Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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壊れない

彼は、この世に生を受けたとその時から声が聞こえていた。

 むろん、それはただの声ではない。モノの声・心の声。森羅万象、すべてのモノに宿っているとされている魂の叫び、人が心の奥底で秘めている負の感情。人がモノに見え、モノが人に見える。24時間、終わることの無い騒音。

 彼はそんな境遇を呪った。救いを求めた。

 ゆえに、彼は宗教の道、それもキリスト教の聖職である神父を目指した。

 人を救いたかったわけではない。平々凡々な生活を送ってきた彼が、一番求めたのは安寧だった。

 静かな世界で生きたい。なぜ、私は常人とは違うのだろうか? 聞きたくないものが聞こえ続けるのだろうか。これはいったい……私は何の罪を犯したというのだろうか……

 大多数の人間がすがる神の道を志せば、自分が救われると彼は考えた。気休め程度にしかならないとしても、いつか必ず救われると信じ続ける勇気を彼は持つことができた。

 彼は神父でありながら、人を救うことを至上の目的とはしていない。だからこそ、戦時中のドイツ国内で悪魔と言われ続けた「ラインハルト・ハイドリヒ」との出会いも素直に受け止めることができた。そして、その底のない悪に跪いた。

 救われる、その願い達せられると思った。

 だが、ラインハルト等黒円卓のやり方に良心を捨てきれていない哀れな神父はついていけなかった。やがて、彼は逃げ出した。恐ろしかったのだ。

 逃げ出した先で彼は、孤児院を開いた。

 幼い命を助ければ、今まで奪ってきた命への償いができるなどとは考えていない。

 子供は好きだった。純真無垢な子供たちは、大人と比べ、考えることがない。戦時という混乱の中でも、その中に輝くものがある。騒々しくなく、むしろ心地良い。死ぬならば、子供に囲まれて死にたい。孤児院を開いた理由は、そうした彼の個人的な考えからだった。

 子供は花だった。彼は、その花たちを愛で続けた。人種、性別、年齢。彼にとってその程度の差など無いに等しかった。普遍的に花をめで続ける。至福のひと時だった。

 しかし、至福の時は続かないのが常。

 逃亡してから3か月が経っただろうかという頃。ラインハルトと大隊長達が孤児院に現れた。

 震える花たちを見下ろしながら、ラインハルトは静かに告げた。

 

「10でいい。10差し出せ。そうすれば、卿の罪を無かったことにしよう」

 

 10。狙いすましたような数だった。花の中には、当時ドイツ国内で異端とされた10の人種の子供たちがいた。

 考えがあったわけではない。気が付くと彼は、その10の異端に指を指していた。

 指名する、シュライバーが引き金を引く。銃弾を受け、仰け反る花を確認するとラインハルトが数を数える。

 不思議と罪悪感はなかった。否、感情など無かった。無の境地にいたと言えばいいのだろうか。

 最後の花を摘み取った時、彼は思った。

 あぁ、私が欠陥品なばかり……完全体になれれば花を枯らさずに済んだのかもしれませんね。私は、再び花を咲かせるために……

 

 

●○●○●

 

「懐かしいですね……」

 

 ヴァレリアは静かに笑う。

 士郎は身構えた。

 誰が誰と戦うかは、自然と決まっていた。士郎はヴァレリアと、櫻井はマキナと、ベアトリスはエレオノーラと。

 

「さて、衛宮さん。先ほども申しましたが、あなたは本当によくわかりませんでしたよ。私の目論見では……キルヒアイゼン卿がカインに討ち取られるはずだったのですが」

 

「そうかい。それは、残念だったな」

 

「えぇ。ですが、これはこれで一興でしょう。大隊長殿達も退屈しておられたようですし、遊ぶに丁度良い」

 

「遊ぶ? どっちかが死ぬかもしれないに余裕じゃないか」

 

「死ぬ? 私が? ははは、ありえませんね」

 

 何が可笑しいのかヴァレリアの笑いは収まらない。その様子を苛立ちながら見ているしかなかった。相手の武器が判明しない限り、下手に手出しはできない。

 

「どうしましたか? 何を躊躇しておられるのです」

 

「武器は出さないのか」

 

「そのようなお言葉をいただけるとは……いやはや、敵にも敬意を払う姿はまさに日本人の鏡ですね。ですが、ご心配なく。このままで結構ですので」

 

 ヴァレリアはそう言うも士郎は動けないままだった。目に見えぬプレッシャーが士郎へ襲い掛かる。 戦いだというのに、何の用意もない。不気味だった。

 しびれを切らしたヴァレリアは、士郎へ一歩歩み寄ると自分の首に手を当てた。

 

「さぁ、これが最初で最後のチャンスです。あなたがたの仲間が殺されぬよう、頑張ってください」

 

「っ……!」

 

 仲間。その一言で士郎は動き出した。

 何があろうと、最後まで戦い続けると決めた戒とベアトリスを傷つけさせはしない!

 アゾット剣を生成すると、一気に近づきヴァレリアの首へ斬撃を叩き込んだ……はずだった。

 

「なぁっ!」

 

 アゾット剣が粉々に砕ける。

 ヴァレリアが反撃したのではない。ヴァレリアは約束通り、何もしないまま士郎の剣劇を受けた。だが、切り落とそうとしたはずの首は、異様なまでの強度を誇っていた。

 砕けたアゾット剣を捨てると士郎は後退する。

 

「なんだ、今のは……」

 

「わかりましたか、衛宮さん。これが聖餐杯です」

 

 ヴァレリアは目をゆっくりと開く。笑顔の裏にため込んでいたであろう、黒い感情が露わになる。

 

「あなたに私は殺せない、壊せない。何故だかわかりますか?」

 

「……どうしてだ」

 

「例えば、炭素というものがありますね。身近なもので言ったら、鉛筆の芯といったところでしょうか。あれはひどく脆い。ですが、世界一固いとされているダイヤモンド。あれも元をただせば……」

 

「炭素」

 

 ヴァレリアが何を言いたいのかは薄々感じられた。

 鉛筆の芯とダイヤモンド。同じ元素からできているはずの2つがなぜ、正反対ともいえる違いがあるのか。それは、密度の差にほかならなかった。

 ならば、この場合における密度の差とは……

 冷汗が出る。この予想が当たらないで欲しいと士郎は願った。当たっているのならば、どうしようとも勝ち目はなくなってしまうからだ。

 

「もうおわかりでしょう? あなたが私を倒せない理由。それは」

 

「魂の量……」

 

「ええ、その通りです。伊達や酔狂だけで我々は生きてきてはいません。あらゆる銃火器、刃物、対人兵器。何も怖くありません。脅威などそこにないのですから」

 

「だけど……それでも、俺は同じ理に!」

 

「えぇ、そうですね。ですがやはり、魂の絶対数は覆せない。針で城壁を壊せぬように、破城槌で山を壊せぬように。やることは同じでも、適材適所ですよ。あなたの魂の量では私を殺せない」

 

「それでも……認めない! 不死身なんてあってたまるか!」

 

「……どれだけ叫ぼうとも、私ごときを倒せないのならばハイドリヒ卿の相手にすらなりません」

 

「くっ……」

 

 それは事実だろう。大隊長であのプレッシャーを放っているのだ。さらなる上であるラインハルト・ハイドリヒはもっとすごいのだろう。

 それでも……そうだとしても……

 どうすればこの状況を打破できる。考えろ考えろ……

 やがて、それは一つの結論を導き出す。

 元からこの世界の人間ではないのなら、その法則(ルール)を破壊できない道理はない。創造だ。俺だけのルールをもってすれば……

 士郎の様子を愛おしそうに眺めながら、クリストフはゆっくりと声を出す。

 

「創造ですか? よろしい、やってみなさい。ですが、今のあなたにできますかな?」

 

「それはどういう……」

 

「創造とはこの世界の常識を否定すること。どこに死者を操り、無限の武器を出し、吸血鬼になれる者がるというのですか? 否、答えは否です。あなたのように、世界を変えぬように守りたいと願っている者に、世界を否定できないでしょう」

 

「それは……」

 

「安心しなさい。なにも落胆することはない。むしろ誇るべきだ。あなたはまだ、常人でいられるのだと」


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