Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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嗤い笑う

 男は一人、祭壇の前でことの成り行きを見守っていた。

 直接見に行かずとも、何が起きているのか? 誰が死に誰が生き残ったのか? 誰が誰と会っているのか?など容易に知ることができたし想像できた。

 ゆえに男はただ一人、この教会(サンクチュアリ)(あぎと)を磨き続けていた。

 永遠に続く、この回廊を歩き続けるために。

 

「さて……彼が()られる事は想定の範囲内ですが……いやはや、まさか戦乙女(ヴァルキュリア)までもが……」

 

 その顔には笑みが浮かんでいた。

 それはまるで、自分の成したことが終始うまくいったか子供のように無邪気なものだった。

 

「そうです。それでこそあの方(メルクリウス)が認めたお方です。どうか、私の計画を完遂させるためご尽力してください。」

 

 男は立ち上がるとカソリックについた埃をはたいた。

 眼鏡の奥に見える、切れ長の目は鋭く開かれていた。

 シュピーネを焚き付け、衛宮さんの覚醒を促す。我ながら驚くほどシンプルな計画であり、有効な計画でした。誰も怪しまず、誰も悲しまない。

 ベイ中尉は悲しむかもしれませんが、もとより我々は大した仲間意識など持っていない。

 ラインハルト卿に魅せられたが故に集まっている仲。誰が消えようと、誰が脱落しようと関係はないでしょう。

 それよりも、騎士団を倒した衛宮さんに興味は移ったはず……さて、では私も始めましょうか。

 男は再び目を閉じ柔和な笑みを浮かべた。

 ゆっくりと出口へと歩いていく。足音が教会の中に響き渡った。

 

「活動、形成、創造、流出。クリストフはわざわざ教えてあげたっていうの?」

 

「おやマレウス。いったい何の話ですか?」

 

「とぼけることないじゃない。仲間が殺されたのよ? これでもいちおは悲しんでるつもりなんだけど」

 

「そうは言われましても……笑みを浮かべながら言われても信憑性に欠けますね」

 

「そういうクリストフだってさ、悲しくはないんでしょ?」

 

 ルサルカはクリッとした目でクリストフを見つめた。

 彼女は何かに気付いているかもしれない。

 直感でそう感じるも、何か策を講じようとは思わなかった。

 どんな邪魔が入るにせよ、クリストフの計画を止められるのは、我らが首領閣下と大隊長マキナだけだった。

 

「そんなことよりもマレウス。シャーロットを逃したそうですね?」

 

「仕方ないでしょ? あの()あんなに頭良かったのね」

 

 ルサルカが意地の悪い笑みを浮かべた。

 その表情から察するに、ルサルカがあえて手を抜いていたことは明確だった。

 それでもクリストフは、その件について攻める気はなかった。

 もとより、スワスチカを開くはずでない時に余計な犠牲が出たほうが迷惑になっていた。

 ルサルカが殺さないことをわかっていて泳がせておいた、というのがクリストフの本音だった。

 もちろん、ルサルカはそんなことは万に一にも考えていないだろう。

 策に策を巡らせ、自分の意志でしているはずの事が気が付くと誰かのためになっている。

 そういう事を得意にしているのがクリストフだった。

 もっとも、運命そのものわかりきっている副狩猟閣下にはかないませんがね。

 クリストフが自嘲気味に笑うと、ルサルカは眉をひそめた。

 

「なによその笑い。なんだか気味が悪いわ」

 

「そんな顔をしなくてもいいではありませんか。別に私はあなたを責める気はありませんよ。ですが、失態は失態です。次の機会は私にお譲りください」

 

「えぇっ?! ズルいズルい! どうしてよ!」

 

「私達は組織です。誰かが失態を起こせば責任問題が生じます。あなたも、それを覚悟のうえだったはず」

 

「ぶー……わかったよ」

 

 ルサルカはふくれっ面をしながらも認めたようだった。

 ルサルカも馬鹿ではない。自分がここで歯向かえば、最悪どんな目にあればいいかは理解していた。

 クリストフは「それはよかった」と言うと再び歩き始めた。

 その後をルサルカが追っていく。

 

「どこに行くのよ?」

 

「どこ、と言われましてもね。会いに行くのですよ」

 

「シャーロットに?」

 

「えぇ、彼女の方から来ていただけるみたいですか」

 

「そうなんだ。もう寂しくなっちゃったのかしら? かわいいわね」

 

「シャーロットに聞かれたら怒りそうですね」

 

 どこからかパイプオルガンの音が聞こえた気がした。

 神父と魔女。

 普通なら相いれないはずの彼らは歩いていく。

 断罪をするために。

 罪を償わせるために。

 クリストフが扉を開いた。

 12月の冷たい空気が教会になだれ込む。

 

「では、行きましょうか」

 

 クリストフはそういうと、夜のベルリンへと足を進めた。

 神父としての顔は捨て、ただの魔人としての仮面を被って。


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