如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか 作:てきとうあき
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「みほの戦車に乗った時?」
「そうです!
あの練習試合の時に始めてみほさんの戦車に乗った時、皆さんどう感じましたか?」
たまたま、みほが不在で私と小梅と浅見と斑鳩先輩の四人が集まり、私の部屋でくつろぎながら雑談をしていた時であった。
一つの会話が終了すると、赤星が次の話題として出してきたのがそれであった。
「……私は初めて戦車に乗ったときを思い出したな。
小学六年生の時だったかな?
家の近くで体験会みたいなのがやっていてな。
子供達に戦車に触れてもらおうという……まぁ地元だから西住流の企画だったんだが。
難しい事も考えずに始めて乗った戦車に興奮した物だ」
「……はぁ子供の頃の斑鳩先輩ですかぁ」
「……何か含む所がありそうな言い方だな赤星」
「いえ、さぞかしヤンチャだったんだろうなって」
「何か今のまま小さくしたような感じが直ぐに思い浮かびますよね」
「お前なぁ……。
……そういえば逸見はどんな感じだったんだ?」
「……私も同じですね。
初めて戦車に乗った事を思い出しました……」
「……ふぅん、やっぱりその辺は皆一緒か」
……そう、初めて戦車に乗ったあの時の事を私は思い出していたのだ。
-2-
「小梅!浅見!
現状は!?」
「駄目です!
みんな混乱しているみたいで……」
「こっちも回線が混線しているみたいで状況はつかめない!」
一緒に行動していた浅見と小梅に問いかけるが返事は芳しくない。
いや、芳しくないのは黒森峰全体なのだろう。
市街地に入ってから驚くべき手際の良さで分断され、曲がり角等の視界外からの不意打ちで瞬く間に混乱してしまった。
それでも私達は何とか三台で離れずに行動できていた。
「……どうしますか?」
「……どうしますって言われても……
隊長の指示もないのに…」
「各自で判断して動けってのが隊長がの指示だったでしょう。
"高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する"って」
「そんな事言われても……今まで私の…副隊長の役目なんて隊長の指示を忠実に実行する事。
指揮だってその支持の元で隊長の負担を軽減するために幾つかの車輌を率いて作戦を実行する。
今更、自由裁量で独自の判断で動けといわれても……」
「……大丈夫ですよ、エリカさん。
隊長がエリカさんを副隊長にしたのも、きっとそういうのも見据えてできる思っていたからですよ」
「……でも…」
「あーもうごちゃごちゃ煩いな!」
珍しく優柔不断で弱気になっている私に対して浅見が叫び声をあげた。
「確かに小梅の言うとおり隊長はエリカが自分で考えて行動する事ができると思って副隊長に任命したかもしれない。
でも絶対にそれだけじゃない筈だよ!
多分、隊長はみほさんとこういう風に戦うって事をどこか予感……いや、違うな期待していたんだ。
だから、もしその時が来た場合に備えてエリカを副隊長にしたんだよ」
「……それでなんで私を?」
「わっかんないかなぁ!!
悔しいけど、みほさんの事を一番理解していたのはエリカだったよ!
……それこそ、隊長よりもね」
それを言われて私はどきりとした。
頭の冷静な部分ではそんな訳が無いと一蹴していた。
あの二人のコンビネーションを見れば解る事だ。
通信もせず、アイコンタクトだけで完璧な意思疎通をみせ、まるで二台の戦車が一つの生き物の様に動く様を見ればどうして私が隊長以上にみほを理解していると思えるだろう。
……だが、同時に頭の何処かでもしかしたらという考えが沸いてくる。
そう、少なくとも一部分に関しては私はみほを誰よりも知っているのではないか……?
「確かに戦車に乗って連携している様子で言えば隊長は凄かった。
でも、エリカは連携とかじゃなくて……そう、なんだかみほさんの考えを理解しているような節があった。
戦車道に限らず、日常生活でもそういう事が多かったよね。
みほさんがやろうと思えば先に着替えやタオルを用意したり、食事の時もみほさんが手を出す前に醤油をとってあげたり。
その間に会話は一切無しでエリカは『んっ』とだけ言って差し出してみほさんはありがとうといって受け取るだけ。
一緒に戦車に乗れば私たちの誰よりも早くみほさんがどう指示を出すのか解っている様な感じだった」
「……そう、なのかもしれないわね」
ふと何時だったか大洗対サンダースの試合を見に行った斑鳩先輩が言っていた事を思い出す。
みほの車輌に乗っていた子達は皆特別なのだと。
みほの車輌に乗った私達は初めて戦車に乗った頃を思い出して悦ぶ。
しかし、彼女達はみほの車輌に乗った時が始めて戦車に乗った時なのだ。
だから一般的な戦車道の常識や定石に邪魔されることなく、みほの戦車道に最適化されるのだと……。
……今でも忘れない。
あの黒森峰に入学して初めて行われた一年生同士の練習試合の時を……。
-3-
あの時の私はみほの指揮を受けて初めて戦車に乗った時の事を思い出していた。
それは両親に頼んで道場に入門した時だろうか?
それとも地域のイベントで体験会に行った時だろうか?
……いや、そうではない。
『……ね?戦車って楽しいでしょ!?』
『うん!だってエリカちゃんは優しいし可愛いし……もう立派なしゅくじょだよ!』
『それじゃあ、エリカちゃん!今日は山に行くよ!』
それよりももっと前に私は戦車に乗った事がある。
そう、戦車道に触れようと思った切欠が……。
最初は性格や印象が変わりすぎていて気づかなかった。
いや、それよりも私はあの子を男の子と思い込んでいたのでみほとあの子を一切結び付けようとしていなかった。
だが、戦車の中で私を励まし、私なら出来ると励ます言葉は昔のそれとは一切変わっていなかった。
そこに気づくと外面こそ変化しているが内面はあの時と変わっていない事にも気づいた。
私の初恋の相手が其処にいたのだ……。
もしかすると時の流れによって私の思い出と恋心は徐々に風化して行っていたのかも知れない。
記憶も微かになっていた子供の頃の話だ。
中学に上がるまではまだ熱意もあったが、それ以降は戦車道の初心を見失い、あの子に対する気持ちも薄れていったのかもしれない。
しかし、周囲が言っていたように私もみほの戦車にのってあの時の事を鮮明に思い出し、そしてリフレインしていた。
『だからエリカちゃんは帰った後も大丈夫!
エリカちゃんは演じるとか騙すとか、そんな事をしないでも良い子になってるよ!』
追体験によって薄れていた筈のその気持ちは再浮上した。
まるであの時がそっくりそのまままた行われた様に……。
最初は性別の壁によって初恋は終わったのだと思っていた。
それはそれでショックではあったが、言ってみれば小学生低学年の頃の初恋だ。
そんな物なのかもしれないとじきに立ち直った。
別の考え方をすれば彼女が途轍もない程の良い子だと知っているし、恩も借りも多大にある相手だ。
そんなみほと友達になれて同室になれた事で私は満足していた筈であった。
ところが、その後も黒森峰の戦車道の活動でみほの戦車に乗る度にその記憶が繰り返された。
短期間で繰り返されたそれは最初のそれと違い再浮上だとかそういうものではなく、あの時の胸の高鳴りを何度も何度も繰り返され、上塗りされ、積み上げられていった。
"初恋"を幾度も体験するという矛盾が私の心を直ぐにあの時の熱意を取り戻させた……いや、更に熱量を増して燃え上がったといってもいい。
"初回"は性別を知る前だったのだから、勘違いであったと自分を納得させる事ができた。
しかし、みほが女性であると知った後に、"女性である"という前提で何度も"初恋"を体験させられた事によって、もはやその意識の壁は既に取り払われていた。
私は同性愛者ではなかった。
いや、今でもそのつもりである。
それを意識し、そして諦観と共に受け入れると私はすっぱりと意思転換した。
元々、あれこれ悩んでうじうじする等私らしくないのだ。
それ以降、私はみほを助けて支えた。
日常生活においてはどこか抜けているあの子を支援してあげるのは容易だった。
よく忘れ物をしたり、転んだりとドジをするあの子を助け、食事を用意してあげ、よく夜更かししようとするのをあやして寝床へと誘導してあげたりもした。
一方で戦車道となるとそうは上手くはいかなかった。
知識も経験も技量も、あらゆる面でみほは私の遥か上を行っていたからだ。
それでも私は諦めなかった。
あの時に出会い、そして私達を結びつけた切欠である戦車道で私はみほの隣に立ちたかったからだ。
……多分、私はそうする事によって彼女に"りっぱなしゅくじょ"になったのだと言いたかったのだ。
普通の女性が意中の人物に振り返ってもらうために着飾ったり、料理の腕を磨いたり、車に詳しくなったり、好みに合わせるためにサッカーを好きになったりする様に。
私はそうする事でみほに自分をアピールしたかったのだろう。
私の目的はみほを上回る事ではない。
みほの助けになれるようになる事だ。
彼女の能力を超える必要は無い。
ただ知ればいいのだ。
だからみほ自身に色々教えてもらったし、みほの戦術や指揮も検証して勉強した。
試合面だけでなく、事務面などでもサポートが出来る様に隊長に書類処理や申請手順等を教わりにも行った。
戦車以外を操縦させるのが不安なあの子の為に色々な移動手段の免許も取った。
それもこれも全てあの子の為だ。
好きな相手がいるのならば女として尽くそうとするのは当たり前なのではないか。
……そんなある意味では時代錯誤な考え方を私がするとは夢にも思わなかったものだ。
だが、しょうがないではないか。
恋してしまったのだから。
貴女だけを見つめていた。
出会ったあの日から今までずっと。
貴女さえ傍にいれば他に何もいらなかったから……。
-4-
……そうだ。
そうだったんだ!
私はあのⅣ号に乗っている子達と同じだったんだ!
初めて乗った戦車がみほの戦車で、そして彼女から戦車道を教えられた。
誰よりもみほに近い存在と思っていた隊長にもない要素。
……いや!違う!
あの大洗の子達とは違う!!
私は彼女達よりもずっと年季がある!
小学生の頃に出会って約十年間、私はみほを思い続けてきた!
私は彼女達よりもずっと思いが深い!
私はみほを支える為に、同じ場所に肩を借りてでも立てる様に努力してきた!
みほを知る為に頑張ってきた!
私の中で私の性分である"負けず嫌い"が膨大な熱を持って燃え上がった。
このまま終わるなんて絶対に嫌!
見返してやりたい。
暢気にみほの戦車に乗る彼女達に。
見てもらいたい。
私は貴女に近づけたのだと!
考えろ!
普通の戦車道選手ならどんなに優秀だとしても……それこそ隊長でもみほの常道外れの行動を予想する事はできない。
しかし、黒森峰でただ一人初めて乗った戦車がみほの戦車である私にならば、その枠外の狂気に触れている私ならば非常に困難であり、か細い糸であるが可能性はある筈だ!
私の頭の中で色々な思いつきが沸きあがる。
それは人間が普通行うような仮定があり、根拠があり、過程がある思考ではなかった。
まず結果だけを思いつくような、荒唐無稽で、あやふやで、とてもではないが"思考"とは言えないような物であった。
だがそれでいい。
そうじゃなくてはみほの考えに辿り着けない。
どれだけそうしていたのだろうか。
数分間だろうか?もしくは数秒の事だろうか?
そんな時間の感覚すら失せるほど集中して考えていた時、ふと一つの"解答"が湧き出た。
それは様々な案の中で異常な輝きと主張を持って瞬く間に私の頭の中を支配した。
根拠も無い。なぜそうなったのかという理由も無い。
しかし、何故かそれに対して私は強い確信を抱いていた。
だが、同時にそんな根拠も無い言ってしまえばオカルトに片足を突っ込んでいるような考えに全てを任せていいのだろうか?と不安にも思った。
この、決勝戦の重要な局面にそんな……
『…ザ……ザザ……各自、自由に最善と思う行動をしろ……』
そう迷っている中で隊長の指示が通信で届いた。
いや、それは指示と言えるものかどうかは疑問であった。
何時も様な自身に溢れた堂々たる物ではなく、か細く縋るような、それでいて諦めを多分に含んだ声であったからだ。
……この人にそんな声をさせてはいけない!
この人にみほとの勝負でそんな決着を迎えさせてはいけない!
「……高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処……か」
「……エリカさん?」
突如無言で考え込んでいた私がぼそりと漏らした声に小梅が不安そうな声を上げる。
そんな顔をするな小梅。
成功するか解らない。
だけど、腹はくくったわよ!
「良い?私に考えがあるの!
それが正しいかどうか解らないし、根拠もある訳じゃない。
……でも私にはみほがなんとなくそうするって解るの」
そういう私に二人はきょとんと顔を見合わせるとにやりと笑って言った。
「エリカさんがみほさんに関してそう言うなら信じちゃいますよ!」
「さっすがエリカ!我等が副隊長!黒森峰の核弾頭!
こうでなっくちゃ!」
それに釣られて私もにやりと笑みを浮かべる。
ああ、楽しくてしょうがない。
こんな楽しい事をこの二人とできるなんて、本当に楽しい!
「今の私達が逆転の為に最も必要な物。
それはスピードよ!
さぁ急げ!急げ!」
「了解!」
「ほら、エリカ!
号令をかけて!」
浅見の言に私は気づいた様に息を吸い込んで叫んだ。
そうだ、私達にはもっと相応しい号令があるじゃないか!
「パンツァー・フォー!!」
そう叫んだ時、私は初めて戦車に乗った時のあの子の号令を鮮明に思い出していた。
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「見えた!
タイミングは……バッチリ!
みほが入って、続けて隊長も入ったわ!」
「解りました!
先頭は私が!
キングティーガーに比べて装甲がもろい浅見さんが次に!
最後にエリカさんが!」
「まっかせろぉぉぉぉ!」
小梅の言う様に、小梅の車両を先頭にして私達は縦に3台並んで走行する。
廃校の壁に沿って走行していると、視線の先に壁に空いた唯一の出入り口が見えた。
そしてその正面の道から遅れて大洗の戦車の集団が見える!
「【やろうぜ、勝負はこれからだ!】ってね!」
「あ!私もその映画好きですよ!
……これから逆転する訳ですから実に合ってますね!」
「うおおおおおお!やってやります!!!」
そのまま勢いを殺さず、戦車を傾けてドリフト気味に履帯を擦りながら吸い込まれるように出入り口の前にぴたりと三台が並んだ。
どの操縦士も良い仕事をする!
ただでさえ信頼性に欠けるティーガーの履帯はこれで弾け飛んだが、ここから動くつもりは無いのだから問題はない!
正面から来た大洗の戦車達に明らかな動揺が見られる。
「たった三輌。
されど三輌ですね」
「三輌でもこう斜めに並べば立派な方陣だ!」
黒森峰が誇りとする重装甲車輌による陣形。
互いが敵に対して斜め傾き、僅かに重なる形で横に並ぶ事で戦車にとって最も脆弱な方向を隠しつつ、垂直での着弾を防ぎ傾斜装甲による厚みと避弾経始を行う方陣。
それは一見すると今までの黒森峰が行っていた重装甲戦車が十輌以上並ぶ壮大で迫力のある方陣と比べれば見栄えは乏しいものであったかもしれない。
だが、装甲不能判定を受けて試合場から離脱してモニターを見守っていた黒森峰機甲科生徒達にはそうは見えなかった。
この試合で一切黒森峰らしい所を見せられなかった。
歯がゆい思いをしていた。
不甲斐なかった。
そのまま終わると絶望していた。
そんな中で大洗に、あの妹様が率いる大洗に黒森峰の象徴でもある方陣を敷き、それが多大な効果を挙げている。
生徒達の滲む瞳には、その僅か三輌の方陣が今まで最も尊く、強固で、頼もしい方陣に見えていた。
「……そう言えば大洗には方陣を見せてやれませんでしたね」
「ああ!そりゃ申し訳ないことを大洗にはしたね!
日本高校戦車道が誇る黒森峰の方陣を見せてやられなかったなんて!
新しく戦車道を始めた新参者には優しくしてやらないと!
ね?エリカ!」
「……全く持ってそのとおりね。
じゃあ……」
私はそっと手を上げて……振り下ろした。
「では教育してやるわよ!!!」
それと同時に三つの砲塔が轟音と共に火炎を噴出した。
慌てたように大洗の戦車達が散会し、防御体制を整えながら砲撃をしてくる。
経験浅いにも関わらずこの対応は見事であったといえるが、それでもやはり遅い!
こっちは姿を曝け出して動かないでいるから向こうの砲撃の幾つかは被弾するが、斜めになった事で厚みが増した装甲に当たり、そして勢いがそれる様に弾かれていった
流石に三突とポルシェティーガーには無傷とはいえないがそれでも十分耐えられる!
隊長とみほの一騎打ちが終わるまで時間を稼げればそれでいい!!
さぁ、かかってきなさい大洗!!
「私が一番みほの事を理解しているんだから!!!」
副題【あなただけ見つめてる】
-了-
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『I feel the need?the need for speed!』
(劇中訳「やろうぜ、勝負はこれからだ!」 直訳「必要性を感じないか?スピードが必要なんだ!」)
映画「Top Gun(邦題:トップガン)」(1986)より
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(……私が考えてなかった事が起こるなんて初めてだなぁ…)
一瞬だけ振り返り、三台の戦車をちらりと見て私はくすりと笑った。
お待たせして申し訳ありません。
更新が停滞している間も沢山の感想と高評価ありがとうございました。
おかげで「何とか更新しなければ!」という思いと共にモチベが保てました。
後もう少しで完結ですが、どうかお付き合いいただければ幸いです。
前話で遅れながら評価のコメント欄を消したことで評価を入れやすくしたと書きましたが、「逸見エリカが西住みほを看病する話」 https://novel.syosetu.org/83314/ 此方の方も同じようにしました。
よろしければ評価をしてくださると幸いです。