Dies irae ~Unlimited desire~ 作:ROGOSS
「どこへ行くんだ」
靴を履いている士郎に櫻井が声をかけた。
暗闇のせいか、櫻井の顔がひどく怒っているように見えた。
無関係な彼を巻きぞいにすることなど、最悪だと士郎は考えている。士郎は靴紐を絞める手を止めずに、散歩だと答えた。
だが、櫻井は納得のいく説明をと催促するばかりだ。
確かに夜中零時近くになって外出するなど、このうえなく怪しい行為に他ならなかった。
それでも士郎はなんとか言いくるめなくてはいけない。
「本当だ。すぐに戻る」
「……本当に戻ってくるんだな?」
「当たり前だろ」
櫻井の言い方に何かひっかるものがあったが問い詰めることはできない。
士郎自身も隠し事をしているのだ。自分だけ隠しておいて他人の秘密は知りたいなど、ただの我が儘だと思った。
士郎は扉に力を込める。
櫻井は出ていくまで士郎の背中を見つめていたものの、止めようとはしなかった。
冬の肌寒い冷気が士郎の体温を奪い去った。身振るいをしながら手をポケットへ入れた。
「どこへ行けば……」
そう嘆くと肩をたたかれ士郎は振り返る。
そこには笑みを浮かべたシャルロットが立っていた。
彼女も寒そうに身を縮めている。
「ついて来て欲しいッス」
「なぁ、おい!」
シャルロットは士郎の言葉を無視すると歩き始めた。
士郎は嘆息するも大人しく後をついていく。
いくら夜中だとはいえ、これほど人がいないものなのなのか?
気まずい沈黙の中、士郎は街並みに不信感を寄せていた。
やがれシャルロットは裏道へと入っていく。
まるで初めて会った時と同じことを繰り返しているかのようだった。
「私は衛宮さんがどれほどの
ユダヤ人に対するホロコースト。
歴史に詳しくなくとも、過去に起きた大虐殺を知らないものはいない。
理由なき殺人。
「一人殺せば殺人者で百万人殺せば英雄となる」とはよく言ったものだった。
英雄という存在を知っている士郎からすれば、その言葉の価値には疑問を持たざるおえないが……
「私は選択を迫られました。家族を、同じ民族を殺して生き残るか否か。その時まで私は夢を見ていました。私が正しい選択さえすれば、また暖かい生活に戻れるのだと」
「シャルロット……?」
「ですが、現実などそんなに甘くない!」
気が付くとあたりから街並みが消えていた。
あるのは大量の瓦礫と悍ましいほどの黒々とした闇。負の感情。
そこは間違いなく、昨夜消え去った街の後だった。
そうして士郎は確信した。
これから何が起きるのかを俺は逃げてはいけない。
「士郎さんはどうしてベルリンへ?」
「守るためだ。全員を守るために!」
「そんなことは無理ッス! みんな守ってみんな笑ってみんな幸せ? そんなことは絶対にありえないッス! あなたは肉親と赤の他人を同じ天秤ではかれますか?!」
「……」
「できるわけないッス。どちらかに肩入れして……そしてどちらも失う。人なんかそんなものです」
「そんなことはない! 俺は今まで進んできた道と信じている。俺とシャルロットの差があるならば、最後まで信じ切れなかったことだ」
「ぐっ……」
「都合のいいところで諦めるなんてダメだ! 最後までやり通すんだ!」
「それでも!」
シャルロットは涙でグショグショとなった顔を上げた。
その綺麗な顔には、怒りとも悲しみとも取れない表情が浮かんでいた。
士郎は思わず息をのむ。
そうか、ズッと苦しんでいたのか。俺が守るっていうたびにお前は……
「私は二度と選択を間違えない! 私の渇望は選択を間違えないことだ!」
「そのために……俺と闘うのか?」
「必要なことなんス!」
「本当にそうなのか!」
シャルロットは言葉に詰まった。
彼女自身も悩んでいるのだ。
ルサルカに苦痛と悲痛の拷問を受けたとしても、自身の内に確固としてある信念が間違っていると言い続けていた。
それでもシャルロットはもう引き返せなかった。
この選択こそ正しいと言い聞かせてでも進まなくてはいけなかった。
それがわかるからこそ、士郎もつらかった。
だからこそ、士郎は戦闘態勢に入る。
彼女が間違った選択をするのならば、どんな手段になろうとも止めることこそが彼女を守ることだと思った。
「いくッスよ、衛宮さん」
「あぁ」
「創造は自身の都合の良いルールを作り出すことです」
「え?」
「私が最後の教えるアドバイスッス。あとは……自分で考えて欲しいッス!」