俺は竜王、誇り高き麻帆良の覇者 作:ぶらっどおれんじぃな
「どういう状況だ、いったいこれは?」
困惑と享楽をまぜこぜにした声は空から降ってきた。見上げてみれば、背中から火を噴く絡繰とその肩に乗ったマクダウェルがいた。
「俺に聞かれても困るんだが、なんかついてきちゃったZE」
ずしん。女にしてみれば悲鳴を上げるような音を立てて絡繰が俺の前に着地する。まぁこいつロボットらしいしな、体重が重いのは仕方がねぇのか。
ぴょこんと中学生にしては軽すぎる音を立てて、マクダウェルは俺の方へ悠々歩み寄ってきた。その表情はずいぶん楽しそうで、満足気で、開放感に溢れている感じだ。
「おかしいとは思っていたが、私の予想は正しかったな」
くくくと体格に似合わない笑みを浮かべ、マクダウェルは俺の後ろを見てからまた笑う。
俺もつられるように後ろを向く。
「あり得ません……何かの夢……そう、これは夢なのですわ」
まず目に入ったのは、ぶつぶつ星と月だけが自己主張する暗い空を見上げて現実逃避しているグッドマン。いつも俺にお小言をしている高圧的な態度はティッシュに丸めて捨てたかのような間抜け顔だ。携帯を取り出して写真にぱちり。麻帆良に帰った後でこいつの妹分にでも見せてやるか。
「当代の行軍に参加できるとは、長生きしてよかったのう」
次に目に入ったのは赤くて虎縞腰巻の、テンプレタイプな鬼。がははと大口を開ければ周囲にいる鬼たちも、天狗たちも、妖狐たちも、よくわからんが妖怪チックなのも、併せるようにして大口を開けてうれしそうに笑っている。
時刻は深夜と呼べるにふさわしい時間。林の中、大きな声が木々を震わせるように木霊していく。
「キタ」
「……来たよ」
「鬼のじじどんもおるんやんけ」
宴のような声が次々と、妖怪を呼び寄せる。ある時は地面からぬるりと表れて、ある時は林の中からすっと現れて、ある時は空からふわりと現れる。眼鏡少女が呼び出した時は百を数えるほどだった妖怪たちはその数をどんどんと膨れ上がらせ、後ろ見渡す限り妖怪しか見えないほどだ。
「…………」
その先頭を――まぁ先頭はグッドマンで、俺はその後ろについて行っているだけなんだが、俺のすぐ後ろをザジがついてきている。振り向いたらいつの間にかいたんだよなこいつ。
たんたかたーん。小太鼓を叩き妖怪たちの足並みを揃えさせながら、よくわからん黒い奴らを周囲に侍らせたザジは俺の視線に気づくと無表情なその顔にある目をほんの少しだけ細めた。
妖怪引き連れて深夜の散歩としゃれこむことがあるとは。気分はあれだな、グランバニアの魔物使いだな。
「世界でも支配するつもりか、貴様?」
「それもいいな」
「『厄災の悪竜』の名に違わぬ発言だな」
『厄災の悪竜』? なんだそれ、俺は『麻帆良の悪竜』だろ。悪ってところにはまるで納得してないが、納得してないが。
「『厄災の悪竜』、『不可侵存在』、『終末の鐘を鳴らす者』、それと『幻想の再現』というのもあったか」
厨二病か? ひと月前までそうだったとはいえお前自称600歳だろ。
「今の貴様に魔法使いどもが付けた名だよ。喜べ、一躍貴様は世界一の有名人だ」
はー、意味わからんね。俺が一体全体何したんだ。毎日真面目に学校通って……そりゃあ補修だらけで成績は悪いし麻帆良で名前が売れるのはわかるよ。しかし世界一の有名人ってのはちょっと何言ってんのこいつ、って話だわ。
「私と貴様の戦いが世界に知られたんだよ、あの時の侵入者どもが流布して回ったんだろうさ。まぁ私の生存も世界に知れ渡ってしまったがな」
「だからそれでなんで俺が世界で有名になるんだよ」
まぁあの時は竜王の力を開放しましたよ。久々に元の姿になれて叫びたい気分だったよ。だからって高々こうもりおとこもどきかたいまどう風情を倒したくらいで俺が有名になる訳だ? 実際一撃でお前沈んだじゃねぇか。
腕を組んで首をかしげているとマクダウェルは、俺が今まで聞いた声色の中で一番にそれを躍らせて、人形遊びでもしている幼子のように表情を緩めた。
「やはり貴様はおかしいやつだ」
○●○
ふらふら夢遊病者のような足取りのグッドマンを追えば林の開けた場所に出た。湖と、その中央に祭壇と、人影がいくつか俺の視界に飛び込んでくる。
見知った顔が半分。ネギ少年とツインテール少女と、古菲に長瀬に龍宮もいるな。その後ろで守られるように、興味深そうに辺りを眺めるちびっちゃい黒髪どもはどっかで見たことある……ああ、図書館島でか。
残りの半分は初めて見る顔だ。俺に気づくと腹を見せるように地面に寝転がった犬耳少年も、祭壇の中央で額に青筋浮かべた黒髪の眼鏡女も、マネキンみたいな目で俺の方を見る白髪少年も。
てか黒髪の眼鏡女、お嬢様を捕らえてんじゃねぇか。本当にさらわれているとか……桜咲は護衛のくせに役に立たんやつだな。俺が依頼主だったらあいつはクビだわ。
「まさかアンタが『厄災の悪竜』やったとわな」
「誰だアンタ? それと俺はそんな「天ヶ崎千草! アンタを殺す者の名や!」ほう」
殺すだってさ、恐ろしいねぇ。
俺みたいな魔法もよくわからん人間殺そうとするとは性根がねじ曲がってんな。人間はもっとこう、な……そう、グッドマンとかネギ少年みたいに未来に向かって希望を求めて努力すべきだと思うぜ。
真っ赤な顔で地団太を踏んだ黒髪の眼鏡女はお嬢様をよくわからん力――たぶん魔力とやらだな、俺も最近知ったわ――で浮き上がらせると神社で神主がいうような言葉を口にする。さすがは京都、巫女が多いな。
しかし殺すと宣言されて黙っている俺じゃない。足下にあった小石を拾うと黒髪の眼鏡女めがけてシュート。くの字に体を折り曲げてぽちゃんと波紋を立てた。
「情緒がないな」
うるせぇよマクダウェル。
「――ハッ! まだですわっ!」
完全に再起動を果たしたグッドマンは剣呑な声をあげる。視線の先にはお嬢様、ぴかぴか光るお嬢様。その点滅に合わせるように湖全体が光っていた。綺麗だな。
「写真撮っとくか」
「では私が」
「おー、絡繰サンキュ」
ポケットの中から携帯を取り出して絡繰に渡す。
「竜崎さん! そのようなことをしている場合では「まーま、お前も入れ」ですから「では……いちたすいちは」……にー」
ほうほう、なかなかな腕前だ。携帯の中、風景を切り取った写真にはしっかり笑顔のグッドマンとふんぞり返ったマクダウェル、俺と頬のあたりでピースサインのザジと四つ腕四つ脚二面の鬼が映っていた。
「両面宿儺」
妖怪の中の誰かがつぶやいた。
湖の中央には見上げるほどの巨体があった。ビル何階分かに相当する巨鬼はその手すべてに槍やら刀やら武器を持ち、ふたつの口を開けて咆哮した。
風が起こり木々を激しく揺らす。びりびりと大気が、地面が震える。
巨鬼はその巨躯に違わぬ歩幅で進む。ネギ少年の方から射出された雷と嵐の共演を、グッドマンが繰り出す影の刃を意にも返さずまっすぐ進む。
やがてそれはよっつの膝をすべて折り、よっつの拳を地面に突き立てて、ふたつの頭を俺の目の前へと下げた。
背後からは歓声を、右からは狂ったような高笑いを受けながら、俺は左隣であごを外しそうな勢いで口を開けるグッドマンに問いかける。
「でだグッドマン、関西なんとやらはどっちの方向だ?」
○●○
修学旅行最終日、麻帆良に向かう新幹線の中で四葉の料理に舌鼓を打ちながら思う。やっぱり四葉の料理が一番美味いな、毎日のように食ってるからかね。
京都では様々な食文化に触れることができたが京料理とやらはどうにも気取っていてさ、結局学生用の食堂とかに行ってしまった。がっつり食える系が好きなのは男子高校生的に仕方がない話だよな。
だが酒蔵で試飲用の樽を空にもできたし、麻帆良ではお目にかかれねぇ酒も飲めた。修学旅行は京都で正解、大満足ってやつだ。
「いややぁ、かんにんしてぇ……師範が結婚できんのはうちのせいやないですぅ」
悪夢にうなされてんのか、百面相の桜咲はぎりぎり歯ぎしりを立てながら虚空をつかむように手をふらふら。がさがさ髪を弄られる絡繰はその度に丁寧にその手を桜咲の膝の上に戻している。
俺の班を含め、桜咲のクラスメイトはみんな夢の彼方。起きているのは俺とザジと絡繰と、たまに視線を寄越す龍宮くらいのものか。マクダウェル? 口からよだれをこぼしてるわ。
グッドマンも高慢ちきな態度はなりを潜めて上品に寝息を立てている。これが女子力の差か。
あの日の夜、俺のなんちゃって百鬼夜行にデカい鬼が加わった後、関西なんとやら……お嬢様の実家で一晩過ごした。さすがはお嬢様、すげー広い家だった。修学旅行で泊まった宿の布団がいかに安物か痛感させられたね。
妖怪たちはいつでも呼んでくだされのう、と、手を振って消えていった。デカい鬼も手を振っていたな、意外に面白いやつなのかも知れん。ま、呼ぶ機会なんざないとは思うが。
初めて見た犬耳少年は腹を撫でてやれば喜んでいた。子供はあれくらいの方が可愛げがあるよな。ネギ少年は教師だから仕方がねぇのかもだが、もうちっと砕けていいと思うんだわ。
白髪少年はいつの間にかいなくなっていた。何しに来たんだろな。
……しかしどこかで見たことがあるような、ないような。恐らくは『魔法先生ネギま!』の中でなんだろうが、いかんせんもう覚えてないから確認のしようがない訳だ。
あの夜の次の日、俺はザジと龍宮と一緒に宿に帰った。ネギ少年はなんでも父親が昔住んでいたところに行ったらしい。グッドマンも、ナギ様のっ、とか言いながらついて行っていた。後で聞けばネギ少年の父親は魔法使いたちの間では英雄だと教えられたが……ま、俺には興味ないからどーでもいいさ。
そいえばマクダウェルはその父親に麻帆良に縛り付けられていたそうだ。俺の放った『ひかりのはどう』で封印が解けて自由の身らしいがいまだ麻帆良に残っている。このご時世小卒とかシャレにならんからそのためだろう。
という訳で、ハワイに行くより充実した修学旅行になったはずだ。
「…………」
ザジの酌を受けながら四葉の料理を一口、俺は麻帆良に思いをはせる。
学園長の酒蔵、今から楽しみだわ。
○●○
私には心に引っかかる同僚がいる。
名前は竜崎辰也。私とよく夜間警備で一緒になる魔法生徒だ。
彼は規格外だ。
「おーい、おいおい」
……彼のことを考える前に、とりあえず目の前の状況を処理しよう。
私の財布を今回の修学旅行初日にして空っぽにする原因となった麻帆良の学園長、近衛近右衛門は人目もはばからず涙をこぼし鼻をすすっていた。
「どうかしたんですか?」
「聞いてくれるか龍宮くん!」
聞かないと話が進まないじゃあないか、という言葉は飲み込んでこくりと頷けば堰を切ったように語りだした。
「ワシの酒蔵、空っぽじゃった。彼を案内した後に秘蔵のだけは回収しておこうと思ったら、もう空っぽじゃった」
「それは、なんというか」
「ワシのが……ワシの酒蔵が……」
ざまあみろ、と思ったのは心にしまって私は彼について考える。
京都での姿は読んで字のごとく規格外だった。目の前で涙と鼻水まみれの学園長からの依頼でネギ先生に協力しようと訪れた森の中、彼は幾百幾千という数の妖怪を引き連れて現れた。
ネギ先生の父親たちが封印したというリョウメンスクナが現界した時も、あの巨大な鬼は躊躇うことなく彼に膝を折り、彼の戦列に加わった。
その光景は私の中の血を騒がせた。
惹きつけられるような、魅せられるような、そんな感覚を彼に覚えた。
私は彼に悪い印象は持っていない。行動は無茶苦茶そのものではあるけれど、害意をもって接しない限り彼は寛容だ――というよりも興味がないといった方が正しいのか。
彼と一緒に夜間警備に出れば最小限の出費で最大限の報酬を得ることが出来る。そんな効率のいい同僚に悪い印象を抱けるほどに高尚な正義感や理想は持っていない。
しかし、だからといって私は彼に特別な好意を持っていたわけではなかった。
……いや、今も私は男女の甘っちょろい感情を彼に抱いているとは思えないし、それを誤魔化してうやむやにしようとしてしまう子供の駄々っ子が心の中に芽生えているとは思えない。
だが、私はどうしようもなく惹きつけられる――私の中の魔族の血が、彼に魅せられるのだ。
何者なんだ? 数多の異形を引き連れ引き寄せる竜崎辰也という存在は。
何が目的なんだ? 厄災の名を冠した竜崎辰也という存在は。
おいおい立場をかなぐり捨てた学園長の泣き声を耳に、私は今日も世界樹広場で四葉の料理を食べているであろう彼に思いをはせる。
仮に私が貴方の背に従った時、貴方は私に何を見せてくれるんだい?