あたしと比企谷の友達Diary   作:ぶーちゃん☆

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今回は一応1部完というかクライマックス的な部分なので、少し長くなってしまいました(汗)





日記4ページ目 友達になるということ

 

 

 

 ──誰も傷つかない世界の完成──

 

 そんな、厨二丸出しの格好つけた己の思考に満足していても、なぜかどこかが引っ掛かる。

 確かに葉山の言う通り、こんなやり方は間違いなんだろう。だが俺にはこれしか出来ない。

 一見俺ごときに罵られて傷ついたように見える相模だって、どうでもいい俺の罵りなんかよりも、その罵りによって葉山に、友達に優しくされる方が遥かにメリットがでかい。

 結果的に見れば誰も傷ひとつ付いていないこの世界が作れたことを、別に後悔なんかしていないはずだ。

 

 それなのに、なぜか腹の辺りが妙にむかむかする。なぜ俺はどこかでこんなことを考えてしまっているのだろうか。

 本当に誰も傷つかないのだろうか、と。

 

 

 全力で校内を駆け回ったからか、相模との対話に多少興奮してしまっていたからなのか、自身の内と外から発する熱で、先ほどまでは一切感じなかった秋の夕方の冷たい風が、身体にも心にもなかなかに容赦なく響いてくる。

 

 

 ……ま、とりあえずはこれでお仕事完了だ。一応材木座に完了の知らせだけでもしておくか……と、ブレザーのポケットからごそごそとスマホを取り出そうとした時だった。

 なぜかガチャリと重々しい音を響かせ、俺以外は誰ひとりとして居なくなったはずの屋上の扉が開かれたのだ。

 

 

 なんだよ……今の騒ぎでも聞き付けてきた野次馬かなんかか? それともたまたま屋上に用事でもあっただけの奴か?

 ちっ……どっちにしてもウゼェな……。力なく壁にもたれかかって座ってる俺の姿なんか見られたら、前者にしろ後者にしろ必要以上に奇異の視線を向けられそうだ。

 普段なら大して気にも止めない、どうでもいい他人のどうでもいい冷たい視線も、今の俺にはちょっと効きそうだってのに……

 

「おいーっす」

 

 が、扉を開けて屋上に出てきた奴は前者でも後者でもなかった。むしろ一番ウザいかも知れない。

 

 そこには、数時間前に偶然の再会を果たし、そしてもう二度と関わることも無いであろうと信じて疑わなかった人物 折本かおりが笑顔で立っていた。

 

 

× × ×

 

 

 は? なんで折本が居んの?

 

 そんなセリフを吐こうと思ったのに、あまりにも想像の範疇を超える突然の折本の来襲に、情けないことに口をぱくぱくさせて唖然とすることしか出来ないでいる俺だが、折本にとってはそんなことなどどこ吹く風。

 

「よっ、と」

 

 俺の言葉なんか一切待ちもせずに、俺と同じように壁を背もたれにして、隣にドカッと腰掛けやがった。

 なんだこれ? どうすりゃ正解なの?

 

「比企谷さー」

 

 未だなにも喋れずに、呆然と折本を見ることしか出来ないでいる俺に、折本はこちらに視線を寄越すこともなく、ぽけ〜っと空を見上げながら語り掛けてきた。

 

「……なんで、あんなことしたの?」

 

 

 

 ────ああ、そうか。なんでか知らないが、こいつはさっきの相模とのやり取りを聞いてたってわけだ。

 てことはアレか。お友達関係(笑)が大好きな自称姐御肌の折本からしたら、女子を罵倒して泣かせる男とかムカつくってことだろう。

 で、相模の友達……遥だかゆっこだかが去りぎわに俺を罵倒していったみたいに、「あんた最低だよねー」とか言わないと気が済まないってか。

 

 あまりの予想外な登場で軽く混乱していた頭も、その結論に少し冷静になってきた。同時にほんの少しの苛つきも沸いてしまった為に、ようやく口から出せた言葉にも、いくばくかのトゲが込められてしまう。

 

「は? 別にお前には関係ないだろうが」

 

 自分が思ってたよりもずっと低くなってしまった声に、自分自身が驚いた。なんだかんだ言って結構イラついてんのね、俺。

 折本に対してというよりは、後悔なんかしてないとか思ってたさっきの自分のやり方に。

 

 ま、もうなんでもいい。今の俺の短いセリフの中に込められたトゲ見ただろ? 早く居なくなってくれよ。早く体育館行って、あいつらのライブちょっとでも観たいんだよ。

 

 

 しかし俺は忘れていた。こいつが折本かおりだということを。

 

「なんでー? いいじゃん、気になっちゃうから教えてよ」

 

 ……やっぱこいつ面倒くせぇな……さっきの刺々しいトゲ見えなかったのん?

 踏み込んで来てもいい空気感とか距離感とか少しは考えろよ、サバサバ系を自称して他人に無配慮なクソ女が。

 

 そんな思考が頭の中を駆け巡り、さらなるトゲを込めそうになったのだが、折本の聞こえるか聞こえないかくらいのこんな呟きが俺の耳に届いた瞬間その苛つきは氷解し、苛つきは純粋に疑問に変わったのだった。

 

「……気になんのよ……あんたがなんて答えんのか……」

 

 

× × ×

 

 

 なんて答えんのか……とはどういう意味なのだろうか……? こいつは相模たちと同じように、ただ俺を罵りたいだけじゃないのか? 罵りたいだけなら、別に理由なんてどうだっていいだろ。

 が、たぶんデリカシーとかゼロの折本がこうなってしまったら、俺がなにかしら言わなきゃこの流れは解決しないんだろう。

 別に無視して体育館に向かってもいいが、付いて来られて問いただされる方がよっぽど厄介極まりない。

 はぁ……ホント面倒くせぇな、こいつ。

 

「そもそもお前がどっから聞いてたのかも分からんのに、なにを教えりゃいいんだよ。なに? 事の顛末を最初から最後まで話さなきゃならんの?」

 

「あー、大丈夫大丈夫。結構最初から聞いてたから大体分かる。要はあの相模って子が文実の仕事放り投げてここでサボってたのを比企谷が連れ戻しに来たんでしょ? だから事の顛末とかはいいからさ、なんで比企谷があんなことしたのか教えてよ」

 

「……」

 

 正直唖然としてしまった。

 こいつ最初から最後まで聞いてんじゃねぇかよ……

 はぁ……マジで面倒くせぇが、当たり障りの無いことでも言っときゃ、適当に罵倒してとっとと居なくなってくれるだろう。

 

「じゃあ分かんだろ。ただ相模の言い分があまりにもクソみたいで腹立ったから、イラッとした思いをぶちまけたくてボロクソ言ったってだけの話だ。それであいつが泣こうが傷つこうが、そんなもん知ったこっちゃない」

 

 ほれ、これでご満足か? とっとと綺麗事でも述べてどっか行ってくれ。

 

「へぇ……」

 

 普段のこいつらしくはない若干低めの声で返事をした折本は、ちろりと横目で俺を一瞥すると、また空へと視線を戻してセリフの続きを口にする。

 

「そういう言い方でくるんだ」

 

「……?」

 

 それはどういう返しなんだ? てっきり「苛々解消する為に暴言吐いて女子泣かせるとかマジでウケないわ」とか返されてお仕舞いかと思ってたんだが。

 

「あのさ、比企谷は分かってんの? たぶんあの子たち文実に帰ったら、比企谷に暴言吐かれて泣かされたって騒いで、サボってたって事実を有耶無耶にするよ?」

 

 は? こいついきなりなに言ってんだ?

 

「……ああ。ま、そうだろうな」

 

「でさ、あの子がサボったことによって迷惑掛けられて苛ついてた連中の悪意が、全部比企谷に向くかもしんないよ?」

 

「……まぁそうなっても仕方ねぇんじゃねーの? 暴言吐いて泣かせたのは事実だし」

 

 ……なんだ? こいつは一体なにが言いたい……?

 すると折本は「はぁ」と呆れたような溜め息を吐き、今度は一瞥するのではなく、しっかりと俺に視線を寄越してきた。少しだけ怒ったような、それでいて少しだけ悲しげな視線を。

 

「……やっぱ全部解ってやってんじゃん」

 

「は? どういう意味だよ」

 

「どういう意味もこういう意味も無いでしょ。……あれ、わざと煽ったんでしょ? もう時間が間に合わないから、自分が悪者になってさ」

 

 

 ……なんでだ? あれがわざとやった行為だなんて普通分かんないだろ……

 

 そのセリフに、俺は真っ直ぐに見つめてくる折本の目から逃れられずにいたのだった。

 

 

× × ×

 

 

「めんどくさい女子って、ああなったらテコでも動かないかんねー。時間に余裕がある時ならゆっくりご機嫌取ってけばいずれ動くけど、時間無い時はもう無理だもんね。だからでしょ? 葉山くん使ってヒール演じたんでしょ? あそこで王子様が自分の為に怒ってくれれば、惨めな自分を悲劇のヒロインに上書き出来るもんね」

 

「……なんでそんなこと、無関係なお前に分かんだよ。それはお前の勝手な推測だろうが」

 

「分かるっての。だって葉山くん最後に言ってたじゃん。「なんでこんなやり方しか出来ないんだ」ってさ。……ったく、比企谷には超騙された。思いっきり葉山くんと知り合いじゃん、ウケる」

 

「……ウケねーよ」

 

 つうかホントにウケねぇな。上手くやったつもりだったのに、まさか折本に見破られるとはな。大体お前もウケるって顔してねぇし。

 まぁ部外者ってところが唯一の救いか。

 

「だから超気になっちゃったんだよねー。……なんなの? 比企谷って。ただの仕事熱心? それともどうしようも無いお人好しなの? 自分のこと犠牲にして、あんなことまでする? 普通」

 

 別に仕事熱心でもお人好しでもねぇよ……どっちも単なる勘違いだ。

 が、それはまだいい。しかしひとつだけただの勘違いじゃ看過出来ないことがある。

 

「……犠牲? ふざけんな。当たり前のことなんだよ、俺にとっては。何か解決しなきゃいけないことがあって、それが出来るのは俺しかいない。なら普通に考えてやるだろ」

 

 他人を理解することなんて誰にも出来ない。

 なのに、いきなり自分の価値観人に押しつけて、俺の行為を勝手に犠牲とやらの安い型に押し込むな。

 

「だから周囲がどうとか関係ねぇんだよ。俺の目の前で起きることはいつだってなんだって俺の出来事でしかない。勘違いして割り込んでくんな」

 

 俺はあまり他人に対して怒りの感情を表に出さない方だ。

 それは、俺が他人になにも期待していないから。なにも期待していないからこそ、他人に理想を押しつけないからだ。

 だから俺がこんな風に言葉を荒げることはそうそうない。だからこれは、どうしても看過出来ないこと。

 

 そんな俺でもたまに間違えることはある。雪ノ下に、由比ヶ浜に、気を抜くと理想を押し付けてしまいそうになる。しまったことだってある。

 そしてそのたびに自己嫌悪に陥る。自分はこの程度か、と。

 

 その苛立ちを知っているからこそ、こうやってなにも関係の無い奴に勝手にレッテルを貼られることはどうしても許せない。

 なんだよ犠牲って。それはなに? 俺に対する同情か? 哀れみのつもりか?

 ホントふざけんな。なにも知らない他人に同情されるいわれなんかねぇよ。

 

 

 だがしかし、俺のそんな思考は、折本のこんなセリフで一発で消し飛ばされてしまう。

 まさかこの空気の中でこう来るとは、想像の斜め上すぎだろ……

 

 

「なにカッコつけてんの? ばっかじゃないの?」

 

 

× × ×

 

 

 え? なにカッコつけてんの? って言ったの? ばかじゃないの? って言ったの? この子。

 

 嘘だろ? ちょっと自分でも恥ずかしくなるくらいに熱く語っちゃってたのに、そう来るとは思わなかったからどんな顔すりゃいいのか分かんねぇよ。

 だからたぶん相当間の抜けた顔で折本を見てるんだろうが、こいつはそんなのお構い無しに続ける。

 

「比企谷が言ってんのはさ、一人で生きてる人間の理論じゃん。別にあんたが一人っきりで生きてんなら、それでもいいと思うよ」

 

「……は? なにいってんだお前。俺はいつだって一人だ」

 

「……どこがよ。比企谷にはちゃんとあんたと一緒に笑い合える子がいんじゃん」

 

 そんな奴、俺に居るわけねぇだろ。そう言おうとしたのに、それを口にすることは出来なかった。本当は解ってしまっているから。

 

「……あたしさ、比企谷のこと、昔とか超つまんない奴って思ってた」

 

 は? この流れでいきなり八幡ヘイトが始まるの? ちょっと会話の流れがおかしくないですかね。

 

「でもさ、人がつまんないのって、結構見る側が悪いのかもね」

 

 突然の八幡ヘイトでかなり面食らったのだが、折本がつまらなそうにそう言うのを聞いて、ああ、これは別に単なる悪口じゃないのね、と、折本からの次のセリフを大人しく待つことにした。

 

「さっき比企谷と再会して一緒に遊んでたらさ、中学んトキと全然違って見えた。さっきも言ったけど、比企谷って面白い奴だって思った。それこそ、友達になるのはアリかもって」

 

「……」

 

「そんな、ついさっき再会したばっかで、ついさっき比企谷って面白いって思ったばっかの、比企谷のことなんて全然理解してないあたしでさえ、さっきのあんたの行動がすっごい痛々しかったのよ。ちょっと苦しくなったのよ。……だから」

 

 ここまで言われてしまったら、もう折本の次のセリフは大体予想ができる。

 ああ、そういうことか……。相模を責めた後に腹がむかむかしてたのは……

 

「……比企谷のことをもっとちゃんと理解してる人が居たら、あんたのやり方でその子が傷ついちゃうんじゃないの? もし雪ノ下さんが今の比企谷と同じ行動取って、今の比企谷と同じようにこんな所で力なく座りこんでるとこ見ちゃっても、比企谷はそんなこと言えんの?」

 

「……だな」

 

「……でっしょお? それに今の比企谷ならさ、雪ノ下さん以外にもそんな人が他にもいんじゃないの? ……あんたが一人でそんなカッコつけたこと言って、またこんなことやってたら、いつか遠くない未来にその人たちを傷つけちゃうんじゃないの? だからいくら比企谷が自分は犠牲なんかになってないってカッコつけたって、比企谷を見る周りの人から見れば、それは間違いなく犠牲でしかないのよ」

 

 どうしたって頭を過るのは、雪ノ下の、由比ヶ浜の悲しげな顔。

 別に友達なんかでは無い。単なる部活仲間でしか無いはずのあいつらは、俺のこんな姿を見たら傷つくんじゃないだろうか。

 少なくともあいつらがこんな姿を晒していたとしたら、それを見る俺はたぶん傷つくだろう。

 

 

 ──誰も傷つかない世界──

 

 

 なんのことはない。誰も傷つかない世界なんてどこにも存在しちゃいない。

 雪ノ下たちだけじゃない。小町だって戸塚だって、俺のこんな姿を見たら面白いわけねぇんだよな。

 

 信じらんねぇな……こんな簡単なことを教えてくれたのがよりにもよって折本とか、正直傷ついちゃうわ。

 あ、結局俺も傷ついちゃったよ。

 

 でもまぁ、なにカッコつけてんの? なんてズケズケ言ってくる、デリカシーの無い折本だからこそ、さらには上から目線でもなんでもない、俺とは全く無関係の折本だからこそなのかもな。格好良いとか格好悪いとか、外側から見たそんな単純な感想だけで気付かせてくれたのは。

 たぶん葉山辺りに「それは犠牲だ」なんて、上から目線で勝手に価値観を押しつけられたんだとしたら、俺はこうは思えなかっただろう。

 

 て考えると、意外とこういう存在ってのも人間関係にはアリっちゃアリなのかもな……と、なんかちょっと悔しいけど折本を感心しかけていた時だった。不意に折本が、歯を見せてにひっと笑った。

 ともすれば折本らしい笑顔なのかもしれない。しかしその笑顔には、どこか陰があった。

 

 

「……なーんてね」

 

 

 そう言った折本の表情はさらなる陰を帯びる。

 楽しければなんでもいい。そう、いつもノリと勢いだけで生きているような折本のその寂しげな笑顔は、俺の折本に対する勝手なイメージの押し付けがまだあるのだという事を教えてくれているようだった。

 

 

× × ×

 

 

「……やっばい、あたし比企谷に『人の気持ち考えたほうがいい』的なこと超偉そうに語っちゃってたけどさ、そんなのあたしだけには言われたくないよねー……」

 

 ……つい一瞬前までの自信に満ち溢れていた笑顔の持ち主と同一人物とは思えないくらいの寂しげな笑顔に、俺はなんと答えていいのかよく分からない。

 なにも答えられずにいる俺に、折本はさらなる告白を続ける。

 

「あたしさ、思ったことズケズケと言っちゃうタイプじゃん? 学校の友達と話してる時とかにたまに言われんのよね。「かおりってホントなんでもズケズケ言うよね」って、笑顔でさ。……でもその目は笑ってないっていうね」

 

「……」

 

「で、そのたびに『……あ、これまたやっちゃったかな……』ってその場では反省するんだけど、翌日にはその友達もいつも通りに話し掛けてくるから、なんかよく分かんなくなっちゃってさ、結局また繰り返しちゃうんだー。だから多分あたしって、無自覚に人傷つけちゃってると思うんだよね。……昔とか、多分比企谷のことだって傷つけちゃってたよね」

 

 ……そうか、こいつはデリカシーもなく無差別に人を笑ってるのかと思っていたが、やっちゃったあとは結構反省してんのか。

 まぁ反省は一切生かされてないけど。

 

「そんなあたしにそんな偉そうなこと言われても〜、って感じだよねー……」

 

「……いや、別に」

 

 ……まぁ、そりゃそんな気持ちは無くはない。だけど今回に関して言えば、間違いなく教えられたわけだしな。

 

「それに、それだけじゃないんだよね。さっき比企谷が相模さんに暴言吐いてたときのことだけどさ、アレだって、たまたま先に比企谷と再会して、比企谷って面白いヤツ! って認識を持ててない状態であの現場に遭遇したら……、もしくはあたしが相模さんと友達だったとしたら……、多分あたしはあの子たちとおんなじように比企谷を糾弾してたと思う。相模さんにある非とか見向きもせずに」

 

 

 ……そういうことか。なんで折本は俺に相模一派みたいな感情を抱かないんだろうかと思ってはいたが、同じ事象でも見る角度が違えば、景色は全く異なるものになるってことか。

 少なくとも折本は相模よりは俺のことを知っていたから、その場の空気に流されずに、客観的に物事を見渡せたってわけだ。

 

「だから色々考えちゃったんだよね。友達ってなんだろ? って。……あたしさ、今までは特に深く考えもしないで、自分が楽しいと思えた人と友達になれたらいいな……って、そんでそうやってたくさん友達作って、友達がたくさん居ればもっと楽しくなんだろうなー……って思ってた」

 

「……」

 

「……でもさ、今日はホント分かんなくなっちゃった。……あんだけつまんないと思ってた比企谷が、実はこんなに面白いヤツだったし、普通に友達関係を作ってたかもしんない“ああいう子たち”の間違った行為を客観的に目の当たりにしちゃって、しかもあたしだって立場が違えばあの中に居たかもしれないし……とか、それなのに比企谷にあんな偉そうなこと言っちゃったりだとか……」

 

 

 ──折本かおりは無神経で無配慮のデリカシーのカケラもない女。

 都内の有名私立進学校の鞄という『ブランド』を見せびらかし、その多くの友達とのつながりさえも『ブランド』なのだろう。

 サバサバ系を自称してサバサバってもんを勘違いして、そのサバサバした自分格好良いと周りに見てもらう為に自分を演出してるクソ女。

 

 再会してしまった時、俺が咄嗟に折本に抱いてしまった勝手なイメージの押し付け。

 

 

「……友達ってなんなんだろ……? やっぱさ、あたしって踏み込みすぎなのかな。……ちゃんと一歩引いて、細心の気を遣って、表面上で付き合うべきなのかなー……」

 

 だが、無遠慮で無配慮に誰彼構わずあれこれと話しかけ、壁を取り払おうと努めて砕けた態度で接する折本の姿は、正しく友達になろうとするそれなのかも知れない。

 多分、折本にとっての友達は『ブランド』ではなくて、もっと違う意味合いを持っている気がする。

 そもそも昔の事を振り返れば、俺のような奴にさえ等しく声をかけてきた奴だ。とてもじゃないがブランド思考が強かったら、俺になんか声をかけたりしないだろう。

 

 いかに俺が偏見でイメージを押し付けてしまってたってのがよくわかる。

 だって、いま目の前で寂しそうに苦笑しながら、緩いパーマのかかった髪をくしゃりと撫でている折本の痛々しい姿を最初に見ていたら、そんな印象を持つことなんて出来なかっただろうから。

 

「ま、いいんじゃねぇの?」

 

「……へ?」

 

 確かにそうは思っても、それでもやはりこいつは俺にとっては未知の生物であることには変わりないし、ぶっちゃけ苦手な部類なんだろう。

 だがひとつだけ言えることは、なんか調子狂うんだよな、折本のこんな顔。あんまり見ていて気持ちの良いもんじゃない。

 だからまぁ俺は俺なりに少しくらい慰めてやりますかね……なんて、柄にもないことを思ってしまった。

 

「確かに折本は無遠慮無配慮無神経の、デリカシーのカケラも無いどうしようもない奴だ」

 

「え、なに? いきなり悪口!?」

 

 どうやら慰めようと思って口から出た第一声は酷い悪口だったみたいです。

 俺こういうの向かな過ぎだろ。

 

「ま、まぁ待て、こっから盛り返すから」

 

「なにそれウケる」

 

「いやウケねぇから……。で、だな、確かに親しき中にも礼儀ありとは言うが、相手に気を遣いすぎて言いたいことを何も言えないような仲なら、そんなの友達って言えんの?」

 

「……そりゃそうなんだけど」

 

「俺の知り合いにもひとり居るんだよ。友達だって言ってるわりには、その友達とやらに気ばっか遣って空気ばっか読んで、言いたいことなんか何も言えないで悩んでた奴が」

 

 今でこそ自由奔放のおバカだが、そういやあの頃のあいつも、たまに今の折本みたいなツラしてたっけな。

 

「……へぇ〜」

 

「でも色々あってな、今じゃ言いたいこともちゃんと言えるようになって、少なくとも昔みたいに薄っぺらい関係ではなくなっている」

 

「そーなんだ……」

 

「だからまぁ、薄っぺらいグループにはお前みたいな奴も意外と必要なんじゃねーの? 要は薄っぺらい関係のままで良しとするか、壊れる覚悟を持ってしてでもお前らしく行くかだろ。……薄っぺらな関係じゃなきゃ、いずれお前の無神経なセリフに真剣に忠告してくれる奴だって出てくんじゃねぇの?」

 

「そっかぁ……」

 

 そう言って折本はうんうんと何度も頷く。

 まるで今の自分がそうなれた姿を想像しているかのように、少し嬉しそうに遠くを見て。

 

「それにアレだ。ズケズケ言って反感持たれてハブられたとしたって、そりゃ折本の単なる自己責任で済むしな」

 

「……せっかくいい感じだったのに、いきなり投げやりすぎでしょ」

 

 冷めた目で一瞥されちゃいました。なんかあまりにも折本が真剣に耳を傾けすぎてくれてて、ちょっと照れ臭くなっちゃったみたいです、僕。

 また捻デレとか不名誉な通り名つけられちゃう!

 

「どうせ学生時代の友達(笑)関係なんて薄っぺらなもんなんだしな。無理に自分を抑えつけないで、その薄っぺらな中から一人や二人くらいでも、長いこと付き合っていける友達見つけりゃいいんじゃねぇの?」

 

「うん、うん……そっかそっか……」

 

「まぁ俺友達居ないから知んないけど」

 

「ぶっ! ……それだけ色々言ってくれてんのに、最後の最後で他人事なの!? ウケる!」

 

 

 すっかりと薄暗くなってしまった夕方の屋上で、俺のくだらない持論の披露でようやく折本らしくけたけたと笑いだしたのを見て、不思議と俺の顔まで緩んでしまうのだった。

 

 

× × ×

 

 

「あんがとね、比企谷。なんかスッキリした。あたしはあたしだもんね。へへっ、やっぱ今まで通りのあたしで行こうかな」

 

「いやお前の場合もう少し遠慮とかした方がいいからね? 特に、親しくない人とかにはもっと気を遣ってね?」

 

 ホント一切親しくない俺とか雪ノ下イジるのとかやめてね? マジで死んじゃうから。主に俺が。

 アレ、まだ雪ノ下だったからギリギリセーフだったけど、もしあれが陽乃さんとかだったら大事故になっちゃうからね? 俺が。

 

「よいしょっと」

 

 そんな、あったかもしれない未来に思わず身震いしていると、不意に折本が立ち上がった。

 てか俺からの重要な忠告ちゃんと聞いてたのん?

 

「あのさ、比企谷」

 

「あん?」

 

「そういえば中学んとき、あたし比企谷に告られたじゃん?」

 

「……」

 

 ちょっと待って? それどこにどんな脈絡があんの? 新手のいじめ? ちょっと女子の話の飛び具合には男子ついていけないんですけども。

 

「やっぱさ、比企谷と付き合うって無理だなー」

 

 なんなの? このいじめ時空を超えちゃったの?

 

「いや、別に今頼んでないんだけど……つーか急になに言ってんの?」

 

「だってさー、いくら比企谷に正当性があるって言ったって、いきなり女子に暴言吐いて泣かせるとか、普通彼氏があんなんだったら耐えられないでしょー」

 

 ……はい。その点に異を唱えるつもりはありません……

 

「……でもさ、さっきも言ったけど、友達としてならアリかな。ウケるし」

 

「だから頼んでねぇって…」

 

 すると折本は、まだ座ったままでいる俺に向けて、すっと右手を差し出してきた。

 

「ねぇ、比企谷! あたし達さ、友達になんない?」

 

「……はい?」

 

「友達としてならアリって言うか、ぶっちゃけ今の比企谷とはこっちから友達になりたいと思う。比企谷ならあたしのダメなとことか遠慮なく突っ込んでくれそうだし。どう!?」

 

「いや、やだし。なんか超面倒くさそう」

 

「拒否が即答すぎウケる!」

 

「いやマジでウケないから……」

 

 あまりにも突然の折本からの友達になってください発言に呆れていると、この女、勝手に俺の右手を取って無理やり握手させやがったんだけど……

 やばい温かい柔らかいいい匂い。

 

「でも残念ながらあたしはあたしらしくさせてもらうねっ。比企谷が言ってくれたんだから」

 

 おい、そのあとの親しくない人への礼儀発言は聞いてなかったのかよ聞いてないですよね分かります。

 

「てなわけで、今あたしと比企谷友達になったから。ひひっ、よろしくねー」

 

「ちょ……」

 

「あ、やっばい……! あたし千佳待たせたまんまじゃん! んじゃあたしもう帰るから。あ、今度連絡するからねー、じゃねー」

 

 

 …………ふぇぇ、どうしよう。なにも言葉が出ないよぅ……てか言葉を発する隙さえ無いよぅ……

 

 

 

 ニコニコ笑顔で手を振りながら屋上を去っていく折本を呆然とただただ眺める。

 ようやく本日最大の嵐が過ぎ去ってくれたというのに、これからさらに巻き起こりそうな嵐を思うと頭が痛くなる。

 

 

 これからの文実の後始末を考えなきゃならない気の重さや、せっかくの雪ノ下たちのライブを観られなかった無念さは胸にくるものがあるというのに、それなのになぜだか折本という最大級の嵐が去ったあとの俺の心は、まるで台風一過のように晴れ渡っていたのだった。

 

 

 

続く

 




ありがとうございました!

今回は至るところで原作のあの名シーンを前倒しにしてみました。
葉山との言い争いシーンを折本としてみたり、クリスマスイベントでの折本のシーンだったり。

この折本があの屋上のシーンを目撃すれば、クリスマスイベントでの八幡に対する見方の変化がより強くなるかなぁ?と。

一応ここまでで文化祭編が終わりということで、次回からは友達編?かな?
とりあえずここまでは早く書きたかったので早めの更新にしましたが、次回以降はゆっくりまったり更新する予定ですのでよろしくお願いいたしますm(__)m



今回途中の八幡のモノローグ(友達がブランド云々とかその辺)は、別に私の妄想とかではなくて、ご存知の方はご存知かと思いますが、俺ガイル続 特典小説2巻に出てきた八幡のモノローグです。シチュエーションが違うので多少違いますけども。

つまりifな特典小説とはいえ、クリスマスイベントを経た八幡は、冬休みでの折本との再会でこんなことを思っていたわけなんです。
再会当初やダブルデート(笑)時はあれだけクソみたいに言っていた折本なのに、クリスマスを経て折本を以前よりもちゃんと見られるようになった八幡は、ここまで考え方を変えたわけですね。
原作者の渡航さまが、特典小説とはいえわざわざこんな描写を書いたということは、渡航さまも折本はそんなに悪い奴じゃないんだぜ?と読者に伝えたいのかな?とも感じました(^^)


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