Dies irae ~Unlimited desire~ 作:ROGOSS
「あぁぁぁ!」
「気味がわりぃな」
シュライバーの雄叫びは止まらない。
髪が完全に白髪と化したとき、シュライバーは突然ニタリと笑った。
そこに知性はない。もともと、直観と本能で生きているような彼だったが、まったくの無策というわけではなかった。だが今、ヴィルヘルムの前にいるのは、野生に帰った狼そのものだった。
シュライバーが低く唸りながら、破滅の詠唱を唱える。
「
「なんだこりゃ……」
疾走するシュライバー。
まるで、僕を捕まえてみろとでも言いたげな目でヴィルヘルムを見ている。
早い。音速や光速といった物理的定義を超えた速さでヴィルヘルムへ迫ると、手刀で一太刀を浴びせ走り去っていく。
だが、ヴィルヘルムに恐怖した様子はない。むしろ、何かに失望したような何かを楽しむような笑みを浮かべている。
「Zarfall'in Stanb deine stolze Burg」
「……ぁぐッ!」
たった一度の接触。
しかし、その一瞬の接触は正気を失ったシュライバーにとっては十分すぎる時間だった。
3発の斬撃を受け、ヴィルヘルムがよろける。盛大に吐血しながらも、その顔には依然として笑みが浮かんでいる。
「これで敵わないと? これで届かないと……?」
「これで……この程度で……俺がコイツ以下などとどいつもこいつもホザいてやがったのかぁァァァァ!!!」
「End'in Wonne,du ewing Geschlecht」
ヴィルヘルムの創造により、シュライバーを囲むように空間から杭が発射される。
杭がシュライバーに当たることはなかった。それでもヴィルヘルムは笑う。嗤い続ける。
これが大隊長殿かよ! ハッ、おせぇおせぇおせぇ!
「おらぁ!」
ヴィルヘルムの突きがシュライバーの横顔をかすめる。
シュライバーは、急きょ方向転換するとヴィルヘルムから逃げるように後退する。そのあとを追うように、再び杭が発射された。
「End'in Wonne,du ewing Geschlecht」
「ぐあっ、ぼ……!」
「Zarfall'in Stanb deine stolze Burg」
シュライバーは動きながらも創造を唱え続ける。
速度はさらに増し、ヴィルヘルムは目でとらえることができなくなっていた。
試されるのは、経験からくる勘のみ。
いいじゃねぇか。ぶっ殺してやるよ!
「ナメたな、俺を」
「Zarfall'in Stanb deine stolze Burg」
「ならば良いさ、吸い殺してやる……! まずはお前だシュライバー」
「Zarfall'in Stanb deine stolze Burg」
シュライバーが再び突撃をはかる。
見えずとも、ヴィルヘルムは勘だけですべてを察した。おもむろに手をあげ、そして振り下ろす。
「さっきから同じ動きばっかじゃねぇかよ獣やろう!」
突如下から現れた杭にシュライバーは串刺しにされる。横から、上から四方八方から杭がさらに現れシュライバーを貫ぬく、そして吸い始める。
「どォよ、効くだろシュライバー?!」
「げォが……」
「今夜のは特にイイ感じなんだ……! 最高だろォこの夜は?! 永遠に吸われる気分ってのァよ! クッ……ハッハッハッハッハッハッハ!」
「どんな気分だよ!! なァ教えてくれねェかな!!」
「くッ……かか、カッ……」
シュライバーに抵抗する力が弱まっているのがわかる。だが、シュライバーも諦めたわけではない。この槍蓑の状態から抜け出そうともがき続けた。
さすが獣やろう、体力はまだまだあるってか? ヘッ関係ねぇよ!
「くふははははは!そうだな、悪ィ悪ィ……狼どろこか犬畜生じゃァ人間様の言葉も喋れねえみてェだなぁ!!」
「……ァご、ぁぁがががが」
「おぉォ……おぉ、イイ感じだぜシュライバー! そぉォだ……その眼だよ! 昔のまま変わらないそいつを、俺は抉ってやりたくてなぁ!」
「「うぉぉぉアアアァァァ!」」
吸血鬼と獣が同時に叫ぶ。
形勢が180度変わり、ヴィルヘルムが突撃しシュライバーがそれを受け止める形となった。
ヴィルヘルムは勝利を確信していた。数十秒もの間、体力・精機・命、おおよそ吸えるものはすべて吸っていた。もう、シュライバーが動くことさえないと思っていた。
ゆえに、それが油断となりシュライバーの手刀をかわすことができなかった。
「ぐごぉ……!」
「……unt ruhre mich nicht an!」
「ぐっ!」
「unt ruhre mich nicht an!」
「unt ruhre mich nicht an! unt ruhre mich nicht an! unt ruhre mich nicht an!」
杭の折から抜け出したシュライバーが手刀を叩き込み続けた。
私に触れるな。
シュライバーはひたすた、同じ文句を叫び続ける。
「がぁ!」
ヴィルヘルムも負けじと連続して突きを繰り返す。
明らかに先ほどよりもシュライバーの速度は落ちていた。
血みどろになりながら、お互いに鉄拳をふるいあう。昔どこかで、あの人の介入さえなければ続けられた畜生どうしの喧嘩のようだった。
先に膝をついたのヴィルヘルムだった。
昔のままだったら良かった。
だが、
「……グ、ぁ……!」
「ぎひひひひひ!」
「俺は負けねェ……!」
立ち上がろうとする。
「ぐはっ!」
吐血とともにヴィルヘルムは再び膝をつく。
その顔には、焦りとも怒りともとれる笑みを浮かべていた。
「俺に勝てるのは……あの人だけだぁァァァ!」
「Auf Wiederseh'n!」
「いぎゃぁぁぁぁ!」
シュライバーが最後の突撃を敢行する。
薄れゆく意識の中、ヴィルヘルムはその時を待った。
まだか、まだか、まだなのかぁ!
早いと思っていたシュライバーの動きが、ひどく緩慢に思える。その一瞬のタイミング、それを待つ。
なるほど、待つってのは案外めんどくせぇものだな。
そして時は来た。
シュライバーの手刀がヴィルヘルムをとらえようとした瞬間、ヴィルヘルムはそのシュライバーの右手にめがけて体から杭を打ち込んだ。
「捕まえたぜこのケダモノ野郎」
「……?!」
「あァーと、もう遅え。往生際悪いぜ? 悪いなシュライバー」
「Auf Wiederseh'n! あァ……最高だァ。てめぇにズッと言ってやりたかったァ」
「……はハ」
「俺の勝ちだぁァァァ!」
「ぐぎゃがぁァァァ!」
シュライバーが逃げようともがくも、杭が抜けることはなかった。
ヴィルヘルムは最後と言わんばかりに、シュライバーへ杭を打ち込む。ただの杭ではない。まるで銀のように鈍く銀色に光る杭はシュライバーの五臓六腑まで全てを貫き壊した。絶叫したシュライバーに終わりのない杭の連射が待ち受けていた。
やがてシュライバーが細胞一つ残すことなく消えたことを確認すると、ヴィルヘルムは杭を打ち込むのをやめた。
地面に落ちている
「おねがい。だきしめて……」
「えっはははははは! なんだよシュライバー。抱きしめて欲しかったのか? あれだけ逃げ回っておいてよぉォォ! 良いじゃねぇか、最高のひに……く……だ」
ヴィルヘルムが倒れる。
彼もまた、限界をゆうに超えていた。
息をするのが怠い、体のどこも動かせない。だが、笑いは止まらなかった。狂ったようにヴィルヘルムは笑い続ける。
「俺の勝ちだ、犬畜生!」
ヴィルヘルムの体が粒子となり消えていく。
目の前に、少女の姿が見えた。
「なんだよ、てめぇ今更」
「行こう、ヴィル? ズッとあなたに会いたかったの?」
「よく言うぜ、俺の中に居座りやがったくせによ」
「うふふ、さぁこっちよ」
ヴィルヘルムの目にもう一人の少女が映る。
同じようなアルビノの姿をした彼女は、黙ったまま静かにうなずいた。
「久しぶりだな、俺の
ヴィルヘルムが消えていく様子をラインハルトは黙って見ていた。
どちらが勝つかなどと問題ではなかった。しかし、どちらも勝てないというのは予想外だった。
「なるほど、卿ら良い働きであった」
ラインハルトはどこかへ去っていた。
7つ目のスワスチカが開かれた。