Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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無限の痛み

「私の忠を舐めるな、小僧」

 

「はっ……!」

 

 振り上げていたアゾット剣を放棄すると、士郎はエレオノーレと距離をとる。だが、時すでに遅し。

 煉獄の詠唱が怒りとともに謳われた。

 

Echter als er schw?r keiner Eide(彼ほど真実に誓いを守った者はなく)

treuer als er hielt keiner Vertr?ge;(彼ほど誠実に契約を守った者もなく )

lautrer als er liebte kein andrer:(彼ほど純粋に人を愛した者はいない)

 

 それが誰に対して謳われているのかを士郎は知らない。否、エレオノーレ自身も理解できていない。

 ベアトリスがかつて言っていたことを思い出し、エレオノーレは鼻で笑った。

 口を開けば愛だの恋だの、女というものは度し難い。くだらん生き物だ。そのような一時の迷いを永遠の枷とするなど考えられん。真に求められるのは忠義を尽くす相手を見つけることのみ。キルヒアイゼン、貴様の言っていたことは間違っている。

 

und doch, alle Eide, alle Vertr?ge,(だが彼ほど総ての誓いと全ての契約)

die treueste Liebe trog keiner wie er(総ての愛を裏切った者もまたいない)

So-werf' ich den Brand (我はこの荘厳なるヴァルハラを)

walhalls prangende Burg.(燃やし尽くす者となる)

Briah――(創造)

Muspellzheimr Levateinn(焦熱世界・激痛の剣)!」

 

「ぐはァぁぁ!?」

 

 士郎の世界が灼熱の地獄へと変わっていく。太陽が剣が砂がすべてが焦土と化す、灰燼と化した。

 そのあまりの熱さに士郎は身をよじった。逃げることなど許されず、この煉獄の炎の熱波を生身で受けるしかなかった。

 

「これは……!」

 

「貴様ごときに使うなど……まぁ、いい。逃げ場はない」

 

 エレオノーレの後ろではゴウゴウと音を立てながら燃え滾っていた。地獄の窯。あるいは、灼熱の高炉。

 エレオノーレの世界と士郎の世界が混じり合い、ぶつかり合う。

 

「貴様の慟哭など子供の我儘だ。そんな輩がハイドリヒ卿に盾突こうなど、とんだ喜劇だ」

 

「うるさいっ! 目の前の人を守りたいと願って何がおかしい! お前ら軍人は奪うことしかしてきていないからわからないだけだろ!」

 

「ふん、軍人。即ち、それは国家の民を守る組織だ。奪うだけしか能がない愚かな軍人など、軍人の風上にも置けん。本来、守る立場なのだよ、私は」

 

「だったら!」

 

 だったら、なぜ、どうしてわからない! 守る立場と言い切れるのならば、どうして奪う方へと味方する!

 声にならない叫び声を士郎は上げた。喉の奥がヒリヒリと焼け付いてきた。肌も角質がポロポロと剥がれ落ち、重度の火傷を負った後のように爛れ始めていた。

 

 

「貴様の言いたい事はわからなくもない。だがな、守るべき国などこの世界にはない」

 

「なにっ!」

 

「保身をのみを考える人の価値がどこにある? 何も知らず知ろうともせず、戦いから逃げる人の価値がどこにある? 私はハイドリヒ卿こそこの世界の頂点に立つべきお方だと考えている。あの方の世界こそ、今必要なのだ」

 

「馬鹿言うなよ! それこそ、お前の価値観を無理やり押し付けているだけだろ! 正直に言えよ!」

 

「正直だと?」

 

「あぁ!ラインハルトに憧れて恋い焦がれて、惹かれてるってな! 一時の感情で恋心なんかで、人の命を奪わせない!」

 

「……貴様、またして私の忠義を馬鹿にするのか!」

 

「あがっ……がぁァァァ!」

 

 無限の痛みが士郎を襲った。エレオノーレの背後にある窯から、さらに炎の渦が士郎へと襲い掛かる。かわすことなどできない。かわす場所などどこにもない。

 

「ここは、私の聖遺物の中だ」

 

「聖遺物の中……?」

 

「貴様が、どのような術を使ったかは知らんが存外に脆かったな。ここは、ドーラ砲の砲塔内。逃がさずに無限の苦痛を与えるにはどうすればいいと思う」

 

「……」

 

「逃げ場など最初からなくせばいいのだよ」

 

 自身をも巻き込みながら創造を発言させたというのかっ?!

 士郎はエレオノーレの発言に驚き、冷や汗を流した。

 彼女は最初から逃げ場など無いと言っていた。彼女自身も逃げることなど考えていないということにほかならなかった。だが、とうの本人は涼しい顔のまま士郎が激痛に悶える様子を眺めていた。

 

「貴様はよく頑張った。だが、薄っぺらい理想を語っている貴様に勝ち目はない。無限の痛みを味わえ」

 

「くっ、忘れて……いないかよ……ここは、無限の剣の中だ!」

 

 士郎は咄嗟に一対の剣を掴むとエレオノーレに投げた。剣はエレオノーレを囲むように左右へ飛んで行く。続けて、士郎はもう一対を投影すると今度はエレオノーレの前後へ投擲する。楽々とかわすエレオノーレに士郎は最後の突撃をはかる。これが通用しなくては、敗北することは士郎が一番理解していた。

 

「おもしろい! だが、無意味な攻撃にはやはり意味などない。楽には死なせんぞ!」

 

 シュマイザーの射撃が始まる。構わず突撃する士郎へ最後の炎を浴びせようとするエレオノーレに2対の剣が襲い掛かった。前後左右から来る剣を跳躍してかわす。それこそが士郎の狙いであった。

 

「馬鹿なっ!」

 

 突然目の前にいる士郎にエレオノーレは動きを止めた。回避した後にできた僅かな隙を士郎は見逃さなかった。その一瞬を隙を作るためにわざわざ、干将莫耶を2対使ったのだ。

 握っている干将莫耶を大きく振り上げる。

 

「行けよ、ヴァルハラッ! 勝手にジークハイル歌ってろ!」

 

「ぎぃいいああああああああああああああああああ!」

 

 胸に深手を負ったエレオノーレが叫ぶ。

 私が……こんな奴に負けたというのか……!

 世界が歪んでいく。温度が一気に数十度下がった。煮えたぎっていた空間が急激に冷やされていく。

 

「良いだろう、次に会うときは城の中か。貴様を好敵手として認めてやろう。せいぜい足掻くがいい。ハイドリヒ卿にはどうしても敵わぬと悟るが、良い……」

 

 捨てゼリフともとれる忠告を聞き、士郎は隣へ目を向けた。

 剣の丘では櫻井とヴァレリアが対峙していた。

 

 


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