やってきました修学旅行! 長い長い昨日という一日を耐えぬいて、ついにあたしは人生初の京都へと降り立ったのだ。
「やっと着いた〜。やっぱ長時間新幹線でジッとしてるとか性に合わないかもー」
「いやあんた一切ジッとなんてしてなかったからね……?」
「ウケる」
呆れ果てた冷たい目を向けてくる千佳を無視して、あたしはついキョロキョロしてしまう。
やー、こんなトコに居るはず無いってのは分かり切ったことなんだけど、地元からこんなにも遠い地に、偶然にもあたしとあいつがちょうど同じタイミングで居るんだ〜って思うと、ついつい辺りを見渡してしまうのも仕方の無い事だと思う。思うよね?
「あのねかおり。とっても言いづらいけど、こんなトコに比企谷くん居るわけないかんね?」
「言いづらいどころかはっきり言い過ぎウケる! てか別に比企谷探してたわけじゃ無いっての。ただ初めての京都を楽しんでただけだってば」
「……あんたそれ無理あるからね? 新幹線のホーム楽しんだってしょうがないでしょうよ……。やれやれ、まぁそれならそれでいいけど〜」
なにこいつムカつくー。千佳のヤツ、あたしが比企谷に惚れてるかもって相談してから、あからさまにあたしをいじるようになったんだよね。
……あれ? もっと前から比企谷関連でいじってきてたっけ? ……んー、ま、いっか。
でも今はいじるにしてもちょっと不機嫌そうだな。
「まぁ比企谷くんが大切なのは分かるけど、わたし達はわたし達でちゃんと修学旅行楽しむんだかんね!?」
「……はぁい、ごめーん」
なんかすっごい怒られちった。
そりゃそうだよね。せっかくの修学旅行なのに、いつまでも比企谷比企谷言ってたら千佳にもみんなにも申し訳ない。
いや、別にあたしは比企谷比企谷言ってないんだけどね? 千佳が勝手に勘ぐってくるだけだし。
いや、あたし的にはそうでも、せっかくの修学旅行で親友にそう思わせてしまっている時点であたしの負けか。
だからここからは比企谷のことはサッパリ忘れて、友人達と過ごす初めての旅行を、思う存分楽しむとしようじゃないか。
× × ×
結果的に言うと無理でした。
違うのよ。別にあたしは比企谷のこと考えてるつもりなんて全然ないのよ。
でもさ? あたしの意志とは無関係に勝手に体が反応しちゃうんだから仕方なくない? 意志とは関係なしに体が勝手に反応とか、なんかエロくてウケるんですけど。
駅を出てからバスで清水寺へと向かう。
盆地という特殊な地形により千葉よりもずっと寒い晩秋の京都。そんな紅葉シーズンも終わりかけの京都の街並みをぼんやりと眺めながらも、知らず知らずあたしの目は猫背の男の子を探してしまう。
清水寺へと向かう長い長い階段を、友人達との下らない雑談で笑い合い息を切らしひたすら歩きながらも、あたしの目は自然と両脇に永遠と続く土産物屋さんの軒先に、ボサボサの頭を探してしまう。
「舞台から飛び降りちゃう!?」「いぇ〜い」なんてお決まりのバカな軽口を飛ばして清水の舞台から恐る恐る崖下を覗き込みながらも、同じように崖下を覗き込んでいる人たちの中に、どんより腐った目の男の子を探してしまう。
──これは本格的にダメなやつだ。山崎まさよしリフレインし過ぎでしょ……ちなみにその度に千佳からの愛のチョップを頭に食らいました。
そんなに頭ばっか攻めないでくんない!? ハゲちゃったらどーしてくれんのよ。それはかなりウケないからね。だってもしハゲちゃったら比企谷に嫌われ……って、こんな下らない妄想中でさえまた比企谷か〜……参ったね、これは。
「ホラかおり行くよ? 総武は昨日クラス行動済ませたんだから、比企谷くんが居るわけ無いっしょ?」
「だ、だからぁ、別に比企谷探してたわけじゃ…」
「はいはい。ほら〜、あっちで集合写真撮ろうとしてんじゃーん! 早く行かないとあんた不在の卒アルになっかんね!」
「うわやっば……!」
いつまでも撮影に参加しにこないあたし達におかんむりな担任を上手く宥めつつ、グッと親指を立てて集合写真をパシャリ。
うん。一応自分では素敵スマイルなナイスショットが撮れたんじゃないかな? って思ってるんだけど、この記念の一枚に写ってるあたしの笑顔は、心の中まで写ってしまっているだろうか?
……もしも全部を写っちゃってるのだとしたら、その写真の中のあたしが見てるのは、レンズじゃなくてその先にある人ごみの中なのかもね。
× × ×
「ねーねー、かおりの旦那も京都来てるってマジ〜!?」
「うっそ、マジで!? 超見てみたいんですけど!」
「あー、わたしも見たーい」
「ちょっと待って!? 別に旦那じゃないから!」
一日目の観光を無事に終えたあたしは、宿での食事を美味しく頂いたあとの自由時間、部屋でグループの友達とガールズトークに花を咲かせていた。
いやいや、これ全然花咲いてないよね? 完全にいじられてるだけなんですけど。
「またまたぁ。しっかしアレだよねー。あんだけ男っ気なかったあのかおりが惚れちゃうとか、マジ旦那ってどんなヤツなのー?」
「ね! それわたしも気になってたんだぁ! やっぱ超イケメンなんでしょ!」
「あー! ま、まさかあの葉山くんじゃないでしょーね!? こないだ千佳と一緒に遊んだんしょ!?」
グループの子たちは……うん、なんか色々と知っている……
なんでかって、それは今まさにちょっと遠巻きからこっちを超によによ見てる千佳が、勝手に喋りまくっちゃうからだろう。
あんのバカ……!
「ちょっと千佳! なんであんた離れてニヤニヤしてんの!? 千佳がベラベラ喋っからこんな目に合ってんでしょうが!」
「いやいや、別に千佳だけの問題じゃないから。あんたが教室であんだけデカい声で騒いでりゃ、みんな聞いてっからね?」
「へっ?」
ぐぬぬっ……! あたしてっきり千佳のせいかとばかり思ってたら、まさかの自分のせいでした。
しかも知ってるのはグループの子たちだけじゃないっぽい。なにこれ、下手したらクラス中知ってんの? ウケる! ……全っ然ウケないから。
「ちょっとかおりー、勝手にわたしのせいにしないでくんなーい? 今日はみんながご本人様に色々と聞きたそうだったから、わたしは邪魔になっちゃわないようにこっちで楽しませてもらってるからね〜」
……楽しむってなによ。 ったくしゃーないな〜……
「……はぁ〜。別に葉山くんじゃないから。……あとさ、旦那じゃないって言…」
「えー! じゃあマジでどんな男なのー?」
人のはなし聞いてよ……
「ほれほれ折本〜、You答えちゃいなよー! あたし達、この日の為に聞くのずっと我慢してたんよ〜?」
うっざ……!
今まで自分の恋愛トークとは無縁だったから、こういう被害者の気持ち知んなかったけど、まさかこういうときの女友達がここまでウザいとは盲点だった……
そうとは知らず、誰かの恋バナとなるとニヤニヤとズケズケ聞きまくってた過去のあたしを殴りたい。
「ねーねー!」「ほれほれー!」「ヘイヘ〜イ!」
──いぃやぁぁぁぁ!
なんなのこいつらの素敵な笑顔、マジでムカつくんだけど!
だぁぁ! じゃあもうなんでも話してやろうじゃない! 折本かおり舐めんなよ!?
「……比企谷八幡! これがあたしの好きなヤツの名前……! おな中で二年トキに一度だけ同じクラスになったヤツ……! あと何度も言ってっけど旦那どころかまだ彼氏でもないかんね……!」
ぐぅ〜……! なにこれ超ハズいんだけど!?
千佳ひとりに言うのと、みんなの前で発表すんのとはワケが違うんだけど。てかこの部屋暖房効き過ぎでしょ!
「……んでね、別にあんたらが考えてるようなイケメンとかじゃ全然無いから。……ってかどちらかと言えば真逆なんじゃない……? たぶん女子の十人中九人は、比企谷見てもどうでもいいやって思うようなヤツだと思うよ。いや、まぁ見ようによっては結構格好いいし……? あたしは格好いいと思ってるけど……?」
あたしの想い人がイケメンじゃないと知って興味を失ってくれるかなー? って思ったけど、どうやら全然そんなこと無いようだ。
むしろ興味沸いてるっぽいんだけど。なんで?
「目はどんよりと腐ってるし、だらしない猫背とセットとは無縁のボサボサ頭がホント残念なヤツでさー。しかもカゲ薄すぎて学校ではぼっちでやんの! しかも性格も悪くてさ、ちょー捻くれてんのよねー! 普通にリア充爆発しろとか言うしさ。……ま、そんなどうしようもないとこが母性本能くすぐるっていうか? なんつうか可愛かったりとかすんだけど?」
こいつらの恋バナに対してのハイエナのような貪欲さが面倒くさいから、さらに興味を失うように結構酷いことばっか言ってるんだけど、なぜかこいつらは俄然興味深々。マジでなんで?
「で、まぁその捻くれっぷりがホント半端なくってさ、自分と家族以外の他人なんてどうでもいいって感じなんだよね。……そのくせ、そんなどうでもいいとか言ってる他人の為にバカみたいに奔走しちゃってさ……ホント分かりづらいんだよね、あいつの優しさって。そんな不器用な優しさを見てると、胸がキュッと締め付けられちゃうっていうかなんというか……すっごい好きなんだなぁ、とか思う」
最初はこいつら相手に恋バナなんてしたくないと思ってたのに、いざ色んなこと思い出しながら比企谷のこと話してたら、知らず知らずに饒舌になっていく。ヤバい、結構恋バナ楽しいかも。
てかさ? それはそれとして、ここまでディスりまくってんだから、あんたらもいい加減興味失ってくんない?
「……でもその不器用で捻くれた優しさってのが超厄介でさ……、あいつ、すーぐ他人を助ける為に自分を軽く見ちゃうとこあんだよね……。そんなとこが好きとか言いながらもさ、やっぱ不安で心配で堪らないっていうかほっとけないっていうか…………傍に居てあげたい? っていうのかな。あいつが傷ついたとき、隣でギュッと抱き締めていてあげたい……っていうのかなー? なんて。あははー」
と、ここまで言って気付いたんだけど、え? なんでこんなにシーンとしてんの?
あまりにもあたしの好きなヤツが……比企谷がどうしようもないヤツ過ぎて引きまくっちゃってる感じ? ウケる。
わけ分かんないんだけど、あたしの独白をポカーンと間抜け面で聞いてる友人共。
ホントわけ分かんな過ぎてどうしていいか分からずに固まっていると、こいつらは急に目をキラキラさせて色めき出す。は?
「ひゅー!!」「これはもうごちそうさまとしか言えない」「惚気もここまでくるとおじさん溜め息しか出ませんぜ!」「死ねばいいのに」
は? え? いや、ちょっとマジで意味分かんない。
「え、なに言ってんの? は? ごちそうさま? 惚気? どこら辺が? あたし比企谷のしょーもないところしか言ってなくない?」
しかも最後の死ねばいいのにって誰が言ったのよ。
「うっわー……無自覚ですよこの女」「今の惚気じゃなかったの!?」「おいおい、じゃあこの女が本気で惚気始めたらどんだけの犠牲者出ちゃうのよ。私達泡吹いて全滅しちゃいますって」「死ねばいいのに」
「…………」
え、あたしなんか変なこと言った? 比企谷の悪口しか言ってなくない?
……でも言われてみると、確かになんかあたしのセリフって……あ、愛が溢れすぎじゃない……?
…………し、しまったぁ! 興味失わせる為にしょーもないとこだけ言って場を濁すつもりだったのに、あたしってば無意識に好き好きオーラ出しまくっちゃってんじゃん……!
やっばい……超顔熱くなってきたんですけど……!
「あーうっさいなぁ……ちょ、ちょっとあたしお風呂行ってくるから……!」
ダメだぁ……これ以上は耐えらんない〜……なんかガールズトークの魔力ってヤツにはめられた気分……
無意識の好き好きオーラを出しすぎたが故にピンク色な空間になってしまった部屋に居た堪れなくなったあたしは、逃げ出すようにそそくさと部屋をあとにする。
「ちょっと折本ベタ惚れすぎじゃねー?」「まさかあそこまでとはねぇ。大好き過ぎでしょ、あれ」「旦那の話してるときのかおりの表情が乙女過ぎる件について」「死ねばいいのに」
部屋を出る際にあたしの背中に降り注いできた、まるで井戸端会議でもしてるかのようなヒソヒソ話を繰り出す友人たちの恥ずい内容の会話は……うん、聞こえなかったことにしよう忘れようそうしよう。
ただし死ねばいいのにを連発してるお前のセリフだけは忘れないかんね、千佳。
……ああ、くっそう……これしばらくいじられるんだろーなぁ……
× × ×
色ボケした連中が余裕で付いてきたお風呂や、ここからが本番だ! とばかりにさらなる盛り上がりを見せた深夜のガールズトークも無事に乗り切り(無事では無かった)、あたしは修学旅行二日目を満喫中。
不思議なもので、昨日はあれだけ集中出来なかった観光も、今日はなかなかに楽しめている。
──んー、やっぱ溜め込んだ気持ちを吐き出すってのはいいもんなんだなぁ。結局中学での馴れ初めから卒業、再会からおとといの見送りまで全て吐かされたあたしの心は、なんだかとても軽い。
昨夜はあれだけしょーもないとうんざり気味だった恋バナも、ガス抜き効果としては優秀なようだ。よし、これなら今日一日は修学旅行に集中できそうじゃん。
なんだかんだ言って、好きなヤツのことを話せる友達が居るっていうのは、結構幸せなことなのかも知んない。
比企谷にはそういう友達とか居ないんだろうな〜……。居ればあいつももうちょっと気楽になれるんだろうけど……って、それってあたしの役目じゃん!
いやいやいや、もし比企谷に「実は雪ノ下が……」とか「由比ヶ浜がさぁ……」とか恋愛相談されたら、あたし立ち直れる気がしないんだけど。
あたしには何でも話してね、なんて偉そうに言ってたのに、恋愛相談だけは勘弁して欲しいだなんて、人間ってのはなんて強欲なんだろ。
「……うっわぁ、すっごーい……」
っと! いけないいけない。また懲りもせずに比企谷のことばっか考えちゃってたわ。今は観光に集中しないと千佳にハゲさせられちゃうじゃん、ウケる。
千佳を含めた四人の女友達が感嘆の声を上げてうっとりと見つめる先。そこには幾重にも連なる朱色の鳥居が。
「やー、マジですごいねー、千本鳥居って」
後れ馳せながら、あたしもそう感嘆の声を漏らす。
そう。修学旅行二日目は、かの有名な伏見稲荷大社にやってきているのだ。
ここは京都でも指折りの観光地。
最近では外国人観光客の間で人気No.1スポットらしいこの伏見稲荷大社は、その人気が大いに頷ける程の圧巻で壮麗な姿で、千葉からの旅人を迎え入れてくれた。
「てかかおりは感動の声が一歩遅いから。どうせまた比企谷くんでも探してたんでしょー」
「フゥーッ!!」「やだわぁ、折本ってばー」「かおり乙女すぎっしょ」
「……ウケる」
ホント疲れるわこいつら。ゆうべからずっとコレだもん……
やれやれと半目になって友人共を睨んでいると、そんなあたしを無視して一行は連なる鳥居を我先にとくぐっていく。おい、ちょっとあたしのいじりが雑になってないかい?
……壮麗で圧巻な姿に声なき声を上げていた女子高生軍団の姿も今は昔。
この伏見稲荷、最初はすごい感動的なんだけど、馴れてくるとただ延々と石段を昇るだけの軽い登山と化すのよね。都会暮らし(アイラブ千葉)の女子高生にはなかなかキツいのだ。
まぁあたしは普段ロードで走り回ってるから、これくらい大したことないけど。
「……つ、疲れた」
「なんなの? 私たち山登りに来たんだっけ……?」
誰もが口々に疲労の愚痴を漏らす。あんたらさぁ……最初の感動を思い出しなさいよ……普段からもっと体動かしなさい?
「あれ? ここから道がいくつかあるっぽいよー」
そんなフラフラな一行の先頭に居た千佳が、道の脇に設置されていた案内看板を覗きこんで、そうあたし達を呼ぶ。
「あ、マジだ。奥まで行く道とぐるっと回って本殿に戻る道があるっぽいね」
続いて看板を見たあたしがそう言うと、グループ内では早くも今後の予定についての会議が始まる。
「いやいや、さらに奥まで行く選択肢とか無いでしょ」「ね、ありえねぇ……」「よし、引き返すの一択で」
会議は一瞬で終了したようだ。それもう会議の体なしてないよね? てかあたしの意見は?
「よーし、帰ろー」
「おー」「意義なーし」
もちろんひとり元気なあたしの意見なんて聞くはずもなく、千佳の号令と共にこいつらは即断即決で道を引き返す。
「……あ!」
やれやれ……と苦笑いでいま来た道へと視線を向けたあたしの視界に、昨日からずっと心が勝手に探し続けてきた姿が突然飛び込んできて、あたしは思わず声を上げてしまった。
そいつもまさにあたし達とおんなじような疲れ切った顔で石段を登ってきた。
目をどんよりと曇らせて、歩くのが面倒くさそうに腰を折り曲げた猫背の男の子。
──ヤバい、これはマジで運命的過ぎるでしょ。たぶん今のあたしの顔はだらしなく弛みきってるんだろうな。
小走りでそいつに駆け寄ると、そんなあたしの姿をとらえたこいつの顔も少しだけニヤけてる。どっちかっていうと苦笑いっぽいのがちょっとだけ癪にさわるけどね。
へへー! ま、そんなのどうだっていいや!
だって、ホントに会えたんだもん!
ねっ、
「比っ企谷ー!」
続く
今回もありがとうございました!
たまにはこういう女子会トークもいいですよね☆
修学旅行二日目、そして遂に“あの日”が来てしまいました……!
てか前回はお見送りだけだったのに対して、今回は進むの早いなっ!
たぶんあと数話程度で終わるとは思いますが、最後までよろしくです(^^)/