オルフェンズは見事落とし前に成功しましたね…でも不穏な感じがするんだよなあ…一体どんなエンドを迎えるのか
-ピピッ
暗がりの部屋に端末が鳴りソファーの上で毛布にくるまって熟睡していたジルウェは、ぬくぬくした空間から腕を出してそれを取る。
明るい画面を重たい寝惚け眼を擦りながら、彼は文面と片隅に表示された時刻に目を通す。
「ぅ……なになに……あー、了解した…」
襲いかかる眠気と疲れに思考が定まらずにいる状態でジルウェは毛布を剥ぎ、床下に足を付けるとカーテンを全開にして日差しを取り入れる。
室内に光が充満し未だに完全には機能していないジルウェの体と頭を叩き起こす。
そして次に刹那を起こそうと体を方向転換させるが彼は既に起床していたらしく、作戦行動のための身支度を終えていた。
「早いな。ご苦労なこって」
「お前は珍しく目覚めが遅いな」
「遅くもなる。たらふく食って気分よく終わるはずだったのが台無しになっちまったんだからな」
二日酔いでもないのに思い出すだけでも頭が痛くなる。
序盤こそ焼き肉にありつけ腹を満たしていたが、余計な邪魔者と出くわしてしまったがためにどえらいことになった。
結果酔っぱらいの愚痴に付き合って、心身共に安らぐことのできない久しぶりの外食に終わってしまったのだから。
しかもそれが尾を引いたのか質の良い睡眠すらもかなわなかった。
ただ単に疲労とストレスが回復するどころか、無駄に膨れ上がっただけのような気がするのだ。
「いつまでも過ぎたこと気にしてちゃ進歩しないってのは理解できるんだがそう簡単に受け入れられるもんでもないっての。なあ?」
「何故俺に聞く」
「…だよな」
相棒の予想できた素っ気ない返事にジルウェは指摘する気力も起きず、黙々と私服に着替えていく。
ミッションが下ったといってもガンダムの隠し場所まではそれなりに距離があるため、怪しまれぬよう一旦私服で行動する必要に迫られる。
黒いコートに袖を通したジルウェはその足で洗面所に入り、冷えきった冷水で呆けた意識を目覚めさせる。
丁度その時明かりを付けたばかりの室内に、チャイムがこだました。
「誰だ…?また新聞勧誘か?」
隠れ家としての意味しか持たないこの一室に知人が訊ねてくることはまずない。
稀に例外的に新聞勧誘や宗教勧誘が来るぐらいでチャイムを鳴らす者は限らている。
「すまん今手が離せない。代わりに出てくれないか」
その言葉に無言の承諾で答え、代わりに刹那がドアを開けると紙袋を持って佇むネクサスがいた。
「何の用だ」
「先日は酒の席で大変失礼をした。その謝罪に来た、彼はいるか?」
「どうした?」
タオルで水に濡れた顔を拭いたジルウェがひょっこり顔を出すと、ネクサスは言葉通り謝罪を体で表すように頭を下げた。
「誠に申し訳ない。あのような無礼な振る舞いを許してくれないか」
「ああ昨日の…多少面倒だったけど気にしてませんよ」
本心とは僅かながらに異なる受け答えをしてみせるジルウェ。
表に出した面構えと言葉が違うことを知っている刹那は隣からそれを指摘せず、ネクサスの対応を待つ。
「かたじけない。お詫びの印といってはなんだがどうか受け取ってはもらえないだろうか」
「ありがとうございます。これは、お菓子ですかね」
紙袋の中を覗き込むと、日本ならではの包装が施された長方形の箱が三つ入っていた。
「日本に古くから伝わる菓子で羊羮というらしい。試食をさせてもらい味を検証してみたのだがなかなかの旨味が凝縮されていた」
ジルウェも名称だけなら聞いたことがあるが、実際に食して味を体験したことはこれまでにない。
思いがけない貰い物に内心得をしたと思いつつ、ジルウェは先ほどから気がかりになっていた点をネクサスに打ち明けた。
「どうやってここを知ったんですか?」
「昨日の無礼を謝りたいと説明したらルイスから教えてもらったんだ。沙慈くんの家の隣だから彼に事情を話せば入り口を開けてくれるだろうと」
「…そういうことでしたか」
道理でエントランスからのチャイムを介さず直接この部屋の前まで来れたはずだ。
理解したと同時にこちらに連絡もせずに勝手にマンションの中に招き入れた沙慈に、悪態の一つでもつきたくなる衝動が沸々と喉元まで上昇してきた。
最も電話番号も交換していないわけで連絡の取りようがないのだから致し方ないのだというのも、わかってはいる。
わかってはいるのだがせめて一言ぐらいは欲しかった
下手に長居されても面倒だと瞬時の内に考えをよぎらせたジルウェは得意の愛想笑いを浮かべて、室内に戻ろうとする。
「わざわざありがとうございます」
「こちらこそ本当に申し訳ない。近々仕事で日本を離れてしまうからもう会えることはないだろうが、もしまた会うことがあったならその時はもっとちゃんとした形でお詫びをさせてもらえないだろうか」
「…はい、その時があったら是非お願いします」
お互いに一礼してこれでおしまい。
かと思いきやエレベーターに歩き出しかけた足を止めたネクサスが向き直る。
「重ね重ね申し訳ないが知人としてこれからもルイスに接してあげてもらえないか?ああいうクセの強い性格の妹だがとても思いやりのある子だ。ルイスには色々な友達を作ってほしい。しかし日本の生活にまだ慣れていない…だから時々でいいあの子を気にかけてやってくれると兄として大いに助かる」
「それを僕なんかに頼んでいいんですか?」
「君なら安心して頼める。二回しか夜を共に過ごしてないが、君は周りを気にかけることができる人間だということはよくわかった。私には理由はそれで充分だ」
「わかりました。できる範囲でなら」
「ありがとう」
そう言って今度こそジルウェは扉を閉める。
用が済んだネクサスがルイスの元に帰ろうとエレベーターで下って、マンションの入り口を出た瞬間携帯が振動した。
表示画面を見ると着信は非通知の番号から来ていた。
通話ボタンを押し耳元に携帯電話を当てると、妙齢の女性らしき声が飛び込んだ。
『もしもしネクサスさんですか?』
「そうですが、貴方は?」
『私は絹江と言います。貴方の妹とお付き合いされている沙慈の姉です。沙慈から番号を教えてもらいました』
「沙慈くんのお姉さんでいらしましたか。どのようなご用件でしょうか?」
『先日は沙慈が夕食をご馳走になったようでありがとうございました。そのお礼といってはなんですが今から昼食などいかがですか?』
「構いませんよ。どこで待ち合わせますか?」
『では駅近くの喫茶店で』
「かしこまりました。後ほどお会いしましょう」
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アザディスタン王国
中東に位置する国家の一つで王制によって統治されている。
化石燃料が枯渇し太陽エネルギーの加護を得られていないために、国の存続の危機に瀕しているのが現状だ。
それが原因で国民は現政権に対して、保守派と改革派の二派に分かたれていた。
そんな危うく状況の中である事件が発覚した。
保守派の象徴マスード・ラフマディーが何者かの手によって拉致されたのだ。
何者の仕業にせよ彼の身柄を白日の下に取り戻さなければ、アザディスタンという国は内戦で滅びの一途を辿る羽目になる。
内戦の回避を命じられた刹那とジルウェはロックオンと合流し、王留美の所有する小型飛行艇でガンダムと共にアザディスタン国内の砂漠地帯に潜入。
異文化を拒絶する者が多くの割合を占めるアザディスタンでこの国の生まれらしい刹那が情報収集を務め、その成果が挙がるまでジルウェとロックオンは待機するしかない。
「あら意外に美味しいですわね。羊羮と言ったかしら」
「しかも結構値の張るところのだそうじゃねえか。どこで手に入れたんだこんなもん」
「泣き上戸の律儀なお兄さんからのお詫びの品だ」
「誰だそいつ?」
「昨日ちょっとした経緯で知り合いになってな。それよりお前の番だぞ」
ジルウェとロックオン、留美と香龍は羊羮を口にしながら時間潰しがてらにババ抜きをしていた。
香龍がトランプを切り全員に配った手札を見て目を見張るロックオンを尻目に、ジルウェはペアの揃ったカードを中央に捨てていく。
それぞれペアのカードを中央に置いていき、最終的に枚数が最も多いのはロックオン。
満場一致で彼から時計回りにスタートすることになった。
「改革派の仕業か保守派の仕業かはたまた別の勢力か…」
「いずれにしてもラフマディーを助けなければこの国は終わる」
「貴方方はどう見ます?この事態を引き起こした者たちを」
留美に問われたロックオンとジルウェは手札を相手に覗き見られないように隠し、互いに目を合わせて意見を述べた。
「ヴェーダの予測にもあったが改革派の仕業の可能性は低いだろうな。両派閥が緊迫した今の状況で対立している派閥のトップを拉致るなんざ自分たちが犯人だって宣言してるようなもんだ」
「逆に保守派のでっち上げにしても自分たちの象徴をぞんざいに扱うのも納得し難いところがある。利益だけを企むなら別だがこの国は宗教国家だろう、なら尚更今回の行動に合点がいかない」
「つまり二人共第三勢力の可能性を疑っていると」
二人が出した解釈を留美がそう結論づける留美。
どちらの説にも同意できる点もあり不十分と思える点もある。
だが情報量が圧倒的に不足している段階で、ここまでの仮説を言葉にした二人に留美は舌を巻く思いだった。
「とにかく今は刹那の帰りを待つしかない…お、上がり」
「私もです。エージェントからの報告もまだ時間がかかりそうです」
談義を繰り広げながら手札を空にしたロックオンと香龍がそう宣言し、数ある羊羮を楊枝で刺して食べていく。
-スタートが最悪だったのによく一抜けができたな
何か反則技でも使ったのではないかと疑惑を持ったジルウェは、残り一枚となったスペードのAを眺める。
対する留美は二枚。そのどちらかがババすなわちジョーカーだ
「さっきの話な、ああは言ったが俺が第三勢力の可能性を疑うのはもっと強い別の理由がある…知りたいか?」
「もったいぶってないで教えてくださるかしら。その理由を」
「勘だ。俺の勘が違うってそう訴えてるんだ」
「根拠の乏しい答えですわね。聞いて損しました」
論証のしようがない回答に留美はそう一蹴してみせるが、ジルウェは得意気に口角を上げた笑みをこぼす。
「これが案外アテにできるんだぜ。特に男の勘はな」
ジルウェが留美の手札に指を伸ばす。
何も考えずにただ直感のみで留美から見て左側にあるカードを引く。
「ほらな、これが男だけが持つ特権ってやつだ」
ハートのAとスペードのAを意地らしく見せびらかすように置くジルウェ。
手元に残されたジョーカーを手放した留美は面白くなさそうにそっぽを向いて、羊羮を口に含み頬を膨らませた。