待っていた夜は 作:厨二患者第138号
この時、綾子にとってあまりにも都合のいい二つの幸運があった。
一つ。それは彼を呼び寄せるための触媒となる
一つ。それは綾子が殴り飛ばされ着地した地点が、十年前、とある殺人鬼の気まぐれによって血の召喚陣が引かれたという
どちらか一つでも欠けていたならば、恐らく綾子の命はなかっただろう。聖遺物が『彼』と共感し、召喚陣が『彼』をこの場に呼び寄せる。この二つの偶然が
「―――形式だから聞かせてもらうよ。君が俺のマスターかな」
影の男は問う。
声音は優しい。つい先ほどまで命を狙われていたというのに、つい安心してしまうほど穏やかな音。それは決して軟という意味ではなく、寧ろ力強さを感じさせる頼もしさがあったからだ。
ただし問題がある。彼の言っていることの意味がまるで分からない。いや、『マスター』という英単語の意味合いだけならしっかり理解している。問題なのはこの状況で、彼が綾子に対してそんな言葉を投げかける理由が思い至らないということだ。
―――ま、マスター?
そう問い返そうと思った。しかし彼女の口からは意味のある言葉ではなく、代わりに発せられたのは苦悶に満ちたうめき声。
「―――っ痛!」
綾子の首筋に高温で熱された鉄塊を押し付けられたような激痛が走る。あまりの痛みに思わず首筋に手を当てたが、そこには何もない。ただ少しだけ、触れた部分は熱かった。
「なるほど、そういう事もあるんだろうな。まぁ何にせよ君は俺のマスターだ」
一人で納得する男はフードを取り、次いで髑髏の仮面を外す。素顔が露わになった彼の容姿は特別優れている訳ではなく、どこか親しみを感じさせるアラブ特有の童顔である。青年ともいえる顔つきの男は片膝をつき、右手を左胸に置いて首を垂れた。
その姿はさながら騎士のそれ。しかし風貌、というよりも彼の格好が黒一色の服装であるため、綾子にはなんともアンバランスなように思えた。それでも格好がつくのは彼という存在の誠実さの表れか、或いは過去の記憶が彼に補正を掛けているだけか。何にせよ、突然の出来事に綾子は言葉を失った。
「契約は成った。サーヴァント・アサシン、これより俺は君の剣となり、君の足となろう。さぁ指示をくれマスター。今、君はどうしたい?」
月夜に照らされながら男は誓いの言葉を述べる。それが果てしなく尊いものに見えて、先程までの死に対する恐怖など消え去っていた。ただただ、頭を下げる男の姿に目を奪われた。
視界にはもう彼しか映らない。それだけ彼という存在は綾子にとって特別で、十年前から焦がれていた人物だったのだから。
「いきなり過ぎて何が何だか分からないかもしれない。それでも決断するんだ。君は、どうしたい?」
諭すような言葉は綾子を現実に引き戻す。そうだ、まだスーツの女は健在だ。綾子はまだ完璧に助かった訳ではない。あの女は隙あらばこちらに殴りかかって来るだろう。これだけ時間が経過しても彼女が攻めてこないのは、偏に背を向けた彼に付け入る隙がないからである。
「……わ、私は」
死にたくない、擦れそうになる声でそう告げた。マスターだとか、サーヴァントだとかよく分からないことだらけで頭がどうにかなってしまいそうだけれど、それでもその思いだけは揺るがない、揺るぐはずがない。
綾子の懇願に対して、十年前と同じく己をアサシンと名乗った男は頼もしく「了解」と答え、すっと立ち上がる。
「巻き込まれないよう下がってくれ」
気遣うように注意を促すアサシンの顔は笑顔だった。今から彼が何をするのかは明白である。その上で「何も問題はない」と、そう態度で示していた。絶対の自信、そして綾子だけが知る十年前の実績が彼女の緊張感を和らげる。
振り返ったアサシンの見据える先には、拳を構えた男装の麗人。しかし彼女の傍らには先程まではなかった電気を帯びた球体が浮んでいる。それが何であるのかを瞬時に悟ったアサシンは感心するように
「これは驚いた。アンタ、宝具を扱えるのか?」
「……」
アサシンの問いかけに女は答えない。代わりにその眼は闘志に満たされており、決してアサシンの言葉を無視した訳ではない。ただ彼女には答えを返してやれるほどの余裕がないだけである。
「令呪は、その様子だと使わないみたいだ。――――――その無謀に免じて、俺は全力でアンタを殺す」
「―――っ」
静かな殺意とでも言うべきか。血の様にねっとりしていて、それでいて刃物の様に鋭い。アサシンを取り巻く気迫は近くにいる綾子に寒気を覚えさせ、その気迫を直接ぶつけられるスーツの女は額に汗が滲んだ。
黒い外套を着込んだ男は形が歪な剣を逆手に持ち、腰を低く落とす。アサシンと女の間は、距離にして約三十メートル。普通の人間であればそれだけの距離を詰めるのに数秒はかかる。しかし両者は普通という枠に収めるにはあまりにも非常識過ぎた。
―――故に勝負は一瞬。
アサシンと相対する魔術師、バゼット・フラガ・マクレミッツはそう直感する。詠唱は契約を交わしている間に終わった。呼吸はこれ以上ない程整っている。ならば後は目の前の敵を迎え撃つのみ。
またの名を『
対峙した相手が切り札を使った際、その宝具は真の力を発揮する。その効果は後の先の究極、必殺の撃ち合いにおいて必勝を約束された一撃。つまり敵が必殺を放ったとしても、問答無用でその事象よりも先に必殺を放つ。いわば理不尽を形に表した宝具である。
とはいえ、万能という訳ではない。先に述べた通り、まず前提条件として敵に必殺を使わざる得ない状況を求められる。それも独力で。他にも近接で宝具を使われた際、ある程度その宝具を撃退するための格闘技術も必要である。
しかしバゼットはその点について問題ないと判断した。彼女の先にいるサーヴァントは、彼女にとって然したる脅威ではない。どれだけ濃密な殺気を放とうが、その技量はバゼットに
ならばあのサーヴァントが宝具を使わなかったとしても、バゼットはその一撃に反応できる。これは油断や傲慢ではない。数多くの修羅場を潜り抜けてきた戦士としての冷静な判断とれっきとした事実―――
「―――っな!?」
の筈だった。
事実としてアサシンの剣の技量は平凡の域を過ぎない。バゼットが彼の最初の一撃を見切れたのも、その洗練されていても愚直すぎる剣筋故だった。
しかし、アサシンの武器は何も剣だけではない。寧ろ、彼の強さを支えるのはソレだ。
バゼットの
――――――空間転移っ!
バゼットは心の中で叫ぶ。アサシンの攻撃に全力で警戒していた彼女の背後に、全身が凍ってしまいそうなほどの殺意の奔流が走る。何が起こったのかを正確に判別できたのは、彼女の能力の持つ高さによるものである。あのサーヴァントはいかなる力を使ったのか、本当に、いつの間にか、一秒も費やすことなくバゼットの背後に跳んだのだ。
しかし、後ろに敵がいる事が分かっているのに、それでもバゼットは後ろを振り向くことが出来なかった。なんせ、今もバゼットの目の先には
「―――疾」
そんな呟きが聞こえた気がした。
―――ああ、ダメだったか。
どこか他人事のようにバゼットは考える。あの歪な剣の刃は、彼女の首を目がけて一直線に向かって来ているのだろう。鋭く空気を裂く音が聞こえてくる。
自分の失態とは思えないほど愚かな失態。そもそも英霊と呼ばれる存在が、一人の魔術師に簡単に敗れるほど安い存在である訳がないのだ。それをどうして見誤ったのだろうか。あまりに馬鹿馬鹿しくて、バゼットは笑いが込み上げてくる。そんなことすらできる時間はない筈なのに、なぜが彼女は笑いが口から零れた。
ガキィィィン、という重い金属同士の衝突音が周囲に鳴り響く。朱い槍と湾曲した歪な剣。片方はバゼットの首を狩らんと、もう片方はその首を守るために激突した。
「っち!」
アサシンは自身の真正面からの
とはいえ、なんにせよ。
「―――遅いですよ、ランサー」
拳の構えを解きながらバゼットは呟く。命が助かったというのにそこまで驚きの色が混じってないのは、必ず自身のサーヴァントなら間に合ってくれるという信頼の表れによるもの。それに対して、
「なーに抜かしてやがる。だったら令呪でも使えばよかったじゃねぇかよ」
ランサーと呼称された、槍の持ち手である青い戦装束の男は呆れる様に返す。しかし彼は軽口を叩きつつも、目の前の黒いサーヴァントを警戒していた。
「令呪を使うにはまだ早いでしょう。それに貴方なら間に合うと信じてました」
「っは! そいつは嬉しいねぇ。なら、しっかりマスターの期待に応えてやるのがサーヴァントってなぁ!」
ランサーはその血の様に朱い槍を弄びながら進み出る。その足取りには一片の迷いもなく、また自身の力を疑わない絶対の自負が伺えた。
相対するは黒い外套の男。両者は殺気をぶつけ合いながら睨みあう。今にも殺し合いに発展しそうな空気の中。程無くして言葉を発したのは外套の男、アサシンだった。
「マスター、逃げるぞ」
マスター:美綴綾子
真名:
性別:男性
身長・体重:179㎝・68㎏
属性:中立・悪
筋力:C 耐久:D 敏捷:A 魔力:C 幸運:B 宝具:B++
【クラス別スキル】
気配遮断:B
【保有スキル】
縮地:A+
直感:B
ルーン魔術:C+
起源覚醒者:EX
――――
いつかこんな風にオリキャラのステータスを書いてみたいと思ってた。
不快に思った方が居たら申し訳ありません。