あたしと比企谷の友達Diary   作:ぶーちゃん☆

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前回は折本の自由っぷりがなかなかに予想外だったようで、久しぶりにたくさんの感想をいただいてしまいましたヽ(´▽`)/ワーイ
1話にして40件以上もの感想をいただいたのは短編集のルミルミと香織以来です(笑)
すげー嬉しかったです!ありがとうございました♪



そして先に謝罪しておきます。
ま、まさかこんなことになるだなんて……え?知ってた?(白目)





日記26ページ目 友達Diary

 

 

 秋風が舞い踊る京都駅の屋上に現れた少女。

 彼女は風に揺らぐくしゅっとした緩いパーマの黒髪と制服の短いスカートを押さえて、俺のもとへゆっくりと歩いてくる。

 

「……ちょっと比企谷、足見すぎ。まーたあたしのパンツ見たいの?」

 

「ば、ばっか、みみ見てねーし」

 

 だってそんなにスカートが暴れてたら目が行っちゃったってしょうがないじゃない、だって男の子だもの。

 見てんじゃん。

 

「ウケる」

 

 だからジロリと冷めた目でウケるって言われても恐いだけですから。

 

 

 と、別に折本はパンツの話をしたくてこんなとこに呼び出したわけではない。当たり前だろ。

 

 話というのは、もちろん昨夜の件だろう。

 

 そしてその話をしたかったのは俺だって一緒だ。新幹線の時間までそんなに無いことだし、俺は自分から本題を振ることにした。

 別に太ももに目が行っちゃってたことを誤魔化すわけではないのである。そう、決して。

 

「……つーかお前なぁ、なんつう事してくれんだよ……ゆうべ超大変だったんだからな」

 

 そう、昨夜は本当に大変だった……なんていうのかな、あ、そうそう、死を覚悟しちゃったレベル。

 そんなツライ思い出が顔に出たのだろう。折本はそんな俺の顔を見やり、ニヤァっといやらしい笑顔を浮かべた。

 

「へへー! ど? ど? 上手く行った?」

 

 こいつ……なんでそんなに楽しそうなんだよ。

 

「だから大変だったっつってんだろうが……。お前、あれから俺がどうなったか分かる? 戸部にワケ分からんこと言われて尊敬されちゃうわ葉山に友達になろうとか言いかけられるわ、最終的には雪ノ下と由比ヶ浜に『あなたのやり方、嫌いだわ』とか『人の気持ち、もっと考えてよ! バカヒッキー』とかって鬼のように責め立てられて、一時間以上竹林で正座で説教だぞ……? あ、思い出しただけでも頭いてーわ……」

 

 ……いやホント、あれは死ぬかと思いましたね。

 しかも言うつもりはさらさら無かったのに、雪ノ下の誘導尋問に引っ掛かって海老名さんの裏依頼の件がバレて、キレた由比ヶ浜が海老名さん呼び出して、そこからまた二人で正座で一時間だからね。

 

 

『姫菜のバカぁ! だったら最初っからあたしにも相談してよ! ……ぐすっ……あ、あたし……そんな相談されたくらいでっ……ひぐっ……姫菜との付き合い方なんて……変えたりしないし……! もっと……あたしのこと……あたしと優美子のことっ……信じてよぉ……!』

 

『ごめんね、結衣……私……もっと……二人のこと信じてみるからっ……』

 

『う、うぇぇ……あたしこそごめんねぇ……! あたしだって姫菜の気持ちも考えないで、勝手にとべっちの応援しちゃってさぁ……』

 

『そんなこと無いよー……ごめん……ごめんねぇ……結衣〜……っ』

 

 

 ま、最終的には二人して泣きながら本音をぶつけあって抱き締めあってたけれど。

 

 たぶん今回の件で、海老名さんは俺と誰かさんの関係のように、少しずつ、ちょっとずつ本音で友達と語り合っていけるようになるのではないだろうか。これで本当の意味で三浦グループの一員になれるのだろう。

 

 そして雪ノ下も、泣きじゃくって友達と抱き合う親友を優しく見守っていた。

 その瞬間、この修学旅行での厄介な依頼は、誰も傷つくことなく無事幕を下ろしたのだ。

 

 

 ──誰も傷つかない世界の完成──

 

 

 あの日俺が求めていた厨二全開の結末は、俺なんかじゃない、折本の手によって本当に完成したんだな。

 

 あ、そんなこと無かった。だって俺あのとき傷だらけだったもん。

 だってさ? 冷たい道路の上に正座させられてんのに、そんなイイハナシダナーな百合百合空間を前にして完全に風景と化してたからね、俺。

 ずっと思ってましたよ。ねぇ、もう帰っていい? って。恐いから言わなかったけど。

 

「ぶっ! あはは! マっジでー? あー、ちょー見たかったなぁ。く、くくく……ちっ……竹林の灯籠のっ……あ、淡い灯りに照らされた正座姿の比企谷っ! ヤバい超シュール! ウケる!」

 

 過呼吸気味で腹を抱えて笑う折本。

 これ外だからこれですんでるけど、部屋に二人きりとかだったら、ベッドの上とかで文字通り笑い転げるんだろうな。

 

「……アホか、マジでウケねぇから。……ったくよ」

 

 ちっ、と舌打ちして苦々しく折本を睨めつけてやると、しこたま笑って満足したらしい折本がふーと息を整えて、いきなりギロリと睨み返してきた。

 

「……あのさー比企谷ー」

 

 え、なに? つい今しがたまで爆笑してたとは思えないような低い声に、俺はびくぅっとたじろぐ。

 

「……勘違いされると困るから一応言っといてあげんね。……あたし、こう見えて結構怒ってんだけど」

 

「すみません」

 

 即座に謝罪してしまいました。だって超こえー。

 

 いや、確かに恐かったんだけど、謝ったのはそれだけが理由ではない。

 折本が何に怒っているのかなんて明白だし、ここに呼び出されたのだってそれが理由だと思っていた。

 

「……なんなの? あれ……。あたし比企谷に言ったよね、ああいうのもうやめようよってさ。……もしあの時あたしが乱入しなかったら、今頃どうなってたかくらい、今の比企谷なら分かるよね」

 

「……ああ」

 

「……嘘とはいえ、目の前で大切な人が他のヤツに告って惨めに振られる姿なんて見せつけられたら、傷ついてるとこなんて見せられたら、周りがどんだけ傷つくか分かるよね」

 

「……ああ」

 

「あれ見てさ、雪乃ちゃんと結衣ちゃんが……ううん? ……あたしがどんだけ胸が苦しかったか、あんたに分かる……? あたし、超つらかったんだからね……?」

 

「……すまん」

 

 乱入なんかしてこないで、あのまま疎遠にされたっておかしくない程の愚行だった。むしろこうして話してくれるのが本当に有り難い。

 

「……ホントすまん……あー、言い訳でもなんでもなくてだな……さっきの憎まれ口も舌打ちも、なんつーか照れ隠しみたいなもんであってだな……本当はお前にちゃんと言っときたかった……。その……本当にすまなかった。あと、無茶苦茶ではあったが、まぁ……その……マジで助かった。……ありがとな」

 

 こういうのは俺らしくなさすぎて、恥ずかしくて仕方なかったが、心からの謝意と謝罪を折本に届けた。

 本当はこんなんじゃ全然足りないくらい感謝しているけれども、それでもこのどうしようもなく捻くれた俺にしては、まぁ及第点ではないだろうか。

 

 そんな俺の言葉を受け取ってくれた折本は、先ほどまでのムッとした顔などどこへやら、途端に太陽のようににひっと笑う。

 

「なーんだ、ちゃんと分かってんじゃーん。まっ、分かっててやっちゃうからタチが悪いんだけどねー」

 

「う、面目ない」

 

「ぷっ」

 

「くく」

 

 そして笑い合う二人。

 ああ……良かった。もうこうして笑い合えないかもしれないなんて、多少なりとも覚悟していたから。

 ホント、いつから俺はこんなに幸せ者になったのやら。

 

「いひゃい!?」

 

 と、ひとり幸せを噛み締めていると、突然頬っぺたに激痛が走った。

 

「ちょっと比企谷ー……? なに笑ってっかなー。あたしまだ許してないんですけど」

 

 あれ? まだ許してもらえてたわけじゃなかったのん? ちょっとフライングしちゃったぜ。

 俺の両頬をむにっと引っ張って再度睨みつけてくる折本を涙目で見つめていると、こいつはまるで、悪戯をした子供をめっと叱る母親のような優しい怒り顔で俺に問う。

 

「もう、あんなことしない……?」

 

 子供かよ。いや、子供よりタチが悪いクソガキでしたね、すみません。

 

「……おうひまひぇん」

 

「え、なんて?」

 

 いやいやこれじゃまともに答えられませんて。

 そう目で訴えると、ようやく頬を解放してくれた。いてて。

 

「……もうしません」

 

 そう答えた俺に、折本は冷めた目で予想外の切り返しをする。

 

「嘘だね。大バカ比企谷がああいうのをそう簡単にやめられるわけないじゃん」

 

 えぇぇ……じゃあなんて答えれば正解だったんだよ……

 あれでしょ? やめられないって言ったら言ったで物凄く怒られちゃったんでしょ? じゃあなに答えても怒られちゃうんじゃん。詰みゲーかな?

 

 あまりの理不尽な切り返しに愕然と立ちすくんでいると、折本はふっと優しい笑みを浮かべて、俺の胸に拳をとんっと当てる。

 

 

「だからね、あたし決めたんだ。比企谷はそう簡単に変わんないって分かったから、だったらあたしがずっと隣に居てあげる。もしまた比企谷がバカな真似でもしようものなら、ゆうべみたいに無理やり軌道修正したげる。へへー、小町ちゃん言ってたじゃない? あたしが比企谷の人格形成を手伝ってあげるよ、ちょースパルタでねっ」

 

 そう胸を張ってニカッと笑顔を見せる折本は本当に魅力的だった。

 俺は昨日諦めかけたというのに、もう折本とは一緒にはいられないかもと思ったのに、でもこいつはずっと隣に居てやると、自信満々に宣うのだ。

 俺には本当に過ぎた友達だよ、お前は。

 

「へっ、そりゃ恐えー。……でもまぁ、なんだ……確かに恐えーけども、少しだけ頼りがいがある、かもな。……マジで良かったわ。お前みたいな友達が居てくれて。……なんつーか、俺の友達で居てくれてありがとな」

 

 ……っぐぉぉ! 超恥ずかしいなこれ……!

 なにが友達て居てくれてありがとな……だよ、俺の馬鹿野郎。どこの葉山さんだよ気色わりー。

 

 こんなのは本当にキャラじゃない。似合わなすぎだろ。

 ……だけど、それでも言わずにはいられなかった。伝えずにはいられなかった。俺なんかの隣に居てくれると胸を張って宣言してくれた、この素敵な笑顔の女の子に、この心からの気持ちを。

 だから恥ずかしかろうが死んじゃいそうだろうが、俺は言ってやった。恥ずかしくて相変わらず顔は逸らしっぱなしだけれど。

 

 こんな歯の浮くようなセリフを口にしてしまったあとってのは、一体どんなツラを向ければいいんだろうか?

 たぶん折本も嬉しそうな笑顔を向けてきてくれてるだろうから、俺からも笑顔を向ければいいのだろうか。

 この羞恥にまみれた心で笑顔を向けるとか、マジでこれどんな罰ゲームだよ。

 

 それでもやはり俺は折本の笑顔が見たい。俺なんかの言葉で顔を綻ばせてくれるこいつの笑顔を。

 

 

 

 ……俺は逸らした顔を折本に向けた。

 たぶん赤々と燃え上がっているであろう情けない顔を、無理やり、力ずくで。

 そこには満面の笑顔……ではなく、呆れ果てた顔の折本さんがいらっしゃいました。あっれー?

 

 

「はぁぁぁ〜……」

 

 

 さらに追い打ちをかけるかのような深い深い溜め息。

 

 おかしいな……どうしよう、予想してたのとかなり違うぞ?

 どうしていいか分からずおろおろと出方を窺う事しか出来ないでいる俺に、折本はやれやれと面倒くさそうに口を開く。

 

「比企谷ー、なに言ってんの? あたし比企谷の友達じゃないんだけど」

 

 衝撃的事実! なんとまさかの絶縁宣言?

 いや、まぁ確かに絶縁を言い渡されてもおかしくないことはしましたけど、この空気の中でまさか絶縁されるとは……絶望した。

 

 しかし次の瞬間、絶望に打ち拉がれている俺の左腕がとても柔らかくて温かいなにかに包まれる。

 その物凄く柔らかい二つのマシュマロの甘くて優しい香りに、俺の心臓がばくばくと踊りだす。

 

「ちょ、おい、折本さん?」

 

「ホント比企谷って比企谷だよねー。あたし達はもう友達じゃないでしょ? あたしと比企谷はもう……恋人だよ。ウケる」

 

 その温かくて柔らかい何か……まぁつまりは俺の左腕に抱きついてきた折本は、そう言ってパチリとウインクするやいなや、艶やかで形のいい唇を俺の頬に押し当てるのでした。

 

 

× × ×

 

 

 この世に生を受けて早十七年。

 そんな長いようで短い十七年の人生の中で初めて味わったあまりにも幸せな感触に、俺の思考は完全にフリーズする。

 

 なんだよこの幸せ過ぎる感触。まるで絹のように滑らかで、それでいて僅かな湿り気を帯びている。

 例えるなら、そう。ぬるい蒟蒻ゼリーを頬っぺたに当てられたみたいな?

 ……例えが酷すぎるだろ。だって仕方ないじゃない、こんな経験ないんですもの。

 

 わずか数秒間の夢見心地に酔い痴れていると、そんな夢見心地を与えてきた加害者たる折本は、俺からすっと離れると真っ赤に染め上げた顔をニヤニヤさせて、俺の様子を上目遣いで覗き込んでくる。

 

「なっ、おま……! な、なんてことすんだよ……」

 

「だぁって仕方ないじゃーん。こーでもしないと、ヘタレな比企谷はゆうべの重要なお話を思い出しそうもないんだもーん」

 

「……別に、忘れてるわけじゃねぇから」

 

 そう、忘れるわけがない。あんな衝撃的な展開を。

 そして折本がなにを言わんとしているのかが分からないわけがない。

 

 そんな事を考えていると、あまりにも突然の攻撃に混乱していた頭もようやく落ち着いてきた。

 もちろん未だ頬に残る柔らかい感触の記憶にドキドキしっぱなしだけれども。

 

「だがあれは、あくまでもあの場を上手くやりすごす為の方便だろ。……あれで一旦はやり過ごせたわけだし、別に今後もあれに付き合ってくれることはない」

 

「いやいや駄目でしょ。だってあれで上手く行ったって事は、戸部くん達はあたし達が恋人だと思ってるって事でしょ? じゃあこのままあれを通さなきゃ色々とバレちゃうじゃん」

 

「そんなのは学校が違うんだから問題ない。……あんな真似してまで助けてくれた折本にはマジで感謝してるが、だからこそこれ以上お前に迷惑かけらんねーよ。いくら俺を助ける為とはいえ、折本ひとりが犠牲になってもいい謂われなんかないだろ」

 

 

 そう。一見誰ひとり傷つかず、誰ひとり犠牲にならないで済んだかのように見える昨夜の出来事だが、実はひとりだけ犠牲になっている。

 いくら戸部達がもう関わらない他校の生徒とはいえ、折本は俺なんかの彼女だと思われてしまったのだ。

 これが犠牲ではないなんてことは、絶対に言えない。

 

 確かに折本は俺を大切な友達だと本気で言ってくれている。

 でも友達としての好きと恋人としての好きとはまるで別物だ。

 

 折本のようなリア充が俺みたいなのと付き合ってるだなんて思われてしまうのは、他者からの評価はマイナス評価でしかない。

 だから、そもそもが俺の愚行の末に起きてしまったどうしようもない結果に、これ以上大切な友達を付き合わすわけにはいかないのだ。

 

「犠牲、ねー」

 

 すると折本はやれやれと首を横に振ると、またも盛大に深い深い溜め息を吐き、恨みがましく俺を睨め上げる。

 

「……ほんっと、比企谷って比企谷だよねー、マジでウケる。……ったく、なんのためにあんな死ぬほど恥ずかしい思いして、わざわざ頬っぺにちゅーまでしてあげたと思ってんの? あの展開で、あたしが犠牲になったとか迷惑かけられてるとかマジで思ってんの? …………比企谷はさ、あたしが友達を助ける為だからって、好きでもない奴の彼女のフリする女とか思ってんだー。超ショックなんですけど」

 

「……へ?」

 

「比企谷ちょー勘違いしてっから。あたしはそんな器用な性格でもなければ、そんな不実な女でもないからね?」

 

 え、それってどういう意味だ? だってそれって……

 

「……ったく、あんなに色々とお膳立てしてやったのに、わざわざこんなこと女子に言わせないでくんない? ……マジで比企谷ってどうしようもないよねー……ま、比企谷だし? こうなる事くらい分かってたけどさぁ……」

 

 独り言でも呟くかのように不機嫌そうにブツブツ文句を言うと、次の瞬間には普段のこいつからは想像出来ないような真剣な眼差しで、真っ直ぐに俺を見つめてくる。

 その瞳は次第に潤みはじめ、その頬は次第に朱色に染まりはじめた。

 

 そして折本は髪をいじったり制服の着崩れを直したりしてゆっくりと姿勢を正すと、んんっ! と咳払いをひとつ。

 はぁぁと深く深く息を吐き出し、微かに震えるぷるんと艶やかな唇を開く。

 

 

「……あたしはね、比企谷のことが好き。大好き。てかちょー好き。 ……あたし、いつの間にか比企谷のこと、信じらんないくらい好きになってた。……もちろん友達としてじゃなく、異性として」

 

「……」

 

 ……不安そうに、でも確かに吐き出された熱い告白。あまりのことに、俺は言葉を発する事が出来ない。

 なんだこれ、夢かなんかか……? 折本が、俺のことが、好き……? 嘘だろ……?

 

 放心状態の俺をよそに、折本は恥ずかしそうに頬をぽりぽり掻きながらも、さらに言葉を紡ぐ。

 

「……マジで笑えるよねー。だってさぁ、あたしが比企谷にこんなに惚れちゃうとか信じらんなくない? ……でもさぁ、これがまたホントなんだよね、困った事に」

 

「……」

 

「ヤバい、あたしこういうの初めてだから超照れんだけど! やー、なかなか恥ずかしいもんなんだね、好きって気持ちを相手に伝えんのって……」

 

 髪を撫でたりスカートを摘んだりと、この上なく恥ずかしそうにもじもじと身をよじる折本なのだが、こいつはやっぱり凄い。こんな状態にも関わらず、こいつは一度として俺から目を逸らさないのだ。

 情けないことに、むしろ俺の方が羞恥に耐えきれずにさっきから目を逸らしてばかり。

 

「比企谷と再会してさ、そりゃ最初はどーなのこいつって思ったよ? 女の子罵倒して泣かせるわ捻くれてるわ目は腐ってるわ。……でもね、一緒に居たり話したりしてるうちに、あんたの優しいとこもお人好しなとこもそういうしょーもないとこも、全部ひっくるめて全部好きになってた。好きだからもっと一緒に居たいし、もっと笑い合っていたいってマジで思ってる」

 

「……おう」

 

「だから」

 

 そして折本は勝気に微笑む。偉そうに胸を張り、俺の鼻先にピシィっと人差し指を差して。

 

「言っとくけど、比企谷がなんと言おうと、あたし……別れてあげるつもりないから」

 

「……ちょ、ちょっと待て、別れるもなにも、別に付き合ってるわけでは……」

 

「はぁ? なに言ってっかなー。比企谷ゆうべ言ったよね? 「よろしくお願いします」って。あの時点であたし達、間違いなく交際スタートさせてっかんね?」

 

 ……あれは言ったというか言わされたといった方が正しくない?

 

「……なにその目。もしかして比企谷、あたしに嘘吐いたの……?」

 

 じと〜っと睨んでくる折本に抗う事など出来るだろうか? いいえ、出来るわけありません。

 

「い、いえ、そんなこと無いでしゅ……」

 

 恐くて噛み噛みになる俺の情けない返答に満足したのか、折本は腕を組んで「そーでしょそーでしょ」とうんうん頷く。

 大丈夫? これ、外堀埋められてませんかね。

 

「言っとくけど、もうあたし宿に帰ってから千佳たちに報告しちゃったんだからね? 比企谷と付き合う事になっちゃったー! って」

 

「は? お前……マジかよ」

 

「ひひ、あったりまえじゃ〜ん。だってあたしの初めての彼氏だもん。そんなの嬉しくって即報告するに決まってんじゃんっ。……それともなに? もしかして比企谷さー、あたしに「初めての彼氏に半日で振られちゃった〜……」って千佳たちに報告させる気だったりすんの? さすがのあたしだってそんなん恥ずいし、マジでそのつもりなら海浜に来て千佳達の前で一緒に報告してもらうからね」

 

「」

 

 やっぱ埋められちゃってんよ(白目)これもう逆らいようがなくない?

 

 あまりの猛攻に愕然となり、戦々恐々と顔を引きつらせていると、そんな俺の顔を見た折本が突然表情を曇らせ、弱々しくぽしょりと呟いた。

 

「……あたしが彼女じゃ……やっぱ嫌……?」

 

 ぐぅっ、なにこのギャップ、反則過ぎんだろ……

 

「べ、別に嫌じゃねぇけど……」

 

「ウケる!」

 

 こ、この野郎ぉ……してやったりの悪戯な笑顔が、どうしようもなくウザ可愛いと思えちゃう今日この頃です。

 

「あははごめんごめん、嘘嘘。いくらなんでも嫌がる比企谷を無理やり彼氏にしちゃう気はないって。もし本当に嫌なら、千佳達には自分で言うから」

 

 なんだよ嘘かよビックリしたわ。

 でもさっきも言ったけど、別に本当に嫌ではないんだよ? 絶対言わんけど。

 

「ま、ダメならダメでも、それでもあたしはやっぱり比企谷の隣にずっと居るつもりだけどね。だってあたしが離れちゃったら、まーたしょうもない事しでかしちゃいそうだもんね、このバカは」

 

 そう言って笑う折本の笑顔から目が逸らせない。

 

 折本かおり。こいつは俺が折本の気持ちを拒絶したとしても、それでも俺から離れないと宣う。

 これは、一歩踏み出す事によって大切なものを失ってしまうかもしれない事を恐れ、答えを出せずに逃げてばかりの俺への優しさであり厳しさだ。

 ──大丈夫だよ? 一歩踏み込んできても、あたしはぜったいに離れてあげないからね──こいつは俺にそう言ってくれているのだ。

 

 

 なんつう格好悪さなんだろうな、俺。羞恥と恐怖を堪えて心の内をぶつけてきてくれている相手に、さらにこんな風に気を遣わせるのかよ。

 ……だからこそ逆に思う。この素敵な女の子に、本当に俺なんかでいいのだろうか……? ここまで言ってくれているのに、未だその気持ちを信じきれていない……そんなの一時の勘違いなんじゃないのか? なんて思ってしまっているどうしようもない俺なんかで。

 

「……とかなんとか偉そうに言ってみても、やっぱあたしとしてはさ、比企谷を友達じゃなくて彼氏にしたいんだよねっ。だから悪あがきするね。………これ、持ってきた」

 

 こんなに真っ直ぐな気持ちを正直にぶつけてきてくれる折本に対して、どうしようもなくダメダメな俺がまたも下らない逃げの思考に頭を支配されていると、不意に折本はそう言って鞄をごそごそし始める。

 

「お、あったあった」

 

 その様子をただ眺める事しか出来ないでいると、折本の手から俺の手元に何かが差し出された。

 

「はい、これ」

 

「なんだ……? ノート……?」

 

「そ」

 

 そう。それは一冊のノート。

 こう言っちゃなんだけど折本らしくないというかなんというか、ピンク色の可愛らしい一冊のノート。

 そしてそのノートの表紙には、折本の字でこう書かれてあったのだ。

 

 

「……友達、ダイアリー……?」

 

 

× × ×

 

 

 ダイアリー……つまりは日記だ。だからこれは折本の日記帳という事になる。

 

 ……なぜこのタイミングで日記を渡されるんだ? そして友達日記ってどういう意味だ? この時代にまさかの交換日記でもあるまいし。

 そんな疑問符が頭上に浮かびまくっていたのだろう。折本はこの日記についての説明を始めてくれた。

 

「あたしね、こんな性格だから今まで日記なんて書いたこと無くってさー、書いてみても精々三日坊主。千佳とかにも『かおりは女子力が欠如してんだから、たまには女の子らしく日記でも書いてみたらー?』とかさんざん言われてたんだよね。てか女子力欠如とか酷くない? 超ウケる」

 

「……」

 

「でもね、比企谷と友達になったあの日から、せっかくこんなに面白い事があった記念日だしなぁ……って事で始めてみたんだー。そしたら意外や意外、なんの苦もなくこの二ヶ月間毎日書けたのよ。内容は比企谷がバカ過ぎてウケるだとか比企谷とこんな話して楽しかっただとか…………今日は比企谷からなんの連絡も無かったなぁとか……あいつ元気にしてるかなぁとか……ホント比企谷関連の事だけの、まさにあたしと比企谷の友達ダイアリー」

 

 

 俺と折本の友達ダイアリー……か。マジでこいつらしくないな。まるで年頃の女の子みたいじゃねーか。

 いやいや、そんなこと言ったら怒られちゃうけども。

 

 

「その日その日に、思ったこと感じたことをつらつらと書き殴っただけの日記。もちろん誰にも見せるつもりなんか無いし、自分で読み返す気も無かったくらいに、ホント思うがままに自由に書いてた」

 

 ……でもね? と折本は恥ずかしそうにはにかんで言の葉を続ける。

 こっからが本番だからね! と言わんばかりに、力強く、ハキハキと。

 

「比企谷に惚れてるって自覚したくらいにね、一度最初から読み返してみたんだよね。ぷっ、そしったらさー! なにこれ!? って思ったわけよ。今まで何の気なしに思うがままに書いてただけの日記なのに、改めて読み返してみたら、あたし比企谷の事ちょー好きでやんの! って思っちゃったわけ。……だってさ、日に日に比企谷に対しての想いが強くなってってるのが、手に取るように分かんだもん、これ。超恥ずいっての」

 

 そう言ってやはは〜と照れくさそうに頬を掻く。

 ちょ、ちょっと……? こっちの方がよっぽど恥ずかしいんですけど……?

 

「あたし部屋でひとりで恥ずかしさに悶えまくっちゃったよ。これヤバくない!? ってさ、ウっケる」

 

 ……いやいや、マジでウケないですから。

 こんな話を聞かされてる俺の方がマジヤバいですから。

 そしてその書いた本人が悶えてしまうような日記を俺に渡した意図ってなに? なんか嫌な予感しかしないんですけど。

 

「……だからね、」

 

「お、おう」

 

「比企谷に、これ読んで欲しい」

 

「いやなんでだよ」

 

 無理無理無理! マジで嫌な予感通りだった。あの折本が悶えるような内容の日記、俺が読めるわけねぇだろが。

 

「えー、いーじゃん」

 

「……いや、あのな? そもそも日記ってのは、他人に読ませる為に書くもんじゃねぇだろ? 書いたことないから知らんけど」

 

 あれ? 絶対許さないリストとか黒歴史ノートって、日記とは違うよね? よね?

 

「そんなもん俺に見られてもいいのかよ……普通嫌だろ」

 

 もし黒歴史ノートなんて誰かに見られでもしたら、たぶん俺生きていけないよ?

 ちなみに絶対許さないリストを見られたら、違う意味で生きていけません。主に雪ノ下だけには見られるわけにはいかない。

 

「ま、まぁ、ね? これを比企谷に読まれてるとことか想像したら……うん、超悶える。死ぬほど恥ずい。たぶん恥ず過ぎて笑いが止まんなくなっちゃうレベルかも」

 

 笑いが止まんないのはいつものことだろ。

 

「……まぁ……? 逆に考えたら、これ読んで悶えてる比企谷を想像したらマジでウケるし、……うん、じゃあプラマイゼロだ」

 

 これ読んだら俺が悶えちゃうことは確定ですかそうですか。絶対読みたくない。そして俺にはマイナスしかないじゃん。

 そんな葛藤から、俺は手渡されかけているこのノートを押し戻そうと必死なのだが、敵もさる者、やはりそう簡単には行かないらしい。

 今度は直接ギュッと俺の手を取って無理やりノートを握らせる。やばい折本の手がすべすべで柔らかくて気持ちいいです。そんな邪なこと考えてる場合じゃねぇだろ、煩悩退散。

 

「……確かにちょー恥ずいし、確かにちょおっとだけ嫌かもだけど……それでもね? やっぱ比企谷にはこれ読んでもらいたいって思う。あたしの気持ち、ちゃんと知ってもらいたい」

 

 そう言う折本の顔は真剣そのもの。強い意思を感じる二つの目から、俺は顔を逸らす事が出来ない。

 

「……だってあれでしょ? どうせ比企谷はあたしの気持ち聞いて、またしょうもない事とか考えちゃってんじゃないの……? 俺なんかでいいのか? とか、俺と付き合ったって折本は幸せにならない、とか…………こんな感情は勘違いだ、一時の気の迷いだろ、とかって、いかにも比企谷らしい、ホンっトしょうもない事をさ」

 

「……」

 

 ……ぐうの音も出ないとはこの事だ。なんだよ、全部お見通しかよ。やっぱ敵わないな、こいつには。

 

「だからこそ読んで欲しい。この日記は、別に比企谷のこと異性として好きじゃない頃から始まって、二人の時間を過ごす度に段々と惹かれていって、そんでベタ惚れになっていくまでの過程が、あたしの気持ちが全部書いてあるから」

 

 そして握らされたノートを持つ手が、折本の温かい手のひらに、ギュッと強く包み込まれる。

 

「これ見たら、いくら捻くれてるどうしようもないヤツだって、もう勘違いだなんて……一時の気の迷いだなんて……そんな下らないこと口が裂けたって言えなくなるから。だからもう自分を卑下して、あたしの言葉の裏とか読まなくてもよくなるから。ちゃんと気持ちが真っ直ぐ伝わると思うから。…………だから、これは比企谷が持ってて。……これは、比企谷にあげる」

 

 ……これはもう抗いようがない。ここまで言われて、こんな風にすべてをぶつけられて、受け取らないなんて選択肢が選べるわけ無いではないか。

 ……こんなのずるいだろ、折本。

 

 

 だがしかし、それはそれとして、今こいつはおかしな事を言った。確かに受け取らざるを得ないかも知れないが、さすがにそれはおかしいでしょ?

 

「……は? い、いや、あげるって……」

 

 いくらなんでも、あげるというのはおかしい。言い間違い……?

 

「ん? なんか変? だからこれはあげるって言ってんだってば」

 

 全然言い間違いじゃなかった。

 

「だってこれはもうあたしには必要の無いものだし、あたしの気持ちの全部だから、比企谷に持っててもらいたいかなって」

 

「え、いや、だって……え? 必要ない……?」

 

「へへー、だってたぶんこれ読んだら比企谷はもう逃げらんないだろうし、……そしたらさ? もう友達ダイアリーは必要ないじゃん? ……だって、」

 

 すると折本はふふんと鼻を鳴らし、お得意の勝ち気な笑顔で堂々と胸を張ったのだ。

 お前、よくこんな恥ずかしいセリフをそんな迷いの無い笑顔で言えるよね。

 

 

「ひひっ、今日からは、恋人ダイアリーを付け始めなきゃね」

 

 

 こんな恥ずかしいセリフ、俺には言うどころか聞くだけでも耐えられませんわ。

 

 

× × ×

 

 

 どこまでも自由気ままな折本にまたもや赤面させられていると、こいつは突然「あー!」と大声を張り上げた。

 なんだよ、まだなんかあんのかよ……もうノックアウト寸前っすよ。

 

「やっば! 忘れてた! もうこんな時間でやんの、また千佳に怒られちゃうじゃん!」

 

 どうやら意外と時間を食いまくっていたらしい。

 折本は昨日のグループ行動を俺達と過ごしてしまったから、自由行動の今日こそは仲町達との時間を大切に過ごす約束だったのだろう。スマホを見ると、俺も新幹線の時間が結構ヤバいっぽい。

 

「ごめん比企谷! あたしもう行くから」

 

「……お、おう」

 

 こいつはホントすげぇな。ついさっきまであれだけ恥ずかしいやり取りしてたってのに、早くもいつも通りの折本かおりに戻ってやがる。

 呆れを通り越して、もう尊敬の域に達するわ。

 

「じゃねっ、先に千葉に帰って待っててねー。帰ったら答え聞かせてもらうから、ちゃんとそれ読んどくよーにっ」

 

「……はい」

 

 マジかよ……これ本当に読まなきゃダメなのん? 悶え死んじゃいそうなんですが。

 残念ながら手元に残ってしまった日記帳を辟易と眺めていると、手をぶんぶん振りながら元気に走り去っていく折本が、最後にとんでもない爆弾を全力で投げつけてきやがった。

 

 

「あ、そーそー比企谷ー。まぁ答えなんてとっくに出てるだろうけど、一応保険としてもうひとつあたしのセールスポイント教えたげんねー! あたしもこう見えてお年頃の女子高生だしー? なんだかんだ言っても、やっぱそれなりにエロい事とかにも興味がないわけじゃないしー? ……へへー、だからあたしを彼女にした暁にはー! 比企谷の大好きなラッキースケベとかし放題だからねーっ! ヤバいちょーウケるんですけど!」

 

 お得意のからかい笑顔で外階段を降りていく折本は、そんなとんでもないセリフを叫んで消えていった。

 

 ……あ、あいつマジでアホだろ……し放題って……

 そもそも合意の上で事に及んだら、それもうラッキースケベじゃありませんし。

 あいつまだまだラッキースケベのなんたるかを分かってねぇな。かなり心惹かれちゃったけど。惹かれちゃったのかよ。

 

 

 

 

 

 ──こうして俺のとんでもない修学旅行はついに幕を閉じた。

 そういや色々ありすぎて、小町へのお土産御守り以外買ってねぇや。

 あ、でもあの子、一番のお土産はお兄ちゃんの素敵な思い出話だよ♪ とかアホなこと言ってたっけ。

 

 

 ……思い出話、ねぇ。ごめんよ小町。とてもじゃないけど小町に話せるような思い出話は、お兄ちゃんには用意出来なかったよ。

 話せないのは思い出話だけじゃなくて、この手元に残ってしまったアレなアレもだけれど。

 

 

 

 比企谷八幡十七歳の修学旅行。

 千年の都に訪れたはずの俺の心と手元に残った思い出は、熱い告白と未だ頬に残る柔らかい感触、そして……一冊の友達Diary。

 

 

 

 

 了

 

 

 

 

 

 ──そしてエピローグへ……

 







あ、ありがとうございましたm(__;)m


いや違うんですよ。今回でエピローグまでいけちゃう予定だったんですよ。

でも本編が思いの外ながくなってしまい(一万超えるとは思わなかった……orz)、それでもエピローグは2000〜3000文字くらいで終わるだろ……と楽観して書いていたら5000文字過ぎてもまだ終わらなそうなご様子……(汗)

これじゃ20000文字超えちゃうじゃないかっΣ( ̄□ ̄;)と戦慄した為、諦めて先に投稿しちゃった次第であります(白目)



エピローグもほぼほぼ書き上がってるので、たぶん明日か明後日には真の最終回をお届けしますね☆


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