Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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愛するならば

 滴が頬を濡らす。

 それが雨だということをベアトリスは知っていた。 

 涙はすでに枯れ果てている。

 目の前に立っている男を見たとき、涙は流し尽くしていた。

 彼もまた、雨に気が付くと上を見上げた、

 

「まるで涙雨ね」

 

 静かにつぶやく。

 そう、これは泣きつかれた私の代わりに天が泣いているに違いない。

この気持ちをいつ抱いたかなんてわからない。それでも確かに私は、目の前にいる彼とその妹を……

 

「ベアトリス。ここまで来てしまったのなら、僕はもう……」

 

「わかっているわ。私もそのつもりで来ているわ」

 

「それならいいんだ。いや、よくはない。どうして……どうしてなんだ」

 

「くどいよカイン。私は死人で出来た道を照らしたくない。それが光の道なんて信じられない」

 

 死人、死者。

本来現世(ここ)にいることを許されないはずの存在が創り上げた道が、どうして正しいのだろうか?

道とは、今いる人。これから生まれる人が創り上げるべきもの。

それを過去の亡霊である死人がとやかくいう資格はないのだ。

死人に口なし。

死者は静かに見守ることしか許されない。

 

「私は戦場を照らす光となりたい。だから……ここを暗闇の世界へ変えている根源を破壊しなくちゃいけないの! わかるでしょ……?」

 

「あぁ、わかっている。その姿こそがベアトリスだ」

 

 だけど、そう言いながら櫻井は贋作を取り出す。

真に近づけようとしたため、真よりも忌むべきものとなった槍。

一族を呪いという枷で縛り続ける、最悪の闇。

 

黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)

 

 櫻井は巨大な槍を地面に突き刺す。

 槍というよりも、その形状は太刀に近い。

 カインあなた……

 その槍からベアトリスへ怨念、後悔、憎しみ、ありとあらゆるものが伝わってきた。

そこにプラスの感情など一つもない。恐ろしいまでにマイナスで創り上げられた槍だった。

 

戦雷の聖剣(スルーズ・ワルキューレ)

 

 ベアトリスも稲妻をまとった剣を取り出した。

 その剣で戦場を照らし、上官と愛する人を救いたかった。

 叶うのならば、今からでもそう願い続けたかった。

 先に動いたのは櫻井だった。

櫻井の上段から振り下ろされた攻撃をベアトリスは受け止める。

だが、力で押し切られるのも時間の問題だった。

間合いを取ろうと後ろへ下がる。

しかし、櫻井の槍は依然としてベアトリスを捉えたまま動かない。

 

「どうして……」

 

 櫻井が嘆く。

 

「どうして君は一人で解決しようとするんだ!」

 

「それが、私にできる唯一のことだから!」

 

「ほかにもできることはあるはずだろう!」

 

「私はこのやり方しか知らない。それを言うならカインにだって別の選択はあったでしょ!」

 

「なっ……」

 

 動揺した櫻井の一瞬の隙をつき、ベアトリスが間合いを取る。

櫻井は追撃する素振りを見せなかった。

 僕は君と蛍を守るためだけを思っているのに……ほかにどんな方法があるというんだ

 

 

●○●○●○

 

 

「ほぉ、つまりカイン。あなたが言いたいことは……」

 

 ヴァレリアはそこまで言うと指を二本立てる。

 

「1つ、あのお嬢さんをカインにしない」

 

 無言で頷く櫻井の姿を見ながら、ヴァレリアは指を一本折る。

 

「1つ、私はキルヒアイゼン卿に手を出さない」

 

「そうだ。その二つを守ってほしい。そうすれば……」

 

「あなたがキルヒアイゼン卿を止めると」

 

 ヴァレリアは腕を組み考え始めた。

どこか芝居じみている違和感を感じながら、櫻井はただ待つことしか許されなかった。

やがてヴァレリアはにこりと微笑むと、良いでしょうと答える。

 

「わかりました。あなたほどの実力者が反抗を止めるというのならば、騎士団の誰も文句を言わないでしょう。頼みましたよ、カイン」

 

「おおせのままに」

 

 これも全てお見通しだったとでもいうのか? 

 今にも鼻歌でも歌いだしそうな様子でヴァレリアは歩き出した。

独り残された櫻井は、愛する2人の顔を思い浮かべる。

 結局は、僕の思い通りにしたいだけなのかもしれない。

いや、僕の願い通りの未来になってほしいんだ。そのために、2人には手を出さぬよう誓わせたのだから。

 

「いい奴?優しい?やめてくれ」

 

 見えない誰かに櫻井は言う。

 その表情は、まるで何かに耐えているように苦し気なものだ。

 

「 僕は屑だ 。こんなに醜い。全身腐ってるんだよ、櫻井戒は」

 

 

●○●○●○

 

「カイン……どうして」

 

 櫻井の異変に気が付いたベアトリスの口から、心配の言葉が漏れる。

 櫻井はそっと自分の目に手を当てる。

 雨とは違う、生暖かい滴があふれていた。

 

「カイン、あなたはまだそんなに綺麗じゃない。だったら……そのままでいてよ! 私のためにも蛍のためにも! 汚れるなんてそんなのやめて!」

 

「だれかが汚れることで救われるなら、僕は喜んで引き受ける。それは僕にしかできない。全身腐り果てている櫻井戒にだけ許されていることだから!」

 

「あなたはどうして!」

 

 ベアトリスが剣を振る。

誰が見てもその剣には迷いがあった。

 カインを殺したくない。

 その思いは櫻井もわかっている。

それでも、真に2人を守るためには、あの悪知恵を働かす黄金の代替を納得させるために櫻井も剣を振るい続けなくてはいけなかった。

二つの剣がぶつかりあおうとした、その瞬間だった。

 

「やめろぉぉぉ!」

 

 怒声とともに一人の少年が間に入り剣を受け止めた。

ベアトリスは大きく目を見開いていた。

それは櫻井にもいえることだ。

 少年は剣を弾き飛ばすと2人の顔を見据えた。

 

「お前ら、どうしてこんなところで戦っているんだ! やることはほかにもあるだろう!」

 


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