Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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煉獄と剣劇

「なんだこれは……」

 

 エレオノーレは思わず嘆いた。

 その顔には彼女にしては珍しく、動揺と焦りの色が浮かんでいた。

 このようなもの見たことがないぞ。一体あの小僧は……

 無数に剣の刺さった荒野でただ一人、悲しみとも喜びともとれる表情をした士郎をエレオノーレは見る。その中の一つを手に取ると、士郎はエレオノーレにその剣先を向けた。

 

「ここでお前を倒す」

 

「ふん、戯言を。貴様ごときが私を倒すだと? 口だけは達者と見てやろう」

 

「本当にそれだけで済むといいけどな」

 

 エレオノーレは改めて剣の丘を見る。

 荒廃した大地には4人の魔人がそれぞれの敵と対峙している。空には、歯車のようなものが浮かびあがっており、何者かの運命を回しているのか、ゆっくりと回転していた。

 これが奴の世界……? だがこのようなもの……?

 エレオノーレは考えた。目の前の敵がどのような魔術を使い、願い渇望しているかのかを。彼がエイヴィヒカイトの加護を受けていることは、長年の間研ぎ澄まされ続けてきた勘から感じ取っていた。

 エイヴィヒカイトには大きく2つの異なったタイプがある。

 一つは、「~になりたい」「~でありたい」という願いを具現化し、己の内側を塗り替える求道(ぐどう)。もう一つは、「世の中が~であってほしい」「~したい」という願いを具現化した、周りの環境や世界に対して変化を求める覇道(はどう)だ。

 しかし、これだけの世界を変える力……例えるならば、自分の世界へ相手を引きづりこんだ様な力を見るのは初めてだった。

 ゆえに、エレオノーレは警戒した。目の前の敵が見た目よりもマシに戦えるのではないかと期待しながらも。

 

「我が君より命を受けて推参。聖槍十三騎士団黒円卓第九位大隊長エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウァ。さあ参れ、剣の少年よ。私の(ローゲ)でハイドリヒ卿へ捧げる刃の切れ味を見てやろう。鈍刀(なまくら)ならば骨も残らんと思え」

 

「衛宮士郎。行くぞっ!」

 

 士郎の周囲にある剣が一人でに動き出し、エレオノーレへと向かう。

 エレオノーラは、指を鳴らすと炎を起こし剣を叩き落した。だが、その間に士郎はエレオノーラへ急接近していた。ベアトリスほどの速度が出ずとも、シュマイザーから放たれる弾丸を剣を持ち替えながら受けとめ、徐々に距離を近づけていった。

 

「これでもくらえっ!」

 

「なっ!」

 

 避けられない攻撃ではなかった。しかし、士郎の剣技だけではなく背後から迫っている剣を警戒しながらとなると、そては難しかった。エレオノーレは頬の血をふき取る。士郎は後退していた。

 なるほど。貴様が3人目ということか。シュライバー、キルヒアイゼンそして衛宮。東洋の猿は大したことがないと思っていたが、いかんせん中々やるではないか。

 

「光栄に思うがいい。貴様が3人目だ。私に傷をつけたのは」

 

「そうかい。だけど、退いてくれるってわけじゃないんだろ」

 

「ぬかせ。退却しなくては行けぬほど、私は追い込まれてなどいないし貴様は強くない。所詮は、紛い物の技。創造位階に達せない者の技など恐るるに足らず」

 

「それでどうした。言い訳ばっかりして、お前は攻撃してこないのか!」

 

「馬鹿を言うな」

 

 パンツァーファウストからロケット弾が一斉に放たれる。数発を斬りおとし、士郎は特攻する。

シュマイザーとパンツァーファウストの絶え間ない弾丸雨あられの中速度を緩めることなく突っ込んでいく士郎の姿に、エレオノーレもさすがに驚いていた。

 

「貴様、怖くないのか」

 

「怖いとか怖くないとか、そんなの今関係あるのか!」

 

投影(トレース)開始(オン)!」

 

 武器を持っていない士郎の手にアゾット剣が握られる。多少なりとも油断していたエレオノーレに、それは効果抜群だった。上段から一気に振り下ろされた剣劇はエレオノーレの右肩から胸にかけ、大きな傷跡作った。

 

「おのれぇ!」

 

 瞬間、士郎に渾身の蹴りを決め吹き飛ばすとエレオノーレは肩を抑えた。不死身の英雄(エインフェリア)といえども全ての攻撃に対して無傷でいられるわけではない。

 

「なるほど。貴様、見どころがあるな。命令だ、貴様の願いはなんだ?」

 

「願い? そんなこと決まっているだろ」

 

 無敵か? 不死身か? あいつは何を考えている。

 目の前にいる男の願いをエレオノーレは考えた。だが、士郎はエレオノーレの考えを大きく裏切る答えを言い出した。その解答にエレオノーレは肩を震わせた。感動ではない、心の底から憤っていた。

 

「俺は、目の前にある全てを守る。これ以上、誰かに悲しい顔はさせたくない。世界のすべてを守ってみせるんだよ!お前らみたいに、自分だけが強くなりたいとか、誰かを生き返らせたいなんて願いは間違っている」

 

「……貴様、それは私の忠を馬鹿にしているのか?」

 

 エレオノーレが右手を大きく上げる。

 大地が空が空気が震え、熱を帯び始める。

 

「くだらん戯言を。数百かそこら血を流れているからどうした。今が非日常であるからどうした。友や家族を失ったからどうしたという。そんなものは貧困の国にでも行けば日常の光景だろう。土人や棄民の所業であり、泣き言に過ぎん。戦場は、兵士の本分を弁えた者にしか理解できない。焼け出され、人生を喪失した女子供は哀れだが、そうした者らが訳知り顔で語ることを私は許さん。決して認めん クリストフも、ブレンナーも、そして貴様も……分かってない者とはそうした奴輩のことを言う」

 

 突然語り始めたエレオノーレに士郎は後ずさった。

 メラメラと彼女の背後から煉獄の炎が燃えてぎっていた。

 士郎は守りたいといった。それがどんな者であろうとも、命があるのなら守ることが義務だと思っていた。だが、エレオノーレは違う。人は争うことを避けられない動物である限り、全てを守ってみせるなどと、訳知り顔でいうことが許せなかった。

 

「兵士は死者の蘇生など求めはせん。いかにして己は死なず、いかにして他者を殺し続けるか。 兵士(われわれ)はそれだ。戦場とはその原理だ。背後の死体に取り縋って泣いているような貴様らは、兵士でないゆえに戦場を理解していない。目の前にいる敵を倒さず、理想ばかり語る貴様に戦場は理解できない。わかるか、だから払うのだよ」

 

至高の聖戦に紛れ込み、埒もない真似を続けて興を削ぐ似非者ども。

ならばそれらしく払ってやろう。

焼け出された場所で炎に包まれ、悲劇に好きなだけ酔いしれるがいい。

「泣くのが好きなのだろう?」

 

己は罪深く無力だと、自慰に耽るのが好きなのだろう?

「反吐が出る」

 虫唾が走るのだ。その手の輩がいっぱしの戦士面をすることが。

 

「聞け。これが地獄(せんじょう)だ。貴様の歌う賛美歌など聞きたくないわ」

 

 


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