IS 不浄の箒   作:仮登録

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2.一夏との再会

 縦六列、横五列の机が並んでいる教室。外国のように、生徒がそれぞれの教室を移動するのではなく、生徒の座席が決まっている日本式だ。三十名の生徒が在籍する新しいクラスでの箒の席は、一番窓側の最前席だった。出席番号があいうえお順だったら、この窓側にはならなかっただろう。理由 は不明だが、出席番号は無秩序に決まっている。もしかしたら、無秩序にする必要があったのかもしれない。

 箒は真新しい椅子に座り、周りを見回す。誰もが、ある一人に注目していた。

 

 箒の二つ右隣りに座っている男性。織斑一夏。女性にしか動かせないはずのISを動かした唯一の男。その男に近づくために様々な陰謀がなされていると、まことしやかに噂されている。

 しかし、箒は態度を変えないでおこうと思っていた。有名人になったからといって、箒の実家の道場で、一緒に汗を流し、同じ釜の飯を食べた仲間であるのは変わりないと、箒は思ったからだ。

 

 その一夏は緊張しているのだろうか、顔色が悪く見える。たまにこちらを伺うように見てくるが、箒はどのように声をかけるべきか分からない。昔から箒はそうだった。箒の基準で 一夏の世話を焼いていたのだ。今思うと、あれで良かったのかと不安になる箒だった。

 

 箒が一夏を気にしていたら、緑色の髪の女性が教壇に立っていた。山田真耶と名乗る女性が、空間投影ディスプレイを表示させる。姉の技術が当然のように使われていることに、箒は嬉しさを感じる。山田先生がIS学園の説明を簡単に行い、直ぐに自己紹介を促した。

 

 一夏がこちらを向いた。自己紹介は出席番号順ではなく、なぜかあいうえお順に行なっている。だが、いま自己紹介をしているのは箒と反対側だ。向くべき方向は反対だろうと、箒は眉をひそめる。緊張しているから、不安になっているのだろうと箒は予想する。しかし、だからこそ挨拶をしている相手に注意を払うべきだ。礼を重んじることを強制する訳ではないが、一夏の態度に箒は少し眉を寄せる。知り合いがそんな状態だと、こちらも居心地が悪くなってしまう。

 

 山田先生が「あ、から始まって、今、お、なんだよね」という皮肉を一夏に言い、周りが失笑しだした。一夏が立つと同時にある人物が教室に入ってきた。思わず、箒は顔を背けてしまう。礼を重んじるべきだと心の中で思いながら、自分が一番できてないと呆れてしまう。そう思っているのに、その人物に嫉妬の念が湧き上がってくる。

 

 黒いスーツを着た女性は、一夏の頭を出席簿で叩き、腕を組んだ。

 

「学校では織斑先生だ」

 

 先生。織斑千冬も先生なのか。姉の隣にいると思っていた人物がここに居ることに箒は疑念が生じた。箒が深く考える前に、学生達の嬌声が教室に驚き、その考えを中断させた。

 

  織斑千冬は、IS操縦で世界最強になった。ISの世界大会、第一回モンド・グロッソで優勝し、第二回目では辞退しなければ優勝確実と言われていた。千冬が世界最強であると箒は思っているし、周りの学生もそう思っているからこそ、嬌声を上げたのだ。憧れの的であり、目指す目標の千冬に会えて、クラスの女性は嬉しく思っているだろう。

 箒としては、複雑な感情が渦巻く。いつかは乗り越えるべき壁だと考えていた。しかし、一夏を殴る動作を見た後で、アレを乗り越えられるかと聞かれると、無理だと思ってしまう。その現実を突きつけられてしまうのは、悔しかった。

 

「えっ、織斑先生の弟?」

  クラスの誰かが、そんな声を上げた。箒は首を傾げ、納得した。一夏の情報は規制されていたのだと判断した。千冬の親族にもかかわらず、ISを動かした男性だというのに、直接触れ合うところを見るまで親族であるということが分からないくらい、情報が制限されていたのだろう。

 

 そんなことを考えていたら、授業が始まっていた。ISが宇宙空間でのマルチプラットフォーム・スーツだと説明が入る。宇宙空間での利用は停滞し、軍事利用に転換され、その後、国際条約により、軍事利用に使うことを表向きは禁止されたと説明される。このIS学園はIS(インフィニット・ストラトス)の操縦者を育成する国際機関であると、歴史の背景まで含めた説明され、授業が終わった。

 

 休み時間になると、クラスの前に人が大勢つめかけてきた。しかし、誰一人として教室に入らないところを見ると、なにか制限を受けているかもしれない。クラスを見回しても、同じようだ。誰もが一夏に興味を持っているのに、誰も一夏に話しかけていない。しかし、箒にはそんな制限はされていなかった。

 この状態では、一夏は誰とも話をしないだろう。昔のままでは、話すらできないと箒は悟った。勇気を出すなら、このタイミングしか無い。

 

 箒は席を立ち、一夏の方へ近づく。

 

「ちょっと良いか?」

 一夏の前に立ち、伝える。心臓が大きな音を立てている。周りが不躾に、此方を伺っている。不味い事をしてしまった、止めればよかった、そんな思いが湧いてくる。

 しかし、頬杖をついていた一夏は起き上がり、付いてきてくれた。

 

 六年振りに会った友であり、仲間であると箒は思っている。しかし、一夏がどう思っているのか箒には分からない。この男は誰にでも優しいので、話しかけられたから付いてきただけかもしれない。

 

「話があるんじゃないのか? 六年振りに会ったんだからさ」

 六年という長い年月が経ったにもかかわらず、一夏は箒を覚えていた。その事を箒は嬉しく思う。箒にとって一夏は唯一の友だといって良い。一夏といた後の学校は、短期間で転校し、それに加えて姉が居なくなってから、箒は人付き合いを積極的にしなくなったからだ。

 

「あ、ああ」

(何を話すべきだ。屋上まで来て、「久しぶり、元気〜?」などと話す訳にいかない)

 箒がそんな風に、うじうじと悩んでいると一夏が話題を提供した。

 

「そうだ、去年、剣道の全国大会で優勝したんだってな、おめでとう」

 箒としては納得していない話を持ち出された。あれは八つ当たりの結果であると自覚している。だからといって、その結果を認めないことは、対戦相手に失礼といえる。褒められるのは、居心地が悪い。

 

 箒がそんな煮え切らない態度を取っていると、一夏がなんとか次の言葉を出した。

 

「箒って直ぐ分かったぞ、髪型一緒だし」

 

 箒が小さい頃に、姉が結ってくれた髪型。黒髪で重たく野暮ったいと思われるが、箒にとっては姉の存在を感じれる貴重な思い出だった。六年間変わらず、ずっと同じ髪型にしている。姉を思い出し、箒は久しぶりに会った友に対して、生返事を返した。

 一夏は、何を話して良いか分からない、といった風に頭を掻く。

 気まずい沈黙が二人の間に流れた。

 

 チャイムが鳴り、休み時間の終わりを告げる。箒は何一つ話せていないと思いながら、ため息を付いた。

 

「俺達も戻ろうぜ」

 

 どうやら、一夏も見られていることに気づいていたみたいだ。チャイムが鳴って、それらが去ったことが分かったのだろう。好意的な視線に疎いと思っていたが、どうやらその悪癖は治ったようだと、箒は驚いた。

 成長した一夏と、六年間、姉の影を追っていた自分。箒は一夏からも置いていかれた気分になった。

 

 

 一夏がイギリスの代表候補生に絡まれているのを横目で見ながら、箒は次の授業の準備をする。

 

「だいたい、何も知らないくせによくこの学園に入れましたわね」

 英国の代表候補生、セシリア・オルコットが一夏に向かって怒っている。箒はその言葉に居心地の悪さを感じた。

 

 箒は姉にプレゼントされたから来ただけで、何も知らないと言われれば、言い返せない。何百倍、何千倍もの倍率を誇るIS学園に、ほとんど試験無しで入ったのだ。この学園については、姉が作ったISの操縦を教えるために出来たとしか知らない。そこに何の思いも、夢も、目標も、箒は見いだせなかった。ISに姉の残り香のような物があれば良い。そういった諦めに近い思いと、もしかしたら姉が会いに来てくれるかもしれないという願望を持って、箒は入学したのだ。

 

 周りの学生は、きっと夢を持って入ってきている。箒は情けなくなった。自分は今でも姉を待ち続けている。諦めきれずに、本当なら優秀な人材が座る席を乗っ取ってまで、姉が会いに来てくれるのを待っている。将来の夢も希望も持たず、自分が何もできないのだと思い知らされる。

 

 箒は授業を漫然と受け、ホームルームが終わった後、すぐに指定された寮の部屋へと向かった。部屋に荷物を置き、椅子に座る。俯きながら、姉のことを考えていた。

 

 このIS学園に入学すれば、姉が接触してくると考えていた。電話は一ヶ月に一回か二回しかかかってこない。我慢できず箒からかけても、使われていない番号と言われ、繋がらない。プレゼントとしてIS学園に入ったものの、いったいどうすれば良いのか、分からなくなってきた。

 

 箒は頭を振り、 嫌な考えを追い出す。気分を変えるために部屋に付いているシャワーを浴びることにした。何も考えずに、シャワーを出しっぱなしにして、浴びる。今日あったことを思い出し、同室になる人物について考える。一夏と休み時間に、連れ立って歩いてしまったことを少し後悔する。情報が制限されている男性を知っていると、周りに言ったも同じだろう。一夏の事について面倒なことになるかもしれない。

 

 そう思っていると、玄関の扉が開く音が聞こえた。まだ見ぬ同室の人物に断りもせず、シャワーを使うのは箒としても良くないと思う。また失敗したと思いながら、できるだけ明るく声をかける。

 

「誰か居るのか? ああ、同室に成った者か。これから一年よろしく頼む。こんな格好で済まないな。シャワーを使っていた。私は篠ノ之箒」

 

 一息で言い切る。相手の顔も見ず、その反応を無視する。箒は緊張しながら、名前まで伝えた。言い切った後、相手を見ると織斑一夏だった。知り合いだった。緊張損だと箒は思う。箒は安堵し、自らの格好を思い出す。

 

「み、見るな」

 男に見られたくない。やっぱり、まだ怖い。

 箒は頭を拭いていたバスタオルを体に巻き付ける。

 

「わ、悪い」

 一夏はそう言って、後ろを振り向く。箒はその言葉の意味を考えてしまう。

(悪いってなんだ? 悪いってどう反応すれば良いんだ? 「ああそうだ、お前が悪いんだ」なんて言って良いのだろうか。自分が悪いと思っているのなら、謝るべきだろう。いや、こんな格好で出てきた私も悪いことは分かる)

 箒は色々考えが出てきて、頭が働かなかった。

 

「どうして、一夏がここに居る?」

「いや、俺も此処の部屋なんだけど、なに! お前も個々の部屋なのか!」

 一夏が同じ部屋? なぜ、そんなことが起こりえるんだ? 箒は頭を捻り、すぐに思いついた。

 

(姉さんだ! 姉さんが唯一の友だちと、同じ部屋になるようにと仕組んだに違いない。恐らく、あの千冬を通して頼んだのだろう。姉さんが私を思ってくれるのは嬉しい。けど、そんな気遣いが出来るのなら、私に会いに来て欲しい。姉さんが千冬と連絡を取っているのは、月に一回ある電話の内容から想像できる。千冬の話が出る度に、私が嫉妬しているのを、姉さんは分かっているのだろうか)

 

 箒は顔を歪ませ、一夏を見る。

 

 目の前の一夏は、何も分かっていないという顔をしている。むかつく。肌を見られた事と、その一夏の姉に対しての苛立ちが合わさる。箒は気がつけば、木刀を手に持っていた。

 

 

箒は震えている。自分の起こした事が信じられなかった。

 

(まただ。また、人に八つ当たりをしてしまった。しかも、生身の人間に、木刀で突きを放ってしまった。人を壊す技だ。それを、唯一の友である一夏にまで放ってしまった。私は何をしているんだ。

謝らなければ。私が人ならば、謝るべきだ。これでは人でなしだ)

 

「箒!不味い事になるので、入れて下さい!つーか、謝るので」

 

 いそいで服に袖を通していると、扉の外からそんな声が聞こえた。悪いのはこちらだと分かっているのに、なにを謝るんだ。急いで着替え、扉を開ける。女性が一夏の周りで輪を作っていた。不味い事が何か分からないが、一夏が焦っていることは分かる。

 

 一夏を部屋に入れ、奥のベッドに腰掛ける。髪の毛を結びながら、どう謝ろうか考える。

 

「あれ、奥のベッド、俺も狙っていたのに」

 

 出鼻をくじかれた。服装を正し、髪の毛も整えた。さて謝ろうと箒は考えていたのだ。

 

(人付き合いが苦手な私が謝ろうとしているのに、そんな事を言われたら、どう返して良いか判断がつかない)

 

 色々な言葉が箒の頭に浮かび、消えた。これから一年間、同じ部屋で過ごすというのに、初めがこれでは先が思いやられる。

 

「お前が私の同居人だというのか?」

「お、おう。そうらしいぞ」

 一夏が本当に同居人なのか箒は確認した。謝るのを先延ばししたい気持ちが、一夏への質問を口から出させた。

 

「どういうつもりなんだ。お前の姉は何を考えている?」

「えっ、これ千冬姉が考えたのか? まあ、べつに良いんじゃないか」

 一夏の返答に箒は首を傾げる。まるで、この状況を肯定しているかのようだ。

「お前から希望したのか? 私と同室にしろと?」

「そんな馬鹿な」

 何いってんだ、こいつ。一夏がそんな風に返してきた。

 

(馬鹿。姉さんに言われるのは良い。納得できる。だが、他人に言われるのは納得出来ない)

 お前は姉を理解できない。姉と並び立つことが出来ないと言われていると箒は思ってしまう。その手には、いつの間にか木刀が握られていた。

 

「馬鹿、馬鹿だと。そうか、そうか」

「顔が怖いぞ、箒」

 

 一夏は箒が向けた木刀を白刃取りした。もし、一夏でなかったら、頭から血を流し、病院送りになっていただろう。

 

(やはり、何度も後悔しても、手がでる。私の頭はどこかおかしい)

 箒はそう思いながらも、木刀を持った手に力を入れる。イライラが止まらない。

 

「あっ、織斑君が襲われている!」

 

 その声で箒は力を抜いた。良かった、止まれた。顔を声のした方へ動かす。玄関の扉が開かれており、そこから覗かれていた。普通あんなところを見たら、部屋 に入ってくるだろう。入ってこないところを見ると、この寮でも女性から一夏に接触するのは、ペナルティが有るのかもしれない。

 

 箒は扉を閉め、一夏に向き直る。

「一夏! ……木刀で殴って、済まなかった。謝る」

 全くもって謝っている態度ではないが、箒にとってはこれが精一杯であった。一夏の「ああ」という言葉で頭をあげる。一夏はこちらを不審な目で見る。

 

「お前、謝れるんだな」

 

 箒はその言葉を無視した。木刀を持った手に再び力が入ったが、振るうことはなかった。

 

「一夏。お前が望んでこの部屋に入ったわけではないのなら、それを決めたのは、教師だろう。お前の姉だ」

 

 箒は途切れた会話を再びしだした。一夏は首をかしげ、口を開く。

 

「ただ単に、幼馴染だから一緒にしたんじゃないのか?」

「同室になるのは、女性からお前の身を守れる人間であるべきだ。一夏、恐らく学生には、お前との接触が制限されているはずだ」

 

 箒は今日の学生たちの行動から感じた考えを述べる。

 

「俺の身を守るってなんだよ。それに制限? 結構、皆、俺の周りに集まっていたぜ?」

「押し倒されることは無かっただろう。一夏を襲ったのも、私だけだ。食パンを食べながら、曲がり角で一夏にタックルを仕掛けるぐらいする生徒が現れると私は思ったんだが」

「そんなことはこれっぽっちも無いな。普通に会話だけだ。でも、確かに女子の扱いは難しいな。何がいけないことか、男子には分からん」

「私は一夏と一緒の部屋になるようにと、姉さんが仕組んだと思ったんだが」

「箒、それは考え過ぎだって」

 

 考え過ぎか。一夏の言葉で箒は自分の考えが分かった。姉さんが仕組んだと考えたかったと、そう思い込みたかったのだと分かった。

 

「箒は、転校してから何をしていたんだ?」

「剣道。それだけだ」

 

 一夏が可哀想な目で箒を見る。

 

「だったら、お前はなにをしていたんだ」

「俺の続けた事なら、新聞配達のバイトだな。もちろん、遊ぶこともしたが、中学では出来る限り、朝と夕方の配達はしてた。中学三年では受験勉強とも両立したんだがなぁ……」

「一夏はIS学園に決まっていたのではないのか? 私は姉のコネで決まっていたんだが」

「コネって、おい。俺は就職率が高い愛越学園ってところを受けるつもりだったんだ。けれど、その試験会場でIS学園も入学試験をしていて……」

「ISを動かしたのか。ん? 高校卒業後は、就職するつもりだったのか?」

「そりゃ、いつまでも千冬姉に甘えている訳にはいかないだろ。ずっと小さい頃から、俺は迷惑かけっぱなしだ」

 

 一夏と千冬には、両親が居ない。中学生のアルバイトだけで生活費が稼げるわけがない。千冬が働き、ほとんど一人で育ててきたのだろう。

 

「……姉の邪魔になりたくない、一夏もそう思っているのか?」

「……まぁな。恥ずかしいから、千冬姉には言うなよ」

「分かっている。私も同じ気持ちだ」

 箒は仲間を得たんだと、喜んだ。

「一夏は、私の唯一の友で仲間だ」

 満面の笑みで、一夏に告げた。

 

 一夏は愕然とした顔でこちらを見る。

 

 

「箒、お前……。やっぱり俺しか、友だちいないのか」

 

 事実を指摘されると怒る人物がいる。箒もまたその一人であった。箒は思わず一夏に木刀を振るった。

 

 


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