楽しみにして下さっている方がいるかわかりませんがとりあえず8話目です。
世界七か国の主要都市で巻き起こった同時多発テロ。
規模は莫大ではないものの人気の多いポイントで爆発物が爆破されたために、被害は無視できないまでになっていた。
そのテロの標的に選ばれたのはAEUの管轄イタリアも同様だ。
地下を走る電車に爆弾を仕掛けられ車体は横転し数百人近い死傷者を出している。
テロ組織側の要求はソレスタルビーイングの武力介入の即時停止であり、それを飲まなければ何度であろうと各地でテロ活動を続行するという。
「何故…そんな格好を…?」
そう呆けた顔で呟くアレルヤの眼前には、水着姿の大人の色気の目立つ美女と彼女に負けず劣らずの可憐な美少女が二人。
スメラギ、クリスティナ、フェルトの三名がリゾート観光地に海水浴を満喫しに来たような格好をしていた。
「カモフラージュよカモフラージュ」
「ちょっと趣味が入ってるかも…」
「……」
意に介さない様子で魅惑的なスタイルをアピールするスメラギ、ほんのり恥ずかしげな心情を匂わせるクリスティナ、まるで興味がないと言いたげに無言なフェルトと反応は三者三様だ。
彼女たちとイアンそして五人のガンダムマイスターは海上クルーザーの甲板に集い、テロ組織の情報を待っていた。
だがテロ組織は巧妙に立ち回っているのか短時間で得られた情報はこれと言ってめぼしいものはなく、完全に手をこまねいているのが現状である。
「しかし打つ手がないとわかっていながらこうしてただじっとしてるのも体に堪えるな」
「こっちからエージェントに連絡できればいいのに」
「実行部隊である我々が組織の全貌を知る必要はない」
ジルウェに賛同する意見を口にしたクリスティナにティエリアが事務的な言葉を突き付けた。
至極真っ当な正論ではあるのだがもう少しオブラートに包んだ物言いをしてくれないだろうかと、クリスティナは不満そうに頬を風船のように膨らませる。
「ヴェーダの采配に期待するさ」
アレルヤが言葉通り期待の色を含めた調子で青く澄んだ大空を見上げる。
その僅か数歩先の手すりでジルウェは波打つ海面を見下ろし水中から顔を出す小魚を瞳に映していた。
「…いつになってもこういうことが続く…その裏にはいつも得をする連中がいる。関わりのない他人の流した血で得た利益に目が眩んだ連中たちが腐る程たくさん」
そんな人間が武器を持ち好き勝手するからいつまでも世界から争いが絶えない。
だからこそ自分たちが、ソレスタルビーイングが成し遂げなければならないのだ。
世界から争いを根絶するために
世界各地を同時に爆撃したことからテロ組織は一つだけではないはず。
そう予測したスメラギはテロ組織の襲撃予測地点を割り出し尻尾を掴ませようとガンダム五機を分散させ送りだした。
ジルウェが割り当てられたのはAEU圏内イタリアの都市。
既に一度テロが発生した国であるが、イタリアは世界でも一目置かれている大国でしかもAEUの領内。
再びテロの脅威に晒されたとしても何ら不思議でもない場所なのだ。
その都市外れに雄大に広がる山岳地帯の山々に紛らせるように、ジルウェは愛機シェーレを忍ばせた。
「まさかこんな戻り方をする羽目になるとはな…皮肉なもんだ…」
コックピットシートに背中を預けたジルウェが憂いを帯びた眼差しで外部モニターから受信した岩壁を見つめる。
イタリアの首都パリと言えば芸術の都と親しまれているがそこから数キロも離れた山奥ではさすがに風情はなく殺風景とさえ思えてくる。
「通信か…どうした?」
『たった今エージェントから連絡が入りました。そちらのバスターミナル付近でテロ組織とAEU軍が銃撃戦を始めました。テロ組織のメンバーを確保し情報を聞き出してください。詳細な地形データは…あなたには必要ありませんね』
「ああ…了解した」
王留美からの通信を切るジルウェ。
パイロットスーツから用意された市販の服装に着替えると、コックピットハッチを開放しハンガーで地面に降り立った。
変装の意味も含めて結っている髪の束をほどき、柔らかな曲線を描いて金髪がそよ風に波打つ。
「さていくとするか…おっと忘れるとこだった。肝心な時に弾が入ってないなんてしめしがつかねえからな」
そして自前のコンバットマグナムの銃弾の所持数を確認したジルウェは銃を懐に仕舞い、駆け足で街中へと行く。
「これでよし…」
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調査のためネクサスは前日のモラリアでの戦闘の疲れの癒えぬ間に駆り出された。
テロ組織のネットワークがどれくらいの規模のものかは軍上層部でも掴めていないようだが、目的は宣言通りソレスタルビーイングの武力介入の即時中止なのは間違いない。
彼らが武力介入を続行してしまえばテロ組織も自分たちの利益を得られず、いずれはソレスタルビーイングの標的とされてしまう。
それを恐れての行動であろうことは明白であった。
ネクサスにはそんなテロ組織のやり口が酷く腹立たしく気に入らなかった。
ソレスタルビーイングも世間ではテロ組織として扱われているが戦争に関わりのない市民には一切の手出ししたりはこれまでしてこなかった。
そこだけは普通のテロ組織と唯一にして決定的に異なる部分であり、ネクサスもその点には多少なりとも彼らを買っていたつもりだ。
「…またしても一般人の密集している区域を狙うとは卑劣な…」
メインストリートにて繰り広げられる銃撃戦。
テロ組織側のサブマシンガンが黒の車のガラスを貫通し、ハンバーガーショップの窓ガラスを打ち破る。
「大尉、近隣住民の避難八割方完了しました」
「よし、残りの住民の避難も頼む。この混乱の中では冷静な判断はできないだろう…しっかり誘導してくれ」
部下に指示をてきぱき飛ばしながらネクサスはテロリストの一人を撃ち抜き、それからほんの僅か右にずらしまた銃声を放つ。
だがいかんせん数が多い。
テロリストの数は当初十数人程と見立てていたが増援か加勢に参入したのか、確実に最初の五、六人は越えている。
「多勢に無勢か、しかしここでみすみすテロリストを逃すなどあってはならない」
「くそったれどもめ、とっととくたばりやがれ!」
「よせ!今出ていけば的になるだけだ!」
「うおおおおおおおお!!」
耳をつんざく銃声がこだまする。
ネクサスの声を荒げ壁から飛び出した兵士は集中砲火を浴びゆっくり倒れ伏す。
白目を向き、赤黒い血だまりに沈む兵士は今後一切の発言をすることはない。
それが何を意味するかネクサスは嫌がおうにも理解していた。
「これ以上犠牲を出すわけにはいかない。なんとしてもここで鎮圧しなければ」
仲間を死を前にそう意気込むネクサスの死角、右後ろの建物の陰から銃を構えるテロリストがいた。
「後ろ?しまった!」
ネクサスがそれに気付いたのは正面から乱射するテロリストに一発撃ち込んだ直後であり、それから銃口を向け発泡する頃には相手の弾が先に到達している。
モビルスーツパイロットであるが故に不意を突かれるというミスがどういう結果に繋がるのか、嫌という程熟知していた。
それ故に彼の心境は諦念に満ちていた。
-バァン!
瞼の裏に愛する妹の姿が過った時けたましい銃声がネクサスの鼓膜を刺激する。
彼は反射的に瞼を閉じるも一向に、全身に焼けつくような鈍痛は全身を走ってくる様子はない。
恐る恐る目を開き自らの体を貫くはずだった銃の持ち主を見ると、彼は右腕を押さえ踞っていた。
路面にはぽたぽたと水滴のように零れ落ちる血とそれから少し遠くには、テロリストの体を通過したとおぼしき実弾が先端から埋もれている。
「狙撃…どこからだ…?」
「大尉、テロリストが逃亡を始めました!」
「何人かで追跡を行ってくれ。ただし街への被害は極力抑え無理だと判断したらすぐに中止しろ」
数を減らされ不利を悟ったテロリストが無事な仲間を連れて車で逃亡を図り、何人かの兵士にネクサスは追跡命令を下した。
そして自らはテロリストの右腕を貫通した弾丸を拾い上げる。
「この弾AEUの軍人に配備されている銃のものではないな…となると私を助けたのは兵士たちではないということになる。一体誰だ?」
ネクサスが掌に乗せた実弾をまじまじと見つめ考察していると、その横を黒のバイクが通りすがる。
バイクの車体はそのまま低速せずにネクサスの前方の街角を右に曲がり、エンジンを吹かして行く。
(この臭い…)
一瞬すれ違っただけでバイクの主の顔も服装も目につかなかったが、銃弾を発砲した際に発生する硝煙の匂いが微かに鼻を刺激した。
ネクサスは顔を上げ、バイクが走り去っていた街角を両目で見据えた。
(今のは…まさか先の銃撃はあのバイクの同乗者の?)
そしてネクサスはしばらくの間そのままそこを動こうとはしなかった。
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その晩、街のあるバーのカウンター席にジルウェの姿はあった。
時計の針は深夜一時を回っており店内はそこそこ賑わいを見せており、レコードから流れるクラシックがテロとは無縁の別世界の雰囲気を引き立てている。
両隣の席は空席になっていて独り佇む彼の手元には暖かい湯気を上げるホットコーヒーがコップ一杯に、注がれていた。
(くそ、まんまと取り逃がすとはな…ったくつくづく調子が悪いなここのところ)
結局あの後バイクで追跡したものの上手いこと、撒かれテロリストを一人も捕らえることかできなかった。
地形を把握し先回りしたにも関わらず逃したのだから面目丸潰れもいいところだ。
「悪霊か何かでも取りつかれたかぁ…?」
戦場で命を奪った兵士が憎らしさの余り怨念となって取りついているのだろうか。
もちろんそんなオカルトチックな仮説は趣味ではないため易々と鵜呑みにしたりはしない。
だがこうも不調が続いてしまうと、てっきり本当にそうではないのかと疑ってしまう。
いやむしろその方が原因がはっきりしている分、まだ気楽になれるというものだ。
「馬鹿馬鹿しい話だな…こんなこと考えるようになっちゃ俺もおしまいだ」
「隣いいかな?」
顔見知りがいるはずもないにも関わらず口に出してそうぼやいていると、左側から男の声が聞こえた。
背丈はそこいらの男より頭一つ分抜きん出ており短い金髪はジルウェと同じ色でありながらも色素は全体的に薄め。
質実剛健を現実に顕したような風貌の二十代程の若者だ。
「わざわざここじゃなくてもゆったりできる席はたんまり空いてますよ」
「ははは、それを言われたらそれまでなんだが、何分この店は初めてなものでね一人で飲むには心細さを感じるんだ」
男の言葉を額面通りに受け取るかはともかく今のジルウェにはここで断る道理はない。
不審がられないようにするためにも、違和感を抱かせるような行動をとってはならない。
「どうぞ」
「ありがとう助かるよ。マスター、ホットミルクを一杯お願いします」
席に腰を下ろすや否や場違いな注文をする男。
外見上二十代は越えているであろう男がわざわざバーに足を運んで牛から分泌された液体を温めた飲み物を頼むとは、いささか風変わりだ。
「見たところ君は未成年だろう。こんな時間まで外に出歩いているとは少しばかり感心しないな」
「初対面の人間に説教とは…見た目の割に礼儀知らずなんですね」
「いや失礼した。気分を損ねたのなら申し訳ない発言をしてしまったと後悔している」
「冗談ですから…腹の底から思って言った言葉じゃありませんから」
警戒心を抱かれぬよう愛想笑いを返すジルウェ。
だが本音を言えばいくら目上の男といえども、自分のことをあれこれ指摘されて気持ち良いはずがないというのがそうだ。
ジト目で男を敵意を込めて睨み付けやりたい衝動をホットコーヒーの程よい苦味で誤魔化す。
そうしていると男は別の話題をジルウェに振るう。
「一つ質問を聞いていいかな?」
「答えるかはどうかは内容によりますよ」
ジルウェの言葉を許可と受け取った男は神妙な面持ちに切り替えるが否や、こう呟いた。
「君は戦争についてどう思う?」