如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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第十八話【やってみろよ!楽しませてくれ!】

 

 

 -1-

 

 

 

 

「それで、わざわざ此方に来ていただいた用件は何かしら?」

 

豪奢で華美でいて、其れでいて下品ではない調和の取れた気品のある一室でダージリンは紅茶で僅かに唇を湿らせた後に言った。

 

「……貴校が大洗と行った練習試合の資料がほしい」

 

ダージリンと相対する形で席に座っていた西住まほは出された紅茶に一口もつける事無く速急に要求だけを述べた。

これにはダージリンも僅かに眉を上げたが……あの西住まほが焦っているという事態はそれほど不快ではなかった。

 

「これはこれは、天下の黒森峰ともあろう物があのような新参の弱小校が気にかかると」

 

「その通りだ」

 

「これは驚きましたわ。

 その様な些事は必要はないでしょう?

 何時もの様に相手が何であれ、貴女はただ西住流を貫き通し、上から押し潰しながら前進すればいいのではないかしら。

 それこそが貴女と黒森峰の戦車道でしょう」

 

「ダージリン、普段ならお前との巧妙な言葉のやり取りや腹の探りあいも私は楽しめる余裕はある。

 しかし、今は申し訳ないが回りくどい事は抜きにして話を進めたい」

 

「……というと?」

 

「お前がみほと戦ったのならば感じ取っているはずだ。

 何より、これまでのみほの試合を全て見ているお前ならば解っている筈だ。

 お前はそんな見る目のない女ではない。

 私が知る限り最も優秀な戦車乗りでもあり、そして最も優秀な鑑定眼の持ち主だからな」

 

真っ直ぐとダージリンの目を見つめながらそう評するまほに、ダージリンは無言で紅茶を口に運び、場の空気に一泊置くようにゆっくりと一口飲み干し、ティーカップをソーサーに置いた。

 

「……良く私が大洗の試合を全て見ているとお解かりになりましたね」

 

「よく言う。

 私も毎試合見に行ったが、毎回お前がいたのは見えているんだ。

 ……だから頼む。

 私はどうしてもみほに勝ちたいんだ。

 その為にはどんな僅かな資料でも必要なんだ。

 頼む、ダージリン」

 

「申し訳ありませんが、少なくとも当時は新参の弱小校としか思っていなかったので記録の類は一切とってなかったの。

 ごめんなさいね」

 

懇願するまほにダージリンは悪びれずに断りの理由を述べた。

 

「……理由を聞かせてもらって良いか?」

 

事情があり記録をとっていなかったというダージリンの言に理由を問うのは些かおかしな事であったと言える。

しかし、戦車道校の中で最も情報というものに精通しているが聖グロリアーナである。

その聖グロが如何に弱小校が相手の練習試合とはいえ自身が参加した試合の記録をとっていない筈が無かった。

それには、まほも百も承知であったが、同時にダージリンもそんな理由が通じるとは欠片も思っていなかった。

要は体の良い断り文句である。

だからこそまほは大洗に肩入れする理由を聞き、ダージリンもそれに答えた。

 

「私、みほさんのファンですの。

 つまらない戦い方をする姉と違って、妹さんの方は相手をしていても、傍から見ていてもとても面白い方だわ。

 それに人柄の方も実に可愛らしく、一緒にいてとても好ましく感じますの。

 だからみほさんを背中から撃つ様な真似はできないわ」

 

この会話を端で黙って聞いていたアッサムはこのダージリンの言に内心で頷いていた。

何せ、あの練習試合からダージリンの口から大洗の……というより西住みほの話題が出ない日はなかった。

大洗の試合日を控えるとまるで遠足を明日に向かえた小学生の様にそわそわしだし、興奮して寝付けなかったのか珍しく中々起きようとしないダージリンを起こしてあげたのは一度だけではない。

その上で試合が終わって帰った日には如何にも興奮した様に西住みほについて話すのだ。

普段は達観していると表現できるくらい飄々としているのに、こういう時のダージリンは不覚にもとても可愛らしかったのをアッサムは良く覚えている。

というよりまるで恋する乙女といっても良かった。

何せ「そんなに気になるのなら直接声をかけて誘ってみてはどうですか?」と言ってみたら「そんな事恥かしくてできないわ!」と顔を赤くして言うのだから。

尤も、それは当初はダージリンの付き添いとして致し方なくといった感じで大洗の試合の観戦に赴いたオレンジペコも一緒だった訳だが。

彼女も観戦の回数を重ねる度に明らかに大洗にのめり込んで行った。

準決勝のプラウダ戦の後など、アッサムは興奮した様に何時までも話し続ける二人といつの間にか同じ様に大洗のファンになっていたローズヒップを宥めて寝床に入れるのに大変苦労したものだ。

 

それはそうとしてこのダージリンの言は些か黒森峰の隊長に対する挑発が過ぎるのではないだろうか?

普段から揶揄や皮肉を言ったりする事はあるが、ここまで直接的に、しかも本人に向かって批判的な事を述べるのは非常に珍しかった。

しかし、それ以上に驚きなのは黒森峰の隊長がこれに全く怒気を見せなかった事だ。

いや、普段から感情を押し殺しているような人物であるからそれ自体は驚く事に値しない。

だが、黒森峰の隊長は怒りの感情は見せなかったが、喜ばしいような、其れでいて得意気な表情を僅かに見せていたのだ。

 

「……なるほど。

 私はつまらなく、みほはとても面白い。

 そして可愛らしく好ましいか……。

 やはり、ダージリンは見る目がある。

 私も全く持って同感だ」

 

そういいながらまほは席を立ち、ドアを開けて退室しようとした所で足を止めて振り向きながら言った。

 

「……ダージリン。

 お前ほどの女がみほの味方でいてくれて頼もしいよ。

 ……ありがとう」

 

それだけ言うと返事を待たずにまほは退室していった。

それをダージリンは先程と同じ様に無言でティーカップを口に運びながら見送った。

……アッサムはその様子を黙って守っていた。

ダージリンは相変わらず照れると誤魔化す様に紅茶を飲む癖があるな……と思いながら。

 

 

「……前の貴女はつまらない人でしたけど。

 今の貴女はそう悪くは無いわ……」

 

まほが退室して閉ざされたドアを見ながらダージリンはぼそりと零した。

 

 

 

 

 

 

 

―――後日、決勝戦終了後に「記録していなかったと思われていましたが、一生徒が独自に撮っていた記録があったので送ります」と添えられて一枚の動画データが黒森峰に送られてきた。

恐らく、決勝戦でまほが西住みほと壮絶なタンクジョストを行ったのを見ていたダージリンからの自慢を含んだ意趣返しだったのだろう。

それを見た斑鳩はこれが決勝戦前に入手できていれば、()()()()を冷泉麻子がしてくる事は予想できただろうと確信した。

もっと言えば、それはこの大会前の練習試合の時から西住みほが本気であった事の証左とも言えた。

即ち、この映像だけで決勝戦で行われた大洗の計略の大部分がもしかしたら予想がついたかもしれない。

つまり、貴重だろうと思いつつも各試合の中で参考資料としての価値は一番低いと思われていた大会前の練習試合のそれが、実は最も重要で価値ある資料という事になるのだった。

逆に言えば、それをダージリンは承知の上だったのだろう。

何せ、自分にしてきたこの前代未聞の技を全国大会中にどの試合でもその片鱗すらも見せなかったのだ。

西住みほがこれを取って置きの切り札としているという事に気づくのは聡明な彼女なら容易に辿り着く結論であった。

だからこそ彼女はこれを黒森峰に渡さなかったのだ。

……一方でそれは西住みほがダージリンがそうする事を読んでいた事にもなる。

 

 

 

 

今、ダージリンはこれまでの大洗の試合の時と同じ様に決勝戦をオレンジペコと見守っていた。

これまでの試合経過はどれも彼女の予想の遥か斜め上を行き、実に彼女を楽しませていたが、それですらこの眼前で繰り広げられる奇跡の様なタンクジョストに比べれば前座の様なものだっただろう。

悔しいがこればかりは賞賛しつつも自分にはできない事と認めざるを得なかった。

西住みほと西住まほ。

指揮能力もさるながら戦車の単体運用の技術もいっそ芸術的であった。

その技量は高校生のそれを遥かに上回っているが、目の前の光景は単に両者の技量が極めて高いだけではなかった。

姉妹故にか、それとも近親である事を根拠としない深い繋がりが二人にはあるのか、互いに互いを知り尽くしているかのような戦いであった。

それはまるで二人で踊るダンスのの様であった。

力強いアクセントを刻むコンチネンタル・タンゴの様に。

他人には決して踏み入れない二人だけの世界がそこにあった。

 

羨ましいと思った。

しかし、それ以上に美しいとさえも思った。

余人には犯す事のできない神聖不可侵の舞台。

 

ダージリンは確信していた。

この日より、日本戦車道はこの二人を中心として躍進するに違いない。

きっとこの戦いは電子の海を通して日本中に拡散される。

そして、これを見て少なからず血を躍らせない女子がいる訳がない。

誰もが憧れる筈だ。

ある者はこんな風になりたい。

ある者はこの人と一緒に戦ってみたい。

 

「……本当に人誑しなひと…」

 

彼女がより多くの人に注目されるのは誇らしい事だが、同時に自分だけが知っている彼女が大衆に知られるのは寂しくもある。

そう複雑なファン心理に思い馳せているとついに目の前の戦いは最終局面に移ったようだ。

中央広場にて開始時と同じ様に中央モニュメントを挟んで対峙する二輌。

今までの動に溢れていた様子と違い、風の音すら此方に聞こえてきそうな静けさであった。

そして……しばし互いに見つめあった後、対面する二人は同時に号令を飛ばした。

 

「……そう、ここでそれを見せてくれるのね。

 みほさん、光栄に思うわ。

 そんな重要な事の練習に私を選んでくれた事を……」

 

そして二輌は互いに逆方向から回り込む様に絡み合った。

まるでくるくると入れ替えながら優雅に回る姿はドレスの裾を円形に翻して廻るスローワルツの様に……。

其れを見て思わずダージリンは彼女に似合わない口調で言った。

 

「……さぁ!完成した其れを見せてみなさい!みほさん!

 

 

 

 

 

 

-2-

 

 

 

 

「ああああああああああああああああッッ!」

 

私は気合の声を吼えさせながらティーガーを懸命に操った。

小さな車外確認用の小窓から妹様のⅣ号がティーガーと同じ様に僅かに互いの車体の先からずれる様に横滑りをしているのが見える。

何という事だ!

まさか……まさか()()()を冷泉麻子が!?

戦車に始めて乗って僅か三ヶ月足らずの初心者が!?

何度も何度もつくづく思った事だが、天才という表現で済むレベルではない!

私があれから約一年間どれだけ練習したと思っているんだ!

……いや、もしかすると冷泉麻子が天才だというのは当然として、この三ヶ月の間に妹様が付きっ切りで直接指導したのも大きいのかもしれない。

規格外の天才が規格外の天才に教える。

なるほど、よく出来た運命なのかもしれない。

常人とは違った世界に住む無頼同士が奇跡的な確率の末に出会ったのだ。

その強烈な化学反応はこれぐらいの事をやってのけて当然なのかもしれない。

……そう、真に驚くべき事はこの技をやってのけた事ではない。

これを一切匂わせず、最後のこの瞬間までその残滓すら残さなかった事だ。

……以前に隊長が言っていた事を思い出す。

妹様は当然ながら稀代の戦略家でもあり策略家だ。

その遠慮深謀は驚くべき精密さと大胆さを兼ね備えている。

しかし、彼女の真に恐るべき所はその策をもってどれだけ成功を積み重ねても、安心せず、慢心せず、油断せず、慣れず、弛緩せず、現実を舐める事無く実行する瞬間まで隠し通そうとする事だ。

どれだけ完成度が高い策を思いついてもそれが相手にばれてしまえば意味は無い。

それ所か逆に利用されて危機に陥るというのは現実の歴史上でも幾度と無く行われた事だ。

それでも成功を積み重ねていけば心のどこかで僅かなりとも『ここまでする事はない』『今度も大丈夫だろう』といった驕りが生まれるのが人間というものだ。

だが、妹様はそういった常人の心の隙間とは無縁であり、病的なまでに僅かな痕跡を隠蔽しようとする。

思い返せばこの大会でもそうだった。

サンダースではギリギリの苦戦を装い、プラウダではまるで最初は勝利を度外視したような行動を取り、終盤になって慌てて勝利に走った様な行動を取った。

だからこそ黒森峰は…実姉である隊長は大洗が最初から優勝のみを目指して黒森峰だけに絞って行動していた事を読めなかった。

正しく常人の発想ではない。

 

……考えてみれば、冷泉麻子も妹様に傾倒するのも当然だ。

単に技量に沿った指示を車長として出すだけではない。

大会の決勝戦でのフラッグ車同士の決闘、その中で最後の大詰めという極めて重要かつ最大の晴れ舞台でのここぞという切り札とされたのだ。

自分の能力を活用できる機会に餓えていた彼女は今まさにこれまでの人生の絶頂にいるのではないだろうか。

今、冷泉麻子ははどういう気持ちなのだろうか?

……それは運命の巡り会わせによっては、私が感じていた物かもしれない……。

 

 

横滑りをしながら近づいていたⅣ号とティーガーがその回転半径を鋭くさせて位置を入れ替わるように時計回りにドリフトしながらくるりと交差する。

今、互いの射程の正面同士が向き合った。

しかし、撃つ訳には行かない。

ただでさえ移動中の命中力が落ちる第一世代戦車だ。

この様な変則的な機動の最中に撃って当たる訳がない。

この技はこの意表をつくような軌道を持って相手の側面から後方に回り込み、動きを止めた一瞬にその脆弱な箇所を狙い打つのが目的だ。

故に、この技同士では少しでも相手の側面に対して回り込んだ方が勝ちとなる。

……つまり、必然的に操縦手同士の技量の比べあいなのだ。

その点で言えば……先ほど前述した様に私の方が僅かに上なのだ。

今、Ⅳ号の動きを見ていてもそれが解る!

私は足回りの不安定なティーガーでも履帯を切らさないようにこの軌道を行う事ができる。

つまり、それだけ精密で緻密な操縦が出来るという事だ。

一方で、Ⅳ号の機動は僅かならが不安定さを感じさせる。

この速度と回転半径で履帯にダメージが行かない訳がない!

……しかし、言ってしまえば一年というアドバンテージがありながらこの程度の差なのだ。

いや、戦車道の経験という点で言えば数年の差という事になる。

たった3ヶ月程度でこの高難易度のテクニックを形にしているだけで十分に賞賛に値する。

だが、今は紙一重の差で私の方が上だ!

恐らくこの試合、いやより正確に言えばこのタンクジョストの分だけ経験をつんだ後の冷泉麻子は確実に私より一段上の操縦手になっているだろう。

それでもこの一瞬だけは私の方が上なのだ!

そして私にはそれで十分なのだ!

 

……だが、この僅かな差では一回でけりをつけるのは不可能だろう。

しかし、此方は履帯に負担をかけず、向こうは逆に履帯に大きな負荷をかける事になる。

繰り返せば当然ながら先に向こうの足が死ぬ事になり、この互いの意地と意地のぶつかり合いから降りるのであればその事実だけで私たちの勝利ともなる。

……では、何故あの妹様がこの選択を取ったのだろうか?

逸見のあの行動が妹様にすら予測不可能な動きだとしたら、その後の展開も全て考慮外だったのだろうか?

……そうか、では私がこの技を身につけている事も予想外だったのだろう。

それは何時か妹様を驚かせてやろうと、あの人が残してくれたこの技を必死に習得していた私にとって望み通りの筈であった。

……しかし、同時に寂しさも覚えていたのだ。

私が妹様の置き土産をそれほど軽んじていると思われていた事に。

……それは同時に五人で笑いながら練習していたあの時間も妹様にとっては過ぎ去り掠れた思い出に過ぎないのだと……。

 

そう思いながら正面を見つめていると、正面を向き合いながら同じ速度で回転する互いの戦車の小さな操縦席の前方確認用の小窓越しに冷泉麻子と目が合った。

 

「……!!」

 

激しい動きの中で狭い窓越しの刹那の間だけの出来事であったが、私にははっきりと此方に向かって口角を僅かに上げ、にやりと笑った冷泉麻子が見えた。

……そして、次の瞬間!

 

「……え、何!?」

 

徐々にだが視界の右端へとⅣ号の姿がずれていくの確認した。

……私はティーガーの操作を乱していはいない!

常に一定のドリフト速度を保っている!

 

 

 

……つまり、これはⅣ号の回転半径が更に鋭くなり、ティーガーの側面に回りこみつつあるという事を意味していた!

 

 

 

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『Go ahead, make my day.』

 (訳「やってみろよ!楽しませてくれ!」)

 

    映画「Sudden Impact(邦題:ダーティハリー4)」(1983)より

 

 

 

 

 

 

 




あともう少しの間ですが、どうかお付き合いお願いします。

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