Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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粛清

「正直驚きました。あなたが直接、私を訪ねてくるなど想像していませんでしたからね」

 

「別れの挨拶だとしてもすることが礼儀かとおもっただけッス」

 

「ほぉ……別れの挨拶だと?」

 

 クリストフはわずかに目を開き、シャルロットを凝視した。

 なるほど。やはりあなたが裏でチョロチョロと動き回っていたのは真実だったようですね。

 いいでしょう。それもまた運命。運命である以上、そこには副首領閣下の意思があるはず。私の思うようにさせていただきましょう。 

 クリストフが不敵な笑みを浮かべる。

 その姿にシャルロットが警戒したように後ろへ下がった。

 風はないはずの教会であるのに、蝋燭の火はユラユラと揺れ消えていった。

 闇の濃度が上がっていく。

 

「シャルロット・コルデー。聖餐杯の名をもってあなたを粛清しましょう。その不忠な姿を叩き直してさしあげます」

 

「やれるものなら……!」

 

 シャルロットの背後に無数の魔法陣が展開を始める。

 光輝いていた魔法陣は、やがて黒く染まりはじめ絶叫を流し始めた。

 まるでこの世界に無理矢理とどめさせられている魂の悲鳴のようなものだ。

 

Ihr Sterblichen,verlanget ihr,(死を背負いし者たちよ)

|Mit mir ,Das Antlitz Gottes anzuschauen《私と共に願うがいい、神と対面するその刹那を》

Der Glaube schafft der Seele Fluegel, (信仰は魂に翼をあたえ)

Dass sie sich in den Himmel schwingt,(天にはばたかせる)

Die Taufe ist das Gnadensiegel, (洗礼は恵みのしるしであって)

Das uns den Segen Gottes bringt; (私たちに神の祝福をもたらす)

Den Glauben mir verleihe (故に、一切をもって信じよ)

Briah――(創造)

wehlagen vendicatore(慟哭せし復讐鬼)!」

 

 悲鳴が悲鳴を呼ぶ。

 魂を握りつぶすかのような悲鳴が上がり続ける。

 やがて教会のすべての明かりが消え、家具が壊れ始めた。

 すべてを飲み込むような慟哭が過ぎ去った後、シャルロットの背後には無数の刀剣類がクリストフへ凶刃を向けていた。

 

「おやおや。これがシャルロット、あなたの創造ですか」

 

「違う! これは私たちの渇望だ!」

 

「ほうぅ……これは面白い」

 

「……Pierce(突き刺せ)!」

 

 背後に控えていた刀剣類が一斉にクリストフへと向かっていく。

 絶望的な状況であっても、クリストフは笑みを絶やさなかった。

 

「さぁ、来なさい。あなたのその悲しみを受け止めて差し上げましょう」

 

「黙れぇぇぇ!」

 

 まるで針山に針をさし続けるかのごとく、クリストフのいた場所に凶悪な刃先は突き刺さり続けた。

 土埃が激しく上がり地が陥没しはじめた頃、ようやくシャルロットの攻撃は終わった。

 見るまでもなく、そこには襤褸切れのようなカソリックが転がっているだけだった。

 シャルロットは大きく息をついた。

 終わった……これで当面の間は黄金錬成の心配を……

 

「しなくてもいい、とでも思いましたか?」

 

「なっ!」

 

 シャルロットが振り返る。

 その先には先ほどとまったく同じ姿のクリストフが立っていた。

 ただ、笑みは浮かべていない。

 その眼には冷酷な制裁者としても色が浮かんでいた。

 思わずシャルロットは後ずさる。

 

「ど、どうして……確かに私の創造は……」

 

「聖餐杯は壊れない」

 

「壊れない……?」

 

「この御身は元はラインハルト卿のもの。あなたのようなご自分を客観的に見れぬ攻撃などで傷はつけられません」

 

「黙れ!」

 

「そうしてまたも、あなたは人のせいにする。あなたの悲しみなど自己逃避でしかない」

 

「だったら! だったらどうしろっていうんスか! あの時代に産まれなければ、あの国に生まれてなければ、あの総統さえいなければ、あの選択肢さえなければ……」

 

「そうして人のせいばかりですね。あなたが選んだ道なのですよ?」

 

「ぐっ……」

 

「不毛のようです。終わりにしましょう」

 

 クリストフから黄金の輝きが放たれ始める。

 それはまるで、彼らが首領のラインハルトの髪色のようだった。

 クリストフもまた、不完全ながら黄金の獣なのだ。

 黄金の獣がゆっくりと死の旋律を唱え始める。

 危険だということはわかっていた。

 逃げなくてはいけないことも自覚していた。

 それでもシャーロットの体は、まるで魅せられているかのように動かなかった。

 その姿を見ると、クリストフは哀れみともとれる眼差しを向けた。

 

Mein lieber Schwan.(親愛なる白鳥よ)

dies Horn, dies Schwert,(この角笛とこの剣と)

den Ring sollst du ihm geben.(指輪を彼に与えたまえ)

Dies Horn soll in Gefahr(この角笛は危険に際して)

ihm Hilfe schenken,(彼に救いをもたらし)

in wildem Kampf dies (この剣は恐怖の修羅場で)

Schwert ihm Sieg verleiht(勝利を与える物なれど)

doch bei dem Ringe (この指輪はかつて)

soll er mein gedenken,(おまえを恥辱と苦しみから救い出した)

der einst auch dich aus(この私のことを)

Schmach und Not befreit!(ゴットフリートと偲ぶよすがとなればいい)

Briah――(創造)

Vanaheimr――(神世界へ)

Goldene Schwan Lohengrin(翔けよ黄金化する白鳥の騎士)

 

「いや……いやッス!」

 

クリストフの輝きが増す。

 胸のあたりからさらに黄金に輝く槍が取り出された。

 その姿を見て、シャーロットは震えながら後ずさった。

 すでに立つことすらままならず、這っている状況だった。

 

「いやッス。私が生きたくて……生きたいだけで!」

 

「さようなら、我が同胞よ。願わくば来世では幸福にならんことを」

 

 その夜。

 街の一角が姿を消した。

 巨大な爆炎をあげ燃える街も見ながら、高笑いをする神父がいたという目撃情報があるらしい。

 真偽は定かでなかった。


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