Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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守りたい人

 左腕をゆっくりと心臓へ当てる。

 心臓の鼓動が確かな音を立て伝わってきた。その鼓動の重みがいつもより重く感じた。

 そんなことをして何時間が経っただろうか。

 気が付くと空は赤く燃えていた。

 

「そんなところでどうしたんだ?」

 

 廊下から声が聞こえてきた。

 振り向くとそこには、なにやらスーパーの袋らしき物を抱えた櫻井が立っていた。

 照れ笑いを浮かべながら士郎は答える。

 

「いや……別にどうしたわけじゃないんだ。心配かけて悪い」

 

「なんでもないならいいんだ。ただ、深刻そうな顔をしてたから気になったから」

 

「……手伝うよ」

 

 櫻井からスーパーの袋を受け取ると冷蔵庫へと詰め始める。

 いつベルリンの街が戦場となるのかわからない今、おとなしく自分はここにいていいのか。

 この重みに耐えることができるのか。

 そんなことを考えているうちに、士郎の脳内は完全にショートしてしまっていた。

 だから今もこうして……

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「あ……」

 

 手が止まっている士郎を心配そうに櫻井が見ていた。

 視線にも気づかなかったところから、よほど心ここにあらずだったらしい。

 

「ごめん。少し考え事を」

 

「本当に大丈夫か?いつもより……その少し変だぞ」

 

「なぁ……」

 

「なんだ?」

 

「守りたい人っているか? 命にかえてでも守りたいと思える人は」

 

 悶々とするくらいならば、いっそ誰かに聞いてもらうほうがいい。

 そう考えてしまったことを士郎は後に後悔した。

 櫻井は複雑そうな顔をすると手に持っていたパックをシンクへおいた。

 気まずい沈黙が流れる。

 

「例えば、今ここで強盗が入ったとする。誰かしか守ることが許されない状況になったならば、俺は迷わず妹と……知人を選ぶ」

 

「妹がいたのか」

 

「あぁ、(けい)っていうんだ。蛍には、俺達櫻井一族が抱えなくてはいけない問題に巻き込みたくないんだ。知人にも……幸せになってほしい」

 

「そうか、ちゃんと選べるんだな」

 

「薄情な奴だろう? 士郎が目の前にいるのに士郎のことを守るとは言えないんだ」

 

「よせよ、俺なんか無理矢理ここで居候しているようなもんだ」

 

「そう思ってくれるならありがたい……桜井戒は全身腐っているからな」

 

 その言葉の真意をくみ取ることはできなかった。

 どうしたんだよ、その表情は。どうしてそなんにも苦しそうな顔をするんだ。

 戒、お前は一体何を抱えているんだよ。

 声に出すことができなかった。

 出してしまえばそれで解決するかもしれない。

 それと同時になぜか、終わりが来てしまうような予感がした。

 

「士郎は誰を守りたいんだ?」

 

「え?」

 

「人には恥ずかしい話をさせておいて、自分はしないつもりか?」

 

「俺は全員を守りたいんだ。全部を守りたい」

 

「……それは本気か?」

 

「本気だ。俺は昔からそう思っていたし、その考えに憧れている」

 

 櫻井が怖い顔をしたまま士郎を見つめた。

 まるで「それは間違っている」と言いたげな表情だった。

 それでも声にだして言わないのは、それを言ってしまえば士郎との関係が終わってしまうと思っているからだろう。

 まったく、お互い変な場所で譲り合ってどうするんだ。

 心の中で小さくつぶやく。

 やがて、櫻井が独り言のようにポツリとつぶやいた。

 

「僕も全員を守ってみたかった」


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