃されているのだとか。陛下も良い年なのに独身なので、まあそういう醜聞の1つくらいあっても良いとは思うが宰相は妻子持ちだからな……程々にしてくれると良いのだが ふふふ

 

「将軍!」

 グラボウスキが王都のことを考えていると部下が走りこんで来た。

 

「策は成功です!ビーストマンは壁の上でこちらを眺めることしか出来ない様です」

 

「ん……そうか 壁の上のビーストマンの数は?」

 

「およそ200と言ったところです」

 

「分かった。油が切れないように頼むぞ マジックキャスターも交代で休ませろ」

 

「はっ!」

 部下は冷静な将軍に頼もしさを感じて下がる。

 

 壁の上‥‥そう壁と言ってもこの砦の壁は城壁を思い出させるような厚みがある。そこに兵士を置くためだが幅は約3メートル

 そこに昨夜に敵が取り付いて、30人ほどのビーストマンが壁の上に登った時点で、王都に伝令を送った。早ければ今日の夜にも援軍が来るはずである。

 この砦は二重構造になっており、敵が外壁を抜いたとしても、まず30mほどの幅の木と布で建てられた守兵の宿舎などがある広場に出る。そして高さ8メートルほどの第二の壁があるのだ。ちなみにココを抜かれると背後には武器庫や生活施設、宿舎に入りきれない兵のための野営キャンプ地があるだけで王都まで遮るものはない。この第二の壁が最後の砦なのだ。

 そしてグラボウスキは敵が第二の壁に取りつき始めた瞬間、防戦に使っていた油を予め宿舎などにタップリかけており、それに火をつけた。

 阿鼻叫喚の嵐である。宿舎などがあった幅30メートルの広場は砦の壁と壁に挟まれた狭隘地であり逃げ場もない。布と木で出来た宿舎は良く燃えた。高さ3メートルにも昇る大火にビーストマンといえども為す術がなく仲間を助ける事もできない。100人ほどのビーストマンが犠牲になっただろう。更に第二位階のマジックキャスターを20人ほど用意して衛兵の大盾に守られながら遠距離魔法による攻撃を壁の上に居るビーストマンに浴びせており、逃げ場の間ない狭い壁の上でビーストマンは憎しみを顔に浮かべながら少しずつ倒れていった。

 

 

 

 ……なぜ今回はこんなに、必死なんだコイツら?

 

 グラボウスキは「とりあえずの安全」を得て思いを馳せる。

 ビーストマンという個体は非常に強力である。冒険者組合が出した平均的ビーストマンの難度は確か‥‥40~60

 これは一番下っ端の強さが40~60ということで全員がシルバー冒険者からミスリル冒険者の集まりだと思えば解りやすい。 しかも俺達で云う小隊長的な2、30人を纏めるリーダーの強さは難度70に達する。そして明らかに難度100を超える様な化け物も数体確認されている。

 もちろん手強い。しかし弱点もある。頭が悪いわけではないが動物的本能に忠実で、炎を恐れたり、自分の気分で戦ったり戦わなかったり、戦いが不利になるとヤル気をなくしてアッサリと逃げたりする。つまり軍隊としての行動はほぼ不可能で、いつものビーストマンの被害も群れとして2、30人で行動して村人に襲いかかったりが繰り返されるパターンが多かった。しかし今回はナニかが違う。

 

 なぜあんな集団行動で一気に大群で押し寄せてきたのだ?なぜあんなに死に物狂いで何度も何度も傷つき多くの同胞が無駄死にしていくのをみながら力押しで‥‥?なにかそうせざるを得ない事が彼らの身に起こったのか?

 例えば、奥地に住んでいたビーストマンの群れが蝗の大群や干ばつなどで食料を失くし中央に進出してきたため押し出された。

 例えば、ビーストマンのボスが変わった。ボスの権威が強固になり集団行動をとれる様になった。

 例えば、何か理由があって『竜王国』の拠点か、宝?の様な物を取りに来ている。いや そんなもんウチにゃねーな

 例えば、竜騎兵部族が画期的な武器や戦法を編み出してビーストマン部族の領地に攻め込‥‥

 

「将軍大変です!油の大瓶があと2つです。あと一時間くらいしか持ちません」

 

「後ろの森から燃えそうな枯れ木の枝の部分を大量に刈り取って、広場にくべて油だけに頼らずに火を燃やし続けろ。燃えやすそうでも幹は駄目だぞ!それを踏み台にして登ってこられるからな。あとマジックキャスターは一時退避し休息。弓隊の矢の補給は駄目か?」

 

「はい もう撃ち尽くしてしまいました。代わりにビーストマンが当方の撃った矢を拾って撃ちかけてきます」

 

「ズルいなあいつら。敵がこっちに撃ってきた矢は石の壁に当たって潰れたり折れたりで使い物にならねーのにな」

 

「こちらの矢は地面や森の木に刺さってますから回収が容易なようです」

 

「ちっ 石の用意は充分だな?火が消えたら魔法と投石で、ビーストマンが外壁の上に昇る度に撃ち落とせるようにするんだぞ あと貴重な油だが第二の壁に油をタップリ垂らして、あいつらが登りにくくしておけ。焼け石に水かも知れんが」

 

「はっ」

 

 

 この世界にあるのかどうかは解らないが『人事を尽くして天命を待つ』という言葉がある。

 

 彼らは人事を尽くした そして2時間もの間、ビーストマンを砦の広場に釘付けにしたのだ。

 しかし その苦労も潰えようとしている。すでに広場から第二の壁に取りつきだしたビーストマンは仲間の背を蹴って壁の上に上がる者も出てきた。

 名将と名高いグラボウスキもすでに200人ほどになった守兵と共に槍を振るっている。

 

「お前ら! あともう少しだけ頑張れ! もう少しで味方の援軍の第一陣である騎兵隊が到着するハズだ!」

 

 嘘である。

 

 早くても後3時間は掛かるのだ。しかし、それを分かっていながら守兵達は信頼する将軍の励ましに応えようとする。

 

「うおおーー!! あともう少し頑張るぞ!」

 

「俺達が少しだけ頑張れば、それだけ村人達が逃げる距離を稼げるってもんだぜ! 最後まで剣を振るうぞ!」

 10本以上の矢が身体を貫きながらビーストマンを壁から蹴落とす者が居る

壁を登ったビーストマンにボロボロの身体で抱きついて、ビーストマンごと壁から飛び降りた守兵も居る。

 グラボウスキは絶望と希望を同時に見た気分となり、ああ‥‥こいつら救ってやりたいなぁ‥‥と呟いた。

 

「槍が折れたー! 小僧! 武器をくれ!」と背後の新兵達に声を上げるが返事がない。振り返ると全員がすでに流れ矢などで死んでいた。その中にはグラボウスキが「小僧、小僧」と呼んで可愛がっていた自分の子供と同じくらいの14歳の少年兵も居た。

 

「おおおおおお‥‥‥」

 すでに背後には誰も居ない。自分たち一列が最後の防衛線だ。

 グラボウスキは折れた槍を棄てて、少年兵が大事そうに抱えている槍と剣を取りに壁から降りた。

 

 

 そして 天命がやって来た。

 

 

 そこには戦場に相応しくない一人のスーツに身を包んだ紳士が居た。

 年齢は5、60歳ほどだろうか?白髪白髭からは老人を感じさせるが、ガッチリした身体から滲み出る力とオーラが尋常ではなかった。

 鷹のような鋭すぎる目をした老人は真っ直ぐにこちらに歩いてくると、

 

「すみません お手すきであれば、少々時間を頂けますでしょうか?」と礼儀正しく一礼して話しかけてきた。余りに不思議な光景に思わずグラボウスキは、

 

「逆に聞くけど 今、暇そうに見える?」と苦笑いをしながら返した。老人も苦笑いをすると「失礼致しました。こちらを御覧ください」とマイペースに2枚の羊皮紙を取り出す。

 それは女王の捺印が入った「交戦許可証」と「冒険者依頼書」の二枚の証書だった。

 

「では 失礼致します」と再び礼をした老人は呆然と見つめるグラボウスキを無視して第二の壁の上に上がる。

 

「アダマンタイト級冒険者セバス・チャン 推参致します」

 そう、良く通る声で一言だけ敵と味方に宣言すると、一気に第二の壁の右から左まで100mを走りだした。

 いや ただ走っているのではない。移動しながら片手で汚いものでも払うかの様に「バシッバシッ」という音をさせながらビーストマンを壁の向こうへと叩き落としていくのだ。

 そして壁の左端まで行くと「ほおっ」という声と共に数百体のビーストマンが群がる砦の広場に飛び降りる。

 呆気に取られて見ていた守兵たちが「えっ?」と思って広場を覗きこんだ時、すでに数体のビーストマンが一撃で殴殺された後だった。

 

「だ、だ、だ、大丈夫ですか? お爺さん!?」

 と、ようやく口が開いた者が問いかけると、老人は笑顔で手を振りながら、やはり拳や蹴りの一撃でビーストマンを肉塊へと変えてゆく。

 

 フラフラとグラボウスキが第二の壁の上に昇って広場を見る。先程の老人がビーストマンの群れの中で踊っている。そう、踊っているとしか思えないほどに滑らかで美しい動き。ただしその踊りの最中に定期的に打撃音と血煙が上がるという物騒な舞踊ではあるのだが。

 自然体のように無造作にビーストマンの群れに歩いて行ったと思ったら突然「ボッ」という音と共に腕が消えて、ビーストマンが吹っ飛ぶ。それが淡々と繰り返されて行く光景はとても現実の物だとは思えなかった。

 

「……俺は、夢でも見ているのかな?」

 

「奇遇ですな 将軍……私も夢を見ているみたいです」

 

「ほほう お二人とも奇遇ですな 私も夢を見ている様です。私の一族は南の国の出身で、御伽話にて『仙人』という神様と人間の中間の様な存在が居るのですが……ありゃー 仙人ですな間違いない」

 

「ほう 仙人とな?」

 

「ええ なんでも山奥で霞を食べて生きているらしいですよ」

 

「三人とも、止めてもらえませんかね 現実から目を逸らしてヘラヘラするのは」

 

「しかし……傷どころか汗一つかかずにすでに、広場の半数のビーストマンを片づけているのですが……」

 

「おおー 今のビーストマン、凄く飛んだなあ……」

 

「ええ 良い角度でしたもんね 8mくらい飛んだかな?」

 

「おおっ 今のビーストマン、空中で2回転しましたよ!」

 

「うん なんだろう 凄すぎて言葉もないな」

 

「で、誰なんですか?あれは」

 

「うむ 先程もらった書類には『リ・エスティーゼ王国冒険者組合所属アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』セバス・チャン』と書かれているな」

 

「あれがアダマンタイト級冒険者の強さですか!?うちの姫様にご執心のセラブレイト(ロリコン)もあんなに強いんですかね?」

 

「いや セラブレイトの強さは知ってるが……あの爺さんの足下にも及ばないな、奴では」

 

「ですよね。あんな化け物がゴロゴロしてたらオチオチ道も歩けませんよ」

 

「あっ マズイ!? 今、壁をよじ登って来た『片眼片耳のスカーフェイス』はビーストマン部族で数体だけ確認されている難度100を越える怪物だぞ!?」

 

「えっ 英雄級ですか!?」

 

「セバスさんっ! そいつヤベえ奴で‥‥!?」

 

「……一瞬で死にましたが……『片眼片耳のスカルフェイス』でしたっけ?」

 

「渾名を覚える前に死んだな……あのビーストマン」

 

「なんだろう ちょっと可哀想になって来ましたね」

 

「「いや それは無い」」

 

 

 ‥‥‥‥‥

 

 

「ん? 誰か来ましたよ?」

 振り向くと20騎ほどの騎兵が馬を止めて下馬してくる。

 良く見ると『竜王国』の宰相、その人であった。

 

「グラボウスキ将軍!? 大丈夫ですか?」

 

「宰相……大丈夫じゃなかったけど命だけはある……ただ王国将軍としてのプライド的な物は死んだけどな」

 

「ここにアダマンタイト級冒険者のセバス氏が来ているハズだが……」

 

「彼ならそこで死のダンスを踊っ あるえぇぇ!? 居ない?」

 

「あ お爺さんなら広場のビーストマンを全部片づけて、砦の門前の向こうに集まっている奴らを蹴散らしに行きましたぜ」

 

「……だ、そうです」

 

「……え? これ、全部彼がやったのか?」

 

「7割くらいは爺さん一人で片づけた死体ですな」

 

「なんと……いうことだ」

 

「どうしたんです?高い金を支払って雇ってくれたんでしょうが?」

 

「……お試し期間ですけどね」

 

「お試し……?」

 

「彼らが契約して欲しいと云うのだ 毎年、国家予算の3%でモンスターからも敵国の侵略からも守ってくれるとさ」

 

「……マジですかい? 正直、スレイン法国への支払いや対ビーストマンの軍備を思えば格安ですし、彼に守ってもらえるなら軍事費の節約も出来るから国の建て直しも可能ですな」

 

「まあ 我々としては美味しい話すぎて裏があるんじゃないかと疑っているんだが」

 

「裏とは?」

 

「例えば、我々が軍事費を抑えて弱体化した途端に裏切って攻めてくるとか‥‥彼らじゃなくても他国がね」

 

「冗談でしょ? 宰相、帝国のフールーダ・パラダインを知ってますよね?」

 

「勿論だとも、当代随一のマジックキャスターだ」

 

「ええ 彼一人で帝国軍全部と匹敵すると言われるほどのスゲエ強い魔法使いの爺さんなんですがね。実は私はバハルス帝国へ客将として出向いていた期間にフールーダ卿が『リ・エスティーゼ王国軍』を蹴散らしているシーンをこの目に焼き付けているんですが」

 

「うむ 報告書で読んでおるよ。『是非!我が国も魔法詠唱者の育成をしましょう!』と具申されてましたな」

 

「ええ で、あの爺さん……セバスさんでしたっけ?」

 

「うむ セバス・チャン殿だ」

 

「はい そのセバスさん ……フールーダ卿の数倍は強いですぜ」

 

「なぁ!?」

 

「彼一人でバハルス帝国は勿論、フールーダ卿もまとめて倒せます」

 

「つまり 彼らは我々を小指1つで弾き飛ばせるほど強いという事だな……」

 

「ええ そんな相手が我々ごときに詐術?策?弄する意味なんてないんですよ。自分の名誉を貶めてまでしてね」

 

 

 

 ‥‥‥‥‥‥

 

 

 セバスは東の砦の門前に上からボトボトと降ってくる仲間を呆然と見ていたビーストマンの群れを一蹴する。

 ふと 何かに気づいた様に東の森を眺めると、森の奥地へ向かって全速力で走り出す。森の林立する木を流れるように避けながら恐ろしいスピードで「ソレ」に向かって走った。

 

 そして東の砦から数キロ走り続けて、ようやく視認する。

 このへんでは絶対に現れないであろう、ユグドラシルレベルで60を超えた獣の群れ その中心に居る同僚たる第六階層守護者「アウラ・ベラ・フィオーラ」に声を掛ける。

 

「やはり、アウラ様でしたか」

 

「あー うん 久しぶりだね。セバス」

 

「お久しゅう御座います」

 

「この前、ザイトルクワエ戦で守護者が集まった時にはセバス居なかったものね」

 

「はい あの時は違う任務についておりました故……」

 

「セバスの任務が上手く行きやすい様に手伝いに来たよ。明るくなるまではガルガンチュアも居たんだよ?」

 

「おお…第四階層守護者のガルガンチュア様まで!有難うございます」

 

「いえいえ ナザリックのためならね~ それにこの子達を自由に沢山遊ばせてあげられたしね! どう?上手く砦にビーストマンを追い込めたでしょ?」

 

「はい 交渉も停滞しつつあったので良い切っ掛けになり、良き方向に動きだしてくれるのではないでしょうか」

 

「なかなか人間共には慈悲深いモモンガ様の御心は理解できないよね~」

 

「そうで御座いますね。今回の話は彼らへの破格の慈悲をお与えになる提案ですが……どうやら余りにも彼らにとって魅力的な話すぎて、我々が彼らを騙そうとしていると考えている様です」

 

「ぷーくすくす。騙す必要なんてないのにねー。いつでも潰せるのに。てゆっか生意気じゃない?今から皆殺しにして来ても良いかな?」

 

「いえ それではモモンガ様の意思に反してしまいます。どうかご自重下さい」

 

「ですよねー ‥‥と、ところでさあ‥‥セバスぅ」

 

 突然 さっきまで殺気を放っていたダークエルフの少女が顔を赤らめて両手の人差し指を目の前で「くりくり」と合わせながら恥ずかしそうに質問をする。

 

「昨日、モモンガ様にゲートで送って来てもらった後、一緒にフェンに乗って散歩したんだけど……」

 

「おお それは良いですね」

 

「うんうん! で、でね?その時にモモンガ様が後ろから私の腰を、ギュッと抱き締めて」

 

「……ほう」

 

「私が「アルベドとシャルティアのどちらがタイプなんですか?」とお聞きしたら「アウラが好きだよ」って!「アウラが好きだよ」って!!きゃあ~~~!」

 

 真っ赤な顔で熱くなった頬を両手で挟んでイヤイヤするアウラは、紳士なセバスから見ても超絶可愛かった。

 

 ……なるほど、モモンガ様はNPC達を「我が子」の様に思って下さっておられる……エルフ姉弟などは娘も同然、しかも「お母さんと私のどっちが好きなの~?」とでも言うような、そんな可愛い質問に「おまえが一番だよ」と仰られたのですね……お優しい御方で御座います。と意外とモモンガの心情をちゃんと理解していた。

 

「しかも 飲食不要の指輪は外して、ちゃんと食べて、早く大きくなりなさいって!これってぇこれってえ~!」

 

「ええ 元気に、健康的に育って欲しいというモモンガ様の父親ごこ‥」

 

「し、将来、大きくなった、わたしを、お、お、お嫁さんにしたいってことだよねっっ!?」

 

 

 

 

 ろ? ‥‥‥え!?

 

 

 セバスは大量の汗を、どっとかきながら次の言葉を紡ぐことが出来ない己の口を呪った。

 

 

 

 

 ‥‥‥‥‥

 

 

 

 

 グラボウスキと宰相は砦の外壁に立って、セバスが走り去った方を気にしながら遺体の回収や補修などの指示をしている。何気に油まみれの宿舎広場の修繕が大変そうだが仕方がない。

 ビーストマンの死体は実に1000体に上る。もちろん半分以上は砦と3000の精鋭とを引き換えに倒した物だが、残りはセバスが倒した。

 3000人の精鋭の生き残りは500程で、軽傷なのは100人ほどだ。被害は甚大にすぎる。

もう一度、ビーストマンに攻められたらもう今のままでは守ることは出来ないだろう。すでに答えは1つしか残されていなかった。

 

「おお!セバスさんだ! おおーーーーいセバスさぁーん!ありがとぉーー!」

 

 セバスのお陰で命拾いした兵は砦に向かって歩いてくるセバスに手を振り感謝を伝える。

 先ほどまではハツラツとしてたが、さすがにグッタリとした感じで疲れているみたいだ。

 当たり前である 恐らくビーストマンに恐怖を叩き込むために森の奥地まで追撃戦をかけてくれたのだろう、あれで「ケロッ」としていたら本当の化け物だ。

 ただ、宰相はずっと複雑な思いで、砦に向かってゆっくり歩いてくるセバスを見つめていた。

 

 

 

 

 そして、翌日のうちに細かい部分でのやりとりや、いつでも盟約を停止出来ることなどを文言として盛り込み、一ヶ月間は秘密にするという約束でギルド『アインズ・ウール・ゴウン』と『竜王国』との間で盟約が締結されたのであった。

 

 セバスの帰り際に女王から「その‥‥竜王国のピンチにはセバス殿が駆けつけてくるのかのう?」と、妙にモジモジして問われる。

 セバスは一考の後「そうですね‥‥その時の竜王国に害を及ぼそうとしている敵に相応した者が参ると思われます」

 女王は残念そうに「そうか‥‥しかし、そなた達の籍はリ・エスティーゼの冒険者であろう?モンスター退治の内は構わぬが防衛戦争に身を投じては色々とマズイのではないかな?な、なんならウチに移籍して来るというのはどうじゃろうか?」

 

「はい 御心配頂き有り難うございます。ただ、これから王国では色々と大変になりますし、お気にされる必要は、まもなく無くなると思いますよ」

 

「? そうか?まあ魔王ヤルダバオトによる王都の被害は甚大だったと聞いておるしな」

 

「はい では失礼致します。女王陛下」

 

「うむ また近いうちに逢いたいのうセバス殿‥‥はうっ ぐっ や、やめろ!」

 

「セバス殿にはお会いしたいですが、セバス殿と会うと云うことは我が国に禍事が起きたとき‥‥そう考えると複雑ですね」と女王の首根っこを捕まえたまま苦笑した宰相が告げて会談は終わった。

 

 

 

 

 宰相は会談の間、終始複雑な顔をしており、施政者として「国家の安寧と国民の豊かな暮らしを願わねばならぬ」という思いと、王国宰相としては国体を事実上失いゆく死刑台を登ったかの様に感じ、自らの非才を恥じるに至った。

 その夜、何度もブライトネス・ドラゴンロードの銅像に「申し訳ありません。ブライトネス・ドラゴンロード様が作られた国は失くなりました‥‥‥申し訳ありません」と泣きながら額を台座にぶつけ続ける宰相の姿があったと云う。

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の執務室にてモモンガはアルベドとデミウルゴスの報告を聞く

 

「そうか セバスは無事やり遂げたか」

 

「はい そのようです。アウラ達によるビーストマンの操作が功を奏したようです」

 

「そうか。ふふふ、これから竜王国を外敵から守り、食料も支援し、AOGと盟約を結ぶとこんなに幸せになります。というモデルケースとするために甘やかしまくるぞ」

 

「‥‥‥なんだかモモンガ様、嬉しそうですわね?」

 

「え!?そ、そうかにゃ?」

 

 ……噛まれたわ

 ……噛みましたね

 ……噛まれましたね

 ……それもまた可愛く愛おしい

 ……アルベド、不敬ですよ

 ……アルベド殿は解っておられる

 

「モモンガ様の仰せの通り、甘やかすくらいで宜しいかと。それでこそ次へと繋がりましょう」

 

「問題はリ・エスティーゼ王国ですわね」

 

「そうですね。あの国はもう駄目でしょう。財政面でもパンクしました」

 

「いや 国庫を襲ったらそうなるよね?君たち?」

 

「元々が腐りゆく王国でした。落とすタイミングだけは私たちで図らせてもらっただけです」

 

「これから予想されるのは貴族派によるクーデター、それに対抗する国王派による内戦といった所ですわね」

 

「内乱か‥‥一体どれだけの犠牲者が出るか……国民はいい迷惑だな」

 

「モモンガ様は本当に慈悲深いお方で御座います」

 

「ん?」

 

「大丈夫です。腐りゆく木に何を施しても無駄だとしても果実とその種は御座いますれば‥‥」

 

「モモンガ様の狙い通りの結末へと導かれるでしょう」

 

「……え?」

 

「もうそろそろ動きがある頃でしょう。私は情報局室を覗いてみます」

 

「うふふ デミウルゴスったら楽しくて楽しくて仕方がないみたいですわね」

 

「そうですね……」

 

 

 うん 君たちもう少し解りやすく説明してくれないかな?

 なんで、そんなに戦隊ヒーローの悪の幹部の悪巧みみたいに勿体ぶった喋り方なんだ?

 

 ……悪の幹部だからだよな 

 

 よく考えたら、俺がDQNギルド・アインズ・ウール・ゴウンの首領だって忘れてたよ……。

 

 よし あとでパンドラズアクターの所に意味を聞きに行こう! と妙に良い顔で考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 

 
 
 
 
yelm01様、絵巻物の墨狐様、244様、まりも7007様、十五夜様、誤字脱字の修正を有り難う御座います

またi4tail様に於かれましては文の読みやすさなどについてのアドバイスを頂き、誠に有難うございます。皆様方に色々と御教授を頂き、こつこつと一話から見なおして参りたいと考えております。

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