普段は自転車通学の為、こんな時間にはなかなか来ることが無い自宅からの最寄り駅。
まぁ仮に電車通学であったのだとしても、こんなに早く駅を利用することなんてあんま無いだろうけど。
「んじゃ、気を付けて行ってきてねー」
「……いや、行ってきてもなにも、お前も明日同じとこ行くんだろうが」
「ウケる」
──今日は、ついにあたしの愛する男が、あたしを置いてひとり旅立つ日。
ヤバいなんか最近比企谷んちでそっち系の漫画とか小説とか読みすぎて、ちょっと頭が沸いてんだけどあたし。
まぁこうして徐々に比企谷色に染められていってるっぽくて、あんま悪い気はしないけどね。むしろウケるまである。
「……つーかなんで修学旅行に行くくらいで見送りなんて来てんだよ」
「えー? だって学校行くついでにちょっと寄っただけだし、別によくない?」
そう。端的に言うと、あたしは比企谷が修学旅行に行く日の朝、いつもよりもずっと早起きして、わざわざ最寄り駅まで見送りにきたのだ。
黙って旅立ちを見送りにくるとか、やっぱりちょっと良妻賢母感が出まくっちゃってない? 比企谷めホレんなよ?
あ、ウソウソ、惚れちゃえばいいじゃん。遠慮しないで、あたしの魅力にメロメロになっちゃえばいいって♪
「まぁなんにせよ折本も明日行くんだし、見送りとか必要なくね……?」
「そりゃそうだけどさー、向こうで会えるとは限らないじゃん? 向こうで会えなかったら週末まで会うこともないんだし」
「……そりゃ、な。京都だって結構広いだろうし、自由行動日ともなりゃ京都から出ちゃう連中だっていくらでも居るだろうしな」
そーなんだよねー……確かに一日違いで京都に行くとか、かなり運命的なもの感じちゃったんだけど、向こうで会えるかどうかはまた別問題なのだ。
だから一日違いに設定したのかね、総武とウチって。
一日目はクラス行動、二日目はグループ行動、そして三日目は自由行動。
これは総武もウチも同じらしいんだけど、もしかしたら近所の高校同士、変なトラブルとか避ける為に、たまたま修学旅行の予定時期と行き先が被っちゃった総武側と海浜側で話し合いとか持たれたのかも。
だって一日目のクラス行動なんて、清水寺とかそこら辺のベタな所を回るのが定番だろうし、そこを一日目で強制的に回らされたら、もう二日目以降は近寄らないじゃん?
てなわけで、少なくとも総武と海浜の生徒が京都でかち合うとしたら総武の三日目くらいなもんだし、それにしたって総武の三日目は自由行動だから、行動範囲も余計に広がるじゃん? だから遭遇確率はさらに減ると思うんだよね。
やっぱ地元の高校生同士が離れた土地で遭遇したら、お互いにじろじろと見合っちゃうかも知れないし、そこでなんらかのトラブルだって生じかねないもんね。
なにせウチの学校って、総武に妙なライバル意識持ってるっぽいし。特につい先日就任したばかりの新生徒会長率いるカタカナ生徒会とかね。
それを見越して学校関係者のお偉いさん、もしくは市の教育委員会からのお達しがあって、わざわざ一日ズラしたんじゃないか? って見てるんだー。 まぁ比企谷の受け売りだけど、ウケる。
──あたしと比企谷の修学旅行先が一緒なのだと発覚したあの日、あたし達はひとつの取り決めをした。
それは、向こうではどこかで会う為に事前に待ち合わせをしたりしないようにすること。
もちろんそれは比企谷からの申し出……ではなく、意外にもあたしから申し出たことだったりする。
だってさー、せっかく目的地が運命的に同じトコになったからって、「じゃあ」って、お互いの学生生活をほっぽって向こうで会おうよ! なんて、なんかつまんないかなー? って。
比企谷には比企谷の学生生活があるし面倒な仕事もある。
あたしにだってあたしの学生生活があるし、何より友人らと京都を回る約束だってあるのだ。
もしも自由行動日が被るんなら話は別だけど、あいにく総武と海浜の自由行動日は一日違い。
だからあたしが比企谷と向こうで会うのを事前に約束しちゃうって事は、つまりはあたしがグループに迷惑を掛けてしまうって事だし──まぁ千佳だけならどうでもいいけど。むしろあいつは嬉々としてあたしの背中を押すよね、面白いから──聞くトコによると比企谷も三日目の自由行動日は、雪乃ちゃんと結衣ちゃんと一緒に依頼の為に駆け回る事になりそうで忙しいらしい。
……む、それはそれでちょっとだけ……ちょっとだけ! ジェラジェラしちゃうけども。……あー、なんかモヤモヤするーっ……!
だからそれはやめとこうって思ったんだ。やっぱお互いの学生生活を疎かにしちゃイカンでしょ。
それに……せっかく運命的に行き先が一致したんなら、どうせなら会うのも待ち合わせとか事前に決めてたものじゃなくて、向こうで運命的に巡り合いたいかも! なんて、まるで乙女にでもなっちゃったかのような思考に、ちょっとだけワクワクしちゃってんのよねっ。マジあたしらしくなさすぎウケる。
会う約束をしないように取り決めたからと言ったって、どっかで偶然会えたのなら話は別物。そうなったらもちろん運命に従って行動を共にしちゃうんだ。
× × ×
まだ大丈夫かなー? と、改札の外から電光掲示板を覗きこんで、東京行きの電車の時間まではまだちょっと時間があることを確認したあたしは、せっかく早起きしてまで見送りに来たんだからと、別れの前に少しでもたくさん話しとこうとしつこく話し掛ける。
「あ、そういえばさー」
「え、まだなんか話すの? 乗り遅れたら面倒くさいんだけど」
「まだ時間あるから大丈夫だってー。だいたい乗り遅れたら一本後らせればいいだけじゃん」
「無茶苦茶だな……」
ま、あたしのせいで予定の電車を後らせるつもりはさらさら無いけどね。ただギリギリまで話してたいってだけ。
……うっわ、自分で考えててなんだけど、これかなり重症だよね。こりゃ草津の湯でも簡単には治りそうもないわ、ウケる。
「例のしょーもない依頼はなんとかなりそうなの?」
「あー、うん。まぁアレだ。なるようになんだろ」
「あはは、ちょー他人事すぎ! それもう達成する気ないでしょ」
「ばっか、ヤル気満々だっての。ヤル気ばかりが空回りしちゃわないように、あとは若い二人にお任せしちゃいたいくらいだ」
ぶっ! マジで達成する気ないな比企谷!
まぁ……ねぇ。いくらなんでも無理がありすぎるもんね。
でも比企谷の話を聞く限りだと、どうやらその戸部くんってのはなかなか良い奴みたいだし、告白が失敗しても奉仕部のせいにするようなことは無いみたい。まぁそんなのを人のせいにされても困るし。
奉仕部の理念からしても、告白を成功に導くまでが仕事ってわけじゃなくて、きちんと告白できるようにお膳立てして、成功云々は依頼者の頑張り次第。
魚の採り方は教えてやったんだ、だからあとは自分で捕まえろ、ってことらしいから、告白が失敗しても部活動的にはなんら問題ないんだろう。
「ひひっ、あたしも京都行くんだし、せっかくの京都が悲しみに包まれてないといいけどねー」
「うっせ」
ま、あたし的には戸部くんとやらの恋愛成就とかどうでもいいし、比企谷さえ修学旅行を楽しんでくれたらそれでいいんだけどね。
その後も時間ギリギリまで他愛の無い会話を心ゆくまで楽しんだのだが、時間ってのは無情なもので、楽しければ楽しいほどに流れが早い。
いや、下手したらしばらく会えないのかもしれないっていう心のざわつきも、時間の経過の心理的な早さを手伝ってるのかも知んないね。
「……お、そろそろ時間だしもう行くわ」
比企谷がスマホ片手にボソリと呟いた。
そっかー……
「あ、もうそんな時間か。じゃねっ」
「おう」
はぁ……参ったな〜……ホント時間経つの早すぎるでしょ。マジであたし比企谷大好きすぎ。
相変わらずのぶっきらぼうな短い返事をして、改札へと向かう比企谷を見ながらあたしは思うのだ。
──うわ〜……超今更だけど、やっぱ意地張んないで向こうで約束取り付けとけば良かったなぁ〜……今から「やっぱり向こうで会わない?」なんて言うのもカッコ悪いしなぁ〜……
うぅ……愛する男と京の都を闊歩したかったぁっ……
「……あ」
猪突猛進なくせに、いざ恋愛事となると妙に意地っ張りになっちゃうらしい、今まで知らなかった自分の意外と可愛いところに頭を抱えて嘆いていると、不意に比企谷が振り返る。
「ん? どしたの?」
「あ、いや、なんだ」
あ、これは照れ臭くて、そっぽ向いて頭がしがし掻くやつだ。
条件反射的にそんなことを考えた途端に、その予想通り即座にそっぽを向いて頭を掻き始めた比企谷に、ついニヤニヤしちゃうあたし。ホント可愛いヤツ。
「……学校行くついでとはいえ、わざわざ見送りさんきゅな。駅で折本見掛けてちょっとだけ嬉……まぁ、悪い気はしなかったわ……」
「っ……!」
……ったく、さんざん捻くれてるくせに、いきなりこうやってデレんだもんなぁ、こいつ……マジで反則でしょ。
くぅ〜……不意打ちすぎてちょっと顔が熱いっての、このアホっ……
だからあたしは、自分で恥ずいこと勝手に言って勝手に悶えてるこのムカつく友達に、にししと笑顔でちょっとした仕返しをしてやるのだ。
「ま、友達だしねー。でもまぁそこまで感謝されちゃったらー? なーんか返して貰わないワケにはいかないよねー。……あ、じゃああれね、あたしが見送りに来たんだから、比企谷は一日遅れで帰ってくるあたしを迎えにくんだからね。もちろんチャリであたしんちまで送ってもらうから」
「え、なにそれ。もしかして今日のって見送りの押し売りなの?」
「押し売りとかウケる! ただ帰りは荷物とか多いだろうから、ちょっと足が欲しいなって思っただけですけど?」
「……」
こいつ信じらんねーよ……とかって、ぶつぶつ文句言いながら改札に吸い込まれていく比企谷。
あたしはそんな背中に元気に声を掛ける。先ほどまでの嘆きを吹き飛ばすように。
「じゃあ京都でねー!」
そうそう! 会う約束をしなかった事を後悔したってしゃーないのだ。
だったら、意地でも向こうで会っちゃえばいいだけの話。運命なんて、こっちから手繰り寄せちゃえばいいだけでしょ。
振り向きもせずに、軽く右手を上げただけの比企谷にぶんぶんと手を振っていたあたしは、名残惜しい背中が見えなくなるとスッと自宅方向へとチャリを向ける。
「さてと、一旦帰ろっかなー」
比企谷を見送る為に普段よりもかなーり早く家を出てきてしまっていたあたしは、実は先ほどからクゥクゥ鳴っているお腹を満たす為に、颯爽と自宅へ引き返すのだった。
続く
ありがとうございました!
まさか駅で見送るだけで1話を消費するとは思いませんでしたね、我ながらびっくりです(笑)
次回からはようやく京都入りなんで、ラストまでサクッと進むと思います(^皿^;)
ではまた次回です(^^)/