Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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挑むべきもの

「見よ、彼は雲と共に来られる。すべての目は、ことに彼を刺し通した者たちは、彼を見る。地の3部族はみな、彼のゆえに嘆き悲しむ。しかり、アーメン」

 

 重厚な樫の木の扉が開く音がする。

 あぁ、やはり新しい教会をみつけておいて正解でした。神父というものは、やはり教会(ここ)にいるのが相応しい。

 ゆっくりと後ろを振り返る。

 

「聖餐杯」

 

「なるほど、衛宮さん。あなたの仕業ですか」

 

 ヴァレリアは櫻井と共に立っている2人を見る。

 ヴァレリアにとって衛宮士郎という存在は、今回イレギュラーでしかなかった。同時に、大きなことを為すことはないだろうと高をくくっていた。

 どうやら、私の予想が外れてしまったようですね。

 櫻井の隣に立つ、ベアトリスを見ながらヴァレリアは問いを投げかける。

 

「良いのですか? カイン、あなたがここで自分のやるべきことをやらぬというのなら、二度と戻れませんよ」

 

「構わない。僕は、誰も穢させないし穢れない!」

 

「穢れない? その血筋が忌むべきものであり、汚れていると知りながらそうおっしゃるのですか?」

 

「血筋がどうこうと関係ないだろ! 自分が何をやりたいのか、譲れないものがあるのか! そこが大事な場所じゃないのか!」

 

 士郎が自分の心臓を叩く。ヴァレリアには、その姿がひどく眩しいものに見えた。

 

「ほぅ……やはり、此度の黄金錬成の鍵となったのはあなたでしたか。いやはや、素晴らしい。実に素晴らしい哲学だ。呪いを受け入れるのではなく、願いを叶える。誰もが憧れる夢でしょう。ただ……」

 

 ヴァレリアはそこで言葉を切る。

 沈黙が痛かった。士郎達は次に続く言葉を待った。

 

「誰もが憧れるということは、すなわち誰もが諦めるということでは? 理想ばかりでは飯は食えぬ、と言いますが、まさにそれではないでしょうか?」

 

「それは、今を生きている人に言うべき言葉じゃない! 私たちみたいに死人が勝手に押し付ける妄想よ!」

 

「キルヒアイゼン卿。あなたも叶えたい夢があるのですから、歯向かうのではないですか?」

 

「そうよ! だけど、誰かを陥れたいなんて考えてない! 一緒にしないで!」

 

「なるほど」

 

 ヴァレリアは静かにほほ笑む。

 その笑みの裏にどす黒い感情があるなど、初めて会った時には想像もできなかった。

 それでも、今の士郎にならわかった。ヴァレリアがいつも何を考え笑みを浮かべているのかを。彼がなぜ、あそこまで曲がってしまったのかを。

 

「最後の忠告です。カイン、キルヒアイゼン卿。本当にハイドリヒ卿に逆らうのですか?」

 

「そうだ」

 

「そうよ! もう、あそこには戻らない!」

 

「なるほど……我々黒円卓の正式な敵となると。その勇気、真似できるものではありません。ですから……ここまでにしていただきましょう」

 

 教会の天井が爆ぜた。

 巨大な爆音と猛烈な爆風が士郎達を襲う。

 薄目を開け、ヴァレリアを見る。笑みを浮かべる神父の隣に、見知らぬ男と女が立った。

 女は、顔の半分に火傷を覆い葉巻を優雅に吸っている、男は、服の上からでも隆起がわかるほどの筋肉を蓄えている。例えるなら、鋼鉄。壮年の兵士は黙って士郎たちを見下ろしていた。

 

「聖餐杯。裏切り者を出すなど、教育がなっていない。まぁ、いい。私があのバカ娘を再教育しよう。なに、ハイドリヒ卿に逆らうなど愚の骨頂であると骨の髄まで教えるだけだ」

 

「終焉の時を俺に見せることができるのか」

 

「大隊長……」

 

「少佐……」

 

 櫻井とベアトリスが絶望の色を浮かべる。櫻井は初めて会うようだったが、ベアトリスと女性士官は面識があるようだった。

 闘わずとも、そこにいるだけで掛かるプレッシャーから、彼らが他の騎士とは比べ物にならないほど強いことがわかる。

 それでも士郎は立ち向かう。ここで逃げ出せはしない。

 

「では、これで3対3。数の按配としてはまずまずでしょう。お三方、大隊長殿に磨り潰されぬよう頑張ってください」

 

 ヴァレリアがゆっくりと告げた。

 

 


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