次の日の朝、箒は食堂で、一夏と並んで朝食を摂っていた。
「箒、怒るなって」
「怒ってなどいない。食事は黙ってするものだ」
箒は本当に怒ってはいなかった。一夏しか友達がいないのは、本当のことだと、既に納得している。だからこそ箒は、一夏とより友達付き合いをしてみたいと、考えていた。
カウンター席ではなく、テーブル席に座れば良かったと箒は後悔する。そっちのほうが、友達っぽい。つい、いつもの癖で、カウンター席に座ってしまった。
隣に一夏がいるが、話す内容が思い浮かばず、黙々と食べる。箒としては話しかけたい。しかし六年間、友達が出来なかったため、何を話せばよいのか分からなかった。
「織斑君、隣、良いかな」
クラスで見た顔が、一夏に話しかけてきた。先程まで会話が無かったのに間が持ったのは、一夏が箒に話しかけてきたからだ。この明るい学生たちと一夏が話すことになったら、居辛くなるだろう。この場に居続けるのは無理だ。惨めを感じてしまう。箒はそう思い、立ち上がった。一夏へと挨拶もそこそこに、席を離れ る。
食器を運んでいると、同じ一年の学生が複数人で近づいてきた。
「ねぇねぇ、織斑君と仲良いよね、どういう関係?」
良い関係を築こうとしている話しかけ方だ! 箒は久しぶりの状況に慌てながらも、言葉を返す。
「一夏とは、昔馴染みだ。小学校一年から四年までの間、同じクラスだった」
そこまで箒が言うと、目の前の学生たちは歓声を上げた。
「感動の再会ってやつ?」「すご〜い」「思い出の人?」
まさか、こんなことでそんなに反応されるとは箒は思っていなかった。面食らっていると、手を叩く音が食堂に響いた。
織斑千冬がいた。「さっさと食べろ」と食事の指導をしていた。寮長らしい。箒の周りに居た学生たちが離れていく。箒は千冬を睨んだ。
箒はこの織斑千冬こそが、姉の隣にずっといると思っていた。だが、もしかしたら、IS学園に居ただけかもしれないと今は持っている。昨日、一夏から千冬は月に一回くらいしか帰って来なかったと聞いたばかりだ。何をしているか分からなかったらしいが、IS学園にいたのなら納得できる、と一夏は言っていた。
たとえそれが本当でも、箒が持つ苦手意識や長年積もった嫉妬の心は簡単には消えない。今までが勘違いだったと言われても、箒は簡単に頭を切り替えることは出来なかった。
◇
一夏がイギリスを批判するのを横目で見ながら、箒は一夏とイギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットの言い争いを聞いていた。箒は一夏に対して物言いをした場合の想像をする。最新の医学研究に必ず関わっているケンブリッジ大学や二十世紀最後の天才、スティーブン・ホーキング博士などの有名な人物を一 夏に伝える想像だ。箒は止めたほうが良いと結論づけた。ホーキングの語感が良くなかったからだ。ホーキングと箒が似ている。また、からかわれると感じた。
箒は自分の名前と体型があまり好きではなかった。名前でからかわれ、大きな胸でからかわれたことが何回も有った。これらを好きだと言ってくれたのは、姉だけであった。姉の前でなら、箒は自信が持てた。
いつの間にか、一夏とセシリアが決闘することになっていた。早くも一夏のIS機動データと戦闘データを取りに来たのかと、箒は感心した。
チャイムが鳴り、一時間目が始まる。しかし、HRはまだ続いていた。
「織斑、お前のISは、学園で専用機を用意する」
その千冬の一言で、周りはざわめく。一夏はよく分かっておらず、周りから説明を受けている。
セシリアが一夏に対して、IS操縦者の国家代表候補生がいかに素晴らしいものかを語っている。
「物 を知らないあなたに教えてあげますわ。国家代表候補生とは、ISの国際大会モンドグロッソ、その国家代表の候補生のことです。ISの力が国家の力となった今、国家代表は国の全てを背負う者。代表候補生はその国の中の最も偉大な操縦者の一人であり、体力、知力、ISの操縦において日々、特別な訓練を行なっていますの。そして私は専用機持ち。代表候補生の中のエリートなのです」
セシリアの説明に対して、一夏の横に位置取っていた女生徒が、ここぞとばかりに補足を入れる。
「代表候補生で専用機を持っている人は、IS学園でも十名しかいないの。ちなみに、IS学園には約二十名の代表候補生がいるよ。代表候補生たちはあらゆる訓練を実施し、そのISの機動はIS以前の一連隊にも匹敵するって言われてたり。また個人の格闘能力も軍人と互角に渡り合えるように訓練を受けてるって噂もあるの」
格闘能力があり、更に専用のISを持つ。エリート中のエリート。箒は同じクラスに、これほどの人物がいるとは思わなかった。どうしても、自分と比べてしまう。駄目な自分が浮き彫りになってしまう。箒は一夏に決闘なんて止めておけ、と言いたくなった。
何も分かっていない一夏に対して、その周りの解説は続く。一夏はISのコアの数が限られていることも知らなかったようだ。
「IS はISコアと呼ばれる物が必要なの。ISコアを作れるのは、篠ノ之束博士って人だけ。篠ノ之束博士は、ISコアを四百六十七個作って、世界各国の企業や研究機関に配ったの。未だに篠ノ之束博士以外、ISコアは作ることが出来ていない。つまり、ISは貴重で限られた資源ってわけ」
一夏が箒の方を伺う。箒は姉が噂され嬉しいが、すでに何年も会っていないので、うまく喜べなかった。
「お前の場合はデータ収集を目的とした専用機が与えられる」
生徒の説明が途切れた所で、千冬が話を戻した。一夏は世界で唯一の男性IS操縦者だから、専用機が与えられるようだ。
「あの、先生。もしかして、篠ノ之さんって篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」
一夏が箒の方を向いた事を観察していた学生が、篠ノ之束と箒を結びつけ、そんな質問をした。
「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」
(あいつ。姉さんのことを”あいつ”と呼び捨てにした)
箒は唇を噛む。手を強く握り、体が震えるのを抑える。千冬の方が姉に近いと、再確認してしまう。
(私の知らない姉さんを、アレが知っている。さっきは違うと思ったが、姉さんが私の所から居なくなったのは、アレの所にいたからだろうか。姉さんがアレを選んだ。……これは八つ当たりだ。千冬に怒っても意味は無い。姉さんの意思を無視したくない)
箒が心の苛立ちを抑えていると、隣から声をかけられた。
「篠ノ之博士って行方不明なんでしょ? どこにいるか分からないの?」
「私が聞きたい!」
箒は声を荒げた。篠ノ之博士の関係者がいると知って騒がしくなった教室は、一気に静かになった。
「……私も会いたい。教えられることは……ない」
実の姉について、教えられることがない。箒はその事実を認識した。恐らく目の前の教師の方が、より多く知っているだろうとも思った。
箒は千冬を睨んだ。千冬はその目を無視し、山田先生に授業の開始を促した。
◇
「ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識して下さい」
山田先生の解説に対して、箒は思考する。ISをパートナーとして見れるだろうか。姉さんの後を付いて行きたいとは思う。しかし、ISに対してそう思ったことは一度もない。
箒はISの事を、姉が作った機械の一つとしか認識できなかった。パートナーという言葉を箒は考える。姉のパートナーとは、どういう関係・存在になるのか、想像できなかった。
その授業中、箒はずっと空を見ていた。纏まらない考えに、焦りと諦めを覚え始めていた。
「箒、飯食いに行こうぜ」
箒が考え事をしている間に、授業が終わっていたようだ。一夏が昼食に誘ってきていた。
「誰か一緒に行かないか?」
一夏が簡単にクラスメイトを誘う。箒は内心焦っていた。なぜそんな簡単に誘えるんだと問い詰めたかった。話したことのない人とどう昼食を取ればよいのか、箒は悩んだ。
「やっぱり、クラスメイト同士、仲良くしたいもんな。お前もそう思うだろ」
「私はいい」
仲良くはしたいが、まだ時期が早いのではないか。箒はそう思い、一緒に昼食を取ることに遠慮した。
「そう言うな、ほら、立て立て」
一夏が箒の右手を引っ張り上げる。
瞬間、箒の体に緊張が走る。
「おい、私は行かない」
箒の体が自然と震える。嫌な汗が背中を伝う。
「なんだ、歩きたくないのか。引っ張ってやろうか?」
「離せ!」
箒は一夏を張り倒した。箒の頭から、血の気が引いた。
周りから悲鳴が上がった。騒がしかった教室が、静かになる。周りは小声で何が起きたのか話しだす。
「いてて、腕上げたな」
一夏はなんでもないように、起き上がった。
「すまん。一夏、そんなつもりじゃ、ないんだ」
なぜ一夏が非難しないのか、箒には分からなかった。
「えっと、私達、遠慮しとくね」
クラスメイト達がそう言い、離れていった。一夏の友達付き合いも邪魔してしまった、と箒は胸が痛くなった。
「……一夏、私に構っていると、友達が出来ないぞ」
一夏から顔を背けて、箒は言う。一夏とは友達でありたい。それでも、一夏が自分の所為で友達ができなくなることが、箒は嫌だった。
「箒」
「なんだ」
「飯、食いに行くぞ」
一夏が箒の右手を取る。
「黙ってついてこい」
箒は再び硬直する。一夏が箒を引っ張りながら歩く。
なんで、こんなときに思い出すんだ。自分から殴るのは大丈夫なのに、触られるのは、怖い。一夏は私の友達だ。あのスーツの男ではない。手の握り方だって、全然違う。私はあの時と違って、力がついた。さっきだって、一夏を倒した。
箒は心を落ち着かせようとした。それでも冷や汗は止まらず、二人は食堂まで無言で歩いた。
◇
一夏は食堂で箒の手を離した。箒は無意識に手をさすりながら、一夏を見る。一夏は既に、ディスプレイされた料理を見て選んでいる。二人は日替わり定食を選び、食事を受け取る列に並んだ。
一夏は窘(たしな)めるように、箒の顔を見ながら注意した。
「怒ることないだろ、せっかく人が気を使ってやったのに」
箒がクラスメイトとの昼食を断ったことについて、一夏は不満気な顔をしていた。
「私は……苦手なんだ。人と話すのが」
一夏の顔を見ずに、箒は言う。一夏の思いは箒にとって有難かった。しかし、箒はそれを受け止めれないと感じていた。
「だったら、尚更にクラスの連中と話すべきだろ」
「クラスの連中は、お前にしか興味ない。一夏は魅力的なんだ、私と違って」
箒は、自らが他人と話すことは難しいと経験から分かっていた。だから、一夏の周囲に対する心配りを、箒は尊敬していた。
「そんなことない。箒には魅力がたくさんあるさ」
恥ずかしげもなく相手を褒める一夏を見て、箒は見習わなければ、と心に留める。
「……たとえば?」
「えっとだな……」
自分に良い所なんてあるのだろうか。そう思いながら、一夏の言葉を待つ。
「はい!日替わりランチ二つ、お待ちどう様」
「箒、テーブル空いてないか?」
一夏は話を切り替えた。箒は一夏が長所を上げてくれなかったことを受け入れる。自分に良い所が有るのではないかと、少しだけ一夏に期待していたので、箒は残念に思った。
「……向こうが空いている」
箒はおざなりに一夏を先導した。