Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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貫かれて

War es so schmählich,――(私が犯した罪は)

ihm innig vertraut-trotzt'(心から信頼において)

ich deinem Gebot.(あなたの命の反したこと)

 

 それはベアトリスが、人間であった頃から抱き続けた感情を謳ったものだった。

 傲慢で、理想主義者であり、それでも敬愛すべき上官へうたった淡い乙女の憧れの唱。

 

Wohl taugte dir (私は愚かで)

nicht die tör' ge Maid,(あなたのお役に立てなかった)

 

 戦場照らし、迷う者がいない様にしたいという彼女の世界(ルール)

 軍人家に生まれ、軍人として育ってきた者の夢としては、あまりにも幼い。

 人を殺して、死なぬよう殺して、また次の戦場へと赴くために殺すとこが本分であるのが軍人だ。だから貴様は甘ったれている、などと怒られるのだろうか? などと考え恐る恐るベアトリスは顔を上げた。

 ゆえに、敬愛すべき上官が謳い出した時は驚ろきと嬉しさが半々だった。

 

ein bräutliches Feuer (ならば如何なる)

soll dir nun brennen,(花嫁にも劣らぬよう)

wie nie einer Braut es gebrannt!(最愛の炎を汝に贈ろう)

 

 少佐、思わず声が漏れる。エレオノーレは相変わらず腕を組んだままだったが、その顔に呆れからなのか、余裕からなのか、はたまた別の理由なのか微笑を浮かべていた。

 

Wer meines Speeres Spitze furchtet,(我が槍を恐れるならば、)

durchschreite das feuer nie!(この炎越すこと許さん)

 

 姉妹の声が重なる。これが最初で最後かもしれない。そう思いながらも、感慨に耽っている暇などなかった。

 別の出会い方をして別れ方をしていたら……

 ありえないIFを考え思わず胸が締まる感覚に襲われた。だからこそ、それを隠すようにベアトリスは唱の終わりを力強く謳った。

 

Briah――(創造)

Donner Totentanz――Walküre(雷速剣舞 戦姫変生 )!」

 

 第三位階の技。それは己の自我を保つことがいられる最高位階だった。ゆえに、それより上、第四位階である流出を扱えるものは首領・副首領だけと考えられていた。

 更なる稲妻と速度を得たベアトリスが一気に詰め寄る。

 上から、下から、左から、右から。細身の剣を自在に操りエレオノーレに攻撃を続ける。

 まさに疾風迅雷。ベアトリスが高速移動する度に雷鳴が轟いた。

 

「ふふふ……」

 

「どうしたんですか?」

 

 攻撃をかわしながらもエレオノーレは笑い始めた。

 訝しの目を向けなながら、ベアトリスは一度距離を取る。

 まだまだ甘い、などと馬鹿にされるのだろうか? と思っていたベアトリスに予想外の言葉がかけられる。

 

「ハイドリヒ卿と出会い、貴様も私も打ちのめされ、ゲシュタポに引き抜かれたのは、さて、いったい何時だったかな」

 

「……ッ19、39年……確か……クリスマス・イヴだっていうのに、少佐がまた面倒なことを言い出して…… 私、迷惑したんですよ。」

 

「別に男と約束があったわけでもあるまい」

 

「それは……確かにそうですけど」

 

 あぁ、どうしてこの人は……

 己に厳しく、他人にも厳し理想主義者は、そんなことを言うとニヤリと笑みを作った。

 あの日々に戻れたらと何度願ったことか、それをこの人は……!

 シュマイザーの銃声が響き、ベアトリスは回避運動に入る。散発的ながらも、シュマイザーはベアトリスに向かって発砲し続けた。

 

「キルヒアイゼン。私は、お前がどのような願いを持っているのか考え続けた」

 

「……あなたは変わられてしまった」

 

「当たり前だ。そのために日々鍛錬を行い、己を鍛え続けていたのだから」

 

「違いますっ!」

 

 ベルリン陥落のあの日、あなたは……

 紅蓮に燃える愛しの都。あの光景を前に動けないでいたベアトリスにエレオノーレは命令を下した。

 

―全ての魂を集めよ

 

―真に守るべき魂は質が良い。これはこの儀式において必要不可欠だ

 

 

「どうしてだったんですか!」

 

 長年の疑問をベアトリスはぶつける。

 

「私たち軍人でしょ!」

 

 犯罪者崩れでも神父でも、娼婦でも国家職員でも魔女でもない。エレオノーレとベアトリスは立派な軍人だった。だからこそ、許すことができなかった。変わってしまったと絶望した。

 

「どういうことだ」

 

「陥落したベルリンで……」

 

「ベルリン……そういえば、ベルリンは貴様の故郷だったな。そうなると、家族や友人の復活を望むのか」

 

「違いますよ!」

 

 大きく息を吸う。部下のすべてをわかっているような態度をとりながら、あなたは何もわかっていない。心のなかで毒づいた。

 

「軍人は国民を守る存在です。なのに……どうして命を奪えなんて命じたのですか! あなた、堕ちてしまった。だから、私は昔の少佐に戻って欲しいんです!」

 

「なっ……!」

 

 口を開けたままエレオノーレが固まる。

 よほど予想外だったことだったのだろう。やがて、忍び笑いが変わり腹を抱えてエレオノーレは笑い始めた。

 

「まさか、貴様に軍人とは何たるかを唱えられるとはな。これは中々だぞ」

 

「私は、昔の……憧れだった中尉に戻って欲しい!」

 

「……私はハイドリヒ卿に忠を尽くすと誓った。それでも引きはがしたいと言うのなら、力づくでやってみろ……!」

 

「言われなくても!」

 

 再びベアトリスがエレオノーレへ踏み込もうとする。

 その時だった。不吉な唱が耳に入ったのは。

 その唱が誰に向けられているのかを気が付いたのは。

 フと横を見る。マキナと櫻井の戦いに向け、神父は黄金の聖槍を投げ込もうとしていた。

 

「だめ……!」

 

 一瞬の間にベアトリスは決断する。

 上官を助けたいと願った。それと同じく、愛する人も守りたいと思った。

 ゆえに、ベアトリスは最高速度で櫻井の前に飛び出すと……

 

「ぐはっ……!」

 

 時が止まった。

 エレオノーレもマキナも櫻井も士郎もヴァレリアも動けなかった。

 聖槍をもろに受けたベアトリスが膝をつく。櫻井が急いで近寄ると、ベアトリスを抱き上げた。

 

「ベアトリス……!」

 

「カイン……」

 

「どうして……」

 

 櫻井呪いのようにどうしてと呪いのようにつぶやき続ける。エレオノーレは怒りなのか悲しみなのか複雑な表情のまま固まっていた。マキナは鉄仮面のままだ。

 ただ一人、ヴァレリアだけがおやおや、などと言って笑っている。

 戦いから逃げた、なんて言って少佐は怒ってるかな。ごめんなさい、私は弱いままですね。

 心の中でエレオノーレに謝りながら、ベアトリスは静かに櫻井に囁く。

 

「ずっと……言いたかったの。愛してる」

 

「……それは僕だって……なのにっ!!」

 

 聖槍に貫かれた者に待つのは死だけだ。

 本来、ラインハルトが扱うその槍の一撃の呪詛を回避することはできない。

 光の粒子に代わっていくベアトリスを櫻井は抱きしめた。

 

「うおォぉぉぉ!」

 


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