Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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因縁

 最初に動いたのはシュライバーだった。

 正確にいうのならば、動いたといいう表現は間違っている。

 シュライバーは開始の合図を待たずに、目にも止まらぬ速さで、銃弾をヴィルヘルムへと叩き付けた。

 

「ぐっ!」

 

 その銃弾はただの銃弾ではない。

シュライバーが扱う二丁の銃から吐き出される弾丸は、騎士達に絶大な威力を誇った。

加えて、音速や光速を超えた速度で移動しながら撃ち続けるため、ヴィルヘルムは四方八方からの銃弾をかわさなくてはいけないかった。

数発が当たり肉が爆ぜた。

 

「遅い遅い遅い遅いっ!」

 

「ぐあっ!」

 

 シュライバーの鉄拳が、抉れた腹部の傷をさらに深める。

ヴィルヘルムは盛大に吐血すると膝をついた。

 あぁ、屈辱だ。あの時から同じだ。屈辱じゃねぇか。

 

「シュライバーァぁぁぁ!」

 

「もう眠れよ!」

 

 ヴィルヘルムが吠える。

アルビノの目が血走り、眼球が完全な赤と化している。

迫りくる銃弾を杭で撃ち落とす。シュライバーの鉄拳をかわすことはできないが、瞬間的に杭を緩衝材として威力を下げることはできた。

 だが、シュライバーの圧倒的優勢に変わりはない。

 守ることができたとしても攻めなければ、あの獣は永遠に殺戮遊戯を楽しみ続ける。

 反撃に出ようと、ヴィルヘルムは杭を飛ばした。

だが、シュライバーの速度に追いつくことはなかった。杭が虚しくを空を切る。

 

「やっぱり大したことないね。だから早く死んじゃいなよ。このまま僕に殺されちゃいなよ」

 

「ほざけよっ!」

 

 シュライバーの猛攻にヴィルヘルムはついに弾き飛ばされた。

壁にぶつかり態勢を立て直そうとするも、追撃の銃弾の雨によりヴィルヘルムはまたしても膝をついた。

その様子をシュライバーはいつものように笑いながら見続けている。

 自分よりも遅い奴が僕を倒せる? 笑わせないでくれよ。ありえない!

 絶対的な自信を持つシュライバーは笑みを作ったまま楽しそうに言い放った。

 

「ほらほら、本気を出しなよ。君は選ばれなかったんだ」

 

「ちっ……」

 

「どれだけ献身をしようと、ベイ。汚れている君が城へよばれるわけないじゃないか。汚いんだよ!」

 

「てめぇ……」

 

「泣き叫べ劣等! 今宵ここに神はいない!」

 

 シュライバーが勝利宣言のごとく告げる。

その姿をヴィルヘルムは憎々しげに見ながら立ち上がった。そして考える。

 何が足りないのか。何が悪いのか。

何百、何千と繰り返し問い続けた。答えを求め続けた。だが、そこに答えはない。

どれだけ殺そうが、どれだけ差し出そうが、自分自身が穢れてしまっているのだからどうしようもないのだと。

 

「あぁ、そうさ。俺はもとからダメなんだ」

 

 だから、願った。だからこそ欲した。

 

「俺は全身の血入れ替えなきゃいけねぇんだ」

 

 ゆえに憧れた。吸血鬼という存在を。夜の支配者という存在を。

自分の中で流れ続ける(のろい)をすべて入れ替えることができれば、必ず認めてもらえる。

妄信した、信じ続けた。願い、願い続けることで渇いた。

 

「最初からくだらねぇプライドなんか捨てちまえばいいんだ。シュライバー、てめぇのもの全部俺が奪ってやるよ」

 

 冷静に冷酷にヴィルヘルムは言葉を紡ぐ。

だが、獣にその気持ちは届かない。ただ笑いながら見下ろすだけだった。

ヴィルヘルムがさらに濃い殺気を放ち始める。

大気が粘性を帯び、血臭が漂い始めた。

 

Wo war ich schon (かつて何処かで)

einmal und war so selig(そしてこれほど)

war so selig(幸福だったことがあるだろうか)

Wie du warst! (あなたは素晴らしい)

Wie du bist! Das weiß niemand, (掛け値なしに素晴らしい しかしそれは)

das ahnt keiner!(誰も知らず また誰も知らない)

 

 ヴィルヘルムと少女の声が合わさりあい、独特のハーモニーを奏でる。

少女は愛おしそうにヴィルヘルムの頬を撫で、キスをする。

 その行為に憎しみなどない。むしろ、母としての愛だけだ。

しかし、ヴィルヘルムの顔は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。

 

Ich war ein Bub', (幼い私は)

da hab' ich die noch nicht gekannt.(まだあなたを知らなかった)

Wer bin denn ich?(いったい私は誰なのだろう )

Wie komm' denn ich zu ihr?(いったいどうして )

Wie kommt denn sie zu mir?(私はあなたの許に来たのだろう)

Wär' ich kein Mann,(私が騎士にあるまじき者ならば)

die Sinne möchten mir vergeh'n.(このまま死んでしまいたい)

Das ist ein seliger Augenblick, ――(何よりも幸福なこの瞬間)

den will ich nie (私は死しても)

vergessen bis an meinen Tod.(決して忘れはしないだろうから)

――Sophie, Welken Sie(ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ)

Show a Corpse(死骸を晒せ)

Briah――(創造)

Der Rosenkavalier Schwarzwald(死森の薔薇騎士)!」

 

 大地が動く。壁が動く。

 夜となり、美しい月が空に浮かぶ。

 あぁ、そうだ。ここからが本番だシュライバー。俺は畜生だ。だからこそ、お前のすべて吸い尽くしてやるよ。

 

「ははは! 相変わらずベイの世界(ルール)っていうのはくだらないね。夜の支配者? だったらまずは、僕を捕まえてみなよ!」

 

 シュライバーのモーゼルとルガーが火を噴く。

だが、凶弾がヴィルヘルムへ届くことはなかった。

 すでにここはヴィルヘルムの世界となっている。銃弾程度でヴィルヘルムを傷つけるのは不可能となっていた。

天から、地から、壁から憎き敵へ杭を飛ばす。

 まだ足りねぇのかっていうのか。だったら、いいぜ。今度は……

 

「ぶち殺してやるよ!」

 

「死ねよ!!」

 

 シュライバーの蹴りがヴィルヘルムへと向かう。

その動きを読んでいたかのように、ヴィルヘルムは杭を飛ばし盾を作り上げた。

 

「ちっ!」

 舌打ちをするとシュライバーは方向転換をし、真後ろへ飛びのく。

 そうだ、それでいい! 犬っころは人間様の思い通りに動け!

 

「しめぇだ!」

 

「ん……?」

 

 シュライバーが飛びのいたその先。

その空間から無数の杭が飛び出す。

杭は一切の隙間をなくし、一直線にシュライバーへと向かっていった。

瞬間、その空間を避けようと方向を変えるため再び跳躍を繰り返す。

 

「それでも……まだ遅い!」

 

 シュライバーは吠える。

そしてヴィルヘルムは笑った。

 

「いいや、それでいいんだ!」

 

 さらに跳躍したその先からまたしても杭が飛び出し始める。

今度は点としての攻撃ではない。着地点そのものを針山とするような、面としての攻撃だった。

シュライバーの体に杭が突き刺さる。

自らが高速移動するがゆえに、その反動によって杭は深々と突き刺さった。

 

「そのまま枯れちまいな!」

 

「うあぁぁぁっ!」

 

 初めてヴィルヘルムの攻撃が当たった。

すべてを避けることができるはずのシュライバーに攻撃が当たった。

ヴィルヘルムが破顔する。直後、笑い声が爆発した。

 

「ははは、ははははははは!」

 

 放心状態のシュライバーを眺めながら、ヴィルヘルムは笑い続ける。

 最高だ! 最高だぜシュライバー! てめぇのその面が見たかった。さぁ、ぶち壊してやるよ!

 そしてヴィルヘルムはシュライバーへ近づこうと……

 

「あ……」

 

「ああん? んだよ」

 

「あぁ……」

 

「なんだよシュライバー。気でも触れたか」

 

「あぁぁぁぁッっ…!」

 

 狼が吠える。狂犬が吠える。

とめどなく殺意と憎しみがあふれ出す。

シュライバーの右目の髑髏(トーテン・コップ)から血が流れだし、髪が真っ白に染まる。

 

「こりゃぁ……」

 

 近づこうとしていた足を止め、ヴィルヘルムは臨戦態勢に入る。

シュライバーの咆哮は続いていた。


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