あたしと比企谷の友達Diary   作:ぶーちゃん☆

3 / 28
日記3ページ目 過去の自分を振り返れば

 

 

 

「くくっ……」

 

 見事なまでのオーケストラ生演奏の幕が閉じ、拍手喝采や感嘆の声が、波のようにざわざわと入り乱れる体育館。

 あたしは、そんな騒つく空間において、一人だけ別の思考を思い浮かべて噛み殺した笑いを漏らす。

 

「やー、凄かったね! 特にあの指揮者の人の存在感が凄かったぁ!」

 

「くくくっ……」

 

「……ってちょっとかおり聞いてんの? あ、あれかー! 次はついに葉山くんのバンドだもんねー。超楽しみー」

 

「え? あ、うん」

 

 ありゃ、どうやらあたしが思い出し笑いに精を出している間に、千佳が大興奮で話し掛けていたみたい。

 

「聞いてる聞いてるー」

 

「……嘘つけ」

 

 じと〜と湿った眼差しを向けてくる千佳の顔が、なんだか妙にウケる。

 

「……ちょっとあんた、人の話ぜんぜん聞いてなかったくせに、今わたし見てウケるとか思ったでしょ……」

 

 ぶっ! 千佳ってばなかなか鋭いな。てかあたしが顔に出過ぎなのか。

 

「……さっきの、比企……比企…………くんのこと思い出して笑ってたんでしょ」

 

 比企くんって誰!? ウケる!

 まぁさっき雪ノ下さんが色んな呼びかた……引きこもり谷くんとか? してたから、イマイチ覚えてないんだろうな。

 

「んー、そうそう。なんかあいつ面白かったな〜……ってさ」

 

 

 比企谷八幡。あたしの中学時代の同級生。

 別に仲が良かったわけでもないし、ホントに同級生という呼び名以上でも以下でもない、単なる知り合い。

 まぁ単なる知り合い以上の事をされたことはあるけども、それは今はまだいいや。

 

 

 とにかく、あたしは中学時代に、今みたいに特に比企谷の事を意識したことなんてない。ぶっちゃけ、つまんない奴だって思ってたし。

 つまんない奴なんだけど、クラスでも結構浮いてる奴だったけど、例えクラスの中心人物な人気者だろうとクラスで影が薄い奴だろうと、人によって態度を変えるのはあたしの信条に反するから、みんなの中の一人、クラスメイトの一人として、他のクラスメイトと変わらず接していた。

 

 

 なんにせよ、別に友達になりたいとか思ったこともないくらい面白くない奴で、今日みたいにたまたま再会しなかったら、たぶん思い出すことも無かった程度の存在。

 だったはずなのに、なぜだか今日たまたま再会した比企谷は、なんていうか……面白かった。今の比企谷なら、友達になってもいいかもねって思うくらいに。

 

 

『ねぇ、比企谷ー。昨日のM-1見た? 超ウケたよねー』

 

『え? え? …………あ、うん! ちょ、超ウケた超ウケた! め、滅茶苦茶笑えたよなっ……!』

 

『……あー、うん』

 

 記憶の隅に打ち捨てられていた、あの頃の数少ない比企谷との記憶。

 

 ホントは別に見てないくせに、だから笑えもしなかったくせに、あいつは無理にあたしに話を合わせようと、キョドりながら、嫌な愛想笑いを浮かべて必死に取り繕ってたっけ。

 だからあたしは比企谷はつまんない奴だって思ってた。愛想笑いして無理に取り繕ってまで話を合わせようとされたって、ぜんっぜんウケないっての……

 

 だからさっきはかなりビビった。

 

『あたしてっきり文化祭デート中かと思ってた! ウケる」

 

『ウケねーから……』

 

 あたしの発言に、あいつが浮かべた表情はあの頃の嫌な愛想笑いなんかじゃなくて、あたしをバカにするような呆れ顔だった。

 無理に合わせた作った顔なんかじゃない。心底嫌そうだったあの半目の表情は…………うん。超ウケた。気持ち悪い愛想笑いなんかより、遥かにずっと気持ち良かった。

 

 それだけじゃなくて、いつも女子に話し掛けられてはキョドってばっかだった比企谷が、あんな美少女と当たり前のように普通に会話してたことも気になった要因のひとつ。

 雪ノ下さんは比企谷に事あるごとに辛辣な物言いをしてたけど、その時の雪ノ下さんの表情と比企谷の表情を見てれば誰にだって解る。

 あれは、お互いに気を許しあってるからこその微笑ましいやり取りなんだってこと。

 いや、まぁ微笑ましいにしては、若干比企谷のメンタルが削られ過ぎな気はしたけども。あははっ、ウケる!

 

 

 だから比企谷って変わったんだなぁ……って、面白い奴になったんだなぁ……って思ったんだけど、でも少し、心のどこかにモヤモヤしたものがある。

 

 

 ──ホントにそれだけ? 比企谷を面白く感じたのは、ホントに比企谷が変わったって思ったからだけ?──

 

 

 って。

 あれだけつまんないと思ってた比企谷を、たった一〜二時間一緒に居ただけでこんなにも見方が変えられたのは、根っこの部分では比企谷の変化よりも、むしろあたし自身の考え方の変化によるものなんじゃないのかな。つまんないと思って、そこで思考を停止させちゃってたあたし自身が、ちゃんと比企谷の本質を見てなかっただけなんじゃないのかな。よく分かんないけど。

 

「……んー」

 

 ……やっぱ今与えられた情報だけじゃよく分かんないや。

 悩んだなら即行動! それがあたしの信念だし、だったらやっぱもう一回比企谷に会ってみよう。分かんないんなら、分かるまで話してみりゃいいじゃん!

 

 

 ──そう、ようやく少しだけスッキリした時のことだった。

 不意にあたしの視界に飛び込んできた光景。それは、体育館の舞台袖から、まさに今あたしの思考を支配していた人物が、真剣な表情で体育館の出口へと駆けていく姿だった。

 

 

× × ×

 

 

 あたしは比企谷のことなんて全然知らない。

 でも、今の真剣な顔はなにかあったとしか思えない。それくらいは解る。

 

「ごめん、千佳! あたしちょっと用事出来ちゃった!」

 

「え!? は!? 嘘でしょ!? ……ライブは!? もうすぐ葉山くんのライブ始まっちゃうよ!?」

 

「それは千佳に任せた! 超楽しんでねー!」

 

「……えぇぇえ……」

 

 なんでか知んないけど、どうしてもそっちが気になってしまった。

 まぁそもそもあたしは葉山くんのライブにそこまで関心がなかったらこそ、さっきまで比企谷の態度思い出して笑ってたんだけどね。

 

 

 比企谷を追うように体育館から飛び出したあたしだけど、そこにはもう比企谷の姿はどこにもなかった。

 

「はっや……」

 

 なんなのあいつ! さっきまであんなにかったるそうにダラダラしてたのに、いざ走ると意外と速かったりすんの!?

 

 意外……か。そういえば、意外とか思えるほど、あたし比企谷のことなんて知んないや。

 あ、でもそーいや昔、比企谷ってなんかスポーツテストの表彰とかされてたことあったっけ。

 

 普段目立たない奴がいきなりスポーツで表彰とか、妙にハマってクラス中でウケてたけど、今にして思えば、なんにも理解してなかった奴の意外な一面を見たつもりになってウケてたとか、なんかレベル低かったよなぁ、当時のあたし達って。

 

 

 ……おっと、感慨に耽ってる場合じゃないや。どこ向かったか分かんないけど、一応適当に探してみようかな。見つけられたらラッキー! くらいの気持ちで。

 しばらくいろんな場所、いろんな教室を適当に走っては覗き、走っては覗きを繰り返してはみたものの、さすがに見つかるわけないかー……

 

「……あ」

 

 そう言えば唯一の情報持ってたじゃん、あたし!

 

『あら、紹介してあげればいいじゃない。一応クラスメイトなのだから』

 

 そう。確か比企谷は葉山くんとクラスメイトだって言ってた。

 つまり、あのトンデモ演劇やってた教室に向かえば、少しは発見できる確率上がっかもしんないじゃん!

 

 

 そして記憶を頼りにあの教室へと走り、そこを曲がればすぐ先が目的地だったはず、と思ってたところで、

 

「あ、愛してるってなんだよぉぉっ!? ば、ばかぁぁ!」

 

「ひっ!?」

 

 いきなり絶叫が聞こえてマジ死ぬかと思った。

 あたし「ひっ!?」とか言っちゃってんの! ウケる!

 角を曲がると、なんか真っ赤になった美女が、ポニーテール振り乱して「うぁぁぁあぁぁ」とか悶えてる。

 なに!? と一瞬心配になったんだけど、比企谷らしき後ろ姿の人物がその廊下の先を曲がるのを発見したあたしは、ポニーテールには悪いんだけど全力でスルー。ごめんね? ポニーちゃん。

 てか比企谷、この子になんかしたの!? ひひっ、あいつますます謎が増えるばかりで俄然興味が湧いてくるなー。

 

 

 そして比企谷が向かった方向に目を向ける。どうやらこの棟とは別の棟へと渡る連絡通路らしい。

 すでに比企谷の姿は無いものの、とりあえずあたしも別の棟へと渡ってみた時だった。上の階の方からバタンと重々しい音が聞こえたのは。

 

「屋……上?」

 

 この学校の造りは良く分かんないけど、学校の……てか建物の上に待っているのなんて、全国共通で屋上くらいしか思い浮かばない。

 

 果たしてそこには上へと続く階段があった。

 その階段は普段使われていないのか、段ボールとか色んな荷物で溢れ返っていてとても歩きづらい。

 でも人一人が通る隙間くらいはあるから、それを縫うように慎重にのぼっていき、ついにこの追跡劇のゴール地点の踊り場へ、屋上へと続く扉の前へと到着した。

 そしてその声が聞こえたのだった。

 比企谷ともう一人。女子生徒の言い争うような声が。

 

 

× × ×

 

 

「あ? そう言う問題じゃねぇだろ。お前の持ってる集計結果の発表とかいろいろあんだよ」

 

「別に、集計結果だって、集計し直せばよかったのに。みんなでやればそれくらい……」

 

「無理だよ。この時間帯にそんな暇な人員はいない」

 

「じゃあ、集計結果だけ持ってけばいいでしょ!」

 

 まったく関係ないどころか学校さえも違うあたしにはよく分からないけど、どうやら文実の仕事のことで揉めてるらしい。

 なんか、たぶんだけど女の子の方が仕事をボイコットしてるっぽい。しかも、かなり重要な役割を……

 だから文実だって言ってた比企谷が、あんなに必死になって走り回ってたわけだ。

 

「葉山くん! こっちこっち! ここが女子の間ではわりと有名な屋上の出口なの!」

 

「うん。早く行こう」

 

 葉山くん? あの葉山くん? もしかしたらライブを終わらせた葉山くんもこの事態に駆け付けたのかな。

 

「あ、やば」

 

 階段を駆け上がってくる三つの足音に我に返る。

 こんなトコで他校の生徒が盗み聞きしてるのなんて見つかったら、たぶんかなりイタいわよね。

 

「……お、よし! あれだあれ」

 

 徐々に近づいてくる足音に若干焦りながらも、あたしは踊り場に置かれた段ボールの裏にこそっと隠れた。

 と同時に、葉山くんと二人の女の子がすぐ脇を通過して、屋上への扉へと吸い込まれていった。……やー、き、危機一髪だったわ〜……

 

「ここにいたのか……捜したよ」

 

 三人が屋上に出ていった瞬間、さっそく葉山くんがボイコットしたであろう子に優しく声を掛ける。

 

「葉山くん……。それに、二人とも……」

 

 姿は見えないけども、ボイコットちゃんは比企谷と言い争いしてた時とはまったく違う声色でそれに答える。

 いささか安心したかのような、それでいて作ったかのような声。

 

「連絡取れなくて心配したよ。いろいろ聞いて回って、一年の子が階段上っていくのを見かけたって言うからさ」

 

 やっぱり葉山くんも比企谷みたいに捜しに来たんだ。

 葉山くんは、なるべくボイコットちゃんを刺激しないように、優しく穏やかに語りかけている。

 

 それからも、葉山くんと二人の女の子は、心配してたんだよ? 大丈夫だから! みたいなニュアンスで、なんとか説得を試みようとしてる。……けど。

 

 んー……でもそれはどうなんだろ。

 あたしはめんどくさい女って苦手なんだけど、このボイコットちゃん……相模さんとやらは、多分そのカテゴリーに入る女の子だ。

 

「相模さんのために、みんなも頑張ってるからさ」

 

 葉山くんのその一言が引き金になったのか、相模さんが気まずそうに重い口を開く。

 

「けど、みんなに迷惑かけちゃったから合わせる顔が……」

 

 あー、やっぱりかぁ……

 こうなると一筋縄じゃいかないよ? めんどくさい女ってのは。

 まぁあたしもそういう子とは友達だから付き合ってるけど、たまに疲れる時あんのよね。

 

「大丈夫だから、戻ろう」

 

「うち、最低……」

 

 自分でやらかして、でもそれを慰めて欲しいめんどくさい系の定番のセリフがその口から出た時だった。葉山くん達が屋上に出ていった時からずっとだんまりを決め込んでいた比企谷が、はぁ〜……と深い溜め息と共に口を開いたのは。

 

そしてその口から出てきた言葉はとても至極まっとうで、そしてとても辛辣で……

 

 

「本当に最低だな」

 

 

× × ×

 

 

 うち、最低。自分で自分を蔑んだ以上は、本来であれば本人もそう言われるのを望んでいるはずの一言。

 でも誰しもが知っている。それは、こう言っている本人には掛けちゃいけない一言だと。こう言っている本人が、自分に掛けられるわけがない一言だと。

 

 でも比企谷は当然のように掛けた。その禁断の一言を。

 たぶんその一言を発した本人以外、全員硬直しているであろう空気の中、比企谷は易々と言葉を紡ぐ。

 

「相模。お前は結局ちやほやされたいだけなんだ。かまってほしくてそういうことやってんだろ? 今だって『そんなことないよ』って言ってほしいだけなんだろうが。そんな奴、委員長として扱われなくて当たり前だ。本当に最低だ」

 

「なに、言って……」

 

「みんなたぶん気づいてるぞ。お前のことなんてまるで理解してない俺が分かるくらいだ」

 

「あんたなんかと、一緒にしないでよ……」

 

「同じだよ。最低辺の世界の住人だ。よく考えろよ。お前にまったく興味のない俺が、一番早くお前を見つけられたら。……つまりさ、……誰も真剣にお前を捜してなかったってことだろ? 分かってるんじゃないのか、自分がその程度の…」

 

 完全部外者なあたしでさえ、思わず耳を塞ぎたくなるような厳しく辛辣な比企谷の独白。

 このまま永遠に続いてしまうのかと錯覚しかけた時、恥ずかしいくらいにあたしの身体がビクリと震えた。

 ドンッ! と鈍い音を放って、壁になにかが打ち付けられたから。

 

 

「比企谷、少し黙れよ」

 

 

 ──ああ、そうか。葉山くんが比企谷を止めたのか。

 比企谷の襟首とか掴んで、壁に打ち付けたんだ。

 

「葉山くん、やめよ? もういいから! そんな人ほっといて行こ? ね?」

 

 険悪な空気が辺りを支配する中、葉山くんにそう言って争いをやめさせたのは、よりによって火種の中心……火種そのものの相模さん。

 ……そんな人ほっといて、か。

 

 葉山くんと比企谷の争いが済むと、今度はその火種を慰める二人の女の子が比企谷を口々に罵倒し、そして泣き崩れそうになっている火種の両脇を抱えながら屋上を去っていく。

 その泣き崩れそうな子は、なんだかまるで自分が悲劇のヒロインといった風体だったのが、あたしをなんとも言えない気分にさせた。

そして……

 

 

「……どうして、そんなやり方しかできないんだ」

 

 

 三人の女子が立ち去ってから、苦し気に葉山くんが比企谷に掛けたその一言が、さらにあたしの心をざわつかせる。

 

 

 

 

 そして誰も居なくなった。

 ……いや、屋上には確かに比企谷が一人取り残されている。

 でも、身動きひとつしない、言葉も一切発しない無音の比企谷の存在感が、つい今しがたまでぐちゃぐちゃだった屋上との対比で、まるでこの場所に誰も居なくなってしまったかのような錯覚を胸に抱かせるのだ。

 

 

 

 ──比企谷…………さすがにこれは無い。さすがにこれはウケないわ……

 

 

 そしてあたしは……静かに屋上の扉を開けるのだった。

 

 

 

続く

 





今回もありがとうございました!



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。