Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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蜘蛛男

力と力は引き付け合う。

 例え、当事者のその意思がないとしても、もっとタチの悪い運命によって必ず引き付け合う。

 それは士郎の元いた冬木市でも、この魔都(ベルリン)でも例外ではなかった。

 士郎は気が付くと路地裏へと来ていた。

 この場所がどれだけ異常な殺気を放っているかを感じるまでに数秒とかからなかった。

 おまけに目の前では……

 

「おい、お前! 何してるんだよ!」

 

「お待ちしておりましたよ、衛宮さん」

 

  手足が異様に長い男は丁寧にお辞儀をする。

 そうしている間にも、まるで蜘蛛の巣に絡めとられた獲物ように人が切ら続けていた。

 ザシュッザシュッ。

 不快な音と血臭が周囲に立ち込めていた。

 軽い吐き気を覚えながらも士郎は叫んだ。

 

「お前っ! やめろ! 関係のない人を巻き込んでなにしたいんだよ!」

 

「ご覧になればわかりますでしょう? 魂の搾取ですよ」

 

「だからって……無関係な人を巻き込むな!」

 

「そうは言われましてもね……私はベイやマレウスのように餌にこれといった拘りはありませんからね。誰でも良いのですよ。栄養補給ができるのならば誰でも」

 

「お前っ! どうしてそこまでっ! 今お前が弄んでいる人達にも明日はあるんだぞ! いい加減にしろ魔人がっ!」

 

「魔人っ!なるほどなるほど……はははは」

 

 蜘蛛男は愉快そうに笑い始めた。

 その間でも無差別な殺戮は続けられていた。

 やがて男は残りの(えさ)を全てたいらげると満足そうな顔をした。

 

「あなたも既に、その魔人の一人では?」

 

「違うっ! 俺はお前たちみたいに誰かの命を奪って強くなろうとは思わない。無関係な人を巻き込みはしないっ!」

 

「崇高な理念ですが、それではどれだけ時が経とうとも私達には勝てませんね」

 

「うるさいっ!」

 

「時に……」

 

 蜘蛛男の雰囲気が変わる。

 戦闘態勢を取り始めたのではない。

 まるで何かを問いかけるな素振りを見せる彼に、士郎は戸惑った。

 

「何故、ベルリンへ?」

 

「なに……?」

 

「お答えください。返答によっては、我々は協力し合える」

 

「なんだと?」

 

「回りくどい言い方はやめましょう。スワスチカが開けばどうなるか……あなたはご存じで?」

 

「……お前らの幹部達が還ってくるんだろ」

 

「なるほどなるほど。そこまでご理解いただけているのなら話は早い。私はその復活を阻止したい」

 

「なっ……!」

 

 それは予想を遥かに超えた言葉だった。

 どうして、どうしてなんだ。騎士団の最終目的はその復活にあるんじゃないのか。だからこその黄金錬成なんじゃないのか。

 訝しむ士郎を蜘蛛男は愉快そうに見ていた。

 だが、その顔がだんだんと恐怖に歪んでいく。

 

「私は恐ろしいのです。彼らは今この街にいる騎士団とは別格なのです。魔を体現した彼らをこの世に呼び込んではいけない。永遠に!」

 

「それで……?」

 

「だが、たった一度止めるだけでは足りない。未来永劫復活できないようにしなくてはいけない。そこで衛宮さん。私と手を組みましょう。あなたと私なら今の首領代行を含むすべてを騎士団を倒せます。そして奪うのです。黄金錬成の核となるものを。そうすれば無駄な殺戮はしなくてすむ……私も安心して生きることができる。どうですか?」

 

「断るっ!」

 

「なっ、なぜです!」

 

 士郎の即答に蜘蛛男は心底戸惑っているようだった。

 確かに仲間の騎士団が恐れているくらいなのだ、幹部達はすさまじい悪なのだろう。それでも、今しがた目の前で関係のない人を巻き込んでおいて、己の保身のために復活を阻止するのを手伝ってくれないかと頼むだと?

 

「ふざけろよっ!」

 

「ひっ!」

 

「おかしいんじゃないのか。お前みたいな自己勝手奴と手を組まなきゃいけないほど、俺の理想は落ちぶれていない! 覚悟しろ蜘蛛野郎。お前を倒してやるよ!」

 

「ぎぎぎ……ふっふふふふはははは!」

 

「何がおかしい」

 

「あなたも所詮その程度ということですか。いいでしょう、聖槍十三騎士団黒円卓第十位ロート・シュピーネ。本名はほかにありましたG、とうの昔に捨てました。あなたを縊り殺して差し上げましょう」

 

「こいよ蜘蛛野郎。叩き潰してやるよ」

 

Yetzirah(イェツラー)辺獄舎の絞殺縄(ジークハイル・ヴィクートリア)!」

 

投影(トレース)開始(オン)!」

 

 シュピーネが空高く舞った。

 空間には無数に蜘蛛の糸が張り巡らされており、それを使った移動をしていた。

 士郎はアゾット剣で糸を切ろうと試みる。だが、見た目に比べ頑丈な糸に歯が立たなかった。

 その間にも、シュピーネは士郎の足元を絡めとろうとワイヤー攻撃を仕掛け続けていた。

 

「くそっ!」

 

「ふふふ……これに捕らわれたら聖餐杯猊下ですら抜け出すことができない。アナタごときにどうこうできる代物ではないのですよ」

 

「誰だよ、その聖餐杯猊下って言うのは」

 

「それは言えません。どちらにせよ、アナタはここで私に殺されるのですから」

 

 その一言が合図だったかのように一斉にワイヤーが空から降り始めると、士郎の手足の自由を完全に奪い去った。

 そのまま宙へ吊りにされる。

 くそっ……! このままだと……!

 取り落としたアゾット剣をシュピーネが踏み砕いた。

 文字通り粉々に砕けたアゾット剣を見ながらシュピーネが鼻で笑った。

 

「脆い脆過ぎますね。アナタが何かしらの魔術を使うと聞いて期待していたのですが……これならばあの男のほうがマシだ」

 

「人殺しがっ!」

 

「人殺しというならば、アナタも同じ穴のムジナでしょう」

 

「なんだとっ!」

 

「どのような能力を内包しているかは知りませんが、メルクリウス(あのかた)にここに召還されたということは、つまり何かしらの罪を犯していること。人を殺そうが人外を殺そうが殺しは殺し。」

 

 思わず士郎は苦虫を噛み潰したよう表情になる。

 あぁ、そうだよ。守るためという大義で俺は戦ってきたよ。

 だけど、それをお前らなんかに馬鹿にされる筋合いはない!

 そんな士郎の様子を楽し気に見つめながら、シュピーネは言葉をつづけた。

 

「さらには人殺しの罪を背負う聖遺物の保持者と来た。これでいてよく、そのような戯言を言えましたね」

 

「今、なんて言った」

 

「何度でも言いますとも。アナタも心身ともに人殺しに染まっているのです。聖遺物を持っているのならなおさらっ!」

 

「……」

 

「どうしましたか? ショックのあまり声も出ませんか?」

 

 士郎の中で何かがはじけ飛んだ。

 それは怒りであり、嫌悪であり憎悪であった。

 許せない。

 俺を馬鹿にすることは許そう。いくらでも言うがいい。この理想を守るために矛盾をおかしているなど承知のうえだ。

 それでも、その汚い口で彼女(セイバー)を語るなっ!

 

『私を受け入れるのかね? 良いだろう、時は満ちた。君をここへ呼んだかいがあった、というものだ』

 

「そうじゃない。俺はお前を受け入れない」

 

『ほぅ……面白い。では、何を受け入れると?』

 

「セイバーの全てだ。俺は見えないふりはもうしない。彼女が好きだから、彼女を愛しているからっ!」

 

『なるほど。同じ恋をする者どうし君の意見を尊重しよう。ならば見せてくれ。どこまで君が出来るのかを』

 

『士郎……』

 

「セイバー!」

 

『ありがとうございます、士郎』

 

「いいんだ、もっと早くこうするべきだった」

 

『「永劫の場所へ 君と共に 形成 輝かしき今(ドリンゲント・ゲーゲンヴァルト)!」』

 

「な、なんだこれはっ!」

 

 士郎の体内から一振りの刀が生成される。

 やがてそれは見えない剣となり士郎をつなぎとめているワイヤーをすべて切り裂いた。

 シュピーネが絶叫する。

 風王結界(インビジブル・エア)

 それは彼女の宝具の一つであり、今では士郎の刃となっていた。

 俺はセイバーのやってきたことが間違ってないと証明する!

 お前らの汚いものと一緒にさせるか!

 士郎は剣を構えるとシュピーネと突進した。

 悶え苦しみながらもシュピーネは必死に逃げようと這い始めた。

 聖遺物とは魂と結合するもの。

 聖遺物が傷つくということは、すなわち魂が傷つくということ。

 目の前にいる哀れに蜘蛛(おとこ)の手を士郎は貫いた。

 

「いぎゃぁぁぁ!」

 

 汚い叫び声再び上がる。

 シュピーネは口をパクパクさせながら士郎へと顔を向けた。

 

「ど、どうしてっ!私が負けるなどっ!」

 

「女を馬鹿にした男は負けるんだよ」

 

「そんな馬鹿な!私はただっ!自由にっ!何物にも捕らわれ……」

 

「それ以上しゃべるなっ!」

 

 士郎は剣をシュピーネへと突き刺した。

 悲鳴をあげるまもなくシュピーネは灰となりやがてどこかへ消えていった。

 その時だった、士郎の心臓が跳ね上がった。

 まるで何かに心臓を直接鷲掴みにされているかのような感覚だった。

 周りの闇の濃度が濃くなる一方で、真上では黄金の何かが輝いていた。

 まるで門が開くかのように闇が切り裂かれると、一人の男の顔がおぼろげに浮かびあがる。

 体中の筋肉が萎縮し、身動きが取れなくなる。

 恐怖がこの空間を包み込んでいた。

 

「なるほど、卿はなかなか面白い。今夜はここまでとしようか」

 

「お前は……!」

 

 直感だった。

 根拠など一つもない。

 ただ少ない戦闘経験しか積んでいない士郎にですら感じた危機感、異常性。

 あれが黒円卓第一位ラインハルト・ハイドリヒ。

 ラインハルトはすぐに姿を消した。

 それでも士郎はその場から、いまだに動けなくなっていた。

 その日4つ目のスワスチカが開かれた。


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