IS 不浄の箒   作:仮登録

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13.束

「一夏がISコア? な、何を言っているんだ? 姉さん?」

 箒はゆっくりと振り向く。昔と変わらない笑顔に、見惚れてしまう。姉が嘘を言っている事は絶対にないと、箒は確信できた。しかし、箒には一夏がISとは思えなかった。ISは機械で、一夏は人間だからだ。

 

「あっ、 思わず言っちゃった! そんなことより、ごめんね、箒ちゃん。いっくんを作るのに忙しくて会いに行けなかったよ。二回目のモンドグロッソが終わったら会いに行くつもりだったんだけど、いっくんが大会中に殺されちゃってね。最近までずっと調整していたんだよ。そして一段落つくかと思ったんだけど、つい、今のいっくんならIS動かせられるかなぁって思っちゃって」

 姉がまくし立てる。その変わらない習性に、箒は懐かしさを覚えた。そうだ、姉はいつもこうだった。こっちの疑問なんて関係無く、楽しそうに話しかけてくる。そして箒は今でも、そんな姉を見るのが好きなんだと実感できた。

 

「もういい……束。黙って、くれ」

 束の首にある千冬の手が、強く握りしめられる。束は「ぐえっ」という声を出して、黙った。

「手を離せ! このっ」

 箒はその声を聞き、姉の首から千冬の手を剥がそうと掴むが、指一本でさえ剥がすことができない。

 

「束、あいつは、一夏は、人間だ。人間なんだ……」

 その声を聞き、箒は後ろを伺う。千冬は顔を落とし、肩を震わせ、疲れ果てた声で「一夏は人間だ」と繰り返している。姉は首を握られているのにもかかわらず、しゃべりだした。

 

「もちろん、いっくんは人間だよ! 手を失った人が義手を使うように、命を失ったらISコアで代替すれば良いんだよ! 記憶の統合性・規範・規律・互恵・共感とかが無くなっちゃって、いっくんは色々なものを忘れちゃったけど、再構成しだしたし、人間だよ! 人間の大人だから、こんなに早く適応したんだよ! これが他の動物なら、もうちょっと時間かかったよ!」

 

 束の言葉が、箒の頭にやっと届いてきた。どうやら一夏は死んだことがあるらしい。その一夏を姉が生き返らした。何を持ってして人間か。何が死の定義か。何がどうあれば、一夏を一夏だと言えるのか。箒には分からないし、知らない。しかし、足りない頭で箒は考え、姉に向かって尋ねた。

 

「一夏は、……私の甥になるのか?!」

 自分の知らない間に、姉が幼馴染を作った? 子作りになるのか? 箒は頭がこんがらがっている、と自覚していた。

「ほうきちゃん……そうなるね! さっすが、ほうきちゃん! 私がいっくんの親だ! ちーちゃんは母親と父親、どっちが良い?」

 

「私は一夏の姉だ!」

 千冬は叫んだ。後ろからの大声に、箒は身を竦める。見ると、千冬は顔を上げ、眉を寄せ、此方を睨んでいる。

「お前ら姉妹は、本当に、本当に……」

 千冬が片手を動かす。そして箒の両頬が挟まれる。顔がひょっとこのような変な顔になる。箒はその手を解こうとするが、解けない。片手で小指を攻め、片手で押し上げているのに、動かないのだ。

 

「あーっ! ほうきちゃんを苛めちゃだめー!」

 姉が間延びした声で千冬に文句を言う。千冬は直ぐに手を離した。箒は頬を擦りながら、千冬を睨み返す。千冬は苛立ちを隠さずに箒へ言い放った。

 

「篠ノ之、部屋に戻れ」

「嫌です」

 千冬の指示を即座に箒は拒否をする。千冬が口をもう一度開く前に、箒は言った。

 

「姉さんは、姉さんは私に会いに来てくれたんだ。戻るのは、先生の方だ」

 

 顔が熱くなり、心臓が高鳴る。日本一を決めた剣道の決勝戦よりも、緊張している。姉に言いたいことが有る。千冬にも言いたいことが有る。でも、上手く纏まらない。この二人に意見するなんて、邪魔になるし、してはいけないと今でも思っている。それでも、聞いてもらいたいと思った。

 

(千冬は私が転校して家族が離れ離れになった後も、姉と会っているはずだ。じゃなきゃ、モンド・グロッソで優勝なんて出来るはずない。私は誰も居ない、家族も知らない家に帰る毎日だったのに、こいつは一夏と姉と楽しんだに違いない! なんで、妹の私が放置されて、こいつが楽しむんだ。私の方が姉のことを大好きなのに!)

 

「六年、六年振りに会えたんだ! お前じゃない。私に会いに来てくれたんだ! 姉さんは私を見てるんだ! ずっと一緒に居たんだろ! それなのに、嫌だ! いやだ、いやだ!」

 姉へ直接には言えない思いを、千冬へぶつける。姉に言う勇気が無い。姉に否定されたら、どうしたら良いか分からない。でも、言いたい。もっと私を見て欲しい。ずっと一緒にいたい。たくさん遊びたい。

 

「帰れよ、わたしの、じゃまするなら、かえれ、よぉ」

 なぜか涙が溢れてくる。泣くつもりは無かった。こんなこと言うつもりも無い。姉さんの話をもっと聞きたいのに。まるで子供だ。涙が止まらない。手で何度拭っても、涙がこぼれ落ちる。地面に涙の跡が出来る。

(ああ、私は今、下を向いているのか)

 恥ずかしい。そう思っているのに、口から出るのは、訳の分からない言葉だけだ。もっと私を大事にしろ、なんて言っても仕方が無いのに。

 

「ほうきちゃん、よく分からないけど、泣いちゃダメだよ」

 頭に優しく手が置かれる。ゆっくりと撫でられた。姉の足が見える。すぐ近くから声が聞こえる。居た堪れない。姉を支えたいと思っているのに、慰められるなんて。

 

「泣いたって、喚いたって、何も変わらないからね」

 知っている。六年前からずっと知っている。泣いたって何も変わらない。周りが迷惑するだけだ。泣き虫は何も産まないし、何も出来ない。

 

「笑って、顔を上げて」

 撫でた手で顎を持ち上げられ、姉の顔を見る。いつもの笑顔だ。ずっと見ていたい。

 

「胸はこんなに大きくなったのに」

 姉がもう片方の手で、箒の胸を触ったり揉んだりしている。

 

「何、するん、ですか」

 その手を箒が掴む。弱い力だったが、姉は手を止めた。しかし、すぐ振りほどかれた。そのまま、箒の脇腹へ手が伸びる。

 

「ほら、こちょこちょこちょ。……昔はこれで大笑いだったのにな」

 姉の笑顔が少し寂しそうに見えた。

 

「ねえ、ほうきちゃん。いっくんは好き?」

 箒は首を縦に動かす。

 

「ISコアでも?」

 箒はもう一度、同じ動きをする。箒は姉の思いが分からないが、一夏について思っていることを述べた。

 

「ISコアだから、どうだこうだとかが、私には分からない。姉さんの話なら、IS学園で久しぶりに会った時には、もう一夏がISコアだった、という事になる。けれども、私には一夏は一夏だった」

 姉の表情を見て、続けて奥の離れた所にいる千冬の顔も少しだけ見る。腕を組み、眼をつむっていた。千冬の前で一夏への思いを言うのが少し気恥ずかしいと、箒は感じた。

 

「一夏は相変わらず相手を思ってやれる良い奴で、私の友達のことを心配して、手伝ってくれて、色々助けてくれた。今日だって、転校してきたシャルルの事を気にかけて、でも、そんな事を鼻にかけないで、よろしくなっ、って笑ってた。私はそんな一夏が好きだ」

 箒の独白を姉は急かさずに聞いている。姉の相槌が、箒の心を柔らかくする。えらいえらい、と頭を撫でてくれる姉が、箒に聴かせるように言葉を発した。

 

「いっくんがホモって噂されてね、私は嬉しかったんだ」

「え?」

 

「いっくんは生まれ直して、まだ三年も経っていない。まだまだ赤ちゃんの部分がある。生活が出来るようになったけど、未熟な所はいっぱいあるんだ。特に、感情が。だからね、気になるんだ。人を愛せるようになったのか。恋愛感情かどうかは本人にしか分からない。その感情が有るかどうか聞いても、他人には確かめようもない。だからね、例え相手が同性でも、好きって気持ちが思い込みでも、いっくんに芽生えるのなら、嬉しかったんだ」

 姉が一夏を心配して、そして嬉しそうにしている。姉に興味を向けられている。胸の奥が苦しくなる。一夏にまで、私はこの感情を向けてしまうのか、と箒は思った。あんなに助けてもらったのに。友達作りを手伝ってくれたのに。私は嫉妬している。

 

「結局は違っちゃったけどね。恋愛感情はまだ子供みたい」

 相手を好きになるという事。姉は一夏のそれを調べていた。ならば、姉はきっと私のこの感情に気づいているのだろう。妹が幼馴染よりも姉のことが好きだと。

 

「ほうきちゃん、ちーちゃんのことは好き?」

「嫌い、です」

 姉の言葉を即座に否定する。

 

「私はちーちゃんとも仲良くして欲しいな」

「姉さんが、そう言うなら」

 姉が困った笑顔になる。そんな顔されたら、言うことを聞きたいって思ってしまう。だから、頷いた。

 

 抱きしめられた。久しぶりに姉の匂いを感じる。姉の服を涙や鼻水で汚す事になると思ったが、頭を抱かれ、姉の豊満な胸に押し付けられる。

 

「ほうきちゃん、私はまだやることが有るから、また出かけるけど、それでも帰ってくるのは、ほうきちゃんの所だから」

「ほんとに?」

 姉に頭を撫でられると、何も言えなくなりそうだ。幸せが体を巡って、何でも言うことを聞いてしまいそうになる。姉の言う通りにすれば、きっと、とっても気持ち良いはずだ。

 

「うん、だから、ちーちゃんとも、いっくんとも、仲良くして、待っててね」

 

 でも、もう待つだけなんて嫌だ。六年間、会えなかったのだ。次、いつ会えるのか。何をしているのか。手伝えることはないか。箒は姉の顔を不安に思いながらも、しっかりと見あげた。

 

「姉さん、私も連れてって、欲しい」

「それはだめー」

 姉は人差し指を交差させながら、意地悪に言う。

「大丈夫。ちゃんと、ほうきちゃんの元へ戻ってくるから」

 納得出来ない。頷けない。本当に戻ってくる? 六年間ずっと会わなかったのに? 私からは電話をかけられないのに? 無人機で攻撃を受けそうになったのに?

 

「……姉さん。この前の無人機を操っていたのは、姉さんだよね」

 恐る恐る、自分の思い違いであって欲しいと思いながら、箒は尋ねた。

 

「もちろん、この私にしかできないよ~。ISを無人機で動かすなんて」

 姉が得意気に笑う。箒に幸福感はすでに無く、冷や汗が体から吹き出していた。

 

「わ、わたしを」

「ほうきちゃん、本当に知りたい?」

 姉の顔を見れない。息がかかるくらい近いのに、見上げることが出来ない。姉の抱擁が強くなり、離れられない。

「わ、私を無人、機で狙った、理由は?」

 喉が渇いている。上手く言えない。箒はゆっくりと見上げた。

「ん~、なんでだと思う?」

 さっきと変わらない笑顔。偶然や間違いだと言って欲しかった。謝って欲しかった。

 

「私が、邪魔だったから?」

「うん、正解! だから、あのとき狙ったの! ほうきちゃんが死んでも、ISコアがあるから、安心してね!」

 声が出ない。口に力が入らず、震える。聞きたくなかった。

 

 好きな姉の役に立てないことが悲しい。力になれないことが悔しい。姉が自分を望んでいないのが、寂しい。そして、心の片隅に姉の手で最後を迎えたいと期待している。ISコアを埋め込まれたら、きっと姉の役に立てられるように、姉の手で調整されると思うから。

 

「姉さん、スるときは、痛くせず、優しくしてね」

 声が震える。力が欲しい。こんな惨めで馬鹿な事を選ぶしか無いなんて。

 

 姉さんの顔がより近づき、耳元でささやかれる。

「ほうきちゃん次第、だよ」

 膝から力が抜けた。ずるずると姉の体に沿って地面へ向かう。抱かれる力が強くなる。

 

「ふふっ。やっぱり、ほうきちゃんは可愛いな~」

 頭をなでられる。そのまま、左耳を触られ、首に手をかけられた。

 

(ああ、いま、やられちゃうんだ)

 

 箒は顔をゆっくりと上げさせられ、姉の顔を見る。星が見えない夜空に姉だけが居る。

 

「姉さん、綺麗」自然と声が出た。

「ほうきちゃんも」姉の今日一番の笑顔だと、箒は思った。

 

 箒の首がゆっくりと締められる。

 

 それを受け入れ、手足から力を抜き、箒はゆっくりと眼を閉じた。きっと、すぐに意識が遠のいくのだろう。姉の最高の笑顔を思いながら、箒は笑った。姉の手で、自分が役に立てるようになることも期待した。

 

 

「うっそぴょ~ん! もう! ほうきちゃん、そんなことしないよ! ほら、立って立って、もう一度ハグしちゃう」

 箒は姉に立たされ、再び抱きしめられた。姉の髪の毛に、顔が埋まる。箒は鼻の音が出るくらい、その匂いを吸い込んだ。先ほど触られた左耳に湿った何かが当たる。体が一瞬、震えた。舌で舐められたのだと理解する。

 

 姉はそのまま、耳元で囁く。

「それからね、ほうきちゃん。殺人する人が、動機を持っているなんて幻想だよ。頭に血が上って、後先考えずにやっちゃうの。鉛筆一本あれば、出来ちゃうんだから。計画も理由も必要ないんだよ。ただ、やりたいなって思うだけ」

 

 姉は言い終わると、箒の左耳が濡れた。箒の体が震え、声が漏れる。耳の出っ張りや窪みをなぞるように、姉がゆっくりと舌を動かしている。少し荒く温かい息遣いが、箒にも伝染する。

 

「私、ほうきちゃんが大好き。特に普段では言わない我侭を言う時が一番。めちゃくちゃにして、壊したくなるほど可愛いって思っちゃう」

 

 湿った左耳がゆっくりと何かに挟まれる。歯だ。姉に噛まれている。箒は呼吸が荒くなった。だんだんと痛みが大きくなっていく。噛まれながらも、同時に舌で遊ばれている。

 

 耳を噛みちぎられるのか。痛い。声が出そうなのを抑える。痛い。呼吸が出来ない。

 

 箒が痛みを我慢しようと耐えていたら、挟む力が弱まった。代わりにそこを重点的に吸われる。姉の抱きつく力が弱まり、体を少し離す。姉の顔が箒の真正面にある。胸は高鳴り続けている。

 

 胸の高鳴りと合わせて、耳が脈打つ。その度に痛みが広がる。姉の唇に、赤い色が付いている。姉は箒へ見せつけるように、それをゆっくりと舐めとった。

 

「おいしい」

 

 体の中から何かがこみ上げてくる。顔が自然とほころび、胸がいっぱいになった。箒は自分が今、嬉しさを感じていると自覚した。

 

「ほうきちゃん、楽しい?」

 

「たのしい? うん、楽しい」

 姉に尋ねられ、箒は自らが今の行為を楽しいと理解した。そして、左耳を愛おしそうにゆっくりと手で包む。その耳に痛みが広がる度、箒は姉を感じた。

 

「じゃあ、反対側もする?」

「あ……うん!」

 姉が再び手を伸ばし、箒の体を抱く。今から行われる事に、箒は待ち切れない思いでいっぱいだった。

 

「う・そ。飽きちゃった」

 両肩を強く押される。箒は後ろへよろけた。

 

「ちーちゃん! お話しよ!」

(え?)

 箒は理解が追いつかない。姉が千冬と話をしている。

 

「六年振りにあった妹に対する態度がそれか? お前に姉妹愛があると思った私が馬鹿だった」

 

(なんで?)

姉と千冬が仲良く話している。さっきまで自分がそこにいたのに、と箒は呆然とした。

 

「ちーちゃん! 何を見てたの? ほうきちゃんとたばねさんの愛に溢れているでしょ?」

 姉は口を尖らせたり、嘘泣きをしたり、表情が活き活きとしている。笑顔だけではない。本当に楽しそうだ。

 

(飽きた? 私は飽きられた?)

 怖い。いじめられるより怖い。銃口を向けられるより怖い。一夏が居なくなるより怖い。

「あ、ああ、やだ、やだあ」

 箒は声を上げ、手を伸ばすが、姉は一切、箒を見ない。千冬と談笑している。反応したのは、千冬だった。

 

「やはり篠ノ之は部屋に戻すべきだったな」

 呆れた眼。蔑む眼。千冬がインクがでなくなったボールペンを眺めるような顔をしている。千冬は姉へと向き直る。

 

 盗られる。

 あいつに盗られる。

 あいつさえ居なければ、姉はこっちを見てくれる。

 

 アレが邪魔なんだ。

 

「うああああっ!」

 箒は叫び、千冬に殴りかかった。姉はそれでも、箒を見なかった。

 

「向かう相手が違うだろう、馬鹿者。暫く寝ておけ」

 


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