Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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黄金に輝く者

「なるほど」

 

「……っ!」

 

「確かに速い。だが、それだけではないのか?」

 

「くそがぁっ!」

 

 剣に力を込める。

 動け、動いてくれっ! ここで断ち切らせてくれ!

 必死の願いも虚しく、士郎の剣はピクリとも動くことはなかった。

 一撃必殺を狙った斬撃を、ラインハルトはギリギリまで引き付けると素手で受け止めた。

 馬鹿げているとしか言い様のない、その様子に士郎は呆気にとられた。

 素手で剣を受け止める者など、どこの世界にいるというのだろうか。さらに、直接刃をに触れているにも関わらずラインハルトの手からおおよそ血液というものが滴り落ちることはない。傷の一つさえつけられているのか怪しい状況だった。

 懸命に動かそうと尚ももがくも、どうとなることはなかった。ラインハルトが静かに笑みを作る。

 

「ここまで来ることのできた、その気高き誉。大いに私のために尽くしたまえ」

 

「どういう意味だっ!」

 

「私の軍団(レギオン)となれば良いのだよ」

 

「ふざけるなっ!」

 

 士郎は新たな干将莫耶を投影し、先程とは反対方向から斬撃を叩き込む。

 だが、結果が変わることはなかった。再びラインハルトに刃を捕まれ、士郎は身動きが取れなくなった。

 

「何度やろうとも変わらぬものは変わらぬ。私はどうやら卿を過大評価しすぎていたようだ」

 

 失笑と共に漏れる悪魔の囁き。

 この世界に来て初めて、死ぬかもしれないという戦慄が士郎に走った。

 

「ゆえに、終わらせよう。永劫にこの城で闘い続けるが良い。さすれば……多少なりともマシになろうよ」

 

「なっ!」

 

 士郎の体に黄金の槍が貫かれる。

 櫻井が使っている紛い物ではない。正真正銘、黄金の槍。ラインハルトの聖遺物にして、最強の槍。貫かれた者は、己の意思に関係なく強制的にラインハルトの軍団(レギオン)になる。

 

Yetzirah― (形成)

Vere filius Dei erat iste (ここに神の子 顕現せり)

Longinuslanze Testament (聖約・運命の神槍)

 

「ロンギヌスの……槍っ!」

 

 かつて十字架に張り付けられた彼の者の心臓を貫いた槍。いわゆる、ロンギヌスの槍。

 遙か古の時代に鍛冶士トバルカインによってノドの地に降り注いだ隕鉄から鋳造された神話の武器であり、槍の正統な後継者であるラインハルトにしか扱うことが出来ない代物。

 

「世界平和。実に結構。素晴らしい。かつて私の総統も平和を望んでいた。最も、方法としては最悪だったかもしれないがな」

 

「あぁ……」

 

 意識が遠のいていく。自我を保っていられなくなる。空中に放り上げられ、バラバラにされるような感覚だった。

 ラインハルトは虚ろな目になっていく士郎に平和とは何かを説き続ける。

 

「だがな、人間とは闘争を好む獣にすぎぬ。利を得るために平気で人を裏切り、陥れ、殺す。それに……私は無限の闘争を望んでいるのだよ。この既知感から逃れるために。世界平和などという卿の夢を叶えられては……いかんのだよ」

 

 もう、ダメだ。すまない皆。俺はもう……

 消える寸前の士郎の魂に獣は最後の一言を告げ、元の座へとつく。

 ロンギヌスに貫かれた者に未来などない。

 いかなる魔術をもってしても治癒など不可能であった。仮に、覆すものがあるとするならばそれは、ロンギヌスと同等の力を持つ聖遺物の力が得られた場合のみだった。

 ラインハルトは確信していた。士郎が二度と不死者としての運命以外で、立ち上がることは無いと。

 

「また、全力を出せなかった、くだらぬ。カールの目を付けた男ゆえ、期待していたのだが……無駄だったったようだ」

 

●○●○●

 

「地獄を見た」

 

 

「……地獄を見た」

 

 

「…………地獄を見た」

 

 前にも一度見た地獄を見た。

 自分の始まりの地獄を見た。

 燃え盛る炎。等しく人は死に、助けを求める声は徐々に消えていく。

 同じように、世界を正そうと奔走する男の足跡もまた地獄だった。

 大を救うため小を犠牲にしてきた。幸福を与えるとこいうことは、そういうことだと信じてきた。己の信念は間違っていないと闘ってきた。

 そして迎えた最後はあまりにも残酷で無慈悲だった。残ったものは、積み上げられた幾千もの屍だけだった。英雄と呼ばれる者、正義の味方と呼ばれる者に等しく降りかかる業。

 悔みきれない犠牲の上に自分がいるという自覚。

 怖くなった。恐ろしくなった。その人生を歩んで行くのだと感じるだけで恐怖した。

 それでも、俺はあの日、アーチャーとの闘いでより強く意思をもった。

 どんな人生であろうとも、正義の味方になる夢は捨てないと。

 

『俺が代わりになってやるよ。任せろって、じいさんの夢は……』

 

「切嗣……」

 

「ひどい話だ。古い鏡を見せられている。こういう男がいたのだったな」

 

「アーチャー……?」

 

 無限の剣の丘に一人、赤い服をまとった男が立っていた。白髪に褐色の肌。見間違えるはずもない、未来の自分。

 アーチャーは士郎を一瞥すると、フッと鼻で笑った。

 空は晴れ渡り、銅の雲は消えていた。

 

「どうした。もう諦めたのか?」

 

「馬鹿言うなよ。俺は正義の味方になるんだよ」

 

「前にも言ったが……それは私のようになるということだ。むろん、誰に認められるわけでも称賛されるわけでもない寂しい人生を送るという」

 

「わかってるさ。だけど、これは俺の本当の気持ちなんだ。前にも言ったけど、初めは借り物でも今は違う」

 

「……ならば、何を求めてここに来た」

 

 アーチャーはゆっくりと士郎へ近づいていく。

 

「力がいるんだ」

 

「ほぉ? 力?」

 

「あぁ、思いだけじゃ倒せない敵がいるんだ」

 

「そこはお前の世界じゃない。放っておいてもいいのではないか?」

 

「そうだな。でも、アーチャー、お前は放っておけるのか?」

 

 アーチャーが目を見開く。

 二人の間には常人では到底理解でいない、時間軸の差があった。

 だが、元が同じ人ならば考えることも同じ。ゆえに、士郎はどう答えればアーチャーが驚くかをよく心得ていた。

 

「……わかった。どれだけ逃れようと足掻いても俺はお前だ。好きに使え。好きに使わせてもらう」

 

「頼んだ」

 

 二人の男がガッチリと拳を交わした。

 




なんやかんやで50話目……。
ここまでありがとうございます。
もうしばし、おつきあいください。
感想等いただけるとありがたいです。

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