待っていた夜は   作:厨二患者第138号

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初代様かっこよすぎ。



第10話

 

 

 スカサハのしごき……失礼、訓練は苛烈を極めた。

 

 手始めの体力作りに影の国の外周を何周も走らされたり、魔術の訓練では魔力が空になるまで魔術使わせられたり、サバイバルと称した幻想種の根城ツアーを強制されたりと、割とマジで生きた心地がしなかったのである。しかも今挙げた例はまだ軽い方である。

 

 ただまぁ面白いのは俺の方で、自分で実感出来るくらいには逞しくなった様な気がする。彼女に弟子入りしてからもう早一年が経過するが、未だに五体満足で生きていられるのは着実に成長しているからだ。そう考えれば俺はやはり逞しくなったと言えるだろう。

 

 「ふん。多少は様になったではないか」

 

 もうこれ以上ないほど偉そうな顔で俺を褒めてくれたのはスカサハ、この国を治める女王である。そう言えば女王なのに何故門番など兼ねているのだろうと、ふと疑問になったので聞いてみたことがある。

 

 彼女曰く「暇だから」だそうだ。もの凄くあっさりして拍子抜けした記憶がある。とはいえ実際、変化に乏しい影の国では内政も味気ないそうで、臣下達に任せておけば全部片づけてしまう。だからといって外に出て化物退治をしていい訳ではない気がするのだが。というかそういうのって兵隊さん達のお仕事じゃないの? 彼ら涙目だよ?

 

 さて、そんな退屈を満喫していた女王様にとって、久々の弟子(つまり俺)は格好の暇つぶし相手だった。正直楽しんでるのではないのかと言いたくなるくらい、見事にスカサハはしごき抜いててくれた。いい歳の癖してアグレッシブなのだから手に負えない。

 

 「この感じ……ユージン、貴様何かよからぬことを考えてるな」

 

 「いいえ、何も」

 

 すごいでしょ? この人ってば迂闊に考えるだけで地雷踏むんだぜ? こうなったら死ぬ目に遭うことは確定なので、もう好きなだけ言ってやる。

 

 「口ではどうとでもいえる。よろしい、そこまでやりたいのなら望みどおりにしてやる」

 

 「いやいや、ヤりたいだなんて。そんな恐れ多いことを」

 

 ほら、俺は精神込みでも四十なんぼだし。流石に千歳とは、ね?

 

 俺がウザい含み笑いをしながら告げると、スカサハの顔から表情が消える。ただ目を口ほどにモノを言うというのは本当のことだったようで、彼女の真紅の瞳はまるで得物を狙う鷹のように俺を睨んでいた。そしてその手にはいつの間にか彼女愛用の朱槍、身体からは溢れんばかりの魔力(オーラ)

 

 これがもし最初に彼女と出会った頃の俺ならば、或いは竦んでしまっただろう。俺が己を逞しくなったと思うのにはしっかり理由がある。というのも簡単な話で、俺はこの凄みを受け流せるようになったからだ。

 

 彼女が動こうとすれば、俺もそれに対応した動きが出来るという確信がある。もっともそれは錯覚に過ぎず、十数合打ち合えば俺は呆気なく敗北するだろうが。しかしそれでも初めて彼女と相対した時と比べれば、相当な進歩であると言える。

 

 「……すっかり、ケルトの戦士らしくなったな」

 

 殺気を緩めながら、スカサハは微笑んだ。

 

 彼女らしからぬ言葉だ。いつものスカサハならば、今頃指導というのを名目に殺し合いを繰り広げたことだろう。それがしおらしく微笑み、挙句の果てには真心を持って俺を褒めたではないか。

 

 これは、もしかして……

 

 「風邪ひいた?」

 

 「失礼だな。だが、そんなところも奴とそっくりだ」

 

 何か面白い事を思い出したのか、スカサハの表情はますます柔らかくなる。いつもの仏頂面もそれはそれで美しいが、やっぱり美人は笑った方がもっと美しい。その事が今をもって証明された。

 

 まぁソレはそれとして、だ。

 

 「奴?」

 

 「聞いたことはあるだろう? 儂の最高傑作、光の御子だよ」

 

 それは、聞いたことがある。それも前世(・・)の頃から知っている人物だ。殆どドラゴン要素皆無の某パズルゲームやストライクでショットなゲームにも出演するくらい、高名(?)な人物だ。そして何より、ケルト神話でスカサハの最高傑作と言えば一人しかいない。

 

 「……クー・フーリン?」

 

 俺が思いついたまま呟くと、スカサハは肯定するように頷く。

 

 「ああ、お前はセタンタによく似ている。義理難いが、軽口は叩く。飄々としているが物事を深く考慮し、何より己に課した戒律に誠実だ」

 

 「おいおい本当に大丈夫? アンタがそこまで俺を評価するだなんて。ましてやケルトの大英雄と一緒にされちゃあ、向こうも迷惑でしょう?」

 

 クー・フーリンと言えば、ケルト神話の中でも最強と形容するに相応しい英雄である。スカサハがケルト神話版ケイローンなら、クー・フーリンはケルト神話版ヘラクレス、いやアキレウスと言ったところだろう。その功績はどんな英雄よりも華々しく、またその死に様はどんな英雄よりも惨たらしかったという。

 

 逸話によると臓物が垂れてもまだ立っていたり、戦場ではたった一人で国と相手取ったりと、もう何処から突っ込めばいいか分からないほど英雄をしていた人物。それがクー・フーリンだ。因みにどうでもいい話だが、今俺が最もカッコいいと思ってる英雄NO1である。

 

 そんな人物と俺が似ているだなんてそれこそ恐れ多い。個人的には嬉しいと思ってるが、本人であるクー・フーリンがどう受け取るかは別の話だ。

 

 「それはどうだろうな。奴なら笑って許すと思うが」

 

 「へぇ、意外と心の広い御仁なの? クー・フーリンって」

 

 「聞きたいか?」

 

 「そりゃあ勿論」

 

 割と気になる。なんせ憧れの英雄だ。影の国にいれば嫌でも耳にするクー・フーリンが、実際はどのような人物だったのか。そのことを気にならない筈がない。

 

 俺は期待の眼差しでスカサハを見ていると、不意に彼女の全身から殺気が溢れ出た。

 

 「え?」

 

 「まぁ、それはそれとしてだ。ケジメはしっかりつけようじゃないか。覚悟は出来ているだろうな」

 

 どうやら先程の件がまだ尾を引いていたらしい。これは死んだかも。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 「強くなったな、ユージン」

 

 「……知ってた? 実は俺の本名って広瀬(ひろせ)雄二(ゆうじ)って言うんだぜ?」

 

 影の国にはその女王が居を構える巨大な屋敷がある。そしてその屋敷の三分の一を占める巨大な庭にて、大の字になって倒れている男と朱い槍を片手に佇む一人の女性がいる。つまり俺と師匠様だ。

 

 つい先ほどまで俺はスカサハの制裁、もとい特訓を受けていた。私怨が七割ほど含めれていた気がしないでもないが、そこは気にしてはいけない。死に物狂いで食いつこうとしたが、結果はご覧の有様。

 

 全身を打ち付け、刺し傷は数えるのも億劫なくらいできてしまった。そのせいで動くこともままならない。対してスカサハの方は傷らしい傷はなく、しいて言うなら払っただけで落ちるような汚れがいくつかあるだけである。仕方ないとは言いたくないが、こうも差があるとやはり悔しい。

 

 まぁ強くなったと言われたのだから、今はそれで良しとしよう。切り替えの良さは良い戦士の証だとは、彼女の言である。

 

 「今更だな」

 

 「貴女には知っておいてほしいと思ってね」

 

 何とか立ち上がりながら、自身にベオークのルーンを刻む。ルーン魔術の中でもぶっちぎりで使用頻度が多いこのベオーク。お陰様であのスカサハをも唸らせるほど、このルーンの扱いは長けている。事実、ルーンを刻んだ直後に傷の再生が始まった。

 

 「なんだ、なら今からでもユウジと呼んだほうが良いか?」

 

 「いや、それは良いよ。今更その名前で呼ばれるには、今の名前は馴染み過ぎた」

 

 「そうか」

 

 ユージンも雄二も似ているしね。そもそもじいさんが俺の名前を聞いて、ちょっと間違えて『ユージン』になったわけだし。

 

 「ところでユージン」

 

 傷の痛みが治まりはじめたところで、タイミングを見計らったようにスカサハは呼びかける。何か面白い事を確信したのか彼女の目は熱がこもっていた。

 

 「お前にとってこの世界はどうだ。前の世界と比べて、やっぱり不便か?」

 

 彼女は俺にそう問う。つい先ほどまで剣を交えた後だというのに、それとは全く関係ない話をするのは初めてかもしれない。とはいえ目つきは真剣そのものなわけで、適当な返事をするわけにはいかない。

 

 しばし考えた後、俺はこう答える。

 

 「そりゃあ不便さ。魔術とかいうオカルトあったとしても、文明のレベルは今より千年も進んでるんだ。それで何も変わらないとか嘘だよ、嘘」

 

 「ならば前世の世界に戻りたいとは思わんのか」

 

 そんなの、答えなんて決まり切ってる。

 

 「ないね。前は前、今は今だ。今更前世に帰りたいとか思ったって、どうしようもないだろう? それなら今をどう生きていくか―――」

 

 「お前なら、戻れるかもしれん」

 

 「―――は?」

 

 思いもよらないカミングアウトだった。それは予想にもしてなかった。もしかすると俺の生涯に直結するくらい、それは聞き逃せない言葉だ。

 

 「あの、申し訳ないんだけど。戻れるって何処に?」

 

 「流れで察せ。お前が元居た世界に決まってるだろう」

 

 今度こそ開いた口が塞がった。こんな時、俺は一体何と言えば良いのだろうか。確かに俺は元の世界、つまり前世には未練がある。俺を生んでくれた両親や友人には今まで失踪してしまったことを謝りたいし、お付き合いをしていた女性もいる。

 

 ただし、俺はもう彼ら彼女らの顔をぼんやりとしか覚えてない。未練はあるが、本当にそれだけだ。

 

 「因みに何を根拠にそんな事を?」

 

 「縮地、なぜお前が歩法の極致を拙いとはいえ扱えるのか気になったのが始まりだったな」

 

 あ、これは長くなりそうだ。半ば直感だが、残りの半分は経験から来るものである。彼女がもったいぶったような話の始め方をするとき、それは間違いなく会話が長くなる前兆である。

 

 そして絶対、絶対にそのことに対して苦言を言ってはならない。言ったら最期、確実にか弱い一つの生命が盛大に散る事となる。年寄りの話はしっかり聞くと相場が決まってるのである。

 

 「前にも話したな。魔術を修める際にお前の起源を調べただろう?」

 

 「ああ、確か『移動』だったっけ」

 

 そして教えてもらった訳ではなく、ただ見ただけ(・・・・)でじいさんの縮地を模倣出来た理由が、その起源によるものだという事もスカサハから教わった。確かに俺はじいさんの足さばきを見て「ああ、これなら俺にもできそうだ」と感じた記憶がある。

 

 補足として、起源とはその人の生まれる前から、更に言うなら魂が形成された頃から持つ根底にある本能、だそうだ。俺としても全てを把握してる訳ではないが、要するに俺と縮地という技術は途方もなく相性が良かったのだと考えてもらっていい。

 

 ん? でも待てよ。俺の起源とやらがその『移動』だとして……

 

 「まさか俺って世界も『移動』出来るの?」

 

 「まだ分からんがな。ただ既に時間、或いは世界を渡ってこの時代に訪れた訳であろう?」

 

 「うーわ、随分とスケールのでかい話になったな」

 

 実際そう思う。そしてお師匠様のドヤ顔がやけに眩しいのが腹立つ。

 

 「でも俺は世界の移動の仕方なんて分からない」

 

 それに尽きる。スカサハの理論で言うと、どうも俺は精神だけ世界か時間を超えてしまったということになる。しかも何の前触れもなく、無意識でだ。はたしてそんな事が可能なのだろうか。ましてや世界は異物に対して絶対的な力を持つと聞くし、そう簡単に世界とか時間だとか移動していいものなのだろうか。

 

 俺が疑問を口にするとスカサハはニコリと笑う。この調子を見るにやっぱり彼女は、相当俺の置かれた状況というやつに熱心だったようだ。まぁ毎日が退屈だと言うくらいだし、こういった謎というのは彼女にとっては最高の暇つぶしなのだろう。お師匠様が楽しいなら弟子としても嬉しい限りである。

 

 「ああ、そうだろうな。聞く限りだと前世のお前は魔術や神話とは程遠い生活を送ってきたように見える。ならば世界を渡来したのは恐らく無意識で間違いない」

 

 「でもそれじゃあ抑止力の排斥対象になっちゃうんじゃないの、俺?」

 

 とすれば俺は大変な問題を抱えていることになる。

 

 地球の抑止力は強大である。俺はその抑止力とやらが働いているところを直に見たという訳ではないが、スカサハが「ヤバい」と形容するのだ。彼女ほどの存在がひたすら「ヤバい」と連呼する力が、俺如きに手に負える筈がない。

 

 そして俺が他の時間軸、または別の世界から『移動』したとすればだ。俺は間違いなく地球から異物扱いされる。だが現時点で俺は生きている。もし地球が俺と言う存在を許さないのであれば、この時代に覚醒した時点でに何らかのアクションがあってもおかしくはない。これでは筋が通らない。

 

 「ならば逆転の発想だ」

 

 もう答えが言いたくてうずうずしているのか、スカサハは若干興奮気味になっている。本当に考察するのが楽しかったんだろうな、この人。年甲斐もなくテンションが上がってるスカサハに俺はため息を吐きたくなるのを堪え、真剣な面持ちで彼女の話を聞き入るよう努める。

 

 「もしお前が抑止側から呼ばれた存在であるなら、答えはまた変わってくるとは思わないか?」

 

 ああ、成程と。

 

 驚き過ぎて逆に他人事のように思った。

 

 




感想で過去編いいよって評価してくださる方々いらしたので、思わずステイナイト編を書いてたのを途中で切り上げて過去編を一気に仕上げました。
やっぱり感想欄の力って大きいですねぇ。

とはいっても、今度こそはステイナイト編を投稿します。
そっちの方を期待してた方々には本当に申し訳ないことをしてしまいました……なんでもするんで許してくださいっ

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