Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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ルール

 どうして……!

 ベアトリスは夜のベルリンを走っていた。

 人間性を失った魔人が集う黒円卓の中でも、数少ない理解者であるシャルロットを探すために。

 もしかして、私も疑われているのかもしれないな。

 ベアトリスは自嘲気味に笑った。

 クリストフからシャルロットが士郎討伐に向かったと聞いた時、彼の目はまるで図るようだったと今更ながら思い出す。

 わかっていたら、飛び出したりはしないだろう。感情に素直すぎるところがベアトリスの欠点だ。

 それでも、私は……

 ベアトリスは前を見る。

 シャルロットと士郎、どちらが倒れても最悪の結果になることに変わりはなかった。

 5番目のスワスチカが開かれる時、それは本格的な戦闘が始まることに他ならない。

 まだその時ではない、とベアトリスは強く思った。

 

●○●○●

 

 シャルロットの戦い方は単純であるがゆえに隙がない。

 士郎が攻撃をかわそうとすればその先に剣を生成して罠を作り、シャルロットへ向かおうとすればシャルロットの前面に盾が生成された。攻守が一体となったその戦術は、士郎の投影魔術だけでは突破不可能だった。

 

「本気をださないんスか?」

 

「これから出すんだよ。今、救ってやる」

 

「くっ……まずは自分の心配をしたらどうなんスか!」

 

「ぐあっ!」

 

 シャルロットの背後に光の円が浮かび上がるとと、一斉に剣が飛び出し始める。

 その攻撃は英雄王の姿を連想させた。それが一瞬の隙を生み、士郎は数十メートル後方へ吹き飛ばされる。致命傷こそないものの、服はボロボロになり肌の表面は細かい傷がビッシリとついていた。

 

「ほら、救うなんて無理なんスよ。結局、私はあの選択で人を辞めたんです。人外を殺せるのはそれと同じだけ堕ちた人外だけッス。あなたはまだ、そこまで来ていない」

 

「あぁ、俺は自分のしたことを間違ったと思ったことなんか一度もない。人外だなんて思っていない。誰に否定されようと非難されようと、信じている道を譲るつもりはない。だから同じように堕ちない!俺がその手を引き上げてやる!」

 

「それが……迷惑なんスよ! もう話は終わりです、さっさと死んでください!」

 

「何を焦っているんだ!」

 

「何もわからないくせに!」

 

「だったら……教えてくれ!」

 

Yetzirah(イェツラー)!」

 

「形成!」

 

 シャルロットの手には包丁が握られた。

 士郎は再び風にまとわれた宝剣を取り出す。

 セイバー……俺に力を貸してくれ!

 セイバーとの稽古の日々を思い出す。

 士郎を鍛え、一人前の戦士として騎士として戦えるように指導してくれた彼女の宝。

 その剣ならば何でも切れると自信をもって言いきれた。

 シャルロットが士郎の懐へと包丁を突き出した。

 かろうじて剣で受け止める。

 受け止めた瞬間、言葉では表しきれないほどの嫌悪感が士郎を襲った。

 やがて嫌悪感は脳内に直接響き渡る悲鳴のようなもに変わった。

 つばぜり合いが続くほど悲鳴は大きくなっていく。

 かといって、ここで引いてしまえばその凶刃は確実に士郎の心臓を貫く。

 

「なんだこれは……!」

 

「私はその悲鳴を背負って生きてきた! これからもズッとズッと……生きたいと願っただけなのに!」

 

「それは……シャルロット、お前が生きたことを後悔しているからじゃないのか!」

 

「え……」

 

「本当にお前は死んでほしいと思われているのか! お前が生きたことを良く思わない奴ばかりなのか! 肉親が生きることを望まないやつがいるのか!」

 

「わかったような口を……!」

 

「わかるさ! たとえ他人であろうと、誰かに生きてもらうことを憎む奴なんていない!」

 

 あの災厄で。あの災害で一人生き残った士郎だからこそシャルロットの気持ちはいたいほどわかった。

 肉親がいなかったとしても、火の海の中一人孤独に死ぬその瞬間を待つことは苦しい。 その苦しさから逃れたいと思った。それでも誰かが助けてくれるのなら、存在を認めてくれるのなら生きなきゃいけない。生きて生き抜いて、その生をまっとうしなくちゃいけない。その運命(さだめ)から逃げちゃいけない。

 

「いい加減認めろよ! 生きていることに誇りを持てよ! 過去の選択を引きずるなよ! 未来を選べってんだ!」

 

「うるさいっ!」

 

 シャルロットの突然の蹴りに士郎は飛ばされる。

 全身が凶器と化している騎士達の攻撃に隙などない。態勢を立て直そうとする士郎へ追撃が下る。

 

「もう良いッス。話してもわかりそうもないなら、力づくしか無いッス」

 

「やめろ! 戻れなくなるぞ!」

 

「とっくに! もう戻れないッスよ!」

 

 シャルロットの殺気の濃度が上がる。

 脳内で響いていた悲鳴があたりから一斉に上がる。

 全身の穴という穴から恨みや僻みといった恐怖の感情が士郎へと襲ってくる。

 

Ihr Sterblichen,verlanget ihr,(死を背負いし者たちよ)

Mit mir ,Das Antlitz (私と共に願うがいい)

Gottes anzuschauen(神と対面するその刹那を)

Der Glaube schafft der Seele Fluegel,(信仰は魂に翼をあたえ)

Dass sie sich in den Himmel schwingt(天にはばたかせる)

Die Taufe ist das Gnadensiegel,(洗礼は恵みのしるしであって)

Das uns den Segen Gottes bringt;(私たちに神の祝福をもたらす)

Den Glauben mir verleihe (故に、一切をもって信じよ)

Briah――(創造)

wehlagen vendicatore(慟哭せし復讐鬼)!」

 

「これは……!」

 

 悲鳴の歌劇(オペラ)は最高潮に達する。

 やがて巨大な黒い塊がシャルロットへと落ちると、空気が大きく震えた。

 その衝撃に思わず体が吹き飛ばされそうになる。

 

「どうなった……?」

 

 目を開くとそこには、古今東西あらゆる刀剣類を従えたシャルロットが立っていた。

 その一本一本に黒々とした感情が宿っているのが一目でわかった。

 最初は一本、次に二本。徐々にその本数を増やしながら、士郎へと襲い掛かる。

 かわし続けるのも限界となり、宝刀で撃ち落とすもやがて士郎の体へと直接的なダメージが走るようになった。

 掠っただけであるはずの傷口であっても、時間がたつにつれ徐々に変色していき力がはいっていかなくなる。

 ついに四肢のすべてが変色し、士郎はひざまずいた。

 呼吸することさえ苦しい中、士郎は疑問を口にする。

 

「なんだこれは……」

 

「私の創造ッス。すべての可能性を確かめるためには、すべての物を壊す寸前で保たなければならない。私が願う、そして創ったルールッス」

 

「ルール……?」

 

「いったじゃないすか。私たちは個々に強い渇望があるって。渇望を力とするのがエイヴィヒカイト。そしてその第三位階である創造は、物理法則であろうとなんであろうとありとあらゆる法則を無視した、自分のためのルールを創れる」

 

「なるほど。つまりは、すべての可能性をしらみつぶしに調べている間、周りには停滞してほしいってわけか」

 

「よくわかっているじゃないスか。失いたくないんスよ。だったら、正解が見つかるまで待っててもらっていてもいいじゃないスか!」

 

 シャルロットの目は本気だった。

 彼女は本気で正解の未来がでるまで、周りを大切保とうと思っているのだ。

 その心は理解できないこともない。それでも……

 

「ふざけるなよ……」

 

「え……」

 

「ふざけるなよ! 正解だろうと不正解であろうと人の未来をお前の選択で決めていいわけがない!」

 

「どうして! 正解を選べばみんな幸せに……」

 

「それが大きな間違いなんだよ! 不幸せだろうと不正解だろうと、それが個人の選んだ未来に変わりはないんだよ! それはシャルロットがわかっているだろ!」

 

「だったら、見せてくださいよ! 不正解を選んでも幸せになれるってことを! その先で未来を変えられるってことを!」

 

「見せてやるよ」

 

『士郎、あなたならできます』

 

 セイバーの声が聞こえて気がした。

 たとえどんな未来が待っていようとも、今を大切にする。この瞬間瞬間の選択を大切にする。

 それを誰かの都合で壊させはしない。誰もがもっている選択する権利を奪わせわしない。

 現状の維持。

 この無限の可能性を内包する世界の維持。それを壊すことは誰であろうと許さない。

 士郎の雰囲気が変わったことにシャルロットは思わず目を見開いた。

 彼女には確信があった。

 どれだけ崇高な願いであっても、それを使いこなす方法も四肢もない士郎には何もできないと。

 それでも体は恐怖に震えていた。これから起こる未知の出来事が恐ろしかった。

 

「聞いててくれセイバー。俺の渇望を!」

 

「創造ッスか……?」

 

Foul demons of the earth and air,(その万象に棲む巨悪を)

From this their wonted haunt exiled(この眼に写る光をもって消し続ける)

Unbekannt zum Tode (彼にただの一度も敗走はなく)

Nomen nominandum Zum Tode (ただの一度も理解されない)

Schmerz zu viele Waffen erstellen(その剣の丘で独り)

Beneath Thy guidance reconciled,(その時まで運命と歩もう)

Verdammt in alle Ewigkeit mit dir(永劫の場所へ君と共に)

Briah――(創造)

Unendliche(永遠への)Marschierende Lied(運命歌)!」

 

 先ほどとは違い、士郎へ輝かしいまでの光が舞い降りる。

 その神々しさにシャルロットは思わず見とれた。

 やがて光が収まると士郎が立ち上がる。その四肢は完治していた。

 それどころか、おぼろげながらも士郎の隣では女騎士が剣を構えている。

 中世の甲冑を身にまとった聡明な騎士の姿だ。

 

「行くぞ、セイバー」

 

『はいっ!』

 

「な、なんスか!」

 

 シャルロットは再び槍を生成すると士郎へと雨のように降らせる。

しかし……

 

「この量をすべて捌く……?」

 

「悪いなシャルロット。今の俺は一人じゃない!」

 

 女騎士は士郎へ直撃するも槍だけを弾き飛ばしていた。

 やがて士郎の手に風をまとった剣が握られる。

 シャルロットがなんとか受け止めるも、徐々に押し込められ続けていた。

 

「これはいったい! どこからこれほど力が!」

 

「お前も頼ればよかったんだ! どうしようもなく苦しくても孤独でも誰かが必ず助けてくれることを信じればよかった!」

 

「そんなのありえ……」

 

「あり得る! ベアトリスがそうだろ!」

 

 シャルロットの脳裏に笑顔が浮かぶ。

 黒円卓の騎士でありながら、ベアトリスの浮かべる笑顔には裏がなかった。

 彼女は素直であり、理解者であった。

 

「それでも……! 私は間違っていない!」

 

「俺が……その選択肢が間違っていることをわからせてやる!」

 

 一瞬の出来事だった。

 士郎から浮かび上がるように出てきたのは、弓兵だった。

 その顔はどことなく士郎と似ていた。

 

「あぁ、ようやくわかったッス。士郎(あなた)は可能性を変える英雄なのですね」

 

 弓兵の持つアゾット剣がシャルロットの心臓を貫く。

 しんと静まり返った。うるさいほど響いていた悲鳴が止まった。

 つばぜり合いを続けていたはずの宝刀が空を切る。

 士郎はすべてを悟った。それがシャルロットを救う方法だったとしても、心の中には言いようのない穴が開いた。

 

「衛宮さん……」

 

 口から血を吐きながらシャルロットが士郎を呼んだ。

 

「シャルロット……お前俺に創造を教えるために……」

 

「いやッスね。私は衛宮さんと違ってそこまでお人好しじゃないはずです。ですけどね……聞いていいですか?」

 

「あぁ、聞いてくれ」

 

「私の選択は間違っていましたか?」

 

「間違ってるわけ……ないだろ!」

 

「ふふ……それは良かった…」

 

 シャルロットの帽子がはらりと落ちる。

 苦しそうに時々呻きながらもシャルロットの顔は満足げだった。

 とどめを刺したとき士郎の中に何かが伝わってきた。

 シャルロットがどうして士郎に戦いを挑んだのか。これから何が起き、何をすべきなのか。

 

「お父さん……お母さん……お兄ちゃん……」

 

 シャルロットが虚空に手を伸ばす。

 もちろん何もない。何もなくても彼女には見えているのだ。

 ようやく彼女は自分の運命を受け入れたのだ。恨むことをやめ受け入れる。

 簡単であるはずの事を彼女はようやく達成したのだ。そして家族にようやく会えた。

 

「今、そっちに行くッス……そっちは暖かいんでしょうね……」

 

 シャルロットの体が徐々に光に包まれていった。

 あぁ、俺はこれで彼女を救えたのだろうか?

 そう思いに耽った時だった。

 すべてのタイミングを見越したかのように天から声がした。

 

der einst auch dich aus(この私のことを)

Schmach und Not befreit!(ゴットフリートと偲ぶよすがとなればいい)

Briah――(創造)

Vanaheimr――(神世界へ)

Goldene Schwan Lohengrin(翔けよ黄金化する白鳥の騎士)

 

「ぐあああああああああ!」

 

「シャルロット!!!」

 

 黄金の槍がシャルロットへ突き刺さる。

 シャルロットを包んでいた光が黒く染まり、顔には苦悶表情は浮かぶ。

 士郎には何もできなかった。

 何をする間もなく、シャルロットは黒い闇に包まれ空まで伸びるだろうか、というほどの柱となった。

 巨大な爆発音がした。

 

「誰だ!!!」

 

 士郎は天へ吠えた。

 どこまでシャルロットを利用するつもりなんだ!

 怒りに満ちた顔で空を見る。だが、返事ははるかに近い場所からきた。

 

「ここですよ」

 

「なっ……」

 

「朝ぶりですね、衛宮さん」

 

「ヴァレリア神父……」

 

 ヴァレリアは路地裏からゆっくりと姿を現した。

 口調こそ穏やかなものであるが、その顔はひどく歪んでいた。

 あの神父が……

 まだ会って数日しかたっていないとはいえ、ヴァレリアがやったこととは信じられなかった。

 これをやったということは、ヴァレリアも黒円卓の……

 

「その通りです。私は黒円卓の騎士です。聖餐杯猊下、とも言われていますが」

 

「本当に……」

 

「えぇ」

 

「どうして……どうしてシャルロットを!」

 

「スワスチカを開くためです」

 

 ヴァレリアは知っているでしょう?、と話を進めた。

 スワスチカを開くためには莫大な魂か、高純度の魂が必要となる。

 まさか……

 士郎は絶句した。この戦いも結末も選択もすべて、目の前にいる神父が仕組んだというのか。

 

「これで5つ目のスワスチカが開きました。大隊長(かれら)の出撃の時です」

 

「かれら?」

 

「ふふふ、面白くなりますよ。衛宮さん、止められるというのなら止めてみなさい。この不条理を。あなたのその力で止めらるのなら!」

 

 ヴァレリアはひどく醜い声で笑い続けた。


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