Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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一撃の死

Tod! Sterben Einz'ge Gnade! (死よ 死の幕引きこそ唯一の救い)

Die schreckliche(この 毒に穢れ)

Wunde, das Gift, ersterbe,(蝕まれた心臓が動きを止め)

das es zernagt, (忌まわしき)

erstarre das Herz!(毒も傷も跡形もなく消え去るように)

 

 マキナから発せられる死の謳は続いた。

 本能的に、止めるべきだと士郎は感じたものの、一度始まってしまった謳を止めることなど誰にも出来ない。ただ、その終わりを静かに待つしかなかった。

 

Hier bin ich,(この開いた傷口)

die off' ne Wunde hier!(癒えぬ病巣を見るがいい)

Das mich vergiftet, (滴り落ちる血の滴を)

hier fliesst mein Blut:(全身に巡る呪詛の毒を)

 

 この身に流れる呪いを。死ねぬという病を。貴様に理解できるか?

 語りかけるように謳われ、士郎は戸惑う。

 目の前にいる男は、何を望んでいるのか。渇望をルールと変えるエイヴィヒカイト。物理法則すら無視する圧倒的な理不尽。しかし、渇望こそわかれば、その魔術にどのような力があるのかを想像するのは難しいことではない。

 ならば、死を迎えたいと言い続けている彼のエイヴィヒカイトの能力とはすなわち……。

 

Heraus die Waffe!(武器を執れ)

Taucht eure Schwerte.(剣を突き刺せ)

tief, tief bis ans Heft!(深く深く柄まで通れと)

Auf! Ihr Helden:(さあ 騎士達よ)

Totet den (罪人に)Sunder mit seiner Qual,(その苦悩もろとも止めを刺せば)

von selbst dann leuchtet(至高の光はおのずから)

euch wohl der Gral!(その上に照り輝いて降りるだろう)

 

「終焉の世界っ!」

 

 小さく呟き士郎は絶句する。

 この世界に形を成した時点で、全てのものは何時の日か終焉を迎える。そこに、無機物・有機物はたまた、種族は一切関係ない。

 死の運命からは何人たりとも逃れることができず、自分史にいつか幕引きすることとなる。

 だが……もし、幕引きを強制的にさせる力だとするなら……

 

「一撃必殺の技……だっていうのか……?」

 

Briah――(創造)

Miðgarðr Völsunga Saga(人世界・終焉変生)

 

 ヴァレリアともベアトリスとも、他の大隊長とも異なる圧倒的な力がそこには存在した。考えなくとも、感じなくともわかる。

 こいつは、他のどんな奴よりも強い……!

 

「呪詛の毒。安息を得られぬ、という祝福(のろい)。わかるかお前に」

 

「……っ!」

 

 マキナが跳躍し、士郎へと拳を振り下ろす。

 黒く光り、義手のようにも見えるその右手の鉄拳は無慈悲に何もかもを奪い去る終焉の一振り。

 受け止めてはだめだ……!

 咄嗟にサイドステップでかわすも、歴戦の猛者にその程度のことを予想することなど造作もないことだった。そのまま左手で士郎を掴むと地面へ押し付ける。

 

「ぐあっ!」

 

 マキナは方向転換すると再び右手を士郎へと振り下ろした。

 その表情に、戦いを楽しむ様子も、弱者を甚振る様子もない。ただ純粋に、淡々と、目の前の敵を排除する義務に駆られた殺人マシーンのような無表情だけがあった。

 

熾天覆う七つの円(ロー・アイアス)!」

 

 瞬間の判断だった。

 本来、投擲武器に対して絶対的な防御力を誇る盾がどれほど効果的なのかはわからなかった。

 だが、今もてる最強の盾を創りあげなければ負けると、うるさいほど警鐘が鳴らされ続けていた。

 耐え抜けっ……!

 一枚一枚が城壁にも匹敵する七枚の花弁に終焉の拳がぶつかる。そして……

 

「嘘だろっ!」

 

 まるで卵の殻を素手で割るかのように、拳は花弁を突き抜けていった。

 最強の盾と信じられているソレさえも、培ってきた歴史もろとも粉砕されていった。

 それでも、盾を破壊するコンマ数秒でも稼げたことが士郎にとっての幸運となった。

 わずかに逸れた拳は地面へ激突し、巨大なクレーターを作り上げる。爆風と粉塵に巻き上げらた士郎は、吹き飛ばされコロシアムの壁に強打する。一撃で死を迎える拳に当たるのならば、たとえ肋骨が折れようとも吹き飛ばされたほうがマシだということは明白だ。

 

「ほぉ……」

 

 偶然が重なったとはいえ、マキナが絶対的有利な立場から生還した士郎に興味深そうな視線を向ける。

 なるほど。運があったと言うべきか。おもしろい、次の一手かわせるか。そう、何度も甘くいかない。

 マキナが姿勢を低くし距離を詰めようとする。

 

「どうするっ! どうすればいいっ!」

 

 半端なものを投影して盾として使えば、それもろとも士郎へ拳が突き抜けてくるのことはわかっていた。だが、士郎から攻撃を仕掛けることも難しいかった。触れるだけでも危険な徒手を扱う相手に、接近戦は避けたい。

 

「だったらどうする……! 考えろっ!」

 

 常にイメージするのは最強の自分。ならば、今自分が最も欲しいものはなんだ。何を必要としている。最強の自分とは具体的になんだっ! 願いは、目の前にいる人が涙を流さぬ世界を創ること。そのために、絶対悪を完全に滅ぼさなくてはいけないとするならば……

 

『だから言っているだろう。イメージするのは常に最強の自分。貴様が、どのような理想を描こうが勝手だ。半端はやめろ、理想を抱いたまま溺死するだけだ』

 

「……そうかよ。半端はやめろ。そうかい、どこかで逃げ腰の俺がいたってことかよ」

 

 あぁ、だったら覚悟を決めよう。

 たとえ世界に嫌われようとも、疎まれようとも、虐げられようとも、守ることができた結果に満足しよう。それ以外はもう……必要ない!

 

 

「いくぞ黒騎士(ニグレド)ご都合主義(デウス・エクス・マキナ)は終わりだ。ここからは、本当の力勝負だ!」


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