「推進システム異常なし…終わったぞ刹那。エクシアのシステムチェック、これと言って目立った不備は見当たらない。本格的な整備はイアンと合流した時にでもやってもらってくれ」
「すまない、感謝する」
エクシアとシェーレを人目に晒さぬよう隠した東京湾の倉庫でジルウェはパソコンを手足のように操り、二機の内部プログラムの動作確認をしていた。
時間は夜の二時を過ぎておりこの時間帯は倉庫付近を通りがかる人間はいないため、気を配ることなく作業に集中できる。
「GNドライヴの同調も感度良好問題なし。エクシアは手間がかからなくていいな、それに引き換えこいつときたらワガママでしょうがない」
シェーレにはエクシアなど他の機体とは異なるある工夫が為されてされており、定期的に内部プログラムだけでも万全に仕上げておかなければならない。
それ故にジルウェは機体のシステムチェックに余念を欠かせないのだ。
「そういや聞いたか?人革が新型を開発したって話」
「知っている。アレルヤがその調査に宇宙へと向かう手筈になっている」
「あそこはここしばらく新型なんて開発してないと聞いたがなんだって今更新型なんだ?俺たちに対抗するためにしてもガンダムを上回る機体なんてそう短期間でできねえだろ」
ジルウェはキーボードを打ち込む指を止めずに刹那との会話に意識の大半を向けながら、人革連のモビルスーツについて考察した。
パイロットなら短期間であろうと伸びしろが期待できるだろうが、機体はそう上手くはいかない。
最高の一品を作るには失敗に失敗を重ね、最高の一品のために作られた一級品を参考にし長い年月をかけてこそ真に価値のある逸材が完成する、これがジルウェの持論である。
ジルウェの持論に基づくと人革連の現在の一級品はティエレンでありそれを参考にしたとしても、ティエレンの派生ではガンダムを打ち倒すなど夢物語に終わるだろう。
かのイオリア・シュヘンベルグが誇るガンダムがそこらのモビルスーツに遅れを取る訳にはいかないのだから。
「最も機体だけが兵法の全てじゃないがな」
誰に告げるような口調でもなくジルウェはそう吐き捨てキーボードの操作を終え、休憩がてらに携帯テレビのスイッチを入れる。
『続いてのニュースです。イタリアの都市ラークスの大企業フィラークス財団の二代目当主を勤めていたギリル・フィラークス氏が先日未明亡くなられました。イタリア警察の公式発表によると事件性はなく、以前より患って病による病死であると考えられます。次期当主の座を巡って多くの幹部が名乗りを挙げているとのことです』
「…あのじいさんまた随分と長生きしたもんだな」
ニュースの内容を一字足りとも聞き逃さなかったジルウェがそう呟く。
彼の声色に何かの感情が込もっていたのを気になった刹那が、顔写真の老人との関わりを問うた。
「フィラークス財団、ヨーロッパ圏ではトップクラスの電化製品製造企業だったな。この男と面識があるのか?」
「ない。しかし前から財団には個人的な興味があってな。なにせ先代の当主の一代で今の地位まで登りつめたいわゆる経済界のダークホースだった実績ある財団だ。平和になった時その経営手段を参考にすれば何かと得になりそうだからな」
「そうか」
中東出身の刹那にもフィラークス財団の輝かしい評判は記憶に覚えがあった。
およそ23年前に初代当主アドル・フィラークスが齢二十八にして立ち上げ、僅か数年でイタリアを代表する会社に昇進。
そしてその十年後には米国やロシアなど世界を股にかけるビジネス財団として名を、全世界に知れ渡ることとなった。
しかし初代当主アドル・フィラークスと彼の妻アイシャ・フィラークスは謎の失踪を遂げ、財団の実権は当主の弟であるギリル・フィラークスに委託されたとされている。
「ところが初代当主の腕は悪くなかったがその弟の方はこれがてんで駄目でな。年に数百億単位の利益を得ていた黒字経営から一転、一時は経営破綻の危機に見回れて今やもう壊滅的だ。過去の栄光なんて見る影もない……兄に勝る弟はいないとはまさにこのことだろうな」
皮肉たっぷりの台詞をいい放つと腰のホルスターより一丁の銃を抜き取り、スィングアウトをし弾を装填しだした。
「珍しい旧型の銃を使うな」
「S&W M19コンバットマグナム。装弾数六発リロードも手動、お前の言う通り時代遅れの銃だが俺にはこいつが一番合う」
「使いやすいからか」
「それもあるがそれよりかは手に馴染むって言い方が近いな。こいつの重さがしっくりくるし撃ちやすい、他のそこいらの銃じゃ俺の本領を引き出せない…それに何よりこいつが俺の浮気を嫌う」
言葉に何時にない雰囲気を漂わせるジルウェだが刹那には気に止めるまでのないさしたる変化であり、関心を引かれる価値は彼にはなかった。
ジルウェは携帯テレビを手荒に投げ捨てマグナムの引き金を力一杯引く。
空気を裂いて発泡の音が伝わり銃口から一直線の軌道を水平に辿る銃弾が回転する液晶画面を砕き、弾速が衰えることなく奥の壁に埋まる。
発射した当人は手元にて銃をくるりと回し先端の煙を自身の息を吐きかけ、霧散させた。
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超人機関、それが彼女ソーマ・ピーリス少尉の古巣だ。
人類革新連盟またの名を人革連セルゲイ・スミルノフは根っからの人格者である。
超人機関の黒い噂は軍内部でもまことしやかに囁かれており、セルゲイはその機関の人体実験の被験者であるピーリスの境遇を哀れに思った。
(哀れな…あのような乙女にまでもが戦火の飛び火を食らうことになるとは)
到底軍人としては考えられない言葉であると自覚していながらもセルゲイはピンクの色彩をした重厚な機体を見て、思わされた。
無重力の黒い海に浮かぶ桃の貝殻のように違和感なく溶け込む機体制御能力を発揮するパイロットの力量には、さしものセルゲイも舌を巻く。
対ガンダム用のカードとしてティエレンタオツーとソーマ・ピーリスが遣わされ、セルゲイの指揮下に置かれた超兵だ。
それは軍上層部からの自分への信頼と期待の証を形にしたものだと喜びを表すべきだろうが、セルゲイにはそれができずにいた。
まだ若い女性が、やりたいことが山ほどある年頃の娘がモビルスーツを操り、戦場に赴かんと訓練を始めている。
(彼女は優秀な兵士だ。反抗もせず余計な感情を戦場に連れ込まぬよう調整されているとしたらそれはまさに命令通りに動く都合の良い人形だな)
人体実験など人間の倫理に反する許しがたい行為だ。
テロリストや人殺しと同じ人の命の尊厳を冒涜する暴虐な最低な行為でしかない。
「ピーリス少尉機体の調子はどうだ?」
「問題ありません」
冷淡な返しを受けてセルゲイは静かに首肯する。
パイロットとしての腕は一目見ただけでも優秀だと手に取るようにわかった。
彼女の腕が自分をも越える領域に達していることも、長年パイロットを勤めてきたセルゲイには明らかだ。
セルゲイが賛辞を告げようとした時通信からピーリスの絶叫が、彼の乗機のコクピットに響いた。
『ああああああああああ!!』
「どうした!?ピーリス少尉!聞こえているのかピーリス少尉!」
『嫌、何かが私の頭を…刺激して…いやっ、いやぁぁっっ!』
「しっかりしろ!ピーリス少尉!」
セルゲイの呼びかけも届いていないのか、ティエレンタオツーは支離滅裂な動作で動き続ける。
そして次にとったティエレンタオツーの行動に、セルゲイは目を疑う。
ティエレンタオツーの二百ミリ長滑腔砲が付近の静止軌道ステーションに砲身を向け、何発をも弾丸を撃ち込んだのだ。
「何をしているピーリス少尉!よせ!」
爆発したのはブロック外壁で済んだがピーリスが乱射を止めなければ、リニアトレインの発着ロビーにいつ被害が及んでもおかしくない。
そのセルゲイの推測を予見したかのように重力ブロックの三つが軌道ステーションより離れ、宇宙空間へ解き放たれた。
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「軌道ステーションの重力ブロックが落下か、なんつートラブルに突っ込んでったんだアレルヤの奴は」
「大気圏で燃え尽きるのも時間の問題…アレルヤが踏ん張ってはいるが一つならともかく三つとなるとな」
「さすがにキュリオス一機じゃ粘るので手一杯ってことか…」
地上ではシェーレとデュナメス、エクシアが集い大空の遥か上を見据えていた。
彼らは事のあらましを知っていた。
アレルヤが任務を放棄し命令違反を起こしたと報告がもたらされ、その理由が重力ブロックの大気圏突入を防ぐためだとも。
スメラギの指示を受けた三人は重力ブロックを大気圏に突入させまいと奮闘するキュリオスの補佐をすべく、それぞれの役目を遂行せんとする。
「そんじゃま、一丁一肌脱いでやろうぜジルウェ、刹那」
「だな」
「ミッションを開始する」
ロックオンの号令を合図とし三人は独自の行動を開始する。
コクピットに内臓されたキーボードを叩きジルウェはスメラギより、ミッション内容と一緒に添付された重力ブロックのデータを起こす。
重力ブロックの落下速度と地球への落下コースを算出し、人間が密集しているブロックの配置をデュナメスへと送った。
「ロックオン、データを送る。やれるな」
「誰に言ってんだよ。こんなでけえ的こっから充分狙い撃てるぜ」
超高度射撃専用の巨大ライフルを天空へと翳し照準をデータと照合する。
砲口より紫の光条が空を裂いて宇宙へと伸びゆく。
一射目の結果を確認する手間もなくデュナメスはチャージを開始し、砲身をずらす。
「チィ、刹那、発射方向の軸線上に雲がかかりやがった。粒子の拡散で火力と精度が落ちる。切り裂け刹那!」
「了解」
エクシアが浮上し実体剣GNソードで白き浮き雲を一刀両断。
ロックオンの視界を遮る邪魔がなくなったことでデュナメスが第二射撃を放ち、これで決まったとばかりにライフルを下げる。
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地上からの援護射撃により重力ブロックの連結部分がパージし、余計な重荷がなくなった。
「ナイスサポートだ、スメラギさん!」
-後は自分がやるしかない
「いっけえええええ!」
キュリオスの推進力の全てを出し重力ブロックを大気圏外へ押しやる。
真下で一時的に協力する形になったセルゲイは、ソレスタルビーイングのやってのけた連携に驚嘆した。
「地上から二つの区画を狙撃してパージ、質量を減らし安定軌道まで加速させるとは」
いずれの手段も人革連、いや現存するどの国家のモビルスーツでもできぬ芸当だ。
それをあっさりやってのけたガンダムの性能に改めて寒気が走ると同時に、今回ばかりは救われたと安堵する。
ようやく救助隊のモビルスーツが駆けつけると、オレンジのガンダムは旋回し宙域を猛スピードで離脱していく。
「中佐ガンダムが!追いますか?」
「よせ!…私にも恩を感じる気持ちぐらいはある」
思わぬ相手に助けられたセルゲイは複雑な面持ちでガンダムの残した緑の軌跡を睨み付けた。
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AEUとモラリアの合同演習。
戦争稼業に身を置いている赤髭の傭兵アリー・アル・サーシェスはその演習に加わるべく、PMCの地下武器格納庫に足を運んでいた。
そこで彼を待っていたのは軍事顧問担当者だ。
「合同演習ねえまさかモラリアの演習にAEUが参加するとは思わなかったぜ」
「外交努力の賜物だ。我々ばかりがはずれを引くわけにはいかんよ。AEUにも骨を折ってもらわなければ」
「違いねえ」
「そこでだ…この機体をお前に預けたい」
目映い光に照らされ装甲を輝かせる機体はAEUの新型モビルスーツイナクト。
軍内部でもこれを受領されているのは実力を認められたごく僅かのパイロットだけだ。
「AEUの新型か、資料で見たのと少し形状が違うな」
「開発段階の試作機だが我が方で独自のチェーンを施してある。この機体の開発にはPMCトラストの技術も多数使われているからな」
「これを俺に預けて何をしろってんだ?」
これだけの貴重な機体を託すからにはそれ相応の見返りを求めているに決まっている。
それを証明するように担当者は予想通りの言葉を口にした。
「ガンダムを鹵獲しろ」
「はっはっはっ、言うにことかいて。こいつぁこの前AEUのエースとやらがこてんぱんにやられた機体じゃねえか」
「成功すれば一生遊んで暮らせるだけの額を用意する…ガンダムと相対してみたくはないのかね?」
「そいつぁ…魅力的だな」
どのみち自分は戦争を楽しむだけだ。ガンダムが来るとなればそれなりのスパイスを味わえるだろう。
アレルヤの出番が少ないのは私のせいだ。
だが私は謝らない、必ずや自力で出番を勝ち取ってくれると信じているからな。
……そもそも彼がピーリス以外に対立関係や友人と呼べるようなキャラがいないのが問題なんだ……