Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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戦乙女

「始まったな」

 

 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルクは静かに呟くと、目の前にいるブロンドヘアーの部下を見る。

 

 

「お久しぶりですね、ヴィッテンブルク少佐」

 

「ふん、キルヒアイゼン。お前は何をしている」

 

「決まっているじゃないですか。私にしかできないことをしているんですよ」

 

「くだらん」

 

 エレオノーレは鼻で笑う。

 私にしかできないこと? 戯けめ。ハイドリヒ卿に尽くすことこそが我々にできることだと何故わからん。

 エレオノーレは細巻きの葉巻に火を点けた。

 

「いつまでたっても、貴様はバカのままだ」

 

「えぇ、そうですよ。若いままってことですよね」

 

 エレオノーレに挑戦的な態度をとることができたのは、後にも先にもかつての部下ベアトリス・キルヒアイゼンだけだった。

 正反対の性格ながらも、妙に馬のあう仲の良い姉妹。彼女たちを表現する最も適当な言葉だ。だが、その姉妹はこれから、殺しあうのだ。

 

「言っておくが、私に抜かせれば……死ぬぞ」

 

「わかっています。ですから、抜かせません!」

 

 葉巻を吸い腕組みをしながらエレオノーレは笑う。

 傍から見れば、それが隙だらけだと、何故今攻撃をしないのか? と言うだろう。ベアトリスは、尊敬すべき上官がただ無意味にその態度をとり続けているとは思えなかった。

 元より、軍属の家庭に生まれた上官と部下の戦いに不意打ちなどという下種な真似は不必要だった。

 

 

「良いだろう。教育しなおしてやろう、キルヒアイゼン」

 

「少佐……いきます!」

 

 雷鳴のごとき速さで距離を詰め、ベアトリスは攻撃をする。2撃3激と続ける。

 致命傷こそ与えられないものの、エレオノーレの軍服は破れ血が滲み出していた。

 それでも、ベアトリスは攻撃を続ける。むしろ、ここまで攻撃を繰り返しているというのに、有効打を一撃も与えられていないことに焦っていた。

 その焦りをエレオノーレは感じ取ると、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「いい動きだ、キルヒアイゼン。相手が私でなければ勝てていただろう。だが、自分の部下の太刀筋など覚えていて当然、そしてこの60年間シュライバーと戦ってきた私がその動きを躱せぬわけがない」

 

「くっ! それでも!」

 

「私も伊達に城にいたわけではない」

 

「シュマイザー?!」

 

 エレオノーラの背後に機関銃が姿を現し一斉射撃を開始する。

 高速で動く戦乙女であろうとも、突然の出来事に対応することはできなかった。数発の被弾を受けると、ベアトリスは距離をとる。

 そこへ追撃のロケット砲が追撃を始める。

 

「今度はパンツァーファウスト!」

 

 どうして……

 エレオノーラの攻撃は、敵を捕らえるまで無限に広がり続ける爆心のはずではないのか。どうして、銃火器を具現化することができるのか? 

 その疑問にエレオノーラが答える。

 

「あの砲を動かすのにどれだけの人員がいると思う。数百、数千人必要だ。つまり、砲そのものが私の武器であるということは……」」

 

「それを動かす人員すら武器だと」

 

 エレオノーラの最大の武器ドーラ砲は、都市区画ごと木っ端微塵に吹き飛ばす巨大な移動砲塔。その砲を守護する人員、整備する人員、製造する人員。すべてがエレオノーレのモノだと彼女は言っているのだ。ゆえに、ドイツ軍が使う銃火器すら自在に操ることができる、と。

 おかしな冗談ではないのか? 笑い飛ばしてしまいたくなる衝動にベアトリスは駆られる。

 まったく、桁違いすぎますよ少佐。

 それでも、ベアトリスは逃げない。彼女にもまた戦う理由があるように……

 

「キルヒアイゼン。貴様の目はいつみても青いな。あぁ、青臭い。これは戦争だ。生か死か。勝つか負けるか。中間などありえん」

 

「わかっていますよ少佐。必ずあなたの目を覚まさせてみせます」

 

「目を覚ます? 戯言を。未だに正確な状況認識ができていないのは貴様のほうだ」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

 その後の言葉をベアトリスは飲み込む。

 彼女ら二人は同タイプ。聖遺物を装備品と発言し、手に持ち戦う具現型だ。もっともスタンダードな、基本の型と言っていい。

 数千数万の魂を有し、それを兵力として操るカール・クラフトの秘術。その基本に忠実であるということは、すなわち指揮官の才能、己が軍勢を制御する術に長けている事実を意味する。

 ゆえに、このタイプに明確な得手不得手がない。

 攻も、防も、走も、魔も、何かが極端に突出してることがない代わりに穴も存在しない。

 どれか一部分を重くすれば、必ず別の何処かが低下する。それは重装歩兵が機動力を持てないことと同義だろう。

 逆に言えば、出来ることが多すぎるがゆえに器用貧乏と言い換えることもできる。

 

「本当、相変わらず少佐は隙が無さすぎですよ」

 

 高レベルの者は文字通りの万能。無敵と形容できる存在になる。

 

「バカ娘が。少しは成長したと誉めてやろうとしたのだが」

 

「誉める? 傷を負わせることができたことにですか? 確かに、少佐に傷を負わせられるなんて夢にも思ってませんでしたが、それ以上に少佐から誉める何て言葉が出るなんて驚いてますよ」

 

「どうも貴様は、私が極度の嗜虐家だとでも思っている節があるようだが、そうではない。つまらん輩が多すぎるがゆえに辛辣に見えるだけだ」

 

「自分で俺様すごい宣言しているわかってます?」

 

「ふん、私を倒してから続きを言ってみろ!」

 

 再びの銃撃。

 被弾の可能性だけがある弾だけを打ち落とし接近するも、致命打はあたえられない。無駄に魂の消費することは敗北を意味した。絶対保有数では、エレオノーレにベアトリスは勝てない。

 ゆえに、最強で最速に勝負をつける必要があった。

 

「さぁ、いい加減遊びは終わりだ」

 

「そうですね……!」

 

 ベアトリスがルールの詠唱を唱えだしはじめた。

 

 

 


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