「「やしなって」」   作:風邪薬力

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不死蓬莱さん、のぶはすさん誤字報告ありがとうございます!


彼と彼女は踊り出す

 

 

手に持ったそれを弄び、くるくるくるくると回す。

表と裏を交互に見て、たまに上にかざして仰ぎみる。

光を反射して輝くソレは、どうにも持て余すものであり、正直今にでも元の持ち主に返したい気分だ。

ファンクラブの会員の証であるそれは、奇妙なことに00000と書かれていてどんな意味を持つのか明白だ。

ありえなくない?

何度考えてもからかわれているとしか思えんのだが。

これは新手の嫌がらせだ。明日にでもネタばらしされた挙句期待した俺は笑われるという未来まで見える。

もういっその事今ネタばらししてくれない?

「ん……」

そんな考えをあの時の顔が許さない。

 

へへ、なにその目

 

この目の事を言われて不快感を感じなかったのは家族以外に居なかった。

今まで友達が出来なかった理由がほぼこれなんだぞ?

ありえない。

何度目が気持ち悪いと言われてきたのか。

それでも。

からかうように、はにかむように笑う彼女の顔を見た時に何かまずいと思った。

よく分からないまま、まずいと思った。

 

杏は素敵な夢だと思うよ

 

悪意を感じさせずに笑う彼女の顔を見て。

素敵な夢だとか妹にすら言われたことない事を言われ、過去の記憶が大きな音で警鐘を鳴らす。

駄目だと。これ以上は駄目だ。

何度も学習したはずだ。期待はそのまま裏切りに繋がるはずだと。

その時にはわからなかった自覚のない警鐘の気配を感じ、臆病な俺は逃げようとして

 

杏のファンになってよ

 

その退路は絶たれた。

幼い自分にとっては凄惨な記憶だ。

なにもしていないのに避けられ、蔑まれ、それでも寂しかったから話しかけた。

一人ぼっちが嫌だったから。

少しの希望が見えただけですがりついた。話しかけてくれたから、人を好きになった。

それは裏切られて

 

俺は人が嫌いになった。

 

誰とも関わらなければ良いんだと思った。

だって怖いから。

だって傷付くから。

そうして作った壁は今まで傷すら付けられずにいたはずだ。

 

 

一瞬だった

 

それは一瞬だった

 

あの笑顔で手を差し出す彼女を

 

壁は崩れ、そこに差し込んだ太陽を背に、輝く彼女を視た

 

「…はぁ」

最悪な気分だ。

黒歴史ノートを家族の前で朗読するような気分。

いや、もう書いてないけどね?

今すぐベッドに潜り込んで叫んでやりたい気分だが、それはさっきやって小町に怒られたし。

どうする事も出来ずに考えていたらこんな気持ちになるなんて恥ずかしいにも程がある。

「なんだよ太陽って」

いつの間に厨二病再発しちゃったのん?

そうは考えても自覚してしまった以上誤魔化すことが出来なかった。

期待してしまったんだ。

彼女に。

 

「ああああああああああああ…」

やっぱり抑えきれなかったので叫んでしまった。

「お兄ちゃん、今日はいつもよりキモイよ?大丈夫?」

うるさい。

自覚あるんだから黙ってなさい。

「あとそのアイドル?の動画見るのは良いけど朝のアニメ卒業してそっちにしたの?」

ばっか、それとこれとは話が別だろ

 

 

 

「ん〜」

ベッドの上で寝転がりながら、お気に入りのうさぎちゃんのぬいぐるみを抱いて唸る。

会員証を渡したあの日、フリーズした比企谷君は先生に席に戻され、その後に話そうとしたけどクラスメイトが妨害してきたり本人に避けられていたっぽくて話は出来なかった。

「む〜」

唸っているのもそれの不燃焼感のせいだ。

なんとも言えない気持ちを受け止めてもらおうと、大好きなうさぎをぎゅーっと抱きしめる。

そもそも私はどうしてあんな事をしたのか。

最近どーも突発的な行動が多い気がする。

わかりきったことかもしれないけど。

「比企谷君のせいだもん」

 

寂しそうな背中を見た。

 

大したこと思わなかったと思う。それこそ寂しそうだなーってくらい。

 

優しくて臆病な彼を見た。

 

寂しそうにしてるくせに好意を拒絶する彼を見てむかむかした。

自分を卑下するのを見たくなかった。

あーもうって感じ。

 

 

腐った目を見た。

 

いまでも笑っちゃう。

優しい彼の目は腐ってた。

まるで呪いをかけられたみたいに。

想像する。

彼は優しく産まれてとっても綺麗だったから、妬んだ神様が呪いでもかけたんじゃないかって。

「くふふ!」

面白い。そんな恥ずかしい妄想すら面白い。

だって私は目を見た瞬間思っちゃったんだもん!

 

 

なんて綺麗な目なんだろ

 

誰も気づかなかったんだ。

どうして?

あんなに綺麗な目を見て何も思わないの?

私は見つけてしまったんだ。

私はきっと運がいい!

 

俺の夢は専業主夫だ

 

堂々とそんな夢を語る彼を素敵だと思った。

楽しいって思った。

愛しいと思った。

愛おしいと思ってしまった。

 

私に話しかけるのも勇気を出したんだろうなぁ。

少しキョドったような声で呼んでくれて。

その目は少し怯えていて。

そのくせ専業主夫になりたいなんて事を堂々と言って。

「へへー」

思い出すだけで顔がにやける。

本当はお礼を口実にお昼ご飯を一緒に食べようかと思ったけど、会員証の事を思い出した私は迷いもせずに渡してた。

1回一緒にご飯食べるよりも、これで比企谷君と話すきっかけになれと思わず渡しちゃった。

それは大事なものだよ。

だから渡そうと思ったんだろうね。

今のファンには悪い事しちゃったけど、私が認めたファン第1号は比企谷君になったんだよ?

そんな事直接言ったら比企谷君はきっと困るんだろうなぁ。

困ったように目を逸らして、でも私の好意を無下に出来なくて。

そうだったら嬉しいなぁ。

 

「杏だって怖いんだよ…?」

 

もっと強く、

ぎゅってうさぎちゃんを抱く

 

強く、強く

怖いから

 

「…嫌われてないといいなぁ」

 

窓から見える星空にそう呟く。

あぁ。そっか。

 

「由比ヶ浜さんが羨ましかったんだ」

 

私が持っていない、比企谷君との関係を見て。

いつぞやの答えにふっと納得が言って、自分の気持ちが整理できないままにまぶたがおちていった。

 

 

 

「おはよ」

「あ、お!…おう」

「声裏返ってるよ。朝だから?」

「…ちょっとびっくりしただけだ」

「へー。そいえばさ、杏が歌ってるのとか聞いてくれた?」

「まあ、一応な」

「ねーねー、どだったー?」

「い、いやまあ、よか、ったんじゃね?」

「なんでぎもんけーい?好きじゃなかった?」

「良かったよ、良いんじゃね」

「むー、そっけない」

 

俺の前の席の椅子に座って話しかけて来たのは双葉杏だった。

昨日のこともありちょっと避けて行こうと思った途端の襲撃である。

あと双葉の歌なら聞いた。というか見た。

テレビで流れたものしか無かったのでどんな感じかちょっと見ようと思っただけだった。

気がついたら動画終わってたけど…。

それとごめんね、前の席の前田くん(名前知らないけど)

いや、俺悪くないけどさ。

「勝手に席借りて良いのかよ。困ってるかもしれないぞ」

俺が。

「だいじょーぶ。坂田君には許可取ったから」

さいで。

名前間違えてごめんね、坂田君。

それよりも朝からの襲撃である。教室に来て自分の席に向かうまでに由比ヶ浜が挨拶してきて、それに少し慣れた俺はおうと答えて席に座った。

そこにやってきたのが双葉杏である。

坂田君の席に座るなりこちらの机に頭を乗っけてだらけた彼女は、今までの俺が一日の学校で話す文字数を軽く超える会話爆撃を仕掛けてきた。

べ、别に普段話す人が居ないわけじゃないよ?

平塚先生とか平塚先生とか…あれ、説教受けすぎ?

「だーるーいー。…あ、ねーねーお昼ご飯一緒に食べよう?」

「朝から昼飯の話かよ。それとだるいならわざわざこっちに来なくていいだろ」

顔だけ机に乗せてだらーっとしてる双葉に返す。

こっちを見るな。

さり気ない風に顔を逸らして視線を外す。

「なんで目をそらすの」

ばれてら。

「別に。そろそろ先生来るかなと思っただけだ」

言い訳としては正解だろ。そろそろHRだし。

「まいっか。昼休みになったらついて行けばいいし」

なん…だと…。

それは非常にまずいのでは?主に八幡のSAN値的に。

「坂田君ありがとね。比企谷君、また後でねー」

「あ、ああ、うん。ありがと双葉さん」

なんでお礼言っちゃってんの坂田君。

ダメだよ!そんなちょっと顔を赤らめてさっきまで双葉が座ってた自分の席を見るのはダメだよ!

気持ちはわかるけど!わかるけど!

 

 

 

その後、双葉は授業が終わる度に俺のとこに来た。

俺が先んじてトイレに逃げ込めば、帰ってきた時には俺の席で双葉が寝てました。

いやー、どうかと思うよ?

そんな事健全な男子高校生にやっちゃ駄目だよ?

坂田君なんて双葉が自分の席に座る度、自分の椅子を眺めちゃう病気が発生しちゃうレベルなんだよ?

でもまぁそんな事も訓練されたぼっちには通用しない。

特に双葉の場合純粋っぽいところあるから、きっとうん。

あの、あれ。犬が落ち着く場所見つけたみたいな感じなんだ。

だからこれはきっと期待するような事じゃない。

…わかってるよそんな事。

期待なんてしない。

 

 

 

 

うがー。

比企谷君に会うのが楽しみでそわそわしてた私はいつもより早く学校に来てしまった。

比企谷君いつも遅いのに。

そんなこんなで登校した比企谷君と話はできたけど、思ったより冷静で昨日の事は気にしてないような感じだった。

一応私の事気になってくれたかなと気になって聞いてみたけど、歌は聞いてくれたらしい。

反応が微妙だったから思わず好き?って聞いちゃったけどなんかはぐらかされた感じ。

むー。

気に入らないけど反応は悪くなかったし、気に入ってくれたと思う事にした。

だってそう思わないと怖くなってもう話せないもん…。

「…なんでついてくるんだよ」

とことこと比企谷君の後ろをついて行ってたらそんな事を言われる。

「だってひるやすみだし」

「は?」

忘れてるって顔。

うー、許さん。

「ごはん、一緒にたべよ?いや?」

魅力がないと言われてるようでムカッとしたのでとびきり可愛く言ってやった。

顔を傾げて、普段は憎らしい低い視点からの上目遣い。

どうだ!アイドルのとびきりのチワワ顔だぞ!

「え!べにゅに!…んん!別に嫌じゃないけど…」

「ははははははは!」

「笑うなよ」

「だって!ふふ、べ、べにゅにって!くふ、だめ、もーむり!」

生まれて初めてここまで笑ったと言わんばかりに笑ってしまった。

動揺してくれたんだよね?私の精一杯の可愛いアピールに。

よくわかんないけど、嬉しさと面白さで一杯になった。

だって私の事可愛いって思ってくれたんだもんね?

脈はあるかも。

「からかうならもういい」

「ごめん、ごめんね?だって可愛いくて…ふふ!」

「もう好きしてくれ…」

「へへー。じゃあ一緒にご飯たべよ。どこで食べるの?杏はあんま歩かないとこきぼー」

嫌とは言わないんだね。

 

でもさ、それは優しさから?

そうじゃないことを望んじゃだめ、かな。

 

「知らねえよ。俺は好きなとこで食うだけだ」

「しょうがないなー。疲れたらおぶってね?」

「なんでだよ…。自分で歩け」

今はいっか。

こうして隣にいれれば。

 

比企谷君、私だって比企谷君がどう思ってるかわからないよ。

だから怖いんだよ?

それでも。

 

「手、繋ぐ?」

「な、ば!繋ぐかよ…」

 

そんな顔を見れば幸せになれる。

だから一緒に居たいな。

 

 

この時間が

 

 

この照れ顔が

 

 

この距離が

 

 

この優しさが

 

 

 

 

とても愛おしい

 

 

 

 





3分割の投稿です。
あと1話書いたあとリクエストを書こうかと思ってます。
年内の更新は難しいですが気長に待っていただければ幸いです!

3週も読んで誤字報告して頂いたのぶはすさんまじ神。

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