Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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男たち

 全力を出したい。

 そう願ったのは、はて……何年前だっただろうか。

 目の前で倒れている男に憐みの目を向けながらラインハルトは呟いた。

 椅子の柄の部分に肘をつき、頬杖をする。

 何も不自由のない人生だった。人に話せば、少なからずとも羨ましがられる人生だと自分でも自覚して言る。

 おおよそ、人類の黄金比率と言われる物で出来た容姿。ゲシュタポ長官という、当時のドイツでは最も安定している社会的地位。富、名誉。足りぬものなどなかった。何をしても上手く行き、失敗したことなど一度足りとも無い。ゆえに満たされていた。だが、幸福に満たされていたのか? という問いには首を振らざるおえなかった。

 何をしても上手くいく。手を抜こうとも上手くいく。わかりきっている未来がゆえに、あなたは本気を出せないでいる。渇いている。知っている未来を歩むだけの運命、人はそれを既知と呼ぶ。

 そう最初に諭したのは、詐欺師として捕まったカール・クラフト、メルクリウス本人だった。

 稲妻が走ったかのような衝撃をラインハルトが忘れたことはない。

 彼は求めていた。

 全力を出せる相手を。

 既知感という世界法則(ゲットー)から抜け出すことのできる日を。

 

「卿には期待していたのだがな……」

 

 溜息混じりに黄金の獣は嘆いた。

 

●○●○●

 

 その男は正義の味方になりたかった。

 実際正義の味方になった。

 弱者を救い、奪われる者を壊される者を守り続ける。それが自分の幸福だと信じて疑わない男がいた。 空っぽだった自分に、等しく奪われるだけの地獄の中だというのに幸せそうに切なそうにただ涙を流し続けたあの男に憧れた。あの男の夢を継ぐと決意した。

 そして男は、死んでもなお世界を救う道を選んだ。抑止力として、様々な戦いに介入し殺した。

 何十、何百、何千……数え切ることのできない屍の山に剣を突き刺していく。長い時間を経て、男が得たのは虚しいまでの脱力感だった。

 そして男は決意した。

 自分の原点を、同じ轍を踏むことが無いよう、源泉を抹殺してしまおうと。

 結果だけ言うとすれば、それは失敗であり成功でもあった。

 過去の自分は、未来の自分を見て驚きはしたが肯定することはなかった。恐怖したと語りながらも、その道を歩むことを拒まなかった。むしろ、未来の自分が忘れてしまったであろう己の源をもう一度示した。

 

『おい、その先は地獄だぞ』

 

 語りかけた先にいた過去の自分は、無表情のままだった。

 しかし、はっきりと答える。

 

『これがお前の忘れたものだ。確かに、始まりは憧れだった。けど、根底にあったものは願いなんだよ。この地獄を覆してほしいという願い。誰かの力になりたかったのに、結局何もかもとりこぼした男の願いだ』

 

『その人生が機械的なものだったとしても……』

 

『あぁ、その人生が偽善に満ちたものだとしても。俺は、正義の味方を張り続ける』

 

 だから……ここで倒れるわけにはいかないっ!

 胸が熱い。何かが体内で激しいエネルギーを放出しているようだった。暖かく優しい光。彼女の囁き。

 

『士郎……』

 

「あぁ、まだやれるっ!」

 

 

●○●○●○

 

 突如光輝く士郎の体に、ラインハルトは驚きを隠せないでいた。

 不死者になったというのならば、あの眩い光とは無縁の世界にいかなくてはいけないはずであった。ならばなぜ……

 

「教えてやろうか」

 

 傷は完全に癒えていた。

 士郎はゆっくりと立ち上がる。その右手は依然とは変わり、浅黒く赤い布をまとっていた。一目でそれが、目の前にいる士郎のものではないとラインハルトは感じた。

 

「俺の遠き理想郷(アヴァロン)はここにあるんだよ」

 

 胸を叩く士郎に、ラインハルトは感嘆の声を上げる。 

 事実、ロンギヌスの貫かれたというのに正気を保ち続け、あまつさえ人であり続ける者など出てこないと思っていた。

 

「なるほど。それが卿の聖遺物だと」

 

「それはどうだろうな、ラインハルト」

 

「ふん、だが瀕死の状態に変わりはない。私に勝てる手段も見出していないのでは?」

 

「……お前は一つ勘違いをしている」

 

「勘違い?」

 

「あぁ」

 

 臆することなく士郎はラインハルトへ近づいていく。

 

「全力を出したい? 違うだろ。お前の飢えは、そんなちんけな物じゃないだろ」

 

「……ならば何と言いたい」

 

「周りが弱いから全力を出さないんじゃない。お前がくだらないとレッテルを張っているから全力を出していないんだ」

 

「その理由は?」

 

「愛したいからだ! だが、お前は愛するほど壊したくなるんだろ! それが怖くて逃げているんだ……!」

 

「……はは」

 

 最初は散発的な笑い声だけだった。

 やがてその声は、大きくなり狂ったようにラインハルトから発せられた。

 すべての膿を出し切っているかのように、勘違いしていた己の真の渇望と向き合うために、ラインハルトの穴という穴から狂気が湧き出していた。

 

「そうか……そういうことかっ!」

 

 頭を抱えながらもラインハルトの狂笑は止まらない。

 

「私はすべてを愛したいと卿は言うのか」

 

「そうだっ!」

 

「ならば……!」

 

 笑いを止めたラインハルトの目は、まるで無邪気な子供のようにキラキラと輝いていた。

 無くしていた大切な宝物を見つけたかのように。

 

「破壊することを恐れて愛さないのは、愛し子らをないがしろにしていることではないか?」

 


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