IS 不浄の箒   作:仮登録

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10.大浴場にて(総集編)

 篠ノ之箒(しののの ほうき)は鷹月静寐(たかつき しずね)の後ろを歩く。着替えを持ち、下を向きながら彼女の背中をちらりと見る。

 彼女は、のほほんさんと話しながら歩いている。笑い合い、二人はとても楽しそうだ。箒は口を開き、声を出そうとする。しかし、口を閉じた。これを何度も何度も箒は繰り返している。

 

(会話に参加したい……)

 

 箒は並び歩く二人の会話に耳を傾け、いつでもその輪へ入れるように、準備万端だった。一歩後ろに自分がいることを、二人に示したかった。

 

「ねぇ〜、しののんはどう思う?」

 のほほんさんが振り返り、箒の意見を聞く。

「あぁ、そうだな。私もそう思う」

 箒が言い終わると、「でしょ〜」と言って彼女は再び前を向く。

 

(よしっ、うまく会話できた!)

 

 心の中でガッツポーズを決め、少し緊張を解く。放課後にクラスメイトと会話するのは、いつも一夏に頼っていた。自分は一歩前進したと、箒は感じていた。次の目標は、友達と一緒に並んで歩く事だ。

 

 

 大浴場の脱衣所で、箒は固まっていた。湿った熱気が肌で感じられる。話し声が、服を脱ぐ衣擦れ音が周りから聞こえてくる。

 

(思っていた以上に、人がいる!)

 

 大浴場はどうやら、一組と二組で共同で使用する日みたいだ。入浴時間は三十分。今日は一組と二組が学生の時間帯の最後で、その後に寮監や教師が入れる時間帯となると先ほど聞こえてきた。そう言えば、そんな寮での決まり事を、箒は入寮時に説明された気がする。

 

 箒のすぐ隣を人が通っていった。出入り口で立ち止まっている箒を不思議そうに見てくる。その人は歩きながら制服を脱いでいた。

 

「篠ノ之さん、大浴場は使うの初めてなんだよね?」

 突っ立っている箒に静寐が声をかけてくれた。

「靴はそこに直して、脱いだ服は好きな所のボックスを使って良いのよ」

「あ、ありがとう。私は壁際を使う、から」

「じゃあ、いこう」

 箒が靴を靴箱に入れ終わると、静寐が箒の手を取ってきた。靴を触ったのに、躊躇なく握ってくれた。力強く進む彼女が箒には有難かった。

 

「あの、鷹月さん。皆はタオルでその、隠さないのか?」

 箒は周りを見ながら、疑問をぶつける。

「最初は皆、隠していたんだけどね。何日も一緒に入っていると、誰も気にしないし、隠すのも面倒くさいってなってきているんだと思うよ」

「なら、……隠すのは目立つのか?」

「ううん。タオルで隠す人は他にも居るし、変じゃないよ。湯船の中まで入れると怒られるけど」

「そ、そんな事はしない」

「なら、大丈夫だね」

 静寐は箒に笑いかける。場馴れしていない箒は、きょろきょろと辺りを見回しながら、慎重に服を脱いでいく。

「初々しいなぁ〜。私にもこんな時期があったんだなぁ」

「いや、あんたはずっと変わってないよ」

 箒が声をする方向を見ると、のほほんさんと谷本癒子が此方を見ていた。

 箒が少し頭を下げて挨拶すると、二人が近づいてきた。

 

「篠ノ之さんって大浴場は初めてなんだって?」

「あぁ、そうだ」

「結構広くて、綺麗だからね。これからも使わなきゃ損だよ、損」

「はいろ〜、はいろ〜」

 

 二人はすでに服を脱いでおり、タオルで前を隠している。その心遣いが箒には嬉しかった。

「ああ、入ろう」

 先程までの不安が無くなっているのを、箒は感じた。

 

 扉を開けると、湯気が体を包む。石鹸の香りがより強くなった。

「……大きい」

 箒の口から感想が漏れる。

「お、大きい」

「うん、思ってた以上だね」

「私とおんなじくらいかなぁ」

「ねぇ、あんたの胸、握っても良い?」

「え〜、どうしよっかなぁ〜、あげられないよ〜」

「むかつく」

「まぁまぁ、それは後にして、はやく洗おっか」

 箒は目の前の風呂に感動していた。飾り気ない大きな浴槽があるだけだと思っていた。

 明るい。様々なライトが設置され、薄暗くなりがちな大浴場が昼間のようになっていた。そして、大きな窓。そこから見えるライトアップされた庭が開放感を演出している。夜の暗闇の中に浮かぶ新緑が、箒を驚かせた。

 

「これ、すごいよね」

「ああ、寮にこんなところがあったなんて、知らなかった」

「分かる分かる。篠ノ之さんも、湯船に浸かりながらこれを眺めるのが、きっと好きになるよ」

「きてよかったぁ〜?」

「ああ、誘ってくれてありがとう」

 静寐とのほほんさんは、ハイタッチをして喜ぶ。

 

(のほほんさんの胸、私と同じくらいか、それ以上ありそうだ)

 揺れる胸を見ながら、箒は自身のコンプレックスをタオルで隠した。

 

 檜でできた椅子と桶を置き、備え付けのシャンプー、リンス、ボディーソープを使って体を洗う。自前の洗顔石鹸を最後に使い、いよいよ先延ばしにしていた、入浴となる。

 

 箒は辺りを伺い、どのように入浴するかを観察した。

「そんなに皆の裸が気になる?」

「べっ、別に、そんなんじゃ、ない……」

 声をかけられ、驚く。谷本さんが箒の後ろから体を寄せてきた。

「誰の体が気になるのかなぁ?」

「わ、私は、ただ、入浴の仕方を」

「まっかになったぁ、あやしい〜」

 のほほんさんも会話に入ってくる。

「はいはい、そこまで。篠ノ之さん、入浴の仕方といっても、掛け湯をする人としない人は半々だし、そこまできにしなくて良いのよ。タオルを湯船に付けない限り、大丈夫」

「そうなのか、助かる」

 静寐の助言に従い、浴槽の縁まで近づき、しゃがんでタオルを取る。周りの目から体を隠しながら、ゆっくりと湯船に浸かる。

 

(あったかい、久しぶりだなぁ)

 

 箒は手足を伸ばし、辺りに人がいることを思い出して引っ込めた。

 周りを見ると、皆がそれぞれ自由にしている。昔のように、胸のことでからかわれたり、しない。

 

(ここは、大丈夫、なのだろうか?)

 

「篠ノ之さん、隣、良い?」

「ああ、どうぞ」

 静寐が「失礼するね」と言いながら、箒の隣りに座った。

「ここ、景色が良いよね」

「ああ」

「お風呂、久しぶりなのよね? 気持ちいい?」

「ああ」

「そんなに俯いてないで、篠ノ之さん」

「ああ、でもしかし」

「大丈夫、一組と二組は布仏さんで見慣れているから」

「えっ、なになに。わたしがどうしたの?」

「布仏さんは可愛いなって、話だよ」

「えっ、そうかな。あう、嬉しいなぁ」

 近づいてきたのほほんさんは、此方に背を向け、湯船に沈んでいく。

「いや〜、かなりんも凄いよ。ほら、見てあれ。胸が浮いてる」

「あっ、私も浮くよ、ほら〜」

 浮かんできたのほほんさんは、胸が浮く様子を見せてくる。

「でも〜、一番すごいのは、やまだせんせ〜」

「あれはヤバイね。別次元だわ」

 谷本さんが頷きながら、のほほんさんに同意する。

 

(ここなら、大丈夫、だと思う)

 

 箒はゆっくりと手足を伸ばす。溺れないように顔を上げて。静寐も同じ様に手足を伸ばした。

「気持ちいいよね」

「ああ、気持ちいいな」

 二人は窓から見える木々を眺める。久しく感じなかった、ゆっくりとした時間だった。

 

「あっ、箒がいる」

「あら、箒さん。大浴場では初めてですわね」

「ああ」

 凰 鈴音(ファン リンイン)と、セシリア・オルコットが箒に声を掛けてきた。

「隣、失礼しますわ」

「ああ」

「私、箒さんに尋ねたいことがありましたの、機会がやっと来ましたわ」

「ん、なんだ?」

「一夏さんと同じ部屋で、どんなことをして過ごしているのでしょう?」

「あっ、私も気になる。どんなイチャイチャエピソードがあるのか聞いてみたい。裸を見せたり、見られたりはちゃんとしてるよね?」

 谷本さんがセシリアの話に乗って来た。しかし、箒はそれを否定する。

「そんな事、するわけないだろう。見られそうになったのも、初日だけだ。私が一夏に無断で、寮部屋のシャワーを使った時だ」

「ええ! あの時だけなの! 勿体無い! 織斑くん、何してるの! 篠ノ之さんもベッドに誘ったり」

「駄目ですわ! 行けませんわ! そんなはしたない事!」

 セシリアが過剰に反応し、大浴場にいた人達の目が此方に向く。

 

「ない! そもそも、私は男性が苦手なのだ。最近になって、一夏に触られても平気になったんだ」

 

 箒の声が大浴場に響く。周りは誰も声を発しない。

(嫌な沈黙だ。まただ、また私は、沈黙を)

「うそー!」

「えっ、苦手って……。篠ノ之さん、織斑くんを何度も投げ飛ばしてなかったっけ」

「あと、剣道とか、道場で一緒にやってなかった?」

 名前を覚えきれてないクラスメイト達が、矢継ぎ早に質問をしてきた。箒は慌てながらその質問に答える。

 

「私から触ったり、殴ったりするのはできるが、触られるのは、怖かったんだ」

 

「織斑くん、生殺し状態だったんだ……」

 誰かの呟きが響いた。

 

「えっと、織斑くん、凄いね」

「目の前にこんな身体があるに、我慢するしか無かったんだね」

「み、見るなぁ」

「なにそれ、箒。私に喧嘩売ってんの」

「リンさんは、悪い方向に考えすぎですわ」

 

 セシリアは、オホンっと咳をして注目を集めた。

「つまり、一夏さんと篠ノ之さんは同じ部屋で寝ていますが、何も起こらないということですの?」

 

「ああ、……それに今日から違う部屋になった。……一夏は明日の朝、ちゃんと起きられるだろうか」

 

「えっ、違う部屋になったの?」

「じゃあ、今日は織斑くん、一人寂しく寝るの?」

「思春期の男の子が一人になったときにスることと言えば」

「……今日くらいは、一人にさせるべきかな」

 クラスメイト達は、次々に違う話題へと移る。箒はそれに追いつけない。

 

「ねぇねぇ、おりむ〜って、小さい頃はどんなだった?」

 それを見かねたのか、のほほんさんが箒に質問をしてきた。

「私も気になりますわ!」

「わ、私が知っているのは、小学四年生までだぞ。鈴(リン)の話の方が良くないか?」

「箒、あんた、一夏の子ども時代を独り占めする気ね!」

「知りたい、知りたい!」

 クラスメイトの目が輝いている。何を言うべきか、箒は考えた。

 

(鈴も知っているだろうが、一夏と千冬が親に捨てられた子だということは、絶対に言ってはいけないだろう。それは一夏か千冬が自発的に言うべきことだ。しかし、詳しく話せば親がいない事はわかってしまう。それとなく、ぼかしてみよう)

 

 箒は「つまらない話だが」と前置きをいってから、語りはじめた。

 

「私が一夏と初めてあったのは、私の家だ。いつの間にか一夏と一緒に御飯を食べていた。ほぼ毎日のように一緒に食べたな。そのときはまだ、男嫌いでは無かったので、昼食が終わればよく一緒に外で遊んだ」

 

「一緒にご飯を食べるって、親公認じゃん!」

「なになに、二人はそんな赤い糸で結ばれていたの!」

「ショタ一夏くん……、行けるわ!」

「くっ、私だけじゃなかったのね」

「羨ましいですわぁ」

 

(鈴がご飯を一緒に食べた仲だといったとき、鈴の実家が中華料理屋だったから問題にならなかったんだ。これをどういうべきか……)

 

「私の実家は、剣道の道場を開いていて、一夏と私はその門下生だ。御飯を食べるといっても、その延長だ。同じ釜の飯を食べる仲といったところか。私は一夏の事を弟のように感じていたが、向こうは友達その一くらいに思っていたかもしれないな」

 

「織斑くんが弟か、それも良いな」

「千冬様の弟だもんね」

 クラスメイト達がそれぞれ感想を呟く。その一つに、箒が聞き逃せない言葉があった。

「むっ、千冬の弟扱いは、一夏が一番嫌がるぞ」

「えっ、そうなの?!」

「ああ、ブリュンヒルデのサインをくれ、やブリュンヒルデと会わせてくれ、なんて頼み事から始まり、千冬と比べられて嫌味をよく言われることがあったみたいだ」

「篠ノ之さん、自然に先生を呼び捨てにしてるね」

 静寐がやんわりと箒をたしなめる。

 

(一夏は千冬……織斑先生の働いた金で育てられたと言っていい。しかも、自分の所為で織斑先生が一切遊ばず、偶の休日も疲れきっているところを見ている。一夏は織斑先生に対して、負い目がある)

 

 箒は頭の中で纏める。おかしな所を突っ込まれないように、一息で言った。

「…… そんなだからか、一夏は織斑先生の邪魔にならないように過ごしてきた。織斑先生はほとんど家に帰らず、偶に帰ってきたときは、かなり疲れていたと言っていた。そんな姉に少しでも心配を掛けたくないからか、一夏は中学のときに新聞配達のアルバイトをしていたらしい。就職率の良い高校を受験して、高校を卒業し た後は就職するつもりだったんだ。だが、ISを動かせるようになり、心が変わったようだ。IS操縦者の姉に守られる側から、守る側へとなりたいらしい。 きっと、少しでも姉の役に立ちたい。心配されたくない。一人前になりたいのだろう」

 

「世界最強のブリュンヒルデを守る。大変だね、織斑くん」

「ああ、尊敬する」

「そんな所に惚れたの? 篠ノ之さんは」

 

「な、なにを! 惚れるとか、惚れてないとか、そんな話は一切ない!」

「えっ! 本当! じゃあ私が織斑くんにアピールしても良い?!」

「行けませんわ!」

「セシリアには聞いてないよ! 私たちは恋のライバルだからね!」

「……別に私は構わないが、難しいと思うぞ。今、一夏は姉を越えようとしている。その姉が居るのに、女性と付き合えるほど、一夏は器用じゃない」

「なるほど、一理あるわね。でも、それならそれで対応できるわ」

 鈴が呟く。箒はそれを聞き、安心する。一夏の事情を知っている鈴なら、一夏を傷つけることはしないだろう。

 

「えーっ! でも、体で迫ったら、どうかな?」

「織斑先生よりも、魅力的なら上手くいくかもしれないな。一夏は偶に織斑先生の体をマッサージしているからな」

「いいなぁ、私も千冬様の肢体に触りたい」

「織斑くんのマッサージかぁ、胸がこってるの、なんて言ってみたいなぁ」

「そんなこと言ったら、織斑くんなら胸のマッサージ始めそう」

 笑い声が響く。箒は自身の言ったことが深く追求されず、息を落ち着かせた。

 

(織 斑先生に負い目が有る一夏が、織斑先生の前でイチャイチャ出来るわけがない。千冬の年齢は二十四歳、一夏の年齢は十五歳。一夏が小学一年生前後、あの白騎 士事件があった年には捨てられていた。一夏が当時六歳だとすると、千冬は十五歳。今の私と同じ年齢。その中学三年生か高校一年生かの年齢で、小学生を一人で育てると決意した。その年齢と同じなのだ。あの一夏がそれをどう思うかだ。

 しかし、なぜそんな年齢で子育てを決意したのか、また周りはなぜそれを決意させたのか。その理由は一体何なのだろうか? 地域社会はなぜそれを許したのだろうか? 千冬の思春期は、全て一夏の為に費やされたと言って良い。一夏のために働き、一夏のために勉強し、一夏のために青春を捨てる)

 

「あれ? 篠ノ之さん。本当に惚れてなさそうね」

「だから、そう言っているだろう」

「でも、さっき、織斑くんの事を言っている篠ノ之さん。すごく良い顔だったよ。すらすらと、言葉も出るし。ああ、好きなんだなぁ、と思ったくらいなのに」

「それは、……一夏が羨ましいんだ、私は」

 

(羨ましいんだ、私は。あぁ、昔の一夏と今の一夏の両方を羨ましいと感じている。昔の一夏は、姉を独占して、姉の行動を縛っていた。私も姉を自分の物にしてみたいと、思っている。そして、今の一夏のように姉を守るとも言ってみたい。姉の後ろをついて歩くだけじゃなく、姉の横に並び立ちたい。姉の邪魔に成りたくない。嫌われたくない。だけど私も、姉の役に立ちたい。必要とされたい)

 

「私も、姉さんにマッサージくらい、してみたい、からな」

(だけどなにもできない。私は何も手伝うことが出来ない。姉さんが何を求めているのかも、分からない。私は何も知らない。会いに行っても、何をしたら良いのか、はっきりしない)

 

「おい! 一年の一組と二組! いつまで風呂に入っているんだ! さっさと出ろ!」

 

「千冬先生だ!」

「やばっ! 速く出ないと!」

「ああっ! 大事なことを言い忘れていた!」

「何! 篠ノ之さん?!」

「千冬、いや、織斑先生を一夏の事でからかうと、死ぬ」

 

 一組と二組は箒の言葉を心に深く刻み、大急ぎで大浴場から出た。


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