あたしと比企谷の友達Diary   作:ぶーちゃん☆

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日記14ページ目 心地の好い笑顔

 

 

 

 開けっ放しの窓から秋の澄んだ夜風が優しく流れてくる。

 夜風が若干の肌寒さを感じさせるこの季節、平素であれば夜になれば窓を閉めるのだが、今日の日中は些か気温が高かったことに加えて、現在の状況が多少なりとも頭と身体を熱くさせるものである為、今はなかなかに心地好い。

 

『うそ、マジで!?』

 

「……お、おう」

 

『やっ…………たぁぁ〜! ちょー嬉しい! ありがとっ、比企谷』

 

 いやなにもそこまで喜ばんでも……

 

 

 葉山からまさかのOKを貰ってしまった日の夜、俺は折本にご報告の連絡をしていた。

 ぶっちゃけ葉山と出掛けるなんて死んでも嫌なわけだが、その結果でこうも喜んでくれる友達が居るのかと思うと、少しくらいなら我慢してやるか、なんて思えてしまう。

 まぁ喜んでくれると言っても主役はあくまでも葉山なわけだ。そこは決して勘違いしてはならない。当日は所詮は葉山の添え物なのだという立場を決して忘れないようにしなくては。

 

 そうはいうもののやはり暑いな……電話の向こうで未だにやったやったと喜びの声をあげている折本の笑顔を想像すると、どうにもむず痒い。こいつの掛け値なしの笑顔ってすげー想像しやすいんだもん。

 

 秋の夜風の冷気だけでは些か足りなくなってきた熱を少しでも冷ますため、俺は折本に精一杯の皮肉で抵抗を試みる。

 

「……ったく、小町使いやがって汚ねぇんだよ……すげぇ行きたくねーのに、小町にああ言われたら断るに断れないっつうの……」

 

 そう。あくまでも小町の為に仕方なく行くんだからね!?

 でもこれで「あ、そ? じゃあ別に葉山くんだけ寄越してくれればいーよー」なんて軽い感じで言われたらちょっとだけ泣いちゃうかもしんない。

 やだ! 八幡てば天邪鬼!

 

『ごめんってー! あたしだってまさか小町ちゃんが協力してくれるなんて思わなかったんだってばー』

 

 おっと、どうやら泣いちゃう危険はひとまず回避できたようだ。

 …………なんか実は俺って意外と楽しみにしちゃってない?

 

『へへ、でもホントありがとね、比企谷。絶対に葉山くんに声なんて掛けたくなかったはずなのに、声掛けてくれたってだけでも嬉しいんだー、あたし』

 

「……そ、そうか。……そりゃなんだ……まぁ良かったわ」

 

 ……んだよ。せっかく照れ隠しで皮肉ったのに、さらにでかい波が襲ってきちまったじゃねーか……マジで暑いんですけど。

 

『うん。マジでさんきゅー! やー、超楽しみなんですけど! ねぇねぇ、いつにする!? どこがいい!?』

 

 こっちは折本のテンションの高さにいっぱいいっぱいだってのに、こいつの頭ん中は早くもその日まっしぐら。

 猫まっしぐらな雪ノ下さん並みのまっしぐらっぷりだな。

 

「……さすがにそれはそっちで決めてくれ。そんなん俺には分からんし、そっちで日時と場所決めてくれたら葉山に言っとくから」

 

『それでいーんだ? おっけー、明日千佳と相談して決めとくねー』

 

 んー、どうしよっかなー? なんてウキウキな様子を隠そうともしない折本が、ペラペラとスケジュール手帳かなんかを捲っている音が聞こえる。

 いやいや、明日千佳さんと相談すんじゃねーのかよ。てかあれだな。やっぱリア充代表みたいな折本は、予定とか結構詰まってんだろうな。

 俺の予定なんて日曜日くらいしかねーもん。もちろんスーパーヒーロータイムからプリキュアまでのゴールデンタイムな。言わせんな恥ずかしい。

 ……ん? スーパーヒーロータイム……?

 

「……あ、でもあれだからな」

 

『んー?』

 

「休日に外出して疲れちゃうとかやだし、葉山なんかと一緒に一日拘束されるのもぜってー嫌だ。つーわけで平日にしといてくれ」

 

 あぶねぇあぶねぇ、最重要事項を伝え忘れてたわ。ここだけは絶対に譲れませんよ。なにが悲しくて休みにわざわざ葉山と会わなきゃなんないんだよって話だ。

 

 そんな至って当たり前のことを伝えると、気付いたらスマホから先ほどまで聞こえていた折本の楽しげな鼻歌もページを捲る軽快な音も消失していた。

 

 ……あ、あれ? なんか間違ったこと言っちゃった? これもしかしたら不満とか罵倒とか飛んできちゃうやつか?

 そんな不安が一瞬だけ過ったのだが、次の瞬間、電話口からは予想とは違う音が聞こえてきた。

 

『ぷっ! あはははは! ったく、せっかくいい感じだったのに、ホントそういうトコ比企谷だよねー! ウケる』

 

 ……すみませんね比企谷で。

 

『うん! いいよ、りょーかーい。まぁ休みの日に一日遊べるならそっちの方が良かったけど、比企谷がそっちがいいならそれでいいや。だったら土日とかはあたしが比企谷んちに遊びに行けばいい話だしねー。それなら外出にならないからいいんでしょ?』

 

 え? そういうこと言ってんじゃないんだけど。

 なんで家に来ちゃうって話になってんの?

 

「……お、おう。まぁそれなら……」

 

 いいのかよ。折本がまた家に来ること認めちゃったよ。

 

『てかさー、あたしが比企谷んちに行くばっかじゃなくて、たまにはあたしんちにも来れば? どうせチャリで十分二十分程度だし、別に外出ってほどでもなくない?』

 

 ……えぇぇ……なんか話がおかしな方向に持ってかれてない?

 だから俺が女子の家に行くなんて難易度高過ぎだっつってんだろうが……

 

「……ま、まぁ、たまにならな」

 

 行っちゃうのかよ。

 

 

 

 ────なんか、ちょっとおかしくないだろうか、俺。完全に折本のペースに巻き込まれてしまっている。

 それは自覚しているのだが、思っていたよりそんな状況を不快に感じていない自分が居る。

 

『お、マジで? ヤバい比企谷がデレた』

 

「……デレてねぇわ」

 

『ウケる! へへー、だったらまた比企谷にパンツ覗かれちゃわないように、デニムとかショートパンツとかちゃんと用意しとこーっと』

 

「…………やっぱやめとくわ。俺んちもお前んちも無しの方向で」

 

『うそうそ! 冗談だってばー』

 

 いやお前絶対本気だろ……なんで普通に俺が折本のパンツ覗いたことになっちゃってんだよ。

 いや、まぁあの綺麗な夕焼けのような素敵な光景(オレンジ)は脳裏にしっかり焼き付いてますけども。

 

『じゃ、約束ね! それよりもまずはダブルデート楽しまなきゃねー』

 

「……別にデートじゃねぇっての」

 

 

 その後も折本からの騒がしい会話のキャッチボールを適当に受けつつ、この日の電話はようやく終わりを告げた。

 なんか最近貴重なぼっちタイムを折本にごりごり削られてる気がすんな。

 

 

 

 電話の掛け始めよりもずっと火照ってしまった顔と身体に、冷たい秋の夜風が吹き抜ける。

 

「……あ〜、なんかきもちいわ」

 

 少しだけ口角が上がってしまっている頬を撫でる風が心地好い。

 しかし本当は解っている。いま俺が感じている心地好さは、決して秋の夜風だけの功績では無いのだということを。

 

 

× × ×

 

 

 午後のHRも終わり、教室内は一気に弛緩した空気に支配される。

 そそくさと帰宅の徒につく者、部活へと赴く者、まだ教室内に残り友人と放課後ティータイムを楽しむ者。クラスメイト達は各々が自分に与えられた役割を今日もこなしている。

 いや、さすがに教室でティータイムは楽しまんけども。校内で堂々とティータイムを楽しんでるのなんて、俺が知る限りではあの部室くらいなもんだ。

 

「今日だけど、何時くらいに出る?」

 

 そんな弛緩した教室内をしばらくの時間ぼけっと眺めていると、不意に後ろから遠慮がちな声が掛かった。

 

「……は?」

 

「……いや、今日でいいんだよな、比企谷の友達とどこかに出掛けるのって」

 

 そう。今日は待ちに待たなかったダブルデート当日。

 折本となんとか町仲町さんが話し合った結果、あの電話から数日後の金曜日、つまり本日ということが決定した。

 

 折本から決行日を知らされた翌日、葉山にも日時を伝えたのだが、葉山は部活もあるのだし「その日は無理かな……」と断ってくることも期待したのだが、残念ながら他の運動部とのグラウンド使用の兼ね合いで金曜はちょうど部活が休みだとのこと。

 あえなく何の障害も無く日取りが決まってしまったというわけだ。

 

「……確かに今日なんだが……え? なに? お前まさか一緒に行こうとか思ってんの?」

 

「ああ。どうせ目的は同じなわけだし、そっちの方が効率的だろ?」

 

 ……全然効率的じゃねぇよ。てか教室でお前が話し掛けてくること事態が非効率過ぎるんだけど。

 なにが非効率って、教室に残ってる連中の視線を上手いこと躱さなくちゃいけない時間を要する辺りが超非効率。

 だから最底辺と頂点が言葉を交わすのはよろしくないんだって言ってんでしょ? そこら辺が偉い人には分からんのですよ!

 

 やべぇ……未だ教室に残ってるクラスメイトの視線が刺さりまくってます。全然躱せてないねコレ。

 大体お前だって他校の女子と遊びに行くのがバレたらあんまり都合がよろしくないから、わざわざ遠慮がちに声掛けてきてんじゃねぇの……?

 

「……アホか。なんでお前と二人で仲良く下校なんかしなくちゃなんねーんだよ……。大体そんなことしちゃったら海老名さんの命が危ないだろうが」

 

 知ってるか? 体重の15〜25%の水分が無くなると、人って簡単に死んじゃうんだぜ?

 

「はは、それもそうだな」

 

 それで納得しちゃったよ。

 やっぱり海老名さんは俺と葉山の以下略。

 

「……そういうこった。それに俺は怖い部長様に部活休むって報告しなくちゃなんねぇんだよ。悪いが勝手に現場に向かってくれ」

 

 元々こっちから誘った外出だというのに、我ながら酷い言い草だ。ま、こいつの場合は単に興味本位で自分が楽しんでるだけっぽいからいちいち気にしないけれども。

 

「そうか。じゃあまた後で」

 

 そう言って、未だ遠慮がちではあるがあくまでも爽やかにその場を離れていく葉山。

 ま、バレたら都合が悪いとは言っても、ザ、ゾーンの使い手葉山さんからしたら、仲間と一緒に行かないという選択肢自体が存在しなかったのだろう。仲間じゃねーけど。

 ほーんと難儀な生き方しますね、リア充ってやつは。やはりぼっち最強。

 

 

 さてと、んじゃそろそろ部室に向かいますか。

 部長様は怖いけども、休むってことくらい直接伝えないと、さらに恐ろしい目に合いそうだもんね。

 

 

× × ×

 

 

「……うす」

 

「こんにちは」

 

「やっはろー」

 

 いつも通りに部室の扉を開けた俺だが、室内に入らずにそのまま入り口に立ち尽くす。

 そんな俺に訝しげな視線を向けてくる雪ノ下と由比ヶ浜。

 

「? ヒッキーどしたの?」

 

「どうかしたのかしら。入室する事になにか心配事でも? ふふっ、大丈夫よ。まだバルサンは焚いていないわ」

 

 ……なんつー酷いことをなんつー素敵な笑顔で言いやがる。そもそもバルサン焚いてたら君も部屋んなか居れないでしょ?

 

 

 ──さて、ここからが問題だ。俺はどうやって今日の部活を休めばいい?

 普通に事情を吐いたらなんて言われるか分かったもんじゃない。

 

『女友達と遊びに行く? ……比企谷くん。あなた遂に犯罪に手を染めてしまったのね……一体どんな薄汚い脅迫をしたのかしら……』

 

『ヒッキーキモい!』

 

 くらいならまぁ普通。てか由比ヶ浜はそれ以外のボキャブラリーの想像がつかないだけだけど、雪ノ下の場合は俺ごときには予想もつかないようなウィットに富んで素敵な罵倒が平気で飛んでくるからな。

 

 どう誤魔化せばこいつらを上手く煙に巻ける!?

 考えろ考えろ! お前のそこそこ高スペックな脳をフル回転させろ!

 

 

 ……とまぁ冗談はさて置き、もちろん言い訳などとうに考えついている。

 隠したい事柄があるのであれば、そこにいくばくかの真実を混ぜればいいだけの簡単なお話。

 

 てかなんで俺ってば浮気を誤魔化す為に必死で言い訳考えてる間男みたいになっちゃってるのん?

 別に俺とこいつらはそんな関係じゃないどころか、友達でさえないんだけど。

 

「いや、今日はちょっと部活休ませて貰おうと思ってな。その報告に来ただけだ」

 

「……え? ヒッキー今日休むの? 超珍しくない?」

 

 と、由比ヶ浜は少しだけ驚いたような残念なような瞳で俺の顔をまじまじと見つめる。

 っべー、なんかすげー罪悪感。だからなんで罪悪感を覚えなきゃなんないんだよ。間男じゃないっての。……が、

 

「……休む?」

 

 次の瞬間、雪ノ下の指先から凍てつく波動が放たれた。

 やだ! せっかく身を固めたのに振り出しに戻っちゃう!

 

「どういった理由で休むつもりなのか説明しなさい」

 

 ふぇぇ……怖いよぅ……!

 こいつマジで奉仕部大好きですよね。

 

 それでもまぁどこまでも真面目な雪ノ下のことだ。ちゃんとした理由があれば認めてくれんだろ。

 もちろん正直には言えないけども、俺には切り札がある。

 

「……まぁ、なんつうか、あんまり良く分かんねぇんだけど小町の命令なんだよ。今日は外出だからねって」

 

 そう! 俺の切り札はマイエンジェル小町ちゃん。

 いや、切り札もなにもホントに小町の命令だしね。その事実が歴然と存在している以上、この件について俺の負けはないのである。

 

 ……あれれー? 本当は行きたくないはずなのに、なんか俺必死すぎじゃね?

 べ、別に折本のためじゃないんだからね! 自分の身を守る為に必死なだけなんだから!

 

「小町さんが?」

 

「おう。まぁ小町も受験生でいろいろストレス溜まってるからな。良く分かんねぇけど、それで小町のストレスが軽減されるんなら、まぁいいんじゃねーの?」

 

 ゆうべ小町にも言われたが、俺は嘘を吐くのが苦手らしい。

 解せぬ。ポーカーフェイスばっちりなクールガイのはずなのに。

 だからここでは嘘は吐かん。真実のみを述べることにより、信用が紙っぺらよりも薄い俺の言葉にも信憑性が生まれるからね。

 あれ? なんだか視界が滲んでくるよ?

 

「……そう。小町さんの要望なのね」

 

「ああ」

 

 ちなみにその小町が求める外出について、“誰と誰が”とかにまで言及しないのがポイント。

 下手に「俺と一緒にどっか行きたいらしくてな」とか言おうものなら、すぐ顔に出ちゃうかも知れない。

 どんだけ素直なんだよ俺。

 

 

「そう。……まぁ、あなたは今までなんだかんだ言って、今まで部活を休んだことは無いのだし、たまにであればいいでしょう」

 

「だよね! 小町ちゃんも大変だもんねっ」

 

 さすがは小町に甘い雪ノ下と由比ヶ浜。小町の名を出すことと俺が真実のみを述べたことで、どうやら二つ返事でOKが出たらしい。

 

 よ、良かったよぅ……! こっから深く追及されたら、即ボロが出ちゃうとこだったよぅ……!

 

「……ほんじゃまぁ今日は帰るわ」

 

「ええ、また明日」

 

「ヒッキーばいばーい」

 

 思っていたよりも無事にミッションをクリアした俺は、意気揚々と部室をあとに……

 

「……比企谷くん、待ちなさい」

 

「……え?」

 

 なん……だと? 俺はなにかミスを犯した……のか……?

 くそっ! 気が緩んだ瞬間に顔の締まりでも無くなったのか!?

 

 恐る恐る振り向くと、そこには鬼の形相の雪ノ下……ではなく、なんかちょっともじもじとした雪ノ下さんがいらっしゃいました。

 ゆきのんどしたのん?

 

 

「……あ、その…………も、もし小町さんが楽しめるのであれば、わ、私達も一緒に出掛けてもよいのだけれど……」

 

「ゆきのん! それすっごいいいかも!」

 

 ……えぇぇ……あんたなに言うてはりますのん……?

 どんだけ小町大好きなんだよ。そんなにもじもじすんなよ可愛くて惚れちゃうじゃねぇか。

 そして由比ヶ浜は即断で乗っかりすぎだ。

 

「……お、おう。有り難いんだが、部室を空にしとくわけにもいかんだろ。気持ちだけ受け取っとくわ」

 

 ホント大丈夫ですんで。雪ノ下達が付いて来ちゃったら小町も楽しめないですし。なにせ大好きなお兄ちゃんに死の危険が迫るからね。

 

「そ、そう……」

 

 やめてよゆきのん! そんなにシュンとしないで! ギャップが凄すぎて萌えキュンしちゃう!

 そしてちょっとだけ胸がチクチクと傷みます。

 

 雪ノ下と同じく「そっかぁ……」と残念そうにシュンとしている由比ヶ浜にも萌えキュンと胸チクしながらも、心を鬼にして部室をあとにする俺超クール。

 なにこの罪悪感、俺別に疾しい事してないよね? 

 

 

「……おし、ほんじゃまぁ行きますかね」

 

 はぁ、と溜め息を吐き、すでに疲れ切った身体を無理やり押して、俺は自転車で千葉へと向かうのだった。

 

 

× × ×

 

 

 まだ時間に余裕があった為、だらだらと自転車を漕いで千葉へとたどり着いた俺は、適当な駐輪場に愛車を停めて待ち合わせ場所のヴィジョン前へ。

 金曜の夜の駅前なだけあって、辺りはなかなかの賑わいだ。

 

 現在時刻は十七時ちょうど。待ち合わせ時間なわけなのだが、まだ誰も来ていない。

 ……あれ? もしかして俺だけ置いてかれちゃった? なにそれ辛い。さすがの俺でも号泣しちゃうレベル。

 

 まぁ折本達は葉山を知っているとはいえ、葉山からしたら全くの初対面。

 普通に考えたら葉山が見ず知らずの女にほいほいと付いてっちゃうわけ無いんだけどね、なんて考えていると、人の流れにもまれながら改札口から出て来る葉山の姿が見えた。

 良かった! 置いてかれたわけじゃ無かったんだね!

 

「悪い、少し遅れた」

 

「いや、時間通りだろ」

 

 時刻は待ち合わせ時間のほんの一、二分過ぎ。まぁ誤差の範囲だ。

 俺の横に立った葉山は、キョロキョロと辺りを見渡すとこう訊ねてきた。

 

「あれ? 比企谷ひとりか?」

 

 おん? それはキングオブぼっちの俺に対する当て付けかなにかか?

 ってそんなわけないですよね。

 

「おう。まだ来てねーぞ。てか俺もいま着いたばっかだし」

 

「そうか」

 

 それから待つこと数分。俺達の間には一切の会話がない。そりゃね、俺と葉山を二人にしたって会話なんか弾むわけねーもん。

 

 

 さらに待つこと数分。……仲が良くない奴と二人で待ちぼうけするのってこんなにも気まずいのね……

 その気まずさはもちろん葉山も感じていたようで、堪らず声を掛けてきた。

 

「まだかな」

 

「だな」

 

 会話終了。これもう会話の体を成してないですね。

 

「……ああ、あれだ」

 

 仕方ないので、今度はこっちから話題を振ってやることにした。八幡君たら成長したわね!

 ま、こいつはこれからどんなヤツが来るのか知らないわけだし、それの説明も兼ねてってことで。

 

「一人はよく知んねーけど、俺のともだ……ま、まぁもう一人の方はとにかく適当でな、細かい時間なんか気にしないやつなんだわ。待ってりゃそのうち悪びれもせず笑いながら来ると思うから、悪いがもうちょい待っててやってくれ」

 

 なにせ折本だしね。待ち合わせに遅刻するくらいなんてことない。

 さも当然のようにそう告げると、なぜか葉山は俺の顔を見て笑っていた。

 

「なんだよ」

 

「ああ、すまない。珍しいと思ってね。君が他人のことをそんな顔して話すなんて。ははっ、なんていうか、悪態を吐きながらも愉しげと言うのかな。しかも比企谷が悪いわけでもないのに、他人の為に「悪いが待っててやってくれ」だなんて、よほど信頼してるんだな」

 

「……チッ。そんなんじゃねーよ……」

 

 

 ……俺、そんな顔して折本のこと話してたのかよ……なんだよ、ちょっと恥ずかしいじゃねぇか……くそっ。

 

 

 

 

 

 ────俺は、気がつけば折本と共有する時間を心地好く感じるようになっていた。

 まぁ共有するとは言っても、再会してから今日まで会ったのはたったの二回。あとはメールと電話ばかりだ。

 それでもそんな毎日の何気ない時間でさえ、いつの間にか俺の中でかけがえのない大切な時間だと感じるようになっていた。

 あの部室で紅茶の香りに包まれながら、だらだらと文庫本を読んでいるあの時間に近い、心安らぐ心地好い時間に。

 

 自分でもなんとなく気がついてはいたのだ。気がついてはいたけれど、あえて意識しないようにしていた想い。

 それが、俺とはなんの関わりもないこんな無関係な人間にこうも容易く指摘されてしまうと、もう認めざるを得ないのかもしれない。

 

 

 俺は、折本を特別な存在と思ってしまっている。

 

 

 それはもちろん恋愛沙汰とか、そういうのであるというわけではない。あるわけはないはずだ。

 ただただ特別で、ただただ無くしたくないと思ってしまっている……そう、あの部室と同じような存在なのだ。

 

 ……まったく。ちょっとチョロ過ぎじゃないですかね。まだ再会してからたったのひと月そこらだろ。

 それに再会した時だって、あれほど勝手で一方的な悪印象を向けてしまっていた。 それなのに中学の時と同じように、ちょっと優しくされたくらいで、もうこんなにも大きな存在になっちまうんだもんな。ハチマンマジチョロイン。

 

 

 でもま、この思いはこのたったのひと月そこらだけで培われた思いではないのだろう。なにせ俺は中学の時、あいつのことが好きだったわけだし。

 

 俺は恥ずかしながら、一時期はその過去の自分の想いを否定しようとしていた。

 ただ自分の理想を勝手に押しつけていただけ。あんなのは恋とは言わない。……そう考えていた時期もあった。

 

 だが、その考えは同時に自分の信念をも否定するものなのだと気付いた。

 なにせ俺の持論は『なぜ変わらなきゃいけない。なぜ変わる為に過去の駄目な自分を否定しなくちゃいけないのだ』だからな。

 過去の自分を否定する事は間違いだとしながらも、俺は自分の過去の想いを否定していたわけだ。

 

 折本を好きだった自分、折本と話していた時のドキドキワクワク感、折本からのメールを待っている時の胸が締め付けられるような思い。たった一文だけの返信での飛び上がるような喜び。

 俺は、折本に告白して振られて、それを言い触らされて痛い黒歴史になってしまった瞬間に、それら全ての不安でありながらもドキドキワクワクと楽しかった全ての想いを否定したのだ。過去の駄目な自分の気持ちを否定したのだ。あれは単なる勘違いだから問題ないのだ、と。

 たとえ折本に抱いていた好意がどんなものであったとしても、当時の好きだったという大切な気持ちまで否定しちゃいかんだろ。

 

 

 まったくもって笑える話だよな。達観したつもりになっていた俺の考えは、折本に再会してからこっち、間違いだったと気付かされてばかりだ。

 だから俺はそんな折本が……情けない自分の間違いを真正面から裏表ない笑顔で、笑って吹き飛ばしてくれる折本という存在が、こうして特別なものと感じるようになったのだろう。

 

 つまりこれは積年の思いから来た感情なわけだから、俺がチョロインだという訳では決してない。証明終了。

 

 

「あれじゃないか?」

 

 

 そんな思考の海の海水浴を存分に楽しんでいた時、不意に葉山が声をあげた。

 

 

「おーい比企谷ー、遅れてごめーん」

 

 

 そんな葉山の視線の先には、ごめんと言いつつも予想どおり一切悪びれもしない笑顔で手をぶんぶん振って駈けてくる我が友達。

 俺はそんな折本のアホ面を見た瞬間、我知らずニヤけてしまっていた。

 

 

 

 ──ああ、やっぱあいつの笑顔は心地好いわ。

 

 

 

続く

 

 




今回もありがとうございました!

すみませんね、相変わらずなかなか進まなくて(^皿^;)
それでもようやくギリギリでダブルデートまで辿り着きました(笑)


ぶっちゃけ奉仕部パートは必要ないかな?とか考えたんですけど、原作では仲違いで部活が自由参加中だったので簡単に参加出来たダブルデートでしたが、この時期は関係良好で、部活をサボるなんてとんでもない!って現状なはずなんで、八幡がダブルデートに向かえるにはそれなりの理由付けが無いと物語が薄っぺらくなっちゃうかな〜?と感じたので、あえて奉仕部パートを入れたらまたまた無駄に長くなっちゃいました(苦笑)


ではではまた次回です(^^)/~~




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