待っていた夜は   作:厨二患者第138号

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話が進まない。


第14話

 「マスター、逃げるぞ」

 

 冷静かつ焦りを滲ませた声だった。アサシンの視線の先には、朱い槍を両手に構えた青い戦装束の男。綾子はその男がつい先程まで空中でローブの女と殺し合っていた人物と同じであるとすぐに分かった。瞬く間に怪物を惨殺するアサシンの一撃を防ぐ者など、それと同じくらいの常識外をやってのける存在しかありえない。

 

 故に、状況をよく把握できてない綾子でも分かった。今はこちら(・・・)にとって不利であると。

 

 「あ? 逃がす訳ねぇだろうが」

 

 青い戦装束の男、ランサーは獰猛な笑みを浮かべながらそう宣言する。まさに狂犬、ランサーの纏う空気は明らかに野生染みている。しかしそれでいて身の丈以上あるその槍を扱う手つきは、長刀を得意とする綾子が見てもかなり洗練されていると見て取れた。

 

 アサシンは落ち着いた様子で髑髏の仮面をつけ、外套のフードを被り直す。素顔を隠すような彼の動作にランサーは納得した。

 

 「そうかよ、てめぇ暗殺者か」

 

 「それはどうかな。もしかしたら暗殺者の真似ごとをする剣士だったりするかもよ?」

 

 見せつける様に己の得物を突き出すアサシンにはまだ余裕がある。それは果たしてただの強がりなのか、それともこの実質二対一をひっくり返せるような秘策でもあるのか。

 

 何にせよ。ランサーはその威勢の良さが気に入ったらしい。

 

 「く、ぬかせ暗殺者!」

 

 腰を低く落とした獣が駆ける。駆け出しから既にトップスピードに達したランサーの速度は、アサシンとはまた違ったベクトルの素早さがあった。ランサーが荒々しい獣ならば、アサシンはさながら清水。

 

 まるで最初からそこに居たかのように、暗殺者は凄まじい速度で迫る槍兵の背後を取った。

 

 「―――疾!」

 

 繰り出されるは首を断つ渾身の一撃。ただそれだけのために鍛え上げられたアサシンの剣筋は、愚直ながらも必殺には違いない。故に槍兵はその剣を貰う訳にはいかず、朱槍をもってこれを迎撃する。

 

 火花を散らし、甲高い金属のぶつかり合う音が夜の新都に響く。月明かりに照らされた二人は、そのまま硬直した。

 

 その時、ニヤリと、両者は相手を見つめながら口元を吊り上げる。片方は予想通りの腕前に、片方は暗殺者らしからぬ技量の高さに。お互いがお互いを讃えるような凶悪な笑みは、次の瞬間には殺意が宿った。

 

 その後は正に神話の如き戦いだった。

 

 暗殺者が死角から首を目がけて攻め入り、槍兵が己の得物を巧みに操りこれを防ぐ。奇襲を凌いだ槍兵は次に攻撃へと転じようとし、ソレに対して暗殺者は消える様に背後へと跳んでやり過ごす。追撃に走るランサーの足を止めるのは、再度ランサーの死角を奪ったアサシンの剣である。そうしてランサーは己の首に迫りくる必殺の一撃を捌き、ランサーが攻める前にアサシンはまた距離を取った。

 

 この間が僅か一秒あまり。有り得ない速度で人外染みた攻防が幾度となく行われていく。押しているように見えるのはアサシンの方だ。少なくとも綾子にはそのように映る。しかしそれは半分正解で、半分は間違っている。

 

 「ッチ」

 

 十八度目の剣激。このままでは追撃は不可能と判断したランサーは自身のマスターの方へ跳躍し、仕切り直す。それはアサシンにとってペースを崩されることと同義である。故に彼は下手に追撃には出ずに、腰を低く落として迎撃の態勢を整える。

 

 「面白い戦い方だな、テメェ。剣の才がねぇと分かってながら、それでも打ち合えるのはその()か」

 

 あれだけ翻弄されながら、ランサーの息はまるで乱れてない。寧ろ凶暴な笑みはその深みは増し、心底楽しそうにアサシンを見やる。

 

 その姿に綾子は戦慄する。あの青い男はまだ全力ではなかった。余力を残しつつ敵の行動パターンを観察し、決して油断しない。反対にアサシンの方は今ので疲労したのか若干呼吸が荒いように見受けられる。持久戦に持ち込まれたら不利なのかもしれないと、素人である綾子でも何となしに理解できた。

 

 「……ふぅ。冷静に相手を分析するのはいいけどさ、忘れてないかランサー」

 

 「あ?」

 

 暗殺者の男は姿を消した。否、消える様に跳んだ。

 

 ランサーからすればもう見慣れたアサシンの足さばき。要するにあの暗殺者は相手の死角に跳び、時間を掛けずに一気に距離を詰めることが可能な訳だ。一体どれだけの修練を積めば、歩法のみで空間転移の領域まで至れたのか。しかし、そういう(・・・・)技術が東方で確立されているという話を耳にしたことのあるランサーは、その対応もこの十八の打ち合いで見極めた。

 

 ―――故に次に姿を晒した時、その心臓を穿つ。

 

 死角とは、つまり目の届かないある意味急所の事。ならば目に見えない部位を最大限警戒し、相手が切り込むよりも先に突き殺せばいい。幸いなことにそれを現実にする技術と経験がランサーにある。

 

 「ランサーっ!!」

 

 マスター(バゼット)が己を呼ぶ。それを煩わしく感じたのは戦士として性である。骨のある敵を前にして他の事に気を取られるなど、そんなことは流儀に反する。

 

 しかしあのバゼットがその程度のことを分からないでいる筈がない。召喚されてからまだ四日程度ではあるが、自身の主の気性をランサーは理解していた。そして、彼女も魔術師である以前に一人の戦士だ。彼女が声を荒げたのだ、それ相応の理由があるに違いない。

 

 と、そこまで考えてランサーはあることに思い当たった。

 

 「あ」

 

 どうして気が付かなかったのだろう。あまりの初歩的な失態に、否、間抜けさに怒りが込み上がってくる。思い返せばあの暗殺者は最初から言っていたではないか。

 

 「―――あの野郎っ!!」

 

 アサシンはそのマスターと共に、この場から消え去っていたのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 美綴綾子は混乱していた。

 

 この数分の間にあまりにも多くの出来事が起きた。その中で一番驚いたのがアサシンの登場であるのなら、一番混乱したのは今この瞬間だろう。

 

 「ちょ、ちょっと……!」

 

 「喋らないで。舌を噛むぞ」

 

 ああ、どうしてこうなった。綾子はそう思わずにはいられない。

 

 つい数十秒前まではあの青い男とアサシンは戦って……いや、ただ戦っていたと表現するにはには凄まじ過ぎる斬り合いをしたというのに、今はこうしてそのアサシンに抱きかかえられてる。しかも自動車も真っ青なスピードで走りながらである。おまけに電柱やビルなどの建物を足場にして加速しているのだから、いよいよ現実かどうか怪しくなってきた。

 

 ハッキリ言ってしまえば、かなり恐い。

 

 高所恐怖症でなくともこれは恐怖する。考えてみて欲しい、新幹線と同じくらいの速度で縦横無尽に、不規則に移動するのだ。怖くない訳がない。とはいえ、綾子は人生で二度も命を狙われたという稀有な経験を持つ少女だ。だからこの程度の恐怖などまだ可愛い方だと笑ってのける。

 

 風圧をそこまで感じないのはアサシンが綾子に何かをしたからなのだろう。だが、問題なのは激しく視点が動いて生じる酔いだ。この胃から込み上がって来るリバース感だけはどうしようもない。

 

 しかし彼は自分を守るために行動してくれているのだ。そのことに文句などある筈がない。ただ、少しだけ、気分が、悪くなってきた。

 

 「大丈夫か、マスター。もう少しの辛抱だ。なんなら吐いてしまってもいいぞ」

 

 それだけは有り得ない。マジでない。意地でも吐いてやるものか。

 

 というかだ、大体うら若き少女になんてことを言うのだ。吐いてもいいぞ、だって? そんなことをこの何もない空中でやってみろ。新都にとある女子高生の吐瀉物の雨が降ることになるぞ。ついでに言うならあまりの恥ずかしさに死にたくなるまである。

 

 口を開けば嘔吐してしまう気がして、でも何も訴えないのは癪な綾子は口元を抑えながらアサシンを強く睨む。それに対して「うっ」と声を漏らしたアサシンは申し訳ないとは思ってはいるものの、飛び跳ねる事をやめる気はさらさらないようだった。

 

 「……追ってきた」

 

 不意に、アサシンの声音が強張った。髑髏の仮面に隠れて表情はうかがえないが、それでも口調から彼が緊張しているのが聞いてとれた。

 

 追ってきたと、アサシンは言った。目まぐるしい状況の展開に頭がどうにかなってしまいそうな綾子でも、その言葉の意味くらいは分かる。そして、それは綾子とアサシンの二人にとってあまり芳しくない事象でもあるのだと、綾子は本能的に理解してしまった。

 

 「追撃戦が得意なのは知ってたけど、ここまであっさり特定されるといっそ清々しいな」

 

 あっけらかんと呟くアサシンには、やはりと言うべきかまだ余裕があった。

 

 綾子にとって現状唯一頼れる相手はこのアサシンしか存在しない。十年前の時もそうだったように、結局の所彼女は本当に何も出来ないのである。しいて言うのなら彼が運びやすいように、黙って身体を縮こまらせるのが関の山だ。

 

 何も出来ない、何も知らないでいる状況。自分の危機に、自分の力で立ち向かえないこの息苦しさ。だからいくらアサシンが不敵であろうと綾子の不安が拭える訳ではない。それを知ったうえで、アサシンはこう言う。

 

 「大丈夫だ、マスター。逃げ足には自信がある」

 

 仮面越しに伝わってくる彼の言葉には絶対の自信が伺えた。或いは、綾子を安心させるための虚言なのか。ただ少なくとも、彼はこんな場面でも綾子を気遣っている。

 

 「分かった、全部任せる」

 

 本当は怖い。不安を完璧に取り除くなんて不可能だ。

 

 再三言うが、綾子は今自身の身の回りで何が起こっているのかをよく理解していない。何も分からないのに、殺されるという不条理。今日まで何の不自由もない平和な日常を生きてきた彼女は、世界の裏で密かに行われている神秘に対抗する術を持たない。

 

 故に、敵と拮抗する手段を有するアサシンに自身の命を委ねる。

 

 綾子自身は気づいてないが、これは相当な勇気がいる。人は土壇場になると自身の命を絶対の価値として、これを守ろうと躍起になる。中には例外も存在するが、大抵その例外は早死にするかそもそも死という概念自体が薄い。何が言いたいのかと言うと、美綴綾子は無意識にまだ出会って一日にも満たない他人に自身の命運をあっさり託したということだ。

 

 「……」

 

 

 これに応えずして、何が英雄か。

 

 

 「―――黙想歩脚(ザバーニーヤ)

 

 

 出し惜しみはなしだ。アサシンが思い描くはもう一人の自分。恐らくはすぐ背後で獣の如く獲物を追い詰めに来ているであろう、あの青い槍兵すら振り切れる最強の逃走兵。

 

 可能性の中からそんな自分を探し当てた。ならば後は其の力を借り受けるのみ。

 

 「悪いな、ランサー。どうやら俺はアンタとマトモに戦えないらしい」

 

 足を止め振り返る。案の定もはや鼻の先まで距離を詰めていたランサーに向かって、アサシンは笑顔でそう呟いた。無論ランサーに朱槍を繰り出さない理由がなく、正確な手つきで半ば機械染みた必殺を放った。

 

 轟と、空を切る音。

 

 

 

 「……はん。だったら最初からそうしとけっての」

 

 

 

 気づけば、その場に残っていたのはたった一人の槍兵のみである。

 

 




どうも、最近クラロワなるゲームをやり始めました(挨拶&宣伝)

総合評価がついに4000を超えました! ありがとうございます!
とは言っても、こんな駄文にお付き合いしてくださる方が大勢いるのかと思うと、軽く緊張してしまいます……。
ですからあとがきまで読んでくれた律儀なそこの貴方、いますぐこんな駄作者のために感想を書くのです!
そうすれば私のモチベーションがぐぅーんと上がるので、どうぞよろしくお願いします!

最後に、毎回誤字を報告してくださる皆様。
本当に助かってます。
この作品は読者の皆様のおかげで成り立ってます、本当にありがとうございます!

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