Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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器たる者

「良かったですね。本当に喜ばしいことです」

 

「ふざけるなよ」

 ヴァレリアが心底嬉しそうに言う。その姿は、士郎にとって不気味でしかない。

 創造の発動条件が世界の否定だとするのなら、俺はあの時何を否定していたんだ。

 シャルロットとの闘いを思い出す。悲しげに、それでいてどこか嬉し気にシャルロットは闘いを挑んできた。彼女を止めたいと思った。彼女が取り返しようのないことを起こす気がした。

 ヴァレリア笑みを浮かべたまま近づくと、士郎へ手刀を振り落とした。

 固い鎧は、防御力と攻撃力を併せ持っている。

 士郎は壁際まで吹き飛ばされた。

 

「さて……あなたはそろそろお帰りになるべきではないのでしょうか?」

 

「なに?」

 

「あなたはどう頑張ろうとも、カインとはキルヒアイゼン卿とは違う。正式な騎士ではないあなたに、私は倒せない」

 

「それでも……俺はっ!」

 

「叫ぶも猛るも結構。若さという者です。ですが……」

 

 再び振り下ろされる手刀。とっさに形成を行い、風をまとった剣で受け止めるも、依然ヴァレリアの優勢に変わりない。

 剣対徒手という異様な戦いは続いた。

 

「ぐっ!」

 

「衛宮さん。あなたの願いは何ですか?」

 

「願い?」

 

「しっかりと聞いたことがありませんでした。私は、あなたの願いが維持だと思っていますが……本当に正しいのでしょうか?」

 

「間違い……ない!」

 

「ならば」

 

 ヴァレリアの蹴りを受けを吹き飛ばされる。肋骨が折れたのか、息をするのが苦痛だった。

 

「私を倒していいのですか?」

 

「それはどういう」

 

「私がここにいることもまた世界の理。ならば、私を抹消してしまうというのは世界の理を否定することでは?」

 

「なっ……」

 

 ヴァレリアがどこまで知っているのかは定かではない。

 しかし、本来この世界にいないはずの士郎がこの世界の住人であるヴァレリアを倒してしまえば……ありえてはいけない事象を、守ることを主義としている士郎自身がやろうとしている。これは大きな矛盾ではないのか?

 ヴァレリアの問いに士郎は答えられない。

 

「私はね、衛宮さん」

 

 ヴァレリアはゆっくりと歩き始める。

 

「大きな声では言えませんが、黄金錬成を止めたいのですよ」

 

「……」

 

 何を言っているんだ? 

 黄金錬成を完成させることこそが、黒円卓の存在意義ではないのか? それを真っ向から否定するというのか?

 

 

「黄金錬成を行うためには、数千の命を対価として払わなくてはいけません。個人差はありますが、騎士達は、不死身になりたい大切な者を取り返したいと奮戦しています。ですが……」

 

「その恩恵ははたしてどこから来るのでしょうか? そう疑問を持たないことがおかしい。マキナ卿は別として、ザミエル卿、シュライバー卿、それにベイ中尉。彼らは、なぜ一切の疑問をもたないのでしょうか?」

 

 黄金錬成。すなわち、魂の等価交換。己の、恋人の家族の親友の魂と引き換えに他大多数の命を奪い去る。算数として見るならば、1と1000を同じ値として見ているのだ、不自然でしかない。しかし、黄金錬成は単純な算数ではない。魂を数としては見ず、価値として見る。見ず知らずのの魂よりも、自分に近い魂のほうが価値が高い。その理屈はおかしくない。

 だが、ここで重大な問題が発生する。

 その価値ある1は、どこから算出されるのか。

 

「つまりですね、衛宮さん」

 

 士郎が答えを見つけたのを見計らったかのように、ヴァレリアがゆっくりと答えを言う。

 

「首領閣下の世界へ行くというの正解なのですよ。我々はそれを地獄(ヴァルハラ)と呼んでいます」

 

「黄金錬成により、ハイドリヒ卿の創造である城が全世界へ流出します。そして、世界は無限の闘争が続くハイドリヒ卿のものとなる。そうなればもう遅い、私達は奴隷となるしかない」

 

「奴隷……だと?」

 

「えぇ、その通りです。ハイドリヒ卿は文字通り、世界を呑み込んでしまうのですよ。私は、そのようなことを許せない。しかし、その城には私の10の花がある。取りに行かなくてはいけない」

 

「城は復元させたい、しかし流出は阻止したい。ならばどうするか。簡単な話です。黄金の代替である私が、ハイドリヒ卿の想像を真似ればいい」

 

「なんだと……!」

 

 こいつは何を言っているんだ? 理解不能だった。

 ヴァレリアが冷ややかな笑みを浮かべる。

 

「おの御身こそ、ハイドリヒ卿のものなのですよ。私はとうの昔に、脳髄ごと体を捨てたのです。そして、魂だけ移し替えた。私の知る限り、最強で最高で最上の体へと。私はハイドリヒ卿の体を受け継いでいる、ゆえに城を所有する権利がある」

 

「なんだよそれ」

 

 他人の体を持っているから。本来の城の所有者であるラインハルトの体を持っているから、自分の権利があるだと?

 

「それじゃまるで、自分はどこにもいないって言ってるだけじゃないか。体も魂ももう、お前は無くしてるんだよ。偽物なんだよ!」

 

「なに……?」

 

「本当の自分を捨てて、他人の体に移り住む? そこでお前は終わってんだよ。贋作が真にかなわない道理はない。だけどな、10取り戻すために人の命を弄ぶお前は偽物の中の偽物だ。本物にはかなわない!」

 

「黙れ!」

 

 ヴァレリアが士郎の頭を掴み、床へと叩き付ける。何かを怒鳴りながら、それは数十回続いた。

 

「あなたに何がわかる! 私は奪われたのだ! 私が欠陥品であるがゆえに、救えなかった掬えなかったのだ! だが、今度は違う! 完全にコントロールしたこの聖餐杯(からだ)さえあれば、ハイドリヒ卿など恐るるに足らず!」

 

「私の思い通りにしてみせますよ! だから、あなたはここから消えなさい!」

 

「ぐあっ!」

 

 頭を掴んだまま、ヴァレリアが士郎の顔を覗き込む。

 同時に士郎は確信した。

 どれだけ強固な鎧であっても、攻撃にはいかせていないと。もし防御と攻撃を同時に行えるのなら、士郎はすでに死んでいるはずだった。

 

「俺もな、本物とはほど遠い」

 

「ん……?」

 

「だけど、それを恥と思ったことなんかない。むしろ誇りに思っている。俺にしかできないことだからだ。誰かに頼って力をつけておいて、自分が本物みたいに振る舞うお前とは違う!」

 

「黙れ! 私は救いたいだけだ! それの何がいけない!」

 

「救う救うって!」

 

 士郎はヴァレリアを睨み付ける。

 そこに柔和な笑みはない。憤怒の顔もない。あるのは、己の力に狂喜し、使いまわす赤子のような鬼だった。

 

「酔ってんじゃないのか! その力に!」

 

「黙れェぇぇ!」

 

 ヴァレリアに投げ飛ばされる。

 頭から落下すると、士郎の意識が飛びそうになる。

 

「はぁはぁ、あなたと話をするのは不愉快だ。私は、この下らない戦いを終わらせる。そこで仲間が死ぬのを指をくわえ見ていなさい」

 

「やめろ……」

 

 考えを否定され、暴れつかれた神父がそこにはいた。

 力をひけらかしておいて、命をもてあそんでおいて、自分だけハッピーエンドで終わらせてたまるかよ。

 体に力を込める。だが、どれだけ込めようとも動かすことができない。

 ヴァレリアは静かに、破滅の呪文を唱え始めた。

 その先にいるのは……

 その先にいるのは……


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