俺は竜王、誇り高き麻帆良の覇者   作:ぶらっどおれんじぃな

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次からまた主人公視点になるかと。


ぼうけんのしょ そのに

 私の目の前で拳による一撃、たったそれだけで見上げるほどに大きな岩は無残に砕け散った。ふうと息を吐き、額をぬぐう彼に私はタオルを持って近づいていく。

 

「高畑先生、お疲れ様ですっ!」

 

 私が差し出したそれを微笑みながら受け取ると、伸ばしたスーツからふわりタバコの香りが飛び込んでくる。いつもの香り――どこか懐かしさを覚えるその匂いに私はつい気恥しくなって一歩下がった。

 

「ありがとう、アスナくん」

 

「いえっ」

 

 お礼の言葉に顔が熱くなる。無精ひげの生えた唇をほんの少しだけ下げたダンディな微笑みに、私はその顔を直視できずにもじもじとスカートの裾を握った。

 

 海があり、雪山があり、砂漠もあるここはエヴァちゃんの別荘。魔法で作られた、だいだおなんとか、って名前の魔法アイテムの中だ。

 そんな場所で、私は高畑先生の凛々しい姿を見ている――ネギ、あんたが魔法使いでよかったわ。

 

「いいかぼーや、私が放つ『魔法の射手』を貴様のそれで迎撃しろ。休む暇は与えん、魔力が空っぽになるまでだ」

 

「だーかーらっ! さっきから何度も言っているがまずは基礎体力をつけてからだ! ナイフはまだ君には早いかもしれないからね、古菲くんに拳法を教わりつつ次のステップに進んでいこう」

 

「およ? 私アルか?」

 

「だから貴様ら正義の魔法使いは後進が育たんのだ! 生命の危機に瀕してこそ戦うための意義を見出せるのであってなぁっ!」

 

「これだから野蛮な悪の魔法使いは変わらないんだ! まずは基礎を固めつつ身に着けた力を実感しながら戦う意味を模索してだねっ!」

 

「あわわわわっ……エヴァンジェリンさん! ガンドルフィーニ先生! 喧嘩は止めて下さい!」

 

「「私のことはマスターと呼べ!……って何で貴様がマスターだ!?」」

 

「たはー、ネギ坊主も大変アルなぁ」

 

 私が魔法を知る原因となったネギはエヴァちゃんとガンドルフィーニ先生の間で右往左往。くーふぇにぺちぺち頭を叩かれながら、涙目になってすがるような視線を私の方に向けてくる。

 

 でもね、駄目よネギ。今私は高畑先生のかっこいい姿を脳内メモリーに保存しているの。この状況を作ってくれたことには感謝しているけど、それはそれでこれはこれなのよ。

 

 あの夜、エヴァちゃんが憎いアイツ――竜崎辰也と戦った次の日、私はネギと一緒に学園長室に呼び出された。部屋に入れば学園長と木乃香に刹那さん、それとバラバラになったはずのエヴァちゃんが絡繰さんに背負われて立っていた。

 

 そして告げられたのはびっくりするような真実。麻帆良は魔法使いたちが作った街で、学園長も魔法使いで、他にもたくさん魔法使いがいるってこと。

 ふぉっふぉっふぉと、長いひげに手を触れながら学園長がパンと手を叩くと、私たちはこのエヴァちゃんの別荘にいたのよね。

 

 別荘に来てみれば広がる海と熱い太陽。今は春なのに、やっぱり魔法ってあるんだなー、って実感したわ。それでなんと、そこにいたのは高畑先生と見たことのある先生たちが何人か。ゆーなのお父さんもいたわね。

 

「それでねー、神多羅木ってば私のことがずーっと好きだったっていうのよ」

 

「叶わない恋だとは思っていたがな」

 

「あの……師範、それより修行をですね」

 

「じゃーん! 見てみて刹那、これなんだと思う?」

 

「ネックレス、ですか?」

 

「お揃いなのー、初デート記念で買ったのー」

 

「はい、その……修行の方は……」

 

「葛葉に似合うと思ってな」

 

「やんっ、神多羅木の方が似合ってるわよっ」

 

「……ひとりで素振りしてきます」

 

 暗い雰囲気を身に纏って、白い羽を広げてどこかに行く刹那さんの話では、ここにいる先生たちはみんな麻帆良有数の実力者みたい。くねくねしながらピンクのオーラを振りまく葛葉先生も、ふっとニヒルに笑いながらも隣に立った恋人の手を離さない神多羅木先生も。

 もちろん、私の目の前で大人な渋い魅力をいつもの五割り増しくらいで振りまく高畑先生もっ!

 

 そんな魔法先生たちを悪い魔法使いだって聞いていたエヴァちゃんの別荘に集めた理由は単純で、もっと危ない奴が私たちの目の前に現れたから。

 

 それが憎いアイツ。紫髪で金眼の、竜崎辰也だ。

 

 この可憐な美少女アスナちゃんを投げ飛ばしてくれやがったアイツは中等部の頃から麻帆良に通う男子高校生。高畑先生も一度負けたくらいの実力者で、危ない力を持っているからってみんなに避けられていたらしいんだけど、本当に本当に危ないやつだったって今回のことで解ったらしいわ。

 

 だってドラゴンよ。ヤバいわ、ビックリするわ。刹那さんの背中から生えてる羽なんて天使みたいに可愛いもんよ。でもアイツはドラゴン……ヤバいわ。

 

「更生させ、まっとうな方向にあの力を使わせなければなりませんわ!」

 

「んー、しかし竜崎殿は乱暴な御仁ではあるが道理を外れているとは思えないでござる」

 

「どこがですかっ! 私をあまつさえ公衆の面前ではっ、裸にしてくれやがりましたのよっ!」

 

「あれはまあ、なんというか、悲しい事件だったね」

 

「まぁ確かに拙者も懐の中に手を突っ込まれたことはあるでござるが」

 

「やはり危ない男なのですわっ! 飢えた猛獣なのですわっ!」

 

 ぷりぷり怒る高音先輩をたしなめる楓ちゃんとゆーなのお父さん。

 高音先輩の言うことにはまったくもって同意ね。アイツは一回へこませてやらないといけないのよ。この私をもてあそんだ罪は大きいわ。

 

「見てみておじーちゃん! うちな、火が灯るようになってん」

 

「ふぉっふぉっふぉ、さすがはワシの孫じゃ。才能に溢れておるのぅ」

 

「このような光景がいつまでも続きますように……ああ、神のご加護があらんことを」

 

 杖を手にした木乃香は学園長に撫でられながら目を細めている。それを見ながらシスターシャークティは胸のあたりで十字を切っていた。

 

 そんな光景に思わず私の頬も緩む――それと同時にわからなくなる。

 

 竜崎辰也、あいつは間違いなく頭のおかしい悪いやつよ。なのになんでアイツは自分を危険視している人のところにわざわざくーふぇと楓ちゃんを――麻帆良でも武道四天王として名の知れた二人を送り込んできたの? もっともーっと強くなるかもしれない、でもそれはアイツにとっては面倒なことでしょ?

 

 頑張って足りない頭を――でもこの前はテストで素晴らしい点数をたたき出した頭をひねってみても、その理由がどうにも浮かばない。

 

「アスナくん、じゃあ修業を始めようか」

 

「はいっ! よろしくお願いします!」

 

 でもいいの。どんなことを考えていたって私のやることはたったひとつ。

 

「では近接戦闘の基本である瞬動を覚えようか。まず気を足下に溜めてだ「こんな感じですか?」……もう出来たのかい、さすがだね」

 

 あいつは必ずこの手でぶん殴る! まっすぐ行って右ストレートでぶっ飛ばしてやるわっ!

 

 

 

○●○

 

 

 

 修学旅行の車両の中、ちらりと視線をやれば紫髪の男の人がお酒の瓶をすごい勢いで空にしていた。あわわっ、高校生なのに……。

 その彼の隣には私の親友がいつものちょっと不機嫌そうな顔で、でも楽しそうだなと私には思える顔で、何度も口を開いたり閉じたりしているのが見えた。やがてがっくり肩を落とすと、ユエはしっかりと不機嫌そうな顔で戻ってきた。

 

「教えてくれなかったのですよ」

 

 むぅと唇を尖らせた彼女は図書館島の新しいエリアを開拓するために、度々竜崎さんに話しかけているのを見たことがある。危ない人だって聞いたことはあるんだけれど、私の知っている彼は宿題片手に悩んでいる普通の高校生で、噂になっているほどじゃないのかなーって思っていた。

 

 だけど今のふるまいを見てるとやっぱり危ない人なのかもって、私は思えてきてします。だってお酒ばっかり飲んでるし、お酒ずーっと飲んでるし、麻帆良を出てからお酒しか飲んでないし。……そんなにおいしいのかなぁ?

 竜崎さんは私たちのクラスに組み込まれて修学旅行に行っている。学校の手違いがあってハワイに行けず、空いていた枠が私たちのクラスだけだったんだって。

 

「はわー、富士山……はわー」

 

 金髪の高校生、グッドマン先輩もそうらしい。

 

 でもそんなことよりも――こっそり通路の方に顔を出せば、眼鏡をかけたネギせんせーはきりっとした顔つきでクラスメイト達に話しかけていた……かっこいいなぁ。

 ネギせんせーは無事に正式な先生になれて、今日は引率の先生として私たちの修学旅行についてきている。

 

 そして、私には今回の修学旅行で心に立てた誓いがある。

 

 ネギせんせーともっと仲良くなるっ!

 

 私は暗くて、うじうじしていて、私なんかよりもかわいい人も美人な人もたくさんいるけれど……でも、私はネギせんせーがっ!

 

 だから一生懸命話しかけようと思っていたんだけれど……。

 

「ぼーや! 写真だ! 写真を撮れ!」

 

「待ってください! 僕は教師として皆さんの引率を」

 

「ほぉ……貴様に拒否権があるとはな」

 

「ハイ、ますたーハ優しいますたーデス。僕喜んデ撮らセテイタダキマス」

 

 はしゃぐエヴァさん振り回されていて……話しかける機会がないよぅ。

 

 でも負けない……私負けないからっ!

 

 

 

○●○

 

 

 

 大スクープ! まさか赴任してきたネギ君が魔法使いだったなんてね。

 これは明日の麻帆良新聞の号外飾っちゃいますわ――なーんていえたらよかったんだけどね、わんわん泣きながら止めてくれって言うネギ君見ているとさ。

 

 その上、深淵を覗く者は深淵に覗かれていると知れ、なんてエヴァちゃんに脅されちゃうし……このネタはお蔵入りかぁ。

 

「ま、その分『班対抗ネギ君唇争奪ゲーム』で稼がせてもらうけどね」

 

 くじけないのが記者根性ってものよ。ネギ君の使い魔らしいオコジョくんと一緒に、私はモニターの中で枕を投げあうクラスメイトを見ながらほくそ笑む。

 ふっへっへ、食券が大量乱舞よ。なんだかんだで胴元は得をするからね、当分贅沢なご飯が食べられるわ。

 

 そこでふと、私の脳裏を悪魔的閃きが貫いた。この修学旅行にはもう一人、年頃の男の人がいるじゃないか。

 

 モニターの向こうには眠そうな顔の紫髪の男。以前私が作った『麻帆良近寄っちゃいけない人ランキング』でぶっちぎりの一位を取った竜崎辰也は、がこんがこんと自動販売機からこれでもかという量のお酒を取り出していた。

 

「ねえねえ、竜崎さんも追加しちゃわない?」

 

 彼は意外に私のクラスメイトと仲がいい。桜咲を伴って歩いているのは何度も目撃したことがあるし、毎日のように『超包子』で五月ちゃんのご飯を食べている姿は恒例のものだ。ザジっちとも仲良しみたいだし、くーちゃんや楓や龍宮とも話しているのを見たことがある。

 それに何よりうちのクラスの天才超りん。いつもおちゃらけて飄々としている彼女が参加してくれたら……これは大スクープだね!

 

 そんな私のささやきに、オコジョくんは小さな身体をがたがた震わせながら悲壮な顔で叫んできた。

 

「だめっす! あれは絶対触れちゃいけない相手なんす!」

 

「でもさー、きっと盛り上がるよ?」

 

「だったらおれっちは逃げます。全力で逃げます」

 

 うわー、さっきまでの楽しそうな顔なんてどこに置いてきたのか、本気で嫌がってるわ。

 

 まぁそんな顔をされれば私だって馬鹿じゃない。このイベントの根幹――ネギ先生の仮契約という裏の目的を崩されたらいけないしね。スポンサーがそこまで言うんだったら諦めるしかないか。

 

 しかし――いったい竜崎さんは何をしたんだろうね? 私が記事を書いた時もまるで気にした様子もなかったみたいだけれど、そんな彼が何を起こしたんだろ?

 

 後で桜咲にでもインタビューしてみよっかな。

 

 

 

○●○

 

 

 

 踏み込み放つ中段突きは目の前の学ランの男の子――犬上小太郎くんのお腹に突き刺さった。

 赤い鳥居がいくつも立ち並んだ場所で、僕は後ろにいるのどかさんに声をかける。

 

「安心してください! 貴女は僕が守りますから!」

 

 真っ赤になったのどかさんに僕は……あわわわわっ! 僕、告白されてキスしちゃったんだ。

 

「ちっ! なんで魔法使いが近接戦闘できるんやっ!」

 

 ぐるりと身をひるがえし、着地した小太郎くんはオオカミのように鋭い視線で僕を睨む。その眼差しに赤くなった顔とぐしゃぐしゃになっていた思考を平静に戻し、僕は彼に拳を突き出して宣言する。

 

「僕はお父さんみたいに強くなるんだからね!」

 

 あの夜、竜崎さんとマスターが戦った日以降、僕はマスターの別荘で毎日修行を受けている。学校の終わった後、教師としての仕事を終えて、僕は毎日、毎日、毎日――

 

「あばばばばっ、マスター止めて下さいっ! そんな大きな氷の塊死んじゃいますっ! そーして始まるガンドルフィーニ先生24時間耐久講義、頭の中がぱんぱかぱーんになっちゃいますよぅ」

 

 思い出すだけどうにかなってしまいそうだ。にやりと赤い舌をのぞかせ笑うマスターの顔が、黒板の前でチョークを走らせるガンドルフィーニ先生の姿が、夢に出てきて……出てきて、出てきて。

 

「なんや、お前も苦労しとんやな」

 

 真っ青な顔になっているであろう僕へのそんな小太郎くんの気遣いに、大丈夫ですよと後ろから抱きしめてくれたのどかさんに、僕はぐすっと涙がこぼれてしまったんだ。

 


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