Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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定められて

 これが大隊長……

 壮年の兵士は無言のまま櫻井を見ている。櫻井は同年代と比べると、かなり体格の良いほうだ。しかし、目の前にいる男はさらに研ぎ澄まされた肉体を持ち体格は1回り大きかった。

 その殺意とプレッシャーの大きさに押しつぶされそうだった。

 やがて、壮年の兵士はゆっくりと口を開いた。

 

「お前ごときが、俺に終焉を見せられると?」

 

「さぁ、それはわかりませんね」

 

「ふん、お前と直接会うのは初めてだな。お前の血族の運命(さだめ)は良くわかっているがな」

 

「……」

 

 櫻井の血。呪われた血族。

 死を喰らう者(トバルカイン)となることが義務付けられた一族。櫻井戒は、その血の運命を終わらせたかった。自分の代ですべてを終わらせたいと願いつづけていた。そのため、今回の反乱ともいいえる戦いに挑んだのだが……

 

「血。俺にはわからん。いったい、そんなものに拘って何になるというのだ」

 

「この苦しみは、そう定めづけられた人にしかわからない」

 

「定められた。なるほど、その点では俺と同じかもしれないな」

 

 ゆったりと自分語りを始める男に櫻井は訝しんだ目を向ける。

 

「聖槍十三騎士団大隊長黒円卓第七位ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。誰が名付けたかは知らないが俺に名などいらない。俺はくだらん遊戯に付き合わされる運命(さだめ)を持っているだけだ」

 

「それはどういう意味……あなたはいったい……」

 

「俺は、死を望んでいる。ただの死ではない。二度と地獄(ヴァルハラ)に蘇ることのない完全なる終焉」

 

 フワリとマキナから何かが浮かび上がったような気がした。

 それは、あの第二次世界大戦を戦い抜いた英雄の姿だった。英雄は今もなお、戦うことを義務付けられていた。ゆえに、英雄譚を終幕へと導く存在を探しているのだ。自分を二分した存在を。

 

「くだらないことを言ってしまったな。では、お前を試させてもらおうか」

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第二位櫻井戒。ここでお前を……倒す!」

 

 櫻井は一気に距離を詰めると、手に持っている偽槍を振り下ろす。十分すぎる手応えが伝わってくる。しかし……

 

「そんなものか」

 

 お返し言わんばかりに、マキナが拳を櫻井へ振り下ろす。間一髪でかわすも、その一撃は教会の床を粉砕し2人を地下の大聖堂へと追いやった。

 たった一撃で……!

 大隊長の実力を侮っていたわけではない。直接会ったことがなくとも、その存在がいかに大きいものかは予想していた。

 

「これほどまでとは……」

 

 偽槍を拾いあげる。マキナは腕の様子を確認すると、ファイティングポーズをとった。

 あの拳が武器だというのなら……!

 今度は左にフェイントをかけ、右側から槍を叩き込む。

 だが、一瞬のうちにマキナは動きを修正すると槍を受け止め、そのまま櫻井を投げ飛ばした。息をつく間もなく、投げ飛ばされた櫻井は追撃の拳をかわすため横飛びをする。

 上でヴァレリアと士郎が戦っている様子が見えた。

 

「反応速度は悪くない。だが、やはり櫻井一代ではその程度。本物の死を喰らう者(トバルカイン)とは程遠い」

 

「確かにそうかもしれない」

 

 もう一度上の様子を見る。

 終始士郎はヴァレリアに圧倒されているようだった。現に、ヴァレリアに吹き飛ばされる士郎の姿が見えた。

 それでも……

 ここが彼らの戦場であるならば、仲間を思ったとしても手は出せなかった。今、目の前にいる敵を撃破する。それだけが求められた。

 

「本気でいかせてもらう」

 

「ほぉ……」

 

 マキナに動揺の色はない。

 それどころか最初から創造(それ)を使え、とでも言いたげな表情だ。

 

「血の道と 血の道と 其の血の道 返し畏み給おう

禍災に悩むこの病毒を この加持に今吹き払う呪いの神風

橘の 小戸の禊を始めにて 今も清むる吾が身なりけり

千早振る 神の御末の吾なれば 祈りしことの叶わぬは無し

創造――

許許太久禍穢速(ここだくのわざわいめしてはや)佐須良比給千座置座(さすらいたまえちくらのおきくら)

 

 櫻井の周囲にある、ありとあらゆるものから腐敗臭が漂い始める。

 そこに物質であるか非物質であるか、有機物であるか無機物であるかなど関係ない。

 櫻井がいるだけでその空間が、腐り始めていた。

 自分だけが腐ればいい。他を守れるというのなら。

 その願いを体現したものだった。

 事態に気が付くと、マキナも距離を取る。

 

「なるほど。腐敗か」

 

「あぁ! これなら手をだせまい。不用意に触れば腐り落ちるぞ」

 

「ふん。この程度!」

 

 マキナが走り出し、櫻井も迎撃しようと前に出る。

 その刹那。一瞬の出来事だった。

 破滅の呪文とともに一本の槍が現れる。槍は一直線に櫻井に向かうと……

 

「……!」

 

 槍が櫻井をとらえるはずだった。

 櫻井が目の前で串刺しにされた彼女を見る。彼女は苦しみに悶えながらも、満足げな顔をしていた。

 その事態を誰が予測できただろうか。

 ただ一人、見下ろす神父は笑みを浮かべてる。

 

「うぉぉぉぉ!」

 


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