「太陽光受信アンテナは破壊されしかもその犯人と思われる機体を取り逃がした…事態は最悪ですね」
皮肉を込めた留美にジルウェとロックオンは共々に反論する余地がなく押し黙る。
一夜明けたアザディスタンは依然として保守派と過激派の対立は治まらず、モビルスーツ同士のぶつかり合いが起きた都市部では現政権に対する批判の声がより増している状況になってしまった。
「早いとこあのイナクトの居所を突き止めねえと保守派と過激派の争いは取り返しのつかないところまで発展しちまう」
「刹那が何か見つけてくりゃいいんだが」
唯一ここに居合わせていない刹那はジルウェとイナクトが戦闘した区域に調査に向かっている。
ジルウェもロックオンもアザディスタンでは身動きが取れないために彼に任せるしかない。
待つしか術がない歯がゆさに唇を噛んでいると彼らの前に香龍は紅茶の差し入れを出した。
「焦っていても良い結果は出ませんわよ。いざという時のために今は英気を養っておいてください」
留美はそう言って香龍が用意した紅茶に口を付ける。
ジルウェもロックオンも彼女の意見が間違っていないとわかっているために文句を挟むことなく、出されたカップに手を伸ばした。
すると丁度そのタイミングで刹那からの通信がかかってきた。
『ポイントF3978』
「ポイントF3978だあ?そこに何がある?」
『ないかもしれない。だが可能性はある』
冷淡な調子の刹那にしては声に切迫した緊迫感のようなものを感じる。
-これはアタリか
ジルウェは視界の端のみで留美を見ると彼女もジルウェの様子から似たような感触を得ていたらしく、人差し指を上げて告げた。
「香龍も連れて行ってくださいます?要人救出の役に立ちましてよ」
「わかった。俺とロックオンとですぐに向かう」
「黙ってるよりマシか、了解だ刹那。行くぜジルウェ」
--------
(ジルウェの報告によればこの辺りからミサイルが発射されたとのことだが)
太陽光受信アンテナからほど遠く離れた渓谷地帯に刹那は携帯型計測端末の表示を見ながら歩を進めていた。
(AEU…イナクト…第三勢力…まさか)
二つの確実な情報と一つのキーワードから刹那はある一人の人物の面影を連想させていた。
モラリアでの武力介入でパイロットスーツ越しでありながら確かにその存在を認識した。
(またあの男が…)
-もしそうであるとするならば何故あの男はまたアザディスタンに、この国に戻って来た…?
-アザディスタンをクルジスの二の舞にでもするつもりなのか
刹那の内側に刻まれたかつての記憶が甦る。
あの男を神と信じ、ただ言われるがままに銃を手に血の繋がった実の両親をも贄としてまで、戦いを続けてきた忌まわしい記憶が。
そうすることで救われるのだと盲信していた幼い頃の自分を含めた年頃の子どもを集めゲリラ兵として育て上げた男の憎き姿が
(だとすれば俺は)
そこまで思いを巡らせていた刹那の目に下方の白衣を着た科学者風の男とユニオンの軍服を着こなした男の二人組が飛び込んできた。
崖下の平地にいる彼らはどちらもユニオン軍に属している者たちだろう。ユニオンの軍人と隣で計測機のような物を握っているのだ。科学者もユニオン側の人間と見て間違いない。
姿を見られてはまずいと刹那は咄嗟に身を岩壁に隠して会話に耳を立てる。
「やっぱりそうだね。この反応、ミサイルはここから発射されたようだ」
「そうか」
「PMCトラスト側の見解は?」
「モラリアの紛争時に紛失したものと-」
グラハムはそこで言葉を途切らせある一点に意識を注いだ。
唐突に背後の岩壁を見る彼にカタギリが疑問の声を上げるが、グラハムは背中を預けたまま耳を貸さない。
「どうした?」
「出てきたまえ」
(見つかった!?)
気配を断っていたはずが気付かれた。
刹那は体を走る緊張に顔を強張らせるもすぐさま表情を切り替える。
ソレスタルビーイングで受けたレクチャーに従って刹那は行動を起こし、両手を挙げて岩陰から身を晒す。
「あ、あの僕、この辺りで戦闘があったって聞いてそれで」
「なるほど、そういうことに興味を抱く年頃であるのはわからなくはないけど、この辺りはまだ危険だよ。早く立ち去った方がいい」
「は、はいそうします……あの、じゃあ…失礼します」
どうやら上手くいったようだ。
怪しまれることなく刹那が立ち去ろうとした時であった
「-少年!君はこの国の内紛をどう思うかな?」
グラハムが彼を呼び止め問いを投げかけた。
「客観的には考えられんか…なら君はどちらを支持する?」
刹那は歩みを停止させ鬱陶しさを感じつつ彼に感触の良さそうな回答を返す。
「支持はしません。どちらにも正義はあると思うから…でも、この戦いで人は死んでいきます…たくさん、死んでいきます…」
「同感だな」
「軍人のあなたが言うんですか?」
「この国に来た私たちはお邪魔かな?」
「だって…軍人さんがたくさん来たら、被害が増えるし…」
いい加減適当なところで会話を終わらせたいという刹那の言葉には柔らかな物腰の裏に彼自身でも意識していないだろうが本心が出ていた。
それを知ってか知らずかグラハムは声高らかに言い放つ
「君だって戦っている!」
「え?」
「後ろに隠している物は何かな?」
背中に隠していた銃の存在を指摘されて刹那は相手に鋭い眼光を浴びせる。
そんな彼にグラハムは興味深げな眼差しを送り、カタギリを振り返りある呟きを溢した。
「怖い顔だ…カタギリ、一昨日ここから受信アンテナを攻撃した機体はAEUの最新鋭機イナクトだったな」
「いきなり何を」
「しかもその機体はモラリアの軍事演習で奪われたものらしいだったな…撤収するぞ」
グラハムはそれを最後に場を去りカタギリも彼が何をしたかったのか理解できないままにその後ろ姿を追う。
刹那もまたカタギリと同等の疑問を持った者だが彼の思考は今や別の方面に傾いていた。
(モラリアの軍事演習…まさか!)
男の思惑はともかくこれで確定した。
モラリア、PMC、イナクト、
それらのキーワード全てに該当しかつジルウェの追跡から逃れられる技量を持つパイロットは刹那が知る限りこの世にただ一人しかいない。
(やはりあの男が、何故だ、何故またここへ戻ってきた?アリー・アル・サーシェス)
何故と何度も疑念を重ねても答えは見つからない。
しかしやるべきことは最初からはっきりしていた。
刹那は急ぎ足でエクシアへ向かいつつ、仲間達に連絡を入れた。
『ポイントF3978だあ?そこに何がある?』
「ないかもしれない。だが可能性はある」
『わかった。俺とロックオンとですぐに向かう』
「頼む」
ジルウェからの返答を確かめ通信を切った刹那はエクシアの光学迷彩を解除し、自らの記憶に強く刻まれた地へと赴く。
空が白き青空から紅に変わる時には刹那はエクシアの機体越しに、遥か高みよりその地を見下ろしていた。
崩壊した遺跡のような廃墟が紅の光に当てられそれが神秘的な雰囲気を醸し出しているように感じるのは、記憶にある景色と変わらない。
感傷に耽っていた刹那であったが今はそんな余裕はない。
事実それを証明するように、数ある中の荒廃した廃墟から一つの機影がこちら目掛けてライフルから弾を撃ち放ち、突進してくるではないか。
刹那は全力でペダルを踏み込み射線をかい潜り、その突撃に突撃をもってして応える。
GNソードとソニックブレイド、二つの刃が加速エネルギーも加わった影響で一層火花を撒き散らして、相手の刀身を削り出す。
刹那の疑念はこの瞬間紛れようもない確信に染められた。
-このイナクトに乗っているのはあの男だ
神の代弁者を騙り自分達をゲリラ兵として育て上げ戦場へと駆り立てたあの男、アリー・アル・サーシェス。
「あんたの戦いは終わってないのか!?」
『音声?』
「何故あんたは戦う!」
こちらの通信に微かに反応した声は過去に刹那の耳にこべりついたものと同質のものだった。
かつての戦った場所、かつて恩師と呼べる存在でありたった今刃を交える機体の中にいる男。
あらゆる感情が爆発し、刹那は声を大にして思いの丈をつばぜり合う暗黒色のイナクトに叩きつける。
「クルジスは滅んだ!」
『知ってるよぉ!』
サーシェス否イナクトはエクシアの胴を足蹴りし間隔を強引に突き放す。
地表付近に落下するエクシアをサーシェスはリニアライフルを乱れ撃ち、その巨体を地面に打ち付けんとする。
体勢を持ち直したエクシアは無理に浮上せず砂が付くか付かないかすれすれの高度を動き回り、着弾を防いでいく。
弾丸が巻き上げる砂嵐に目もくれず刹那は二度イナクトへ斬りかかった。
「あんたは何故ここにいる!?クルジスを再建しようとでもいうのか!」
『冗談だろ』
「なら何故あんたは戦った!?あんたの神はどこにいる!?答えろ!」
『そんな義理はねえなぁ!』
ことごとく刹那の詰問を一蹴するサーシェス。
エクシアのGNソードの一閃によってリニアライフルを切り裂かれるもサーシェスは微動だにせず、むしろその爆発を利用してイナクトの身を隠す。
そして一気に加速したイナクトはエクシアに取り付き岩壁に押し付けて間もなく、両手両足を封じコックピットハッチに手をかける。
『モビルスーツは戦う為の兵器だ。人をぶっ殺す為のもんだ…それを紛争根絶とかふざけたことに使ってんじゃねえ。もったいないからその機体俺によこせよ!俺が有効に活用してやるよ…え、ガンダム!』
ギシギシと機体が音を上げ刹那は打開策を講じようとした。
『刹那!』
しかしそこにビーム刃を帯びたハルバードが投げ込まれ、イナクトの左脚間接部を貫きそのままエクシアの右脚先端に当たるか否かの位置に刺さる。
『こいつは!ちぃ!』
不意に飛来したハルバードに機体のバランスを崩され舌打ちを打つサーシェスだが、続け様にイナクトの足元を穿つ光線を浮上してかわす。
サーシェスがカメラを向けた先にはライフルをイナクトに合わせた紺色のガンダム、シェーレがいた。
『さすがにこいつは不利ってもんだ。ここは退かせてもらうぜ』
二機のガンダムを手中に収めることができるならまたとない機会だ。
だがその機会は今ではない。
二対一、しかも手負いのイナクトではガンダム一機すら相手にできないのは日の目を見るよりも明らか。
サーシェスは射ぬかんと迫る射撃を鍛え抜いた華麗な機体捌きでやり過ごし、ガンダム二機の射程外へ離脱した。
--------
刹那が指定したポイントに機体を走らせていた道中ジルウェはロックオンと別行動を取っていた。
先の刹那の報告からそれなりの時刻が経過している。
時間から考えても刹那は一足先にエクシアでポイントに到達している頃だ。
対象を保護したかあるいは見込み違いであったのなら連絡を寄越してもいい頃合いだったが、一向に刹那からの連絡はなかった。
ともすればポイントで何かがあり対象を保護できていないということになる。
すぐさまロックオンとジルウェは考えうるケースを想定した結果、シェーレのみ継続して刹那の元へ急行させ狙撃型のデュナメスをその場に待機させた。
高性能レーダーを持つシェーレを先行させることで何か熱源を探知した際に、控えているデュナメスを向かわせることが可能になると判断したからだ。
二人の予測通りポイントから離れていく熱源を発見したジルウェは即時にロックオンに連絡を入れ、自身はポイントに到着できた。
『なら何故あんたは戦った!?あんたの神はどこにいる!?答えろ!』
(刹那?)
ポイントに入ってすぐエクシアからの通信を受信し、通信機器がエクシアのコックピット内の音声を拾う。
初めて聞く刹那の怒号にジルウェは虚を突かれる。
しかしその驚きは後に耳に入り込んできた音声にすぐ意識を奪われてしまう。
『そんな義理はねえなぁ!』
(男の声、しかし、こいつは…?)
エクシアから聞こえてきた別の声は交戦したイナクトのパイロットだろう。
当然顔も合わせたこともなければ肉声を聞いたこともないはずの相手だ。
だが自分はこの声質を知っている。
いつどこで耳にしたのか定かではないが間違いなく過去にどこかでこの声を聞いている。
他でもない自分の体がそれを証明している。
ジルウェが気を取られている隙に状況は変わっていた。
エクシアが身動きできずにイナクトに取り押さえられていた。
『刹那!』
別方向に傾いていた意識を呼び戻しジルウェは機体を前進し行動を起こす。
GNハルバードを投擲しイナクトの片脚を奪い、間髪入れずにトリガーを数回引く。
勿論エクシアに危害を与えぬよう配慮している。
文字通り横槍を入れられたイナクトは状況を不利とみたか、シェーレの射撃を悠々と回避し空域を猛スピードで離脱していった。
「逃げたか」
無理に深追いする必要はない。
ジルウェは銃口を下ろし刹那に呼びかける。
「無事か刹那?」
『すまない』
「マスード・ラフマディは…いないようだな」
イナクトが周辺の被害も省みずに派手に銃撃戦にでたのだ。
マスード・ラフマディはやはり途中で発見した熱源にいるのだろう。
「なら心配いらねえな。後はあっちに任せるとするか」
ジルウェの予感は的中しマスード・ラフマディはロックオンと香龍の活躍によって無事救出された。
早朝にアザディスタン政府に解放すると声明を出したのだが、ここである一つの問題が発生した。
『マスード・ラフマディ氏を送り届けるですって?それはまたどういう了見なのでしょうか?私が納得できる説明で教えて下さるかしら?』
「初めからそういう予定だったろうが。何を今更」
『私が言いたいのは何故刹那・F・セイエイが志願しているのかということです』
「こっちが聞きてえよそんなもん。いつにも増してやる気出してんのは俺にもわかるが…」
『スメラギさんは何と?』
「さあな、今ロックオンが確認中だ」
-問題児はどこまで来ても問題児か
留美がそう感想を心中でぼやいていると、プトレマイオスに問い合わせていたロックオンが戻ってきた。
「どうだった?」
「本人の好きにさせてやれとさ」
「だそうだ」
スメラギからの暗号通信を自分なりに意訳して伝えたロックオンの言葉に深いため息をついているであろう、留美の格好が通信機器越しでも把握できる。
『でしたら私からは何も言うことはありません』
「あいよ」
不機嫌そうな留美からの了承を得たジルウェは通信を切り、刹那と保護したマスード・ラフマディーの元に足を運ぶ。
「許可が降りたぞ。ただし俺も乗せてもらう、政府が万が一荒事に出た場合に備えてな」
そう言ってコンバットマグナムを覗かせるジルウェの意を察したラフマディーは強く唾を撒き散らして、反発する。
「馬鹿を言うな!マリナ姫がそのようなことをするわけがなかろう」
「あんたとマリナ姫は敵対する立場だろ。なんだってそう言い切れる?」
「立場は違えど、同じこの国を想う同志だ。故に彼女のことはよく知っている」
「そういうもんかねえ」
毅然としたラフマディーの言動をジルウェはピンと来なかったが茶化すことはなく、銃身を懐に隠し込む。
「んじゃそろそろいくとするか」
--------
アザディスタン王宮前にはマスメディアやアザディスタン軍、三機のフラッグと様々な者達が陸に空に集っていた。
皆ガンダムが姿を現すのを待ちわびているのだ
アザディスタン王国第一王女マリナ・イスマイールもまたその一人である。
最も彼女の気がかりはガンダムよりもマスード・ラフマディーの安否であった。
最後に会った際の眉間に皺を刻んだ険しい顔つきが頭に蘇った時、眼下に集っていた群衆にどよめきが走り出した。
「あれは…ガンダム?まさか本当に?」
マリナの目前で青い人の形を成したシルエットが非常に滑らかな挙動で陸に降り立ち、静止する。
警備のアンフやユニオンのフラッグが危機感を募らせる。
そんな緊迫した空気の最中ガンダムは足を踏み出し、王宮へと距離を詰めていく。
地上からマシンガンを撃たれ、アザディスタン軍のアンフが警告を発し応じないガンダムに弾丸を浴びせた。
集中砲火を前面から食らっているのにガンダムは微々たる損傷しか見せず、歩を進める。
ものともしないどころか抵抗すらしようとしないガンダムの対応に攻撃を仕掛けた連中は、揃いも揃って銃口を下げガンダムの王宮到達を許してしまう。
邪魔立てする者のいなくなったガンダムは機械らしいくぐもった駆動音を鳴らし、絵画に描かれた忠誠を誓う騎士を彷彿とさせる姿勢をとる。
コクピットハッチが開放し中から青いパイロットスーツとヘルメットで全身を隠した人間が出、マリナのいる二階部に移れるように配置したガンダムの掌に足を付けた。
ヘルメットを被っているために当然素顔は垣間見えないが、スラッとしたやせ形の体格はマリナの知る少年に酷似しているように思える。
自らクルジスの生まれであることを明かし今も尚、ソレスタルビーイングとして争いに身を投じているというあの少年。刹那・F・セイエイに
その彼とおぼしき人物に促されマスード・ラフマディーもコクピットハッチから姿を現した。
憔悴し窶れており顔色は優れないが、間違いなくマスード・ラフマディーその人だ。
ガンダムから自らの足で降り立ったラフマディーを確認したマリナの背後に控えていた兵士は即座に彼を保護し、何人かの兵士はパイロットに機関銃を構える。
が、完全に銃口を合わせるより数秒前に甲高い銃声が広場に飛び、機関銃はたちまち兵士達の手を離れ彼らはその場で踞る。
ガンダムのパイロットには一切挙動はなかった。
「刹那・F・セイエイ!本当に…本当に貴方なの?」
「マリナ・イスマイール。これから次第だ俺達がまた来るかどうか」
マリナはガンダムの手元に立つパイロットの名を叫び、問い詰める。
「刹那…」
「戦え、お前の信じる神のために。お前にしかできない方法で」
--------
清涼なアザディスタンの空を満喫しエクシアのシートに片手を置くジルウェ。
薬莢を整理しながらジルウェは呟いた。
「本当に次はないぞ。コードネーム他人にばらしやがって」
「何の話だ」
「はあ!?」
おおよそ反省している者の口振りではない。
ジルウェは腹の底から急上昇してきた何とも言葉にし難い感情を制御して、言葉を紡ぐ。
「…なんだってアザディスタンの姫様がお前のコードネーム知ってんだよ。ティエリアどころかお前、スメラギさんだって知ったら黙っちゃいないぞ」
「…」
「もうお前いっぺん、ティエリアにしばかれてこいや!」
オルフェンズ絶対ろくな終わり方しなさそう…