Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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Verrat
羊たち


 すべてを彼女は見ていたわけではなかった。

 それでも彼が聖遺物を用いてシュピーネを倒した時は、仲間を殺された怒りや悲しみよりも喜びのほうが強かった。

 不謹慎だ、と人は言うかもしれない。

 あいにく、私はもう人間じゃないの。だから放っておいてよ。

 心の中で小さく言い訳すると彼女は歩き始めた。

 どこへ行くのか目的があるわけではない。それでも今夜ここで、独りいるのは無性に寂しかった。虚しさの充足感が波のように押し寄せ続けていた。

 不死身になろうと不死者になろうと感情が消えたわけではない。

 体が老いを忘れようとも心は老いていく。

 心が老いていくたびに、彼女はどこかに心の拠り所を求めていた。

 だが、彼女が人をやめた存在である限り永遠の拠り所など存在しなかった。それでも求め てしまうのは彼女の欲なのだろう。

 

「ベアトリス……」

 

 弱々しい声が聞こえた。

 急いで声のほうへ向かうと、軍服のところどころが切り裂かれているシャルロットがいた。

 外傷は見当たないものの、どこか苦しそうにしていた。

 

「どうしたの……?」

 

「ヘマしちゃったッス」

 

「まさか……」

 

「安心してください。ベアトリスのことは一言も漏らしてません」

 

「そういうのじゃないよ!」

 

 あぁ、仲間の中でも心を許せていた存在が消えてしまうのか。

 ベアトリスはシャルロットを強く抱きしめた。

 な、なんスかとシャルロットは言いながらも無理に引き剥がそうとはしなかった。

 そのうちどちらともなくすすり泣きが聞こえてきた。

 

「どうするのよこれから」

 

「聖餐杯猊下に会いにいくッス」

 

「それって……!」

 

「自殺じゃないッスよ?ただ、いつまでも逃げ切れないことは一番わかっているつもりッス」

 

 シャルロットの脳裏に思うい浮かんだのはあの逃亡の日々。

 その民族に産まれたからといって追われ続ける日々。

 殺され続ける日々。そして、ついに捕まり選択を迫られ……

 なんて情けないんだろう。いつもヘマして仲間に家族に迷惑をかけて。

 でも、今度は選択を間違えない。私も仲間もどっちも救ってみせる。

 よほど怖い顔をしていたのか、ベアトリスが心配そうにシャルロットの顔を覗き込んだ。

 

「どうしたの?」

 

「何でもないッス。それよりベアトリスも気を付けてほしいッス」

 

「……うん。わかってる。でも、強力な助っ人ができたから」

 

「衛宮さんが聖遺物を……?」

 

「そうよ。さっきシュピーネを倒したわ」

 

「それは……」

 

 こんな姿を他の騎士たちに見られたら一発で粛清もんだろう。

 仲間が死んだことを、殺されたことを涙を流して喜ぶ。

 まったく、バカみたい。

 ベアトリスはフッと笑う。

 

「この呪縛から解き放たれるの」

 

「わかっているッス。そのためにも……」

 

「そうね」

 

「まずは自分のことを解決してくるッス」


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