Dies irae ~Unlimited desire~ 作:ROGOSS
「なるほど。つまり、カールはあの少年に期待している、ということか」
「その様な大それたものではありません。ですが、本来この世界において異物である彼が、騎士達を倒し黄金の獣の御前へ来ようとしている。おもしろいではありませんか」
「卿も相変わらずのようだ。むろん、客人ならば歓迎しよう。それが私の流儀であるのだから」
「むろん、構いませんよ。では、私は傍観者となりましょう」
「ほぉ、高みの見物ではなく?」
「はて……?」
ラインハルトの問いをサラリと流すと、メルクリウスはどこかへ去っていった。一人残されたラインハルトは、これから来るであろう男がどこまで闘えるのかと期待し、心を躍らせていた。
やがて城の王の間へ、士郎はが飛び込んできた。服はボロボロで、体中に治りかけの傷が大量にできていた。
肩で息をしていた士郎は、やがてラインハルトへ視線を向けると睨み付けた。
これが……黒円卓の首領。悪の根源。妄想の産物。俺は……こいつを必ず……!
「そう、いきり立つこともない。まずは卿を称えよう。実に素晴らしい。我が爪牙を倒し、御前へとやって来るなど……あの時会ったときには想像もできなかったことなのだから」
シャルロットとの闘ったあの日を、ラインハルトを初めて見た時のことを思い出す。
その圧倒的なカリスマ性と恐怖や憎悪といった負の感情に押し潰されそうになるプレッシャーは、今でも士郎の心に巣くって恐怖の感情として蠢いている。おぼろげに空に浮かぶラインハルトの姿、いわば彼の影を見ただけで、心を激しく揺さぶられていたのだ。実態のあるラインハルトと対峙している今、士郎の心は激しく揺さぶられ、勇気や希望といったものがポキリと音を立て折れてしまいそうだった。
だけど、それでも……俺がここにいることに意味があるのなら……逃げない、逸らさない、跪かない、屈しない。怖いからなんだ、気持ちか悪いからなんだ、そんなもの当の昔にいっぱい経験しただろ。立ち上がれ衛宮士郎。お前の心臓が動き続ける限りっ!
逃げずに睨み続ける士郎に感動したように、ラインハルトは静かに拍手をした。
「素晴らしい。これで私は全力で立ち向かうことができる、というものだ」
「黙れ! お前のエゴで世界は歪ませない」
「エゴ。なるほど。だが、本来願いというものがエゴだ。私も私の爪牙達にも、誰にも理解されぬようなドラマがある。決して楽しいものではない。ゆえに、願いを持っている」
「あぁ、そうだ。そこは別に否定はしない。だけどな! 自分のために誰かを犠牲にするなんていうのは間違っている! お前に奪った命の願いを踏み潰す権利はない!」
「ならば」
ラインハルトはそこで言葉を切る。
椅子に座り、高台から士郎を見下ろす様はまさに王の姿だった。
士郎も聖杯戦争を通して様々な王の姿を見てきた。だが、どの王も違った姿を持っていた。
守るため、満たすため、壊すため、直すため、例えそれが悪だとしても王達は信じるべき道を崇高な理念をもって進み続けていた。
ならば、今目の前にいる男の理念とはいったい……。
「卿は何を渇望する」
「俺は……」
思い出すのは笑顔。
前の世界線で守れなかったもの……遠坂、セイバー、桜、慎二、イリヤ……。
今の世界線で開放を望んでいたもの……シャルロット、ベアトリス、戒、マキナ……。
憎く思う時も、疎ましく思う時も多くあった。それと同じくらい、大切に思えた、いとしいと思った。死をかけて闘い命を落とした者もいた、くだらないことで笑いあった時もあった。だから、彼らが笑顔で過ごせる、自分が自分だと認識して笑える世界を俺は……創る。
「世界平和だ」
「……」
静寂。
ラインハルトは開いた口が塞がらないと言わんばかりに、呆然と士郎の顔を見つめた。士郎も、決して綺麗ごとを並べたつもりはなかった。獣の視線を射抜こうと見つめ返す。やがて、ラインハルトが静かに失笑した。
「ははは、なるほど。卿は平和のために闘うと」
「そうだ! おかしいか!」
「いいや、おかしくなどない。本来人は、自分の信じた理を通すために闘う動物。何を信仰しようが、それは個々の自由。卿の国の言葉で言うとすれば、十人十色といったところか」
「だから……平和を壊そうとするお前を、俺は壊す!」
「……では見せてみよ! 卿の描く
「行くぞ黄金。覚悟は出来ているか!」
「ふん、では卿の実力。はからせてもらおうっ!」
ラインハルトは静かに立ち上がった。戦闘態勢に入るわけでもなく、厳かに闘いの義を果たす。
「黒円卓第一位首領ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。謹んで、卿のすべてを見届けよう」
創造を解いていない士郎がラインハルトに斬りかかる。
狙うは首のみ。人間の姿をしているのならば、もっとも弱くそしてもっとも致命的な一撃となる部位。一瞬でケリをつけなくてはあとはない、そう考えていた士郎の剣に迷いはなかった。
後押しするように、女騎士の斬撃もラインハルトの首へ吸い込まれるように振るわれる。
しかし……