Dies irae ~Unlimited desire~   作:ROGOSS

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嫌疑

「なんの用スか。私は私でそれなりには忙しいんスけど」

 

「ねぇ、シャルロット。何か隠し事してなぁい?」

 

 魔女(ルサルカ)は妖艶な笑みを浮かべたままシャルロットへと近付いて行った。

 なるほど。まだ聖餐杯猊下は気付いていないようですが、魔女にバレてしまいましたか。

 場合によっては……ここで……

 シャルロットは帽子を目深にかぶりなおした。

 ルサルカは数メートル先なまで来ると近付くのやめる。笑みは顔に張り付いたままだ。

 まるでこの場を楽しんでいるような。そんな笑みだった。

 元抵抗者(レジスタンス)達のアジトだった地下の部屋は、いつも以上に冷気が増していた。

 何かが這い回っているかのように、影が蠢きあっていた。

 

「黙ってないで何か言ってよー」

 

「隠し事なんてないッスよ」

 

「だったらさ、どうしていっつも士郎君の後を付けてるのかな? 暇さえあればお話もしているよね? 何のお話してるのかなー?」

 

「世間話ッスよ。あそのこソーセージはおいしい、とか」

 

「それはないよね? だって……」

 

 クリストフから接触は禁じられているでしょ?

 そうつぶやくと壁中を這い回っていた影がルサルカのもとへと集まり始めた。

 同時に入口の扉がひとりでに閉まっていく。

 やっぱりこうなるッスか。知ってましたよ、ルサルカ。あなたがこういう問題(ゲーム)を独り占めしようとする性格だっていうことは。まったく、処女丸出しじゃないスか。

 思わずシャルロットは笑みをこぼした。

 その姿を見たルサルカの顔からさらに笑みがこぼれる。

 わずかに明かりがある地下室に2人の魔女の笑い声が響き渡った。

 本能的に感じているのだ。これから始まる闘争を。

 動き出した歯車は誰にも止められない。それが神であろう誰であろうと関係ない。

 女は男よりも怖い、と言ったのは誰であっただろか。

 2人はゆっくりとお互いの戦闘態勢へと入っていった。

 

「お話だけじゃわからないからさ、体に直接聞きたいなぁ」

 

「冗談はよしてほしいッス。マレウスの拷問(ききかた)じゃ、体がもたないッスよ」

 

「そこは何て言うのかな? 気合い? 覇気? なんでも良いからさ、乗り越えて見せるって意気込みが大切なんだと思うよ?」

 

「あいにくそういう精神論は苦手ッス」

 

「そっか、だったら……力で聞くしかないよねっ!」

 

「「Yetzirah(イェッツラー)」」

 

 ルサルカの影が巨大な形を成していく。

 対するシャルロットの手には数本の刀剣類が握られていた。

 

「初めて見るなー、シャルロットの形成。楽しませてね」

 

「そんな冗談はいらないッスよ」

 

 幾本もの鎖がシャルロットへと襲い掛かった。

 ジャンプをしてかわすも、その先には棺が待ち構えていた。

 内には無数の棘が刺さっている。

 頭にあたる場所には顔が書いてある地獄への入り口(アイアン・メイデン)は、間抜けな獲物が入ってくるその時を待っていた。

 

「まったく、攻撃までネチッこいッス!」

 

 シャルロットは、とっさに手に持っている刃を投げた。

 刃はそのまま鉄の処女を破壊すると、地面へと突き刺さる。

 その様子を感心した様子でルサルカは見ていた。

 

「へぇ、たったそれだけの動作なのに随分破壊力あるね」

 

「量より質ッスよ」

 

「そう? だったら、これはどうかな?」

 

 ルサルカの目が猫のように縦長になる。髪もわずかながら逆立ち始めていた。

 先程の何倍もの鎖がシャルロットへと迫りくる。

 さらに棘を内包した壁が、シャルロットを押しつぶそうと両側から迫っていた。

 シャルロットはさらに剣を具現化すると、鎖を断ち切り始める。

 ある程度断ち切ると、今度は真上へとジャンプした。

 なんとか壁に挟まれずにすんだものの、鋭い鎖の何本かがシャルロットの体へ絡まり傷つけていた。

 傷口からは黒い影が忍び込み、シャルロットの動きを鈍重にさせた。

 

「いったいいくつあるんですか、その拷問器具は」

 

「いーっぱいだよ。あれもこれも全部私が使ってるやつだよ。だからさ……いい加減諦めて認めちゃいなよ? 楽になれるよ」

 

 

「なんの話スかね? 全然わからないッスよ!」

 

 シャルロットはルサルカへ突進を始める。

 馬鹿ね。そうつぶやくとルサルカは鎖の壁ともいえる巨大な盾を作った。

 有刺鉄線のように鋭い鎖に飛び込めばどうなるかは、考えるまでもなかった。

 確かな手ごたえをルサルカは得るはずだった。

 だがシャルロットの狙いは、ルサルカの視線が一瞬断ち切れることだった。

 その瞬間を感じ取るとシャルロットは方向転換をした。

 目指す先は天井。

 

「ちょっ! まさか!」

 

「いっけぇぇ!」

 

 シャルロットは刀剣を元の(かたち)に戻すと大砲を具現化した。

 わずか5門の砲撃であっても、地下室の天井を破壊するには十分すぎる威力を持っていた。

 

「またいつか……会えたら良いッスね!」

 

「待ちなさいよ!」

 

 シャルロットは開いた穴に飛び込んだ。

 意思をもった鎖が後を追うも、穴は瓦礫で塞がれ、ルサルカ自身にも迫っていた。

 部屋が崩れた程度では死なないとはいえ、無駄な魂の放出は避けたかった。

 

「やるじゃないあの子。良いわ、今度はもっとじっくりいたぶってあげる」

 

 再び妖艶な笑みを浮かべるルサルカの目が鋭く光った。

 その光は決して希望を有しているものではない。

 誰かを足止めするため、誰かの足を引っ張るため、絶望へと誘うためだけに輝く光だった。


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