Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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認めない

 世界が揺れた。

 世界が崩れ始める。

 お互いの創造(ルール)をより強い形で具現化した流出同士がぶつかればどうなるかなど、想像するのは実に容易なことだった。

 永遠の争いを望む力と永遠の保守を望む力。

 根本には様々な思惑があれど、一切の交わる余地すら見せない力が衝突し合う時、しかもそれがお互いの世界観であり、間違いがないと信じているものである限り、二つの流出はぶつかり合うと同時にその境界線上に穴を開けることとなった。

 髑髏の軍勢と英雄達がたちまち消えていく。

 致命的な傷を負った獣と正義の味方は、その穴に吸い込まれるように落ちていった。

 

「ふふ……ふはははは! 勝負はまだ終わらん!」

 

「終わらせてたまるかっ!」

 

 ラインハルトは士郎の体からロンギヌスを引き抜き、士郎はラインハルトの体から干将莫邪を抜き取った。

 たとえ、どれほどの重傷を受けようともどちらかが完全に活動を停止しない限り二人の戦いが終わりを迎えることはなかった。

 それまで何度でも何度でも、穿ち貫き刺す。無意味と言われようとも、その渇望を満たすために果たすために中途半端な場所でやめるわけにはいかない。

 血を吐き、嗚咽を漏らす。

 あぁ、楽しい! これが私が数十年求め続けた無限の闘争! 愛しているさ、愛すとも。我が愛は破壊の傍証。愛でるためにはまずは壊そう。頭を垂れる弱者も、傅いて跪く敗者も、反逆を目論む不忠者も我が好敵手であろうとも、全てが愛しい! ゆえに壊す。愛でるべきものを愛でず、いたわり過ぎて放置するなど無粋の極み。だからこその死を想え(メメントモリ)だ。

 ここから逃がすものか! ここで止める! これ以上はやらせない! 俺が信じている正義の覇道が間違いじゃないって信じているから! 理想も渇望も捨てはしない! ラインハルト・ハイドリヒ。もう一度宣告してやる。ここでお前は()わりだ! 両手から零れる命を見るだけの日々は終わった。まずは……お前を!

 

「はァぁぁぁぁぁ!」

 

 どこまで続くとも知らない穴に落ちながらも、二人は手を止めることはなかった。

 もはや、どちらが獣であるかなど判断がつかない。

 血にまみれ、渇望のために剣を振るう姿は本来人間の持つ黒い部分と言えた。

 ゆえに、彼はその姿をどこか冷めた目で見ていた。そして静かに審判の時を伝えるのであった。

 

●○●○●

 

「あぁ……」

 

 男は感嘆の息を漏らした。

 

「なるほど。そういうことか」

 

 黄金の獣と青臭い正義の味方。メルクリウスは一寸の迷いなく、盟友が勝つと信じていた。

 しかし、現実はどうしたことか。今でも拮抗し続けていた。むしろ、両刀である干将莫邪を扱う士郎が押していると言っても過言ではなかった。

 だからこそ、メルクリウスはその事態を受け入れられなかった。受け入れてはいけぬと判断した。

 

「私はこんな展開など望んでいない」

 

 静かにメルクリウスは口を開く。

 その目は青く燃え、無表情ながらもどこか飽きた子供のようなあどけなさを浮かべていた。

 

「未知を求めた。それのみを願った」

 

 すべてが既知感でしばられているメルクリウスは、元から世界などどうとでも良かった。世界など、自分の思い通りにしかならぬ、聞き分けのない壊れた機械ほどにしか思っていないのだ。

 

「その果てに筋書きを外れたならば、確かに是と言えるのかもしれん。だが違うのだよ、座にある私は否と告げる。あぁ、嫌だ。認めない、このような終わりなど許せない」

 

 メルクリウスに今回の騒動はあくまでも練習でしかなった。

 別次元の人間を引っ張ってくる。これは、今までに経験がないこと信じていた。そして思惑通り、どこまでも未知にあふれ、士郎(かれ)によって騎士団がより精鋭と進化することで自らに目的を果たそうと考えていた。

 しかし、まさか世界を作り出すとは、さすがのメルクリウスでも予想できていなかった。それどころか、そこまでのことをされてしまっては困った。

 まだ時は早かった。10年、そうあと10年待たねばならなかった。

 真の代替なる彼が騎士団とぶつかり、あわよくばラインハルトと対峙する。それを願っていた。そして、そうなる前に世界に穴が開いてしまってはならなかった。

 

「ゆえにお前たちはもういらん。これより先は女神の復活の時まで封印だ。退場を願おう。それが私の……座の意思と知れ」

 

 メルクリウスは僅かに頬を動かした。

 これですべてを終わらせつもりだった。

 衛宮士郎。君には感謝している。また、回り道をしなくてはならなくなったが、今はっきりと私は自覚した。私は間違ってなどいない。私はこれで正しかったのだ。ゆえに、無為な死にはせんよ。私は約束を違えぬ男だ……君もまた我が盟友の爪となり牙となり……ふふ、ふはははは!

 

Et arma et verba vulnerant Et arma(武器も言葉も傷つける)

Fortuna amicos conciliat (順境は友を与え、)

inopia amicos probat Exempla(欠乏は友を試す)

Levis est fortuna(運命は軽薄である)

|id cito reposcit quod dedit 《運命は、与えたものをすぐに返すよう求める 》」

 

 それはメルクリウスの謳だった。

 本来発動すべき条件が整ってるは言えない。だが、それでも彼は自然とこの謳を口にした。

 長年の流浪の末、メルクリウスはこの歌の意味を忘れていた。自分の既知を世界へ流すもの、などと勘違いしている節すらあった。

 しかし、それでも構わないのだ。深層心理化で思い描く未来は、女神に抱かれ死ぬ黄昏の浜辺のみ。

 叶わぬというのなら、何度でも何十回でも何百回でも何万回でも構わない。別の可能性へシフトするまでやりなおせば良いのだから。

 このような結末を認めることはできないのだから。

 

Misce stultitiam consiliis brevem(僅かの愚かさを思慮に混ぜよ、)

dulce est desipere in loc (時に理性を失うことも好ましい)

Ede bibe lude post mortem nulla voluptas (食べろ、飲め、遊べ、死後に快楽はなし )

 死後に快楽などありえない。

 盟友は「死を想え」と信じているが、メルクリウスは「死を忘れずに生きよ」を信条としていた。 常に付きまとう終わりを忘れてはならない。最も、やり直せるのならば話は違うが。

 

Acta est fabula(未知の結末を見る)




まもなく第一部簡潔です。
え? まだ続くの? と思うかもしれませんが、まだ続きます。
このままじゃ士郎が……爪と牙になってしまいますから……

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