Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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赤い月は輝き

 見える……見えるぞ! もう、あの時の俺とは違う!

 絶え間なく続くヴィルヘルムの凶悪な杭を士郎はかわし続けた。

以前のままならばかわすことなど不可能だった。だが、今はあの杭一本一本の動きがはっきりと見えていた。しびれを切らしたヴィルヘルムは、その強靭な右手を突き出す。だが、その突きを士郎が片手で受け止めるとヴィルヘルムの顔に驚きの表情が浮かんだ。

 

「おぉ、やるじゃねぇか。やっぱり強え奴と()りあうってのはたまんねぇな。興奮しておっ立てちまうぜ」

 

「黙れよ。誰もお前の性癖なんざ聞いてない」

 

「まぁ、そう言うなよ。サル、名前を教えろ。これだけ良い闘いしてんだ、覚えといてやるよ」

 

「衛宮士郎だ」

 

「そうか衛宮。いい動きになったなぁ。それじゃあ、俺も少しは本気出しても文句ねぇよな!」

 

「なにっ!」

 

 今までの遊びだったというのか?!

 ヴィルヘルムから更なる殺気が湧き出す。永遠と湧き出る殺気の根源を抱えるようにヴィルヘルムの体が凶器と化す。体中から薔薇の棘のようなものが生え始めた。

 

「うがぁぁぁ!」

 

 魔獣が吠える。声を聞いただけで気が狂いそうになる。

ヴィルヘルムはニタリと笑った。その笑みに知性は感じられない。

 ここからは本能のままにとでもいうのか……!

 士郎はヴィルヘルムと距離をとった。

 

「喜べ! 俺に形成(これ)を使わせることができたんだ。上出来だよ」

 

「そうかよ。別に興味はないな。だけど、俺も……!」

 

 士郎の手に風をまとった剣が握られる。

2人に合図などいらなかった。どちらがか攻め続け、やがて守り続ける。傍から見ればそれは拮抗した状況だった。

だが、ヴィルヘルムは感じていた。

自分が押されていると。士郎の一撃に耐えることが難しくなっていることを。

 

「そうかいそうかい。こいつは本当に驚きだ。形成(これ)でも勝てねぇってなると、もう手段どうこうの話じゃなくなるんだがよ」

 

「だったらさっさと本気になったらどうだ。俺には勝てないぜ」

 

「言ってくれるじゃねぇか」

 

 ヴィルヘルムが真顔になる。

笑みは一切ない。幾重にもわたり戦場を生き抜いてきた(つわもの)は飛びそうな意識の中、努めて冷静に戦力をはかる。

 あぁ、そうだ。確かにこんな形成(ちゃち)なもの使っても埒が明かないよな。そうだ、そうだとも。全力で相手できる難敵を俺は待ってたんだ。

 

「敬意をはらってやるよ。今夜は良い月がでてる」

 

『士郎、気を付けてください!』

 

 いないはずのセイバーの声が聞こえた。

 何かがまずい。このままではとんでもないことに巻き込まれる。

 距離をとる士郎に冷酷な笑いを向けながら、ヴィルヘルムは静かに唱え始めた。

 

Wo war ich schon (かつて何処かで)

einmal und war so selig(そしてこれほど)

war so selig(幸福だったことがあるだろうか)

Wie du warst! (あなたが素晴らしい)

Wie du bist! Das weiß niemand, (掛け値なしに素晴らしい しかしそれは)

das ahnt keiner!(誰も知らず また誰も知らない)

 

 ヴィルヘルムの死の詠唱に少女の声が混じる。

どこか愛おし気に、そして憎々しく語る声は美しくも棘のある薔薇そのものだった。

ヴィルヘルムの背後から、まるで彼をわが子のように抱く少女が現れる。

 

Ich war ein Bub', (幼い私は)

da hab' ich die noch nicht gekannt.(まだあなたを知らなかった)

Wer bin denn ich?(いったい私は誰なのだろう )

Wie komm' denn ich zu ihr?(いったいどうして )

Wie kommt denn sie zu mir?(私はあなたの許に来たのだろう)

Wär' ich kein Mann,(私が騎士にあるまじき者ならば)

die Sinne möchten mir vergeh'n.(このまま死んでしまいたい)

Das ist ein seliger Augenblick, ――(何よりも幸福なこの瞬間)

den will ich nie (私は死しても)

vergessen bis an meinen Tod.(決して忘れはしないだろうから)

――Sophie, Welken Sie(ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ)

Show a Corpse(死骸を晒せ)

Briah――(創造)

Der Rosenkavalier Schwarzwald(死森の薔薇騎士)!」

 

 月が赤く染まる。

薔薇の根が異常な成長を遂げ、あたり一面を薔薇の魔境へと変える。

 士郎は察した。

 これがヴィルヘルムが望んでいる世界なのだと。彼が思い焦がれた世界の果てなのだと。

 ヴィルヘルムが笑う。本能のままに笑い叫ぶ。

 

「これが俺の世界だぁぁ!」

 

 叫び声とともに無数の杭が四方から飛んできた。

すべてを避けることはできず、致命傷ならぬものだけを士郎は体で受けた。

だが、傷になった場所からはまるで魂が吸われるかのように限りない疲労感が襲ってきた。

 

「なんだこれ……」

 

「吸い殺してやるよ。お前は獲物だ、この夜の支配者からは逃れられない」

 

「なにさ……それでも俺が負けるわけにはいかないんだよ!」

 

「だったら見せてみろ、お前の世界(ルール)を」

 

 意識を集中させる。

この薔薇は対象が枯渇するまであらゆるエネルギーを吸い尽くす。

 だったら、薔薇すら生えない土地へお前を行かせてやればいいだけだ!

 イメージするのは常に最強の自分。

それが孤独への一本道だろうと振り返りはしない。その道を進んだことを後悔したくない。

それだけを思い士郎は静かに語り始める。

だがそれは、突然の乱入者によって止められた。

 

 

「ひひ、はははは、ひははははははは!」

 

 狂笑とともに現れた魔人の名をヴィルヘルムは怒りを込めて叫ぶ。

 

「シュライバー!」

 

 また、目の前で奪われた! なぜいつも奪われる!

 あの日、祝福という名の呪いを受けたことを思い返しながらヴィルヘルムはシュライバーへと向いた。だが、当のシュライバーは小さく久しぶりだねベイ、とつぶやいただけだった。

士郎は、シュライバーの手にぼろ雑巾のように握られているものの名をつぶやく。

 

「ルサ……ルカ……?」

 

「やめ……て……おねがい……」

 

「もう、アンナは静かにしてて? 僕はこれから大切な話があるんだからっ!」

 

 シュライバーはルサルカの髪をつかんだまま乱暴に振り回した。

ルサルカの悲鳴があがる。ルサルカの体から魂が抜けていくのが見えた。

 

「やめて……どうして……」

 

「うるさいって言ってるじゃん!」

 

「がはっ!」

 

「やっと静かになったよ。さて、初めまして衛宮。僕は黒円卓第十二位大隊長ウォルフガング・シュライバー」

 

「大隊長……? まさか……!」

 

 これがあの神父の言っていた大隊長の一人なのか。

 

「格が違いすぎる……これが大隊長の力なのか……」

 

 士郎は思わず後ずさった。

何がおかしいのか、シュライバーは笑い続けた。その声にもその笑みにも殺気がある。

全身が殺気の塊だった。魔人という言葉ではぬるい、まさに悪魔。

 

「さて、衛宮には僕の相手をしてもらうよ。だから、ここはアンナの命で開こうか!」

 

「いやぁ! お願い……やめて!」

 

「苦しい? ねぇ、何とか言ってよ」

 

「くる……しい……」

 

「そうだよね? 楽にしてあげる」

 

「ひっ!」

 

 悲鳴をあげる暇すらなかった。

グチャッという音がした。まるでトマトを握りつぶすかのように、シュライバーはルサルカの頭を破壊した。

 

「お前ら……仲間じゃないのか!」

 

「敵が死んだのに怒るの? 変なの。仲間とかそういうのいらないよ。僕たちはいつでも一人なんだよ。そこにあるのはただの(えさ)なんだから」

 

「なんだと……!」

 

「僕忙しいんだ。それじゃあ、待ってるよ?」

 

 嵐のごとく現れ嵐のように去っていく。

シュライバーは返事を待つことなくどこかへ消えた。

歩みを進めるたびに命を奪い去りながら。

ヴィルヘルムはルサルカだったものを手に取る。仲間の死を悲しむような姿に士郎は驚いた。

 

「興ざめだ。衛宮、このケリはいつかつける」

 

 そうしてまたヴィルヘルムもどこかへ去っていった。

薔薇の園へ消え、月はもとの輝きを取り戻していた。

今宵行われるはずだった殺しの遊戯は、一人の大隊長の乱入によってうやむやにされたのだ。

だが、士郎は忘れることはなかった。

 

「これで6つめのスワスチカが開かれた……」

 


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